そこは脅威無き、遍く全てが永劫回帰へ至った理想郷。太陽は昇らず、黄昏は訪れない。輝きを忘れた星々は繋がりを無くし、孤独の道を歩み続ける。故に彼らの未来はなく、次代は潰えた。
Fate/ Grand Order
-Cosmos in the Lostbelt-
精魂閉塞死界 高天原
乖離の二ッ星
初心者による処女作なのでいろいろ拙いですが、勘弁してくださぁい。
ちなみに作者は奏章1章の途中で止まっているため、設定が本家と違うところがあります(多分)。
パチ、パチ、パチ。
静寂に包まれた部屋に響く異様な音。まるで固いもの同士を打ち付け合っているような音が観葉植物の葉の揺れと呼応する。
シャカ、シャカ、シャカ。
今度は何かを擦っているような音。それが鳴るたびに、少し薄暗い部屋に閃光が走る。
シャカパチシャカパチ。
交互に鳴り響くそれはまるで演奏のようにリズムを刻む。その演奏に合わせて草木がダンスを躍り、光が断続的に暗闇を照らす。
それらの音は途切れることなく、時間の経過とともに激しく不規則に早く連続して空気を振動させる。それと呼応して草木の揺れと閃光も激しさを増していく。
シャカパチシャカシャカパチパチシャカパチパチシャカシャカシャカパチパチパチパチシャカパチパチシャカシャカパチパチパチパチシャ「うるさいわね!?」「ゴッ!?」
女性の怒声と男性の悲鳴と共に狂気の演奏が鳴り止む。それと同時に観葉植物は直立不動の姿勢を取り、蛍光灯のみが部屋を照らす。
何かを振りかぶった状態で止まる女性。その顔には青筋が浮かび、口からは白い煙を吐き出している。傍には事務机に散々した資料。
そんな彼女が憤怒を込めた瞳で見る先には横倒れになった男性と己が投げた分厚い書物、そして…音の元凶であろう散乱したカードたち。
「さっきからシャカパチシャカパチ…もっと静かにできないわけ!?そもそも何をしているのよ!あなたAチームのマスターでしょ!」
「いってぇ。何すんだよマリー」
痛みの悶絶から起き上がった男性は涙目でマリーと呼んだ女性を睨む。
彼女はオルガマリー・アースミレイト・アニムスフィア。アニムスフィア家の当主であり、ここ人理継続保証機関カルデアの所長である。
オルガマリーは男性の恨みがましい目を意に返さず、腕を組んで蔑むような眼で睨み返す。
「人理修復を担うマスターたちの中でトップの能力を持つAチーム。そこに任命されている人物が私の部屋で無為に過ごしている。所長として見過ごすわけないでしょう。ねぇ、冥人」
「ひゅ、ひゅー」
冥人と呼ばれた男性は彼女の声に身を縮こまらせる。しまいには下手糞な口笛を吹いて、明後日の方へと目を向ける。
彼は
冥人はオルガマリーの目から逃れるようにせっせとカードを拾い一つに束ね始めた。
「そもそもそれは一体何なのよ。そんな薄っぺらい紙で…何かの魔術なの?」
「マリーはこれを知らないのか?これはデュエルキングマスターというカードゲームだ」
「カードゲーム?何でそんなものやっているのよ。ここじゃ一緒にやってくれる人いないでしょ」
「いや?それがいるんだな。よくAチームの何人かとやってるぜ。数日前なんてキリシュタリアとやったしな」
「……は?」
まさかの人物の名に目を点にして体を硬直させるオルガマリー。冥人はそんなオルガマリーには目もくれず黙々とカードの整理をする。そして手に持ち始め—————
シャ「だからやめなさいと言っているでしょう!」「あぁ!?俺のカードが!?」
再びシャッフルをしようとした冥人に対し、オルガマリーは火属性の魔術でカードを真っ赤に染める。
めらめらと燃え徐々に灰となるカードを絶望の表情を浮かべながら眺める冥人。そんな彼にオルガマリーはいささかの罪悪感を抱え、彼の傍へと腰を下ろす。
「その…悪かったわね。流石にやりすぎたわ。大事なものだったのでしょう?」
「…人……で…った」
「えっ?何」
ぼそぼそと喋る冥人に耳を寄せるオルガマリー。頬が接触しそうな程の距離に少し頬を赤く染める。
そして彼の言葉を耳にして—————
「友人から100円で買った」
「思ったよりやすいわね!?」
「まっ、いっか。キリシュタリアに全然勝てねぇし」
「そして切り替え早いわね!?」
予想よりもくだらない返答に思わずツッコミを入れてしまうオルガマリー。そんな彼女を目にして、冥人は口元に弧を描く。その表情に馬鹿にされたと感じたオルガマリーは目を細めて冥人を睨む。
「なによ」
「いやー、久しぶりにマリーと話したなって」
「それならいつも会議でしてるじゃない」
「そうじゃなくて、こうやって友として会話することだよ」
「…そうね。あなたとこうして話すのは久しぶりね」
友、という言葉に少しはにかむオルガマリー。冥人はそんなオルガマリーを温かな目で眺める。それに気づいたオルガマリーはすぐに表情を元に戻し、彼の目から逸れるように顔を横にそむけた。
冥人はそんな行動をとったオルガマリーに笑みを浮かべた後、正面を向くと顔を向け、口を開いた。
「グランドオーダーもまもなくだな。マリーの方は大丈夫か?ここ最近は各部署との連携で忙しなく動いていたが」
「えぇ、今のところは順調よ。あなたたちAチームを筆頭にマスターの質と量も十分。設備も異常は見当たらないし、職員たちとも連携できているわ…むこうがどう思っているかは知らないけど」
「あー…でも大丈夫だろ。マリーはちゃんと所長やってるよ。グランドオーダーが進むにつれて仲良くなれるよ」
