「いっつつ・・・・」
マガラは鈍い頭痛と共に目を覚ました。そしてある事実に気付いた。
「粉がない!?」
マガラには目がない。失ったのではなく、もともと生物として生まれ持っていないのだ。そこで気を失う前にまき散らしていた粉、あれを使ってマガラは熱感知やソナーといった目に代わる空間認識能力を得ていた。粉はよくみると黒い色をしている。しかしまき散らしても少しも気にならない程度、つまり微量の粉でもマガラは十分な感知領域を得られる。詰まる所、すこしでも粉の届くところは全てマガラの感知下にあるのだ。
しかしそれは逆に粉がなければ、聴覚と触覚以外に外を感知する方法がない、ということであった。要は真っ暗になったという感じである。しかしその不安は視覚に頼る他の生物が目隠しされた時よりも大きいだろうとマガラは思う。
敵地で捕まるという状況と、感知手段を失っている状況という、生まれて初めてで、最悪な状況をしかも同時に経験したマガラのストレスはウナギ登りだった。
「とりあえずまかなきゃ。」
マガラは一つ失念していたし、それを知る術もなかった。今までに粉はなかったのだからそれは異物として確認されるのだということを。
結果としてマガラは熱湯みたいななにかにもまれることになった。
“Organic Compound Electrolytic Dissociation Sterilization Pool Treatment Room Start.”
視覚に代わる感知手段を失ったマガラには その音声をはっきりと聞き取れていた。
(有機物電離分解型浄化槽式滅菌処理室作動ねェ)
それが、普段義父やヘリオス達と話す時に使う言語でないにも関わらず、自分がそれを理解しているという事実に深く考える暇もなく、マガラの意識は失われた。
気がついた時、マガラはもう粉をだす気力を失っていた。もうどうとでもなれという気持ちだった。
「あら、目を覚ましたのね。シャワーできれいになって貴方、本当にカッコいいドラゴンね。」
だから何かがこちらへ来ているということに動じなかったし、しかもそいつの使う、自分の慣れ親しんだものではない言語が理解できるという状況にも動じなかった。
それより、彼の心を捉えたのは、自分が人間態を解除しているという事実と、カッコいいドラゴンという言葉だった。
「カッコいいか?こんなつるっとした頭で真っ黒な体で貧弱な翼しか持ってなくて火球も吐けないおれが?」
「ええ、カッコいいわ。だって貴方の頭には小さくてかわいい角が生えてるし、黒は私の好きな色だし、飛ぶのがうまくてしかも器用にものをもてる腕にもなる素晴らしい翼を持っているし、火球なんて吐かれても迷惑なだけだもの。」
マガラは自分のことを完全肯定してくれたことが非常にうれしかったが、同時にひどく驚いた。なんと理解できるのみならず、自分がヒト達の言語を自分が話せたことに。そして声から判断して女だろう、その女が自分の触角の存在を知っていたことに。
マガラは粉を使って外を認識するが、粉からの情報を得てそれをまとめる器官として頭部に触角をもっていた。つまるところこれは自分の最重要器官なのだ。これが小さく目につきにくいことは、戦闘では自分の弱点を隠すことにつながりありがたいのだが、その反面自分の角が小さく頭がのっぺりとしているように見えるのはマガラにとってひそかにコンプレックスだった。
だからこの触角のことはヘリオスはおろか親父にすら教えていない。かえって物笑いの種にされると思ったからだ。
なぜこの女は知っている!?とマガラは全身を緊張させた。
「身構えるねー。大方角のことは誰にも話してなかったのかなー?」
「そ、そうだ。なんでお前がそのことを知っている!」
「考えてみなよー。キミさっきまで寝ていたんだよー?」
妙に伸ばすその語調が少し気になったが、マガラは当たり前のことにきづいた。
気を失っている間に検査されたのだと。
「あ、ちなみに検査したからじゃないからねー。」
マガラはたたらを踏んだ。ミスリードをおそらくあえてした女に今度はイラつきながらも、苦笑して続けた。マガラはもう女に少し気を許していたのだ。
「お前は一体なんなんだ?」
「ふふん、気になる?でもその前に嗅覚と視覚、触覚だけでは気持ち悪いでしょ?今からここの監視カメラのデータおくってあげるから受け取りなさい。」
「かんしかめら?でーた?」
マガラにはさっぱり分からなかった。
「わからないでしょーねー。でもとりあえず受け取りなさい。」
だがその瞬間いやでも分かる羽目になった。触角に鈍い痛みを感じるとともに頭にメッセージが届いたからだ。
“未知のデバイスを確認しました。System:Gore-Magaraへのアクセスを承認しますか?yes/no”
とりあえずマガラはyesを選んだ。
“承認しました。これより位置を考慮してデータを最適化します。”
それと共に真っ暗だった世界が開けてくるのをマガラは感じた。
そこは主に白色で構成された部屋だった。そして先ほどまで話していたであろう女が立っていた。金髪を短くまとめた、色白で巨乳のメガネの女性だった。
「じゃじゃーん。どうかな。初めてのカメラとはいえ目による世界は?そしてベセスダ研究所へようこそ!」
マガラは何も返さなかった。
「あれぇ?どうしたのかな?」
「感動しているんだ。」
今度は短く返した。
初めてみた世界は美しかった。形容しがたいほどに。それはもう美しかった。光がこれほどまでに美しいとは、とマガラはいたく感動していた。
涙があふれそうになった。
「そーか、そーかそんなに初めての世界はよかったかー。ほら私の胸で泣いていいんだよー?」
「あ、あん、だはやざじいなぁ!」
マガラは抑えられない涙を噴き出しながら前の女に飛びついた。もちろん人間態に変化してからだが。
とてつもなくうれしかった。敵に捕まり、感覚は失い極度のストレスにさらされていた所に現れた女は自分を傷つけるどころか自分を完全肯定してくれたし、ムカつくけどそれでいて嫌いになれなくてなんか自分のことを良く知っているし優しくてそれでいてなんと自分に目をくれたのだ。
ストレスからの解放に加えて目をもらったこと。
この二つによりマガラの女に対する信頼は上限知らずだったし、マガラはとてつもなく安心していた。
「つらかったんだ。怖かったんだ。」
「おーよしよし頑張ったねー。いいこだよー。」
泣きむせぶ黒髪の少年を女はあやしていた。
マガラは義父といる時にかんじる安心感とはまた別のそれを感じていた。
これが世にいう母親って奴なのかな・・・とマガラは思った。
全くもっておかしな敵陣まっただ中でのできごとだった。
次話は多分ほぼ説明回になりそうです