殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

99 / 122
099:インターン⑤

 八木があまりに真剣な表情で見守っているせいか、酷く緊張した様子のエリが不安そうにこちらを振り返る。

 その顔があまりにも必死だったので霊火は思わず笑ってしまった。

 

 その笑いに勇気づけられたのかは分からないが、エリは小さく息を吸って前を向く。

 少女の伸ばした腕の先にはビー玉ほどの透明な球体がひとつ。

 

 幼い呼吸に合わせて空気が張りつめ、震える指先が球に触れる。

 

「……!!」

 

 劇的だった。

 別に神秘的な月明かりの下でもない。LEDの下で絶大な奇跡が振るわれる。

 

 エリの角が激しく発光し、神域めいた白金の輝きが部屋を満たす。

 そして球体のあった場所には、ひとりの女性が呆然と座り込んでいた。

 

 霊火は目を細め、八木が抑えきれないように踏み出す。

 

「メリッサ……!! 無事で……!!」

 

「ま、マイトおじさま……!? え、ここ……? なんで、私たしかサンフランシスコに……!?」

 

「もう大丈夫だ!! ここは雄英高校だ!! 本当によかった……!!」

 

 現れたのはメリッサ・シールドだった。

 感極まったオールマイトは持続10秒のマッスルフォームで彼女を抱き上げてぐるぐると振り回す。しかし状況が飲み込めないメリッサは困惑したままだ。

 

 軽く息をつく。

 今回の目的、『圧縮』されたメリッサ・シールドをエリの『巻き戻し』で戻せるかという試みは無事に成功した。

 

(……一発成功させるのか『巻き戻し』……!!)

 

 霊火の内心は穏やかでない。だってこんなの反則だ。

 触れるだけで不治の病すら癒やす聖者の奇跡。淀んで濁った霊火には決して届かない無垢の神業。

 

 『オーバーホール』の気持ちもよく分かる。このクラスの超常を手に入れて夢を見ないなんて嘘だ。

 というか、世界征服の一つでも企まなきゃ(ヴィラン)失格とまで言える。

 

「私たちが何をしても戻せなかったのになあ……『圧縮』……」

 

 当のエリ本人は自分の偉業にまったく自覚がない。

 目の前に現れた金髪お姉さんと言うより、ガリガリ男からマッチョになったオールマイトの方に怯えて完全に腰が引けている。

 おそらく八木=オールマイトという図式が頭の中で成立していない。オールマイト自体を知らない説まである。

 

 少女は早足で霊火の胸元に逃げ込んで、メリッサを抱える謎のマッチョを後ろ手で指さして涙目で訴えた。

 

「あ、あの人だれ……!?」

 

「あの人は八木さんだよ。八木さんは“個性”がなくても時々大きくなっちゃうんだ」

 

「そんなわけないよ……!!」

 

「私もそんなわけないと思ってるんだけど……」

 

 エリの頭を撫でようとした瞬間に少女の身体がふらりと傾いた。

 角は光を失い縮み、エリはそのまま崩れ落ちる。

 

「おっと」

 

 霊火が抱き留める。力がまるで入っていない。体力が尽きたのだろう。

 ぎゅっと抱きしめて耳元で囁く。

 

「よく頑張りました。すごく上手にできたね」

 

 その様子を見ていたメリッサは助けられた実感がまだ追いつかないのか、夢の中のような目でこちらを見ている。

 

「あ、あの……この子……ありがとうって言うべきなのよね? あなたが助けてくれたの?」

 

「うーん、どこから説明しようかな……というかメリッサさんはどこまで覚えてます?」

 

 メリッサは眉を寄せて記憶を探る。

 

「えっと……サンフランシスコの教会に匿われてて……そのあと、敵に襲われて……」

 

「あ、やっぱり教会だったんだ。もしかしてテンダーロイン地区でした?」

 

「なんで知ってるの!?」

 

「噂話とか目撃情報とかで逃走中のメリッサさんの特定は出来ていたんです」

 

 もう少し早く辿り着いていれば、敵連合より先に彼女を保護できたかもしれない。

 アメリカ全土の公権力や裏社会とメリッサの争奪戦をしたのはつい三週間前の話だ。記憶に新しい。

 

「三週間くらい前、私と出久くんはメリッサさん救出のために渡米してて……ロサンゼルスで脳無とカニが大暴れしたりとか色々あったんだけど……」

 

「カ、カニ!? どういうこと!? 逃げてる間ほとんどニュース見られなくて……なんでアメリカに来てくれたの?」

 

「ん? もしかして、私たちがプロヒーローになったとこから伝わってない?」

 

「え、そうなの!? お、おめでとう……?」

 

 話がかみ合わない。

 日本の治安崩壊はとにかく、ロサンゼルスでのハイエンド脳無や『図書委員』、そしてエンデヴァーが大暴れした事件はアメリカでも大ニュースになっていたはずだが……?