「どうかしら。私なんかよりあなたの方が所長に向いているんじゃなくて?キリシュタリア達や他の職員たちともよく話しているじゃない」
「まぁ、そうだな。Aチームとはよく話すし遊ぶな。カードゲームにボードゲーム、卓球にビリヤード。あと桃〇もしたな。それとロマニやムニエルたちともよく絡むし」
「…あなたたち遊びすぎじゃない?訓練を怠っていないでしょうね」
呆れを込めた目で冥人を見るオルガマリー。冥人はその目から幾度か彼女にその場を見られ説教をされた時を思い出し、乾いた笑いで返す。しかし、瞬時に真剣な表情へと変える。
「ちゃんと訓練はしているさ。いつ非常事態が来ても問題ない。すぐに対応できる」
「そう、ならよかったわ」
冥人の返答に安心したような表情を浮かべるオルガマリー。しかし、その表情にはどこか憂いを帯びているようだった。
「——さっきも言ったけどマリーはちゃんと所長をしているさ。誰よりも人理修復に向き合っている」
「でも私にはマスター適性もレイシフト適性もない。あなたたちの前では偉そうに言っているけど、結局は後方で座って命令するだけ……結局私はあなた達と違って何もできない」
「マリーはさ、かなりメンタル雑魚だよな」
「……は?」
唐突な罵倒にオルガマリーは目を点にし、呆けた表情を浮かべる。冥人はそんな彼女に気にせずに話を続ける。
「カルデアに来た時は前所長の死と実験で一か月は使えなかったし、マスター適性がないことが発覚した時も荒れてたしな。あの時は数か月も持たないと思ってた」
「……」
「だけど———マリーは今もいる。順風満帆ってわけではないが、諦めず逃げずに所長という責務を続けている。それは凄いことさマリー。だからそんなに自分を卑下することはないさ」
「…随分と私を買っているのね」
「…ずっと傍で見てきたからな」
「そう…」
冥人の言葉に少しは機嫌を良くしたオルガマリー。それでも、その顔には不安と恐怖を感じる面持ちをし、責任を重く感じているのか肩を落としている。まるで儚げな女神のように。
彼女のその様子に冥人は口を開こうとし、黙する。これ以上オルガマリーに何かを言っても慰めにならないと感じたからだ———その判断を後に後悔するとも知らずに。
部屋に静寂が流れ、蛍光灯がチカチカと辺りを照らす。それは二人の間を祝福しているのか、二人の関係を表しているのか。会議が始まるその時まで、その状態は変わることなく、いつまでも続いていた。
暗黒から反転、眩い閃光に目を細める。徐々に光に慣れ、目を開くとテーブルを囲むように魔術投影された人たちが座っている。どうやら待っている間に夢を見ていたようだ。随分懐かしいものを見ていた気がする。
目を覚ましたことに気づいた彼らが話しかけてくる。
「よぉ、お目覚めかい?寝坊助さん」
「めずらしいね。君がこのような場で居眠りにつくとは」
「もう!ちゃんと寝ているの?私心配だわ」
話しかけてきたのはベリル・ガット、キリシュタリア・ヴォーダイム、スカンジナビア・ペペロンチーノだ。
ベリルはニヤリとあくどい笑みを浮かべ、キリシュタリアは顔には出さずとも驚きの雰囲気を出し、ペペロンチーノは頬に手を当て心配そうにこちらを伺う。
「わりぃ。少し昔のことを思い出してた」
「私たちがAチームだったころかしら?あの時は毎日が楽しかったわね~」
「…フフッ、カドックが貧〇神に憑りつかれて一文無しになった時は面白かった」
「それをやったのはお前じゃないか」
「あなたたちねぇ…遊んでいたことだけじゃない」
ペペロンチーノと共に過去を懐かしんでいるのを見て、呆れた顔でため息をつくカドック・ゼムルプスとオフェリア・ファムルソローム。
そして、談笑をする俺らを余所に、読書を続ける芥ヒナコと黙想するデイビット・ゼム・ヴォイド。
こいつらは、俺と同じ人理修復を目的するカルデアの元Aチームであり、現在はカルデアの敵であるクリプターである。
俺らの注目を集めるためにリーダーであるキリシュタリアが口を開く。
「濾過異間史現象———異間帯の書き換えは無事、終了した。これも諸君らの尽力によるものだ」
「そいつは大げさだぜ。オレたちがしたことは異間帯の王のご機嫌どりさ」
「それでも現在まで異間帯を安定できたのはそれのおかげだ。そこは素直に喜ぼうぜベリル」
キリシュタリアに噛みつこうとするベリルを宥める———いつも通りのベリルらしいが、今は止めてくれ。空気が悪くなるだろ。
ちらりと横を見ればオフェリアが不満気な表情を浮かべていた。その隣には青白い顔をしたカドック。
「それよりカドックは大丈夫か?顔色が悪そうだが」
「あら本当ね?寝不足?それともストレスかしら」
「その両方だ。仕事はこなしているんだから、放っておいてくれ」
「それは無理ね。私は私のためにあなたを心配する。それが嫌なら相応の強さを身につけなさい。せめて表情は変えなさい」
「そうだぞ。そんなんじゃ例の皇女様は安心できないぞ」
「…冥人は黙っておいてくれ」
「…そろそろ本題に入ってくれないかしら。用件は何?キリシュタリア」
いつまでも無駄話をしていることに我慢ができなくなったヒナコが話を急かし始める。
「私は星の覇権とやらに興味はないの。あなた達で争っていればいいわ。私は最後まであそこにいたいだけ」
「まぁ、確かに勢力争いをする意味はないわな。結果が見えてるゲームだからな、こいつは。俺たちではキリシュタリアに勝てない。特に俺とデイビット、冥人のとこはな」