 

「ちなみに私の左腕が焼けてもげた話は?」

 

「えっ!? えっ!?」

 

 思った以上に情報が抜けている。

 この分だと『ギガントマキア』や『ピースキーパー』すらまともに伝わっていないだろう。

 

 霊火は義腕を外して、メリッサ=浦島太郎=シールドに悲鳴をあげさせながら話を続けた。

 

「まあ詳しい事は後で説明しますので。とにかく、出久くんと私は敵連合に捕まった貴女の場所を特定して強襲したんですけど、肝心のメリッサさんが『圧縮』でビー玉くらいになっちゃって」

 

「あ、それは覚えてる!」

 

「で、そのままこっそり持ち帰りました」

 

「こっそり……?」

 

「密輸です。エリちゃんには感謝してあげて下さい。この子の『巻き戻し』以外で、誰も貴女を戻せなかったんですから」

 

 疲れた様子のエリを見つめながら、霊火は小さく息をついた。

 

(う~ん……こうやって”個性”を利用する形になるのもな……やり過ぎも良くないというか……)

 

 『巻き戻し』が便利だから、霊火たちプロヒーローがエリに優しく接している。

 なんて解釈をされたら厄介だ。信頼関係に関わる。

 

(個性が強すぎるからなこの子……。放っておいたらそこら中の悪い大人が寄ってきそうで……)

 

 一般的に、治療系の“個性”持ちの未来は明るい。電気系と並ぶ圧倒的な“当たり個性”だからだ。

 地味にかなりレアでもある。進学にも就職にも困らないとても優秀な能力だ。

 しかし何事にも程度というものがあり、エリの『巻き戻し』レベルで強烈な“個性”だとまた別種の問題が出てくる。例えばヤクザに監禁されて生体解剖されたりとか。

 

「……エリ少女は凄いな。素晴らしい“個性”だ」

 

「あ、ありがとうね、エリちゃん!! 私はメリッサ!! 助けられちゃった……!!」

 

 元々心優しい性格なのだろう。

 大人に褒められたエリはとても嬉しそうに頬を染め、もじもじとメリッサの方に向き直った。

 

 金髪が質問した。

 

「凄い“個性”だね!! どんな事が出来るのか教えて欲しいな!!!!」

 

「ま、『まきもどし』……って、えっと……?」

 

 すぐに助けを求めるように袖を引かれた。

 ……“個性”カウンセリングを受けていないエリは、自分の能力を正しく把握していない。

 ちなみに治崎はエリの能力を『呪われた力』と説明し、詳しい説明などは何もしていなかったらしい。

 

 霊火は膝をつき、エリに目線を合わせる。

 “個性”の把握は人格形成の第一歩だ。簡略化せずに本当の事をゆっくりと言い聞かせる。

 

「エリちゃんの“個性”はね、”触れた相手の時間を巻き戻す”よ」

 

「え……?」

 

 反応したのはエリではなくメリッサの方だった。

 その価値と希少性に気がついたのだろう。彼女は驚愕のまま両手で口を覆う。

 

 ……気持ちは分かるが、教育のために“凄いね!!!!”という反応が欲しい。

 

「怪我した人を治す事が出来る、すっごい“個性”だよエリちゃん。自信出して!!!! ね、八木さん、凄いですよね!!!!」

 

「凄いさエリちゃん!!!! これほどまでに素晴らしい“個性”は見た事が無い!!!! 皆を救える最高の“個性”だ!!!」

 

「そ、そうねエリちゃん!! 素晴らしいわ!! 助けてくれてありがとう!!!」

 

 エリが照れて霊火の影に隠れてしまった。

 

(……あーあ。なんでこんな無駄な事しているのやら……)

 

 なんとも非合理的になったものだ。

 『巻き戻し』の余命は残り十四日。ここで彼女の将来を憂えてもそれは先につながらない。

 