「おいベリル、俺のとこをお前らのとこと一緒にしてほしくはないんだが」
「いやそれは無理だろ。なんてったお前のところは———」
「悪いが、そろそろ本題に入ろう。これ以上長引くのは避けたい」
再びレールが外れそうなところをキリシュタリアが元に戻す。彼は真剣な表情を浮かべ、話を切り出した。
「先程、私のサーヴァントが『霊期グラフ』と『召喚武装』の出現を預言した」
彼のその言葉に皆が顔を引き締め、部屋の空気ががらりと変化する。それもそのはず、そいつらは俺たちの天敵となる存在でもあるのだから。
「霊期グラフはカルデア、召喚サークルはマシュ・キリエライトのもの。虚数空間にいた彼らがいよいよ浮上する」
「死亡していなかったのですね」
「かなり長い間潜伏していたのね。コヤンスカヤが手をまわして新所長を動員したのに。人選間違えたんじゃない?」
「…」
ペペロンチーノの言葉に苦虫をつぶしたようになるカドック。
「いや、あれが最適だろう。カルデアの警備は万全だ。外からの襲撃では対応できなかっただろう」
「お前が言うと説得力が違うな。前所長からの入れ知恵か?」
「…まぁな。あいつの仕事を手伝うこともあったし」
ベリルの言葉にとある人物が脳裏に浮かぶ。カルデアに在籍していた頃、最もよくいた人物。そして、数年前にこの世から去った大切な友。
物思いにふけていると焦るようにカドックが切り出す。
「それより、連中がどこに出るのかは判明しているのか」
「まだだ。だが数時間後には出現する」
「なんだよ。それじゃ各自警戒しろってことかよ」
「——出現場所はロシアだ。異間帯の中に浮上する」
呆れるベリルに今まで黙っていたデイビットが唐突にしゃべり始めた。それに芥が疑問を口にするが、彼は『縁』によるものだと、毅然とした態度で答える。
「…なるほど。敵討ちってわけか」
「カドック。我々には不可侵のルールがある。他所の異間帯への干渉が認められない。故にロシア内部の問題はそちらで解決しなければならない——期待しているよ、カドック」
「言われるまでもない。僕だってやられるわけにはいかない…これ以上何もないなら、これで失礼する」
それだけを言うと、カドックは瞬時に姿を消した。それを皮切りに芥も何も言わずに消える。ベリルとペペロンチーノは一言だけ言うと彼らに続いた。オフェリアも幾つかキリシュタリアに伝えると持ち場へと戻っていく。
5人のメンバーが消え、残るはキリシュタリア、デイビット、そして俺だけとなった。数分の沈黙が続いた後、キリシュタリアが口を開く。
「さて、私たちは私たちの使命があるわけだが、そちらの状況は?」
「問題ない。順調に進んでいる。あとはどちらが早いかだけだ」
「…俺も問題ない。だが、始めるのに時間がかかるからキリシュタリアかデイビットのどちらかになるだろう」
「——了解した。ではその時が来る時まで互いに精進するとしよう」
それが解散と合図となり、デイビットは次の会合だけを確認すると即座に姿を消した。
「どうしたんだい冥人。まだ何か伝えたいことがあるのかい」
「…なあ、キリシュタリア。お前はマリーのことをどう思っていた?」
「彼女のことかい?我々と共に歩む資格はなかったが、優秀な魔術師であったよ。交流を持たなかったのが今となっては少し悔やまれるかな」
「そうか…いや、唐突にすまない。俺もこれで失礼する」
そう告げて魔術を切る。すると視界に映る景色が一転した。古代ギリシャを思わせる部屋から和風の部屋の風景へと。
会議の疲れを癒すために、椅子に背中を預け瞑想する。そして、思い出すのは鮮やかな、かけがえのない過去。
『あなたが極東の魔術師ね。期待していないけど、私の邪魔にはならないように気を付けて頂戴』
『ふーん、あなた意外とやるのね。でも、まだまだね。あなた程度なら他にもいるわ。せいぜい埋もれないように頑張りなさい』
『…喜びなさい。あなたは今日からAチームに異動よ。これからはチームの模範として気をつけなさい———そう言えば、あなた名前は何て言うの?』
『比良坂何を遊んでいるの!!Aチームらしくもっとしっかりしなさい!ヴォーダイムも!あなたはAチームのリーダーでしょう!』
『…何よ。あなたも私を笑いに来たの?滑稽でしょうね。あれだけあなたたちに威張り散らしておいて、私はこの体たらく———結局、私は誰にも認められていないのよ』
『め…比良坂。この後の訓練だけど、これをヴォーダイムに伝えてくれるかしら』
『あなたまたカルデアを巻き込んだようね。あなたのせいで業務に支障が出ているのだけど?これからは私の許可を取ってからにして———それで一つ頼みがあるのだけどいいかしら…冥人』
『あなたたちはいつもこんなもので遊んでいるのね。思ったより簡単じゃない。これなら余裕で、あっ!ちょっとそれは待ちなさい!』
『ねぇ、ちょっといいかしら……今日マシュと少しだけ話したの。まだ怯えは取れないけど、少しはあの子のことが分かったわ……いつかはあの子と普通に話せるときがくるのかしら』
『あら、どうかしたのかしら。今日は呼んだ覚えがないけど……私の様子を見に?必要ないわ。私はアニムスフィア家の当主で、カルデアの所長よ。だからこれは私が負うべきものなの』
『ねぇ、あなたは、冥人は私のこと………いいえ、何でもないわ。忘れて頂戴』
幾分か過去に更けていると、突如として斜め後方から凛とした声が聞こえてくる。
そちらの方へ振り向くと、黒のローブを羽織り、フードを深く被った背の高い人物がこちらを見つめていた。シルエットから女性であることが伺える。
「マスター、我が夫が呼んでいる」
「——分かった。すぐに向かう」
椅子から立ち上がり、少しだけ身だしなみを整える。それを終え、部屋を見渡すと彼女の姿はなかった。どうやら既に部屋の外へと出ているようだ。
彼女を待たせまいと少し速足で進む。そして、引手に手を掛けようとしたところで、先程の会議を思い出す。
キリシュタリア達は異星の神の使命の元、異間帯を担当していた。己の証明のため、誰かのため、生きるため、目的のため、それぞれが何かしらの想いを抱いている。
そして、それは自分も変わらない。
(もう一度、もう一度だけあいつに会いたい。会って伝えられなかったことを伝えたい。そのためなら俺はカルデアも異間帯も、サーヴァントも、お前たちさえも利用してやる———これはあいつに対する、俺の贖罪だ)
そう心に決めると振り返ることなく、引き戸を開いて足を進める。もう後戻りはできない。もう立ち止まらない。もう、決して逃げはしない———彼女のように。
北アメリカ大陸の南部、メキシコに当たる地の上空にそれはいた。
二00mを優に超える巨大な艦。名を【次元境界穿孔艦ストーム・ボーダー】。白紙化された地球を元に戻そうとする組織ノウム・カルデアスの現拠点である。
その艦の廊下を一人の青年が歩いていた。青年は白に幾本かの黒線が入った服を装備し、右手には赤い紋様—令呪が刻まれている。
青年の名を藤丸立香。これまでに多くの特異点と異間帯を攻略してきた、人類最後のマスターである。
そんな彼の元に一人の少女が近づいてくる。
「おはようございます先輩」
「おはようマシュ」
微笑みを浮かべて藤丸を先輩と呼ぶ少女。名前はマシュ・キリエライト。藤丸と共にいくつもの戦場を乗り越えてきた、彼のサーヴァントである。
マシュは藤丸に追いつくと肩を並べ、足を進める。
「体調の方は大丈夫でしょうか。ここ最近は異間帯に特異点と大変でしたが」
「ばっちりだよ。昨日は何もなかったからゆっくりできたし。あ、そう言えば昨日面白い本見つけたんだよね」
「本、ですか?」
「うん、と言ってもネットに載ってたやつだけどね。まだ全部読んだわけじゃないから結末は分からないけど、確か主人公が神の願いである人々の安寧を叶えるために旅をする、って感じだった」
「もしかしたらどこかの神話の影響をうけたのかもしれませんね。似たような話はギリシャ神話やインド神話にもありますし」
年相応の表情で話を弾ませ、足を進める藤丸とマシュ。その様子を他人が見れば、誰も二人が世界の危機を救っているとは思わないだろう。
そうして会話を続けていると藤丸とマシュは管制室の扉前へとたどり着いた。二人は一度話を止め、扉を開いて中へと入る。すると中には多くの人員がそれぞれの業務を行っていた。その中の一人が中に入った藤丸とマシュに気づく。
「おはよう藤丸君とマシュ。休息は十分とれたかい?」
「おはようダ・ヴィンチちゃん。もうばっちりだよ」
「おはようございますダ・ヴィンチさん。私も万全です」
「そうかいそうかい、それは良かった。このところは忙しかったからね。元気で何よりだ」
二人に声をかけた幼い見た目をした少女—レオナルド・ダ・ヴィンチは笑みを浮かべつつ業務を行っていた。その傍には眼鏡をかけ、紫色の髪をツインテールにしている女性—シオン・エルトナム・ソカリスがいる。
「おや?いらっしゃったのですねお二人とも」
「おはようシオン」
「おはようございますシオンさん。お二人とも何をしてらっしゃるのですか?」
「おはようございます。私たちは前回手に入れた聖剣を元に新たな兵器の開発中です」
そう告げたシオンは手元のタブレットを操作し、中央にあるモニターに一つの図を表示する。それは前半艦首部分が左右に分割されたストーム・ボーダーだった。
「まだ構想段階ですが数日以内には装備する見込みです。少なくとも異星の神と対決する前には完成させます」
「私たちの計算によればこれで異星の神を倒せるはずだよ」
「…もうそんなところまで来ているのですね」
ダ・ヴィンチたちの話を聞いてそう呟くマシュ。それは兵器についてなのか、それとも異星の神についてなのか。
「大丈夫だよマシュ。俺たちなら必ずやれる。今までもそうして来たんだ」
「藤丸の言うとおりだ。私たちは必ずや異星の神を倒し、私たちの歴史を取り戻さなければならない」
「ゴルドルフ所長…」
彼らに割って入ってきた金髪で太った男性—ノウム・カルデアの現所長であるゴルドルフ・ムジーク。
「だからと言って自分の身を犠牲にすることはやめてくれたまえ。君たちには終わった後にも続きがあるのだからね」
「…はい!」
ゴルドルフの言葉にいくらか元気を取り戻したマシュは笑みを浮かべて返事をする。その笑みは少女らしい、されど歴戦の戦士のようなものだった。
そんな彼らの下に一人の青年が声をかけてきた。
「…次の異間帯攻略はどうするんだ。まだ決まっていないのか」
「あ、カドック。おはよう!」
「おはようございますカドックさん」
青年—カドック・ゼムルプスは寝不足そうな顔で藤丸たちの傍まで近づいてくる。彼も藤丸と同じ服装をしており、右手に令呪が浮かんでいた。
彼はギリシャ異間帯の後、ノウム・カルデアに身柄を保護され、今はノウム・カルデアのもう一人のマスターとして活動している。
「あぁ…それでどうするんだ。このまま異星の神の下に行くのか?」