 ただし霊火はエリに右眼を治してもらった借りがある。

 『予知』の回避自体には全力で取り組むつもりだ。

 

―――――――――

 

 ナイトアイが提示した”確定事項”は概ね三つ。

 

『第一の予言』八斎會突入においてアンドロイド『風香』が現れる

『第二の予言』『オーバーホール』が気絶したエリを抱える

『第三の予言』”顔の見えない何か”にエリが殺される

 

 全ての予言は通形ミリオの傍で実現する。

 

―――――――――

 

「海外逃亡の手引きをして欲しい、ですか?」

 

 淡々と告げられた一言が事務所の空気を沈ませる。

 蛍光灯の白い光の下、治崎の正面に座る長身のアンドロイド『美貌』は、精巧な横顔をわずかに傾けて問い返す。

 

「ママの聞き間違い、ではありませんね?」

 

 声は柔らかいが、返答を急かす圧は持たせる。

 『オーバーホール』は個人的に応援したいタイプの敵だが、コストを払ってそこまでする義理も無い。

 

 治崎は手袋越しの指を机に置いた。

 

「……ああ。ヒーローどもに目を付けられている。屋敷の周りは監視だらけだ」

 

「エンデヴァーにエッジショット、ミルコにリューキュウ。……あなたもなかなかのビッグネームに狙われていますね?」

 

「『核』がパクられた以上、奴らが嗅ぎつけるのは時間の問題だった」

 

 低く押し殺した声。

 追いつめられた敵の声音だった。

 

 『美貌』は細い指を豊かな胸元に添えて、やや芝居がかった仕草で瞬きをする。

 

「あなたが海外へ逃げたい理由は理解しました。しかし難しいですよ? 日本という国は島国なので、脱出は船か飛行機です。目立ち過ぎ―――」

 

「代価なら出す」

 

 治崎は言葉を遮った。

 その眼差しに焦燥はない。静かに覚悟が定まっていた。

 

 『美貌』は機械らしくない息をつく。

 手負いの敵が最も恐ろしい。そんな言葉が脳裏をよぎる。

 

「この右腕をくれてやる」

 

「……ほう。あなたなら片腕さえ残っていれば再生できるとはいえ、ママに“それ”をするリスクは分かっていると思いますが?」

 

「ヒーローに捕まれば先はない。だが俺はこんなところで終わるつもりはない」

 

 まったくその通りだ。

 しかし覚悟は本物だ。実際、『オーバーホール』の右腕は滅茶苦茶欲しい。

 

「代わりに、俺たちの海外逃亡を可能にするだけの戦力を提供しろ。『アマリリス』の全てを使って、だ」

 

 しばしの沈黙。殻木霊火は思案する。

 なるほど。これは面白い。

 

 ……乗ってみてもいいだろう。

 一通り計算を終えた『美貌』は、ふわりと柔らかく微笑んだ。

 

「いいでしょう。ただし、結果の保障まではいたしかねますよ『オーバーホール』」

 

「別にいい。お前に求めているのは“安全な移動”だけだ」

 

「”安全な移動先”までつけてあげます。ママのサービスです」

 

 ここまでのコストを払うのなら出し惜しみしなくていいだろう。

 ちょうどお誂え向きの”とっておき”がある。

 

「では、ママが特別に『()()()()』を出してあげます」

 

 女の手に、一枚の“切符”が現れる。

 漆黒の地に金箔の文字。光を受けて煌めく豪奢な一枚。

 

 自由へのチケット。

 この世界の全ての敵が欲する究極の往復切符。

 

「一台まるごと貸切です。お仲間についてもご自由に。車掌兼ガイド役の『栞』ちゃんを直すのに十日は掛かりますので、発車時刻は後ほど伝えます」

 

「……『駅』はどこだ?」

 

「『神域』。つまり神野区グラウンドゼロ」

 

 『美貌』は淡く笑う。

 

 神野区の隕石墜落地点。半径7キロのクレーター跡は、世間で『神域』と呼ばれている。

 調査のために来日した『スターアンドストライプ』でさえ探索を断念した究極の不可侵領域。

 

 『アマリリス』の現本拠地だ。

 

「防衛システム『セラフ』を、発車日限定で限定解除しましょう」

 

「……行き先は?」

 