「んー、それでもいいんだけど。今すぐってわけにはいかないかな。まだこれが完成してないし」
「それではもう一つの異間帯に行くのですか?」
マシュの質問にシオンとダ・ヴィンチは首を傾げて唸る。いつもとは違う二人の様子にゴルドルフがつい口を挟む。
「なんだねその反応は。いつも即断即決の君たちらしくないではないか」
「いやー、それがですね?もう一つの異間帯、日本の方は放置してもいいのでは、と先程まで悩んでいまして」
「放置、ですか?しかし、それは…」
「いや、もちろん完全に放置するわけにはいかないけど、外から監視するだけでいいとは思っているんだ」
「何かあったのダ・ヴィンチちゃん?」
藤丸の質問にシオンとダ・ヴィンチは目を合わせると、シオンが再びタブレットを操作し、モニターにデータを表示する。
「これは私が個人的にとっていた各異間帯のデータです」
「…日本だけ小さくなっているね」
「本当だ。あっ、おはようネモ」
「おはよう」
いつの間にか藤丸の傍にいたストーム・ボーダー艦長ネモが言ったように日本のデータだけ縮小を示し続けていた。
「ネモさんの言う通り日本異間帯だけ、少なくとも私がデータを取り始めてからずっと徐々に縮小しています」
「トリスメギストスⅡの観測では一ヵ月以内に消滅するそうだ。中がどうなっているか分からないから絶対とは言えないけど」
「それだとトリスメギストスⅡが読み外しているだけじゃないのか?」
そうダ・ヴィンチたちに質問したノウム・カルデアの職員の一人ムニエル。彼の言う通り観測が間違っている可能性も考えられる。
「いえトリスメギストスⅡがおいそれと読み外すとは考えられません。余程時空が歪んでいるとかではない限りは。それに私たちが最優先すべきことは異星の神の打倒です。そう考えるとやはり次は日本より南米に向かうべきでしょう」
「んー、それもそうか。すまない余計なこと聞いちゃって」
「いえ、疑問に持つことは大事なことなので」
シオンの返答に納得するムニエル。二人の会話を聞いて納得したのか周囲の職員たちもこれ以上の質問は出なかった。
「…よし分かった。諸君注目!」
彼らの話を聞いて何かを決めたゴルドルフは管制室にいる皆の注目を集めるために声を張り上げた。その声に作業を止め、全ての職員が彼へと目を向けた。
「これより我々は異性の神打倒のため、彼女のいる南米異間帯へと向かう!今までにない激しい戦いになるだろう。それでも!異星の神を倒せば長き戦いも終わり、我々の日々を取り戻せる!故に皆が己の限界まで死力を尽くし、誰一人犠牲を出さずに最後までやり遂げるぞ!」
「「「「はい!!」」」」
ゴルドルフの激励に藤丸たちは威勢を込めた返事をした。その返事にゴルドルフは気を良くする。
「うんうん。なんとも心地よい返事だ。それでは各員任務開始まで十分休息を…ん?」
周囲の職員たちを見渡しながら声をかけていたゴルドルフはある異変に気付いた。様子のおかしい彼に藤丸は声をかける。
「どうしたの所長?」
「いやぁ…何か一人多くないかね?」
「えっ?そうですか?ひー、ふー、み…あれ、確かに一人多いや」
ゴルドルフに続き、ムニエルも周囲を見渡すといつもより人が多いことに気づく。それを皮切りに周囲がざわざわと騒ぎ出し始めた。
「諸君うろたえるのではない!隣同士を確認し合うんだ」
ゴルドルフの言葉に職員たちは互いを確認し始める。しかし、いくら経てども、部外者が見つかることはなかった。
「どういうことだね?なぜ見つからないのだ?」
「…欺瞞の魔術が部屋全体にかけられている」
「えっ?そうなの?」
「あぁ、今気づいたがかなり高度な魔術だ。おそらく所長が気づいたのも偶然だろう」
「解除できるの?」
「…僕一人では無理だ」
「もちろん私も手伝いますとも」
そう声をかけてきたシオンは少し不機嫌な表情。どうやら堂々と部屋に魔術を掛けられてことに怒っているようだ。
「私がいるところに堂々と魔術をかけるとは。今すぐに解除してあげます」
「…君に合わせる。好きにしろ」
「えぇ、ありがとうございます」
シオンが魔術を起動させ、カドックがそのサポートに回る。二人は張り詰めた空気を纏いながら作業に集中していた。それから数分経ち、ようやく二人の様子が変わる。
「ふー。ようやく解除できました。大分強固な魔術で大変でした」
「……」
解除が終わり、肩を降ろして安堵の表情を浮かべるシオンに対し、カドックは悩んだ顔をしていた。その様子にシオンが声をかけるが、カドックは「なんでもない」と言う。
欺瞞の魔術が解除され、再び職員たちは互いの確認を行い始める。そして、一人の職員があぶれた。その職員を中心に周囲の職員が横へと逸れていく。
「君がそうなんだね。君が誰かは分からないけど、とりあえず大人しくしてくれるかな」
「…まさかもう見つかるとは。もう少し経ってからバラすつもりだったんだが。まぁ、仕方ないか」
「君は一体誰なんだ。この艦に危害を与えるなら容赦しないよ」
「心配するな。俺はお前たちの敵ではない。むしろ味方だ」
「何を言って——」
マシュが言い切る前にその職員の様子が変わり始める。テレビのノイズのようなものが全体に走ると、足元から徐々に元の姿が現れ始めた。
赤の髑髏が刻まれた黒のズボンに銀色のシャツとオレンジ色のコート。目尻が下がり、達観した目を持つ親しみを感じそうな顔。アップバンクの黒髪。
露わになった彼の姿にマシュとダ・ヴィンチ、カドックが反応する。
「あなたは!」
「君だったのかい」
「…やはりお前だったか、冥人」
驚く彼らに青年、クリプター比良坂冥人は久しぶりの再会に笑みを浮かべる。
「久しぶりだなマシュ、ダ・ヴィンチ、カドック。そして——」
彼は藤丸の方へと体を向け、不敵な笑みを浮かべた。
「はじめまして、一度は人理を救い、再び人理のために戦う人類最後のマスター藤丸立香」
「…はじめまして」
冥人の雰囲気に気圧された藤丸は一歩後ずさる。そんな彼の様子を冥人は気にすることなく、今度はゴルドルフの方へと体を向けた。
「あなたが今の所長かい?」
「そ、そうだとも!私が所長ゴルドルフ・ムジークだ!」
「へー……こいつがマリーの後継か」
「な、なんだねさっきから」
「いや何もないさ。異変に最初に気づいたってことは職員たちとは仲がいいんだろ?」
「ん?ま、まぁ悪くはないとも。上に立つものとして部下との信頼関係は重要なのだか、な、なんだねその目は」
「…いや!何でもないさ!仲が良さそうでなによりだ」
徐々に目を細めていく冥人に怖気づいたゴルドルフ。しかし、彼がそれに気づくとすぐに人のよさそうな笑みを張り付ける。
「それで君は何でここに、いやそれよりどうやってここに侵入できたのかな。おいそれと侵入できる警備ではないはずなんだけど」
「…アトラス院にカドックとマシュ、そして複数のサーヴァント。確かに俺一人だけだったら無理だったな。だけど———」
冥人はおもむろに右手を、正確には令呪を見せつける。すると彼の後方に黒のローブに覆われた長身の人物が出現した。
「下がってください先輩!あれはサーヴァントです!」
「冥人の奴、ここでやり合うつもりかッ!」
すぐさま臨戦態勢を取るマシュたち。それに対し、冥人は何一つ態度を変えず、堂々と立ち尽くしている。
「落ち着けよ。言ったろ?俺はお前たちの敵じゃない、味方だって」
「それを誰が信用するというのだね。現に君は不法侵入しているじゃないか」
「そうだな。なら俺のサーヴァントの正体を明かそう……カローン」
カローン。そう冥人が告げると、彼の後方にいた人物のローブが虚空へと消える。そして、その人物の全容が露わになった。
褐色の肌、ユリ科に似た花を翳した純白の髪、群青の瞳を持った凛々しい顔。黒と白の混じった古代ギリシャの服装をし、胸元には一つのボタンがついている。
「…お初にお目にかかる。我が真名をカローン。此度はマスターのサーヴァントとして現界した」
カローンと名乗った彼女はマシュたちに一礼する。一切躊躇することなく己のサーヴァントの真名を明かした彼らに藤丸たちは驚きの表情を浮かべる。
「いきなり自分のサーヴァントの真名を明かすとはね…それで、何で君は私たちの味方なんだい?」
「技術顧問!?彼を信じるつもりかね!?」
「話を聞くだけでもいいのでは。現に彼は手を出そうと思えば出せるのに何もしていません」
「ん、んー…仕方あるまい。君の話を聞こうではないか。ただし!少しでも妙なことをしたら即拘束させてもらう!」
ゴルドルフの要求に冥人はすんなりと承諾する。そして彼がストーム・ボーダーへ侵入した理由を話した。
「率直に言うと君たちカルデアとの共闘の申請だ」
「共闘?」
「あぁ、このままだと後一ヵ月以内にこの星は俺の異間帯に呑まれる」
「なっ!?」
「それは本当なのか!?」
冥人の言葉に慌てた様子になるゴルドルフ達。しかし、シオンだけは納得いかない表情を浮かべていた。
「それはあり得ません。トリスメギストスⅡではそのような観測はされませんでした」
「だがそれは正確に観測できていればの場合だ。俺の異間帯は神具で外界と断絶されている」
「だからトリスメギストスⅡの観測は当てにならないと」
「そうだ」
「………一応の理はありますね」
腑に落ちない表情で渋々納得するシオン。彼女と変わり、今度はダ・ヴィンチが冥人へと問いを投げる。
「それで?世界が君の異間帯に吞まれることで何故共闘を持ちかけてきたのかな?君としてはそっちの方が利があるだろう?」
「それが異間帯の拡大だったならな…だがそうではない。俺のとこの王様が空想樹関係なく世界を覆うとしている。具体的に言うと、固有結界をこの星に定着しようとしている」
「そんなバカな!?固有結界の維持には莫大な魔力が必要だ!いかに大魔術師でも数十分も持たない!」
「無限の魔力を保持する神具がある。それと別の神具を利用すればテクスチャの張替えも可能だ」
「そんな…」
戸惑う藤丸たちを目に力を込めて見る冥人。真剣な表情を浮かべる彼に藤丸たちは息を飲む。
「俺たちは敵同士だが俺はこんな結末は望んでいない…空想樹を切除されるわけにはいかないが、異間帯の王を倒すまでは協力したい。だから、一緒に戦ってくれないか?」
頭を下げ、右手を差し出す冥人。そんな彼に藤丸は周囲の人を一瞥する。そして、何かを決心すると、彼の前に立つと握手をするように彼の右手を握る。
「わかった。俺たちも世界を救いたい。だから君に協力するよ。これからよろしくね比良坂さん」
「…ありがとう。こっちこそよろしく頼む。それと冥人と呼んでくれ」
「じゃあこっちも立香って呼んで。よろしくね冥人」
「よろしく立香」
敵同士だった二人が、一時だけとは言え同盟関係となる。二人はまるで友人のように対面し、互いの名を呼びあう。そんな彼らを見て、ダ・ヴィンチはやれやれと首を振った。