「銀河鉄道ですよ? 地球から38万キロ離れた静寂の高地です。潔癖症の貴方にはきっと向いていると思いますよ」

 

 天空急行《エリヤ》。

 

 間もなく到着する電車は特急『月』行きです。

 危ないですので、黄色い線の内側までお下がりください。

 

―――――――――

 

 ハイツアライアンス、夜の共用スペース。

 物思いに耽る霊火に麗日が話しかけた。

 

「どうしたの霊火ちゃん。何か考え事?」

 

「エリちゃんの事についてちょっとねえ……」

 

「子育ての悩み?」

 

「未熟な私に母親役はやれないよ。そもそも子供は嫌いだし」

 

「最近の霊火ちゃんを見てるとそんな風には見えないけどなあ……」

 

「だってエリちゃんは健気で可愛いもん。あの子が個人的好みってだけ」

 

 これは概ね本音だ。

 似た来歴への共感。全身の傷への同情。容姿の可愛さへの愛着。人好きのする性格への好感。

 エリは霊火の好みに近いから、優しくする。これ以上でもこれ以下でもない。

 

 麗日お茶子は可愛らしく首を傾げた。

 

「そうなの?」

 

「今を見て優しいんだねって持ち上げられても、正直困るよ」

 

「でも私、霊火ちゃんの事をちょっと勘違いしてたなあ……。もっと怖い人かと思ってた……」

 

「やーめーてー……。そんないい人じゃ無いよ私は……」

 

 ……例えば、『巻き戻し』が男の子だったら、あるいは可愛げのない性格だったら、それだけで霊火の対応はまるで違っただろう。

 おそらくそのまま実験台にしている。流石に麻酔ぐらいはかける配慮はするが。

 

 麗日お茶子はイマイチ要領の得ない顔をしてそっと周囲を見回した。

 誰も聞き耳を立てていないと分かると、彼女は声を潜めて囁く。

 

「……あの会議でナイトアイに呼ばれてたよね? 相澤先生とナイトアイにどんな話をされたの?」

 

 やはりその話題か。

 麗日お茶子もリューキュウのインターン生として八斎會突入作戦に関わっている以上、霊火たちだけが知る情報の存在が気になるのは当然だ。

 敵組織への突入というシビアな現場で、味方の間に“共有されていない情報”があるというのはそれだけで命取りになる。

 

 しかし、問題の『予知』の内容はそう簡単には共有できないのも当然だ。

 伏せられている情報は大きく二つ。

 

 一つは『第二の予言』──“気絶したエリを抱えているオーバーホール”。

 一つは『第三の予言』──“顔の見えない何かにエリが殺される”。

 

 特に後者は全体の士気に直結する危険な内容だ。ナイトアイの共有しないという判断は妥当と言わざるを得ない。

 

「……うーん。ナイトアイは“必要な人には話していい”って言ってたから……お茶子ちゃんに言うのは構わないんだけど……。出久くんにはまだ言ってないんだよね」

 

「デクくんにも? 一番頼りになりそうなのに……」

 

「何事にも相性ってあるから」

 

 緑谷は腹芸が下手で感情的だ。

 彼に『エリが誘拐され、死ぬ予知』を伝えれば、間違いなく挙動が歪む。

 感情のまま動かれて絶対に碌なことにならないので、彼には伝えない方針で相澤と霊火は同意していた。

 

 霊火は少し考え、方針を決める。

 

「お茶子ちゃんなら大丈夫か。もちろん、絶対に他言無用だからね?」

 

「う、うん!! 分かった!! 絶対に言わん!!」

 

「梅雨ちゃんにも、リューキュウにもだよ」

 

 念押ししてから霊火は“片方だけ”伝える。

 つまり『第二の予言』、オーバーホールが気絶したエリを抱えている予知だ。

 

 そしてお茶子は一瞬で青ざめた。

 

「や、ヤバくない!? エリちゃん誘拐されちゃうって事やん!?」

 

「いやもう本当にめっちゃヤバい……」

 

 霊火は脚をバタバタさせながらソファにひっくり返る。それが一番の問題なのだ。

 

「ナイトアイの『予知』って外れたりしないの!? 未来は変えられるでしょ!?」

 

「……これまで一度も外れたことがないんだってさ」

 

「でも変えないと!!」

 