「ま、藤丸君が決めたことなら仕方ないね。それに異間帯の王を倒すのはどのみちやらなければならないことだし。だったらそれまでは協力し合った方がこっちとしてもいいからね」
「なんか…カドックさんの時みたいになりましたね」
「ん?どういうことだ?」
「…僕の異間帯の時も雷帝を倒すためにこいつらと組んだんだ」
「そうだったのか。そこらへんはお前らと共有していなかったから知らなかった」
「…お前は最初の会議以降ほとんど参加しなかったからな。ペペロンチーノが心配していたぞ」
「そりゃあ悪かったな…こっちも忙しくてあんまり参加する暇がなかったんだ」
既に仲良くなり始めた冥人と藤丸たち。そんな彼らの輪に入れなかったゴルドルフがゴホンと咳をし、彼らの注目を集める。
「私に相談なしに今後の方針を決めてもらうと困るのだがね。しかし、君の提案はこちらとしても願ったりかなったりだ。それでは諸君!我々はこれよりクリプター比良坂冥人と協力して異間帯の王の打倒のために、進路を南米から日本へと変更する!艦長、日本にはいつ着く見込みかね」
「ここからだったら一日もあれば到着するよ」
「では諸君、最低限の業務終了後明日のために英気を養ってくれたまえ!」
「「「「了解!」」」」
ゴルドルフにより今後の方針は決まった。故に各員、己のすべきことを行い始める。
そんな中、マシュはあることが気になり、冥人へと問いかける。
「比良坂さんとカローンさんはどうされるのですか?」
「ん-、そうだな。カローンの船で時間を潰そうとは思っているが」
「だったらストーム・ボーダーにいたら?いいよねダ・ヴィンチちゃん?」
藤丸がダ・ヴィンチ方へと振り向く。彼女はシオンと共に作業をしており、周囲では他の職員が彼女たちのサポートをしていた。ダ・ヴィンチは一度作業を止めると、少し思案してから返答した。
「んー、まぁ、空き部屋はあるからそこを使ってもらおうかな。一応監視や魔術はつけるけどね」
「あぁ、それはかまわない。短い間だが世話になる」
「じゃあ食堂で話そうよ。まだ朝飯食べてなくてお腹空いてたんだ。ついでにAチームの話を聞かせてよ」
「もちろん。その代わりと言っては何だが俺も一つ聞きたいことがあるが、いいか?」
「全然いいよ。それじゃあ早速食堂に行こう。マシュとカドックも来るよね?」
「はい!同席させていただきます!」
「…僕は別にいい。三人で話しとけ——」
「はいそんなこと言わずにお前もレッツラゴーな」
「——おい!離せ!僕は行かないぞ!聞いているのか冥人!」
逃げ出そうとしたカドックの腕をがっちりと掴み、強引に部屋の外へと連行する冥人。そんな二人を見て藤丸とマシュは一瞬顔を合わせるとクスリと笑い、先行する二人を追いかける。冥人のサーヴァントであるカローンはいつの間にか霊体化しており、姿を消していた。
そんな彼らを見て、カルデアの最高責任者であるゴルドルフは幾ばくかの不安を感じる。
「大丈夫なのかね。何か心配になってきた」
「ははは、大丈夫でしょ。案外相性良さそうだし」
「ふーむ……ええい!考えても仕方がない!私も朝食をとってくる!」
「いってらっしゃーい……さて私たちも再開しようか。ん?どうしたのシオン?」
「いえ…何でもありません」
駆け足で藤丸たちの後を追うゴルドルフを見送り、作業を行おうとするダ・ヴィンチは怪訝そうな顔をしたシオンを見て首を傾げる。しかし、彼女は首を振って、何でもないかのように作業を開始した。
その心に疑問を残しながら———
(本当にトリスメギストスⅡの観測がミスっているのでしょうか?…時空の断絶。一度調べてみる必要がありますね)
そして、一日が経った。
管制室にはノウム・カルデアの全員と比良坂冥人、カローンが集合していた。前面のモニターには異間帯の渦が映っている。
今までの異間帯攻略と同様に管制室は緊張の空気が張り詰めている。ゴルドルフは今回の任務について改めて説明を始める。
「諸君!これより我々は眼前の異間帯へと入る。だが、これまでとは違い、異間帯の王を打倒するまで敵クリプターと共闘する!」
そこで一度止めると、深く息を吐いて続きを述べる。
「納得できないものがいるのも承知している。私自身完全に彼を信頼しているわけではない…しかし!我々は我々の世界を救わなければならない!そのためなら我々は敵であろうと協力するべきだ!全責任は私が取る。故に、どうかその思いを隠し、私の信じてくれないだろうか」
周囲の反応はない。やはり駄目なのか、と思い目を瞑るゴルドルフ。しかし、その思いとは反対に返ってきた言葉が明るいものだった。
「今更何言ってんるですか所長。昨日の時点で俺たちはそのつもりですよ」
声をかけたのは彼とよく話をしているムニエルだった。少し呆然とするゴルドルフを余所にムニエルは周囲の代表として話を続ける。
「比良坂は俺たちも知らない中ではないし、人となりは知っています。だから全く信頼できないわけではありません。それに、俺たちはこれまで一緒に戦ってきた仲です。藤丸と所長が決めたなら俺たちは全力でそれをやり遂げるだけですよ」
ムニエルの言葉に周囲も賛同するように声を上げる。それに若干涙ぐむゴルドルフを見て、ダ・ヴィンチは微笑みつつ任務の詳細な内容を伝える。
「異間帯に侵入後はストーム・ボーダーを地上に着艦させ、周囲の探索を行いながら情報収集。ある程度の安全の確保と情報が集まり次第、比良坂君の拠点に集合、異間帯の王の元に向かうよ」
「あれ?情報は冥人から聞いてないの?」