 霊火はソファに寝転がって逆さに麗日を見る。

 実際、熱血で善良なプロヒーローが『運命なんてぶっ壊してやる!』とか『絶対に諦めない!』とか叫んで、暑苦しい根性で『予知』を正面突破しエリを助け出せるなら、それはそれで構わないのだ。

 

 霊火のような邪道の女が想定しなければならないのは、『予知』の力が強かった場合。

 ナメクジのようにぐねぐねしながらソファに座り直した霊火は、疲れた声で漏らす。

 

「いやあ、私も対策思いつかなくてね。出久くんに相談したらエリちゃんの前で挙動不審になって秒でバレそうなんだよなあ……」

 

「う、デクくんは嘘つけないもんね……。可哀想やけど……」

 

 あっさり納得してくれた。彼の人徳なのかもしれない。

 もちろん緑谷には「伝えられない理由」は説明済みだ。ある程度内容を匂わせてもいる。

 

 麗日は眉を寄せて腕を組んで唸る。

 

「でもさ……『第二の予言』のためには、オーバーホールがエリちゃんを誘拐しないといけないでしょ? 雄英って警備めっちゃ厳しいのに、突破とかできる?」

 

 至極真っ当な疑問だ。そこについては相澤とも散々議論した。

 そして結論としてはこのようなものになった。

 

「雄英の守りは盤石だけど無敵じゃない。分かりやすい例なら敵連合の『黒霧』とかかな。ああいう“誘拐可能な個性”は実在するんだよねえ……」

 

「……確かにそうだね……」

 

「ヒーロー科が標的の林間合宿の時と違って、エリちゃん本人に戦闘力が皆無なのも問題になる。というか『アマリリス』絡みなら、テレポート系の防御不能能力が来てもおかしくないと思ってるんだよなあ……」

 

 だからこそ霊火は別方向から考える。

 

「むしろ気にすべきなのは『何をしても誘拐される』っていう事実そのものだと思うんだよね」

 

「……避けられん運命、ってこと?」

 

「うん。つまり鍵付き金庫に閉じ込めても、森の奥に逃がしても、『オーバーホールが気絶したエリを抱えている』第二の予言が必ず実現するのかも。つまり私たちがエリちゃんを守るという行為自体の意味が無くなっちゃう」

 

「…………そんな」

 

 ちなみにまったく同じ理由で、『アマリリス』がエリを先んじて『サブノーティカ』に“保護”する作戦も封じられている。

 

 『第二の予言』が絶対に成立すると仮定する場合、下手したら世界そのものが『予知』を成立させるために“サブノーティカの事故”などといった形で、因果の帳尻を合わせてくる可能性すらあるのだ。

 

 ……個人的には、古典的なSFじみた強引な因果の辻褄合わせは起こらないと予想している。

 しかし時間軸や因果に干渉する類の”個性”はそれ自体が危険だ。サブノーティカ保護案をぶっつけ本番で試すのは流石にリスクが大きい。

 

 実は通形ミリオが『透過』というのも問題で、何しろ彼は地中を潜航する『サブノーティカ』に入り込めてしまうのだ。

 サブノーティカ内で『第三の予言』が成立し、ミリオの目の前でエリが死んだりとかしたらちょっと後味が悪すぎる。霊火の正体までバレるし。

 

(一応、『予知』を必ず外す方法としてはこの場でエリちゃんを殺しちゃうって手もあるけれど……)

 

 それは本末転倒もいい所だ。

 というか、何らかの強制力が働いてエリの殺害自体が成功しない可能性すらある。

 ……そもそも霊火がそれをしたくないと思ってしまっている時点で『予知』の範疇だ。

 

 ついでに、『エリを誘拐される前に八斎會を襲撃してオーバーホールのダウンを取る』という一見真っ当な作戦も完全に破綻していたりする。

 

 何故なら『ミリオの前でオーバーホールがエリを抱えている』という予言はこのパターンでも成立するからだ。

 『第二の予言』が『オバホがエリを抱えている』未来を見せている以上、どんな奇襲をしても返り討ちか失敗することが確約されてしまっている。

 

 麗日は悔しそうに唇を噛んだ。

 

 オーバーホールの手に落ちる未来が確定している。

 エリの境遇を思えばこれほど残酷な話もない。ヒーローを志す彼女には酷な話だろう。

 霊火は軽く肩を竦めた。麗日が悩みすぎる前にプラス要素もキチンと話しておこう。

 