「もちろん比良坂君からも聞いているよ。でもそれだけで全てを把握できたわけじゃないし、それに実際に異間帯の住民たちを見た方がいいでしょ?」
「はい。私たちは彼らを知らなければなりません」
「うん…そうだね」
「そしてこれまでとは違い、比良坂君の力…正確には彼のサーヴァントの力を使って異間帯へ侵入するよ」
「どうしてですか?」
「そこからは俺が説明する」
ダ・ヴィンチに代わり冥人が前へと出る。
「昨日も言ったが俺の異間帯は外界と断絶している。原因はうちの王様だ。中に入るには許可されたものの力が必要になる。だから俺のサーヴァント、カローンの宝具をもってこの艦ごと中へ侵入する」
「中に入って襲われる可能性は?」
「それはほとんどない。うちの王様は中がどのような状況になっても自身に危害が及ばない限り何もしない。だから問題ない」
「というわけで昨晩のうちにカローンとは調整済みだよ。ね、艦長」
ダ・ヴィンチに声を掛けられたネモはネモシリーズに伝達しながら返事をする。
「あぁもちろんだ。各機関も準備は完了した。いつでもいける」
「じゃあゴルドルフ所長。締めは頼むよ」
「うむ」
再び全員の視線が彼へと集中する。ゴルドルフはその視線に一度唾を飲む。そして、告げた。
「これより任務を開始する!各員持ち場につきたまえ!」
「「「「了解!」」」」
「じゃあ比良坂君よろしく頼むよ」
「任せろ……令呪を持って命じる。我がサーヴァントよ、宝具を開帳せよ」
冥人が右腕を掲げてそう告げると、右手に刻まれた令呪が赤く光り、膨大な魔力が彼を伝ってカローンへ流れる。するとカローンの手に一本の櫂が出現した。
「宝具開放———冥府にて徘徊す死船《ハーディー・ペリプルス》」
カローンがそう告げると同時に彼女から黒い靄が現れ、徐々に拡大していく。そして管制室をすり抜け、艦全体へと広がる。
靄が艦全体を覆ったのを確認したカローンは主へと頷く。
「これで準備は終了した。いつでも中に入れる」
「よし!では出航だ!」
「エンジン始動!速度100ノット!」
艦が音を立てて前進する。前艦首部分が渦へと接触すると艦全体が揺れた。しかし、それ以上の揺れはなく、徐々に艦は渦の中へと侵入し、遂には全体が渦の中へと消えた。
渦の中へと入ったストーム・ボーダー。その中から外の様子を見た藤丸はふと声に出す。
「何か…すごい真っ暗だね」
「今は時空の狭間にいるからな。少しの間だけこれが続く」
「それにしてもカローンさんにこんな宝具があったなんて知りませんでした」
「ギリシャ神話ではカローンは冥界の渡り守だ。冥界へ渡るという逸話が元になっているのか?」
「あぁ。それとうちの王様からの許可を合わせたおかげでもある。この状況以外では時空間の移動は無理だな」
その後も談笑を続ける藤丸たち。その周囲ではゴルドルフとダ・ヴィンチ、シオン、ムニエルたちが周囲に異常がないかを調査していた。
「うん今のところは問題ないね。そっちはどうかなムニエル君」
「こっちも問題なしです。艦も特に異常なし」
「うむ。このまま目的地には安全に着きそうだな」
ゴルドルフ達も異常のない現状にほっとする。しかし、シオンだけが訝し気な表情を浮かべていた。
「どうしたのシオン?やっぱり何かあった?」
「いえ…問題は起きていません。ただ……」
「ただ?」
「ここが本当に時空の狭間なのか気になりまして。本当に時空の狭間なら逆に何もなさ過ぎます」
「うーん、確かに何も異常がないのは気になるところだけど」
「それはここが普通とは異なるからな。時空の狭間と言っても一般的な物とは違って、うちの王様の権能が関わってるから異常も何もないんだ」
シオン達が現状に疑問を感じていると冥人がそれに答える。納得したダ・ヴィンチに対し、シオンは納得していないようだった。
シオンがさらに質問しようとした瞬間、カローンが突如として口を開く。
「マスター」
「了解カローン。もうすぐで時空の狭間を抜ける。一度揺れるから備えてくれ」
冥人がそう言うと数秒もしないうちに艦全体が揺れ始める。渦に侵入した時と同じ揺れだ。そして、同じく一度だけ。
揺れが収まるとカローンは手に持っていた櫂を消失させる。
「ゴルドルフさん。目的地に着いたから艦の操縦権はそっちに移した。あとは任せる」
「うむ。艦長」
「了解。エンジン出力低下。これより本艦は微速前進する」
ストーム・ボーダーの動きがゆったりとなる。それとほぼ同時にモニターに映った異間帯の景色に藤丸が声を出した。
「ここが…日本の異間帯」
藤丸が目にしたのは、広大な荒野、建物らしきものがある草原、高木が並び立つ森林、その奥にある天まで届く壁だった。
それは過去の異間帯のどれとも違う景色で、だが全ての異間帯と共通して異様なものだった。
藤丸と同様にモニターに映った景色に目を奪われるマシュたち。冥人はそんな彼らの前に立ち、かっこつけてノウム・カルデアへと宣言した。
「こういうときはこうした方がいいんだっけ。うゔん……ようこそ我が異間帯へカルデアの諸君。ここは人にとって害あるモノがない平穏な大地。神に平定された究極の楽園。そこで、君たちはどんな活躍を見せてくれるのかな」
キリッと顔をきめ、右腕を藤丸たちに伸ばし、手のひらを上へと向けるポーズを取った冥人。その後方では彼を見ないように顔をそむけるカローン。
突然の彼の行動に呆然とする藤丸たち。そんな中、たった一人、カドックだけが彼らの代弁をするように口を切る。
「…なにやってんだお前」
続きはないでイす