「でも逆に言うと、『第二の予言』は“通形ミリオがオーバーホールに追いつく”ことも確定させてるんだよね。つまり“エリを誘拐されて、その後私たちが誰もエリちゃんを見つけられないまま逃げ切られる”ってシナリオだけは絶対に起きない」

 

「……っ!!!! そっか、確かに……!!!」

 

「だから、エリを守ることそのものは気にしなくていい。一度奪われるのは前提として“どう取り返すか”。つまり奪還戦を前提に考えるべきなんだけど……」

 

 もちろん、これはこれでとても残酷な話だ。

 麗日の表情が曇る。しかし彼女は両手で自分の頬をバチンと叩き、霊火を真っすぐに見た。

 

「……私はどうすればいいのかな?」

 

「それがまた結構難しい話なんだよねえ……」

 

 霊火は全知全能でもなんでも無いため、難しい問題があれば普通に悩む。

 机の天板に上半身を預けてぐにゃぐにゃしながら、困り果てた声でこう切り出した。

 

「極端な話、プロヒーローたちは通形先輩に張り付いてさえいれば、必ずエリちゃんには会えるのよ」

 

「な、なるほど!?」

 

「ただこれには致命的な脆弱性がある……というかどのルートでも抱える問題なんだけれど、エリちゃんと一緒に通形先輩まで拉致されちゃったりとかしたら私たちは追跡手段を失って詰むんだよね……」

 

「そ、そっか…………先輩も危ないもんね……」

 

「『第二の予言』は通形先輩がエリちゃんに追いつくところまでは確定していても『通形先輩が勝つ』までは確定していない。つまり、私たちは先輩を孤立させないために何とかして彼に張り付いて、オーバーホールを倒してエリちゃんを救出する必要がある」

 

 ここで赤い目の少女はぴんと人差し指を立てた。

 

「ただこれ、実は『オーバーホール』の方を追いかけてもエリちゃんには会えるんだよね」

 

「言われてみればそうやん!!!! なんで思いつかなかったんやろ……?」

 

「まあ敵である『オーバーホール』なんて最初から追いかけてるからね。今もプロヒーローたちが動いてくれている。だから実行可能な作戦としては、こうなる」

 

 少女はこう結論づけた。

 

「ヒーローは『オーバーホール』を徹底的に追い続けて。私とか通形先輩はエリちゃんを監視し続ける。通形先輩は必ずエリちゃんに追いつくから、『第二の予言』通りに行けば私たちは現地で合流できる」

 

「すごいよ霊火ちゃん!!!! それなら……!!!!」

 

「そこで問題になるのが『第一の予言』なの」

 

 面食らう麗日に向けて霊火は続けた。

 

「ナイトアイによると、通形先輩の前には必ず『風香』が現れる」

 

「……でも霊火ちゃんの『呪い火』なら勝てるから……!!!!」

 

「でもナイトアイの見た『第一の予言』に私は映っていないらしいんだよね。これは本人に確認したから確定なんだけど、もし私が『風香』を壊せるならあんな大量のヒーローを集める必要がそもそもないからねえ……」

 

 これはとても納得のいく話で、霊火は手間暇かけて作り上げた自身の作品を破壊なんてしたくない。

 将来的に、霊火は何らかの理由をつけて『風香』と接敵しないように立ち回るのだろう。

 

 真っ黒な敵は不安げに首を傾げた。

 

「そもそも私は、プロヒーローたちが『風香』に勝てるかどうかがだいぶ疑問なんだけど……」

 

「そこは皆を信じていいんじゃないかなあ……」

 

―――――――――

 

 『予知』は、確かに規格外の”個性”だ。

 明らかにエリの死は確定している。ここを直接捻じ曲げるのは、おそらく不可能だ。

 

 ただ、『予知』の内容が事前に詳しく分かっているならやりようはあるのだ。

 むしろ裏に回って汚れ仕事をこなし、不可能を可能にする事こそ悪女の本領。

 

 エリには右眼を治してもらっている。

 『死因』の反動すら無かったことになっていたため、自分の顔も認識出来るようになった。

 

 言い訳は無しだ。だいたい年下に借りっぱなしでは終われない。

 殻木霊火は、エリのヒーローにならないといけない。

 

 




感想や評価ありがとうございます。大きな励みになっております
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。