フレイヤとヤックスリーのクリスマス
12月24日7時、ヤックスリー邸にて
フレイヤはふと、窓の外に目を向ける。このイギリス魔法族の純血一族らしい邸宅の庭は見事なくらい真っ白だった。
もし、愛娘が見たら喜ぶだろう。フレイヤはそう思った。
今日は、1日中深い雪が降っている。
イギリスを含めたヨーロッパのクリスマスは家族と静かに過ごすものだ。それゆえ、街に人通りはまばらで、あれだけ普段いるマグルの声も聞こえない。
この邸宅も、屋敷しもべなどの使用人は雇っておらず、今もフレイヤしかいないため、街と同様にひどく静かだった。
ただ、しんしんと雪が降り積もっていく。
この邸宅の主もそろそろ帰ってくる頃だ。
フレイヤは今日は午後から休みを取り、邸宅でクリスマスディナーの作成とセッティングをしていた。
フレイヤの今の恋人は魔法省勤務でそれなりに多忙だ。
9月以降もずっと仕事は忙しく、期待していたよりもその男が年下の恋人にかまっている時間は無かったが、娘のいなくなったフレイヤはこのようにたびたびヤックスリー邸を訪れていた。
「これで完成ね」
フレイヤは魔法で青く変えたバラを仕上げに花瓶に飾った。普段は重苦しいこの邸宅も少しは華やかになっただろうか。
ボンッ
不意に居間に備え付けられた暖炉から緑の炎が上がる。
一瞬ののちに、分厚いコートを羽織った男がそこには立っていた。
厳めしい顔つきの男で、白髪交じりの金髪を後ろで三つ編みにしている。
ヤックスリーは、恋人であるフレイヤが邸宅にいるのを見て、目を瞬かせた。
「あら、コーバン。おかえりなさい」
フレイヤは柔らかな微笑を浮かべ、出迎える。そして、ヤックスリーのコートを受け取ると壁のコート掛けにかけた。
「フレイヤ、お前が出迎えてくれるとは」
ヤックスリーはフレイヤの腰を引き寄せ、軽く抱きしめる。
フレイヤは彼の頬にキスすると、するりとその腕から逃れた。
淡いピンクのドレスを纏い、金髪を後ろに流したフレイヤは、ヤックスリーと会った10年上前と印象がまったく変わらず、美しい。
とても41歳に見えず、少女のような若々しさを未だに有している。
「もう、夕食もできているわ」
「さすがだ。きれいなものじゃないか」
フレイヤが杖を一振りすると、花だけが飾られたテーブルに彼女の手料理が一瞬で並ぶ。
ヤックスリーは望み通りの状況に上機嫌のように見えた。
二人は席に着き、二人だけのクリスマス・ディナーが始まった。
ディナーは穏やかに進行した。
前菜のスモークサーモンのカナッペ、メインディッシュの七面鳥のローストなど、伝統的なイギリスのクリスマス料理が並ぶ食卓はとても華やかで食欲を誘った。
二人が夕食を始め、しばらく経った頃、不意に今までのクリスマスのことが話題になる。
「お前と過ごすクリスマスは初めてだったな」
「そういえば、そうね」
ヤックスリーは少し酔ってきたらしく、ニタリと笑う。それにしても、と言葉を続けた。
「あの娘がホグワーツに行くまで、こちらの誘いを蹴り続けたのは意外だった。思っていたよりもかわいがっているんだな」
「当然でしょう。私の家族はあの子一人だけだもの」
毎年、クリスマスはキャサリンと過ごしていた。
その娘は今年からホグワーツである。
クリスマスに帰ってこないという手紙をもらったので、ヤックスリーの誘いに乗ったのだ。
「今年はキャサリンに会えなくて寂しいわ」
フレイヤが娘を思い出し、目を細めてしばし黙ると、ヤックスリーが顔をしかめる。
フレイヤは心の中でため息をついた。
ヤックスリーは、連れ子のキャサリンをよく思っていない。もともと子供嫌いではあったが、キャサリンに対する態度はそれよりも明らかに酷かった。
ヤックスリーが“穢れた血”と蔑む“半純血”だとキャサリンのことを思っているのか、単に連れ子が気に入らないのか、どちらなのかフレイヤにはよくわからない。
確かに、キャサリンはフレイヤにまったく似ていない。キラキラ光る金髪と青い瞳以外は、顔立ちも気性も父親譲りである。
フレイヤと正反対の勝気で気性の激しい一面がヤックスリーの気に障るのは容易に想像がついた。
キャサリンも自分を嫌う母の恋人を好意を持つわけがなく、関係は最悪だ。何回か運悪く遭遇させてしまったときの雰囲気はかなり危険だった。
子持ちのシングルマザーに何回もしつこく交際を求めてきたのはこの男側からだ。
多少は我慢してほしい、フレイヤはそう思っていた。
また、母が大好きな愛娘が今年のクリスマスに帰ってこなかったことも不思議でもある。
ヤックスリーは、気に入らない相手に“何か”をすることを躊躇するような性格ではない。
一応、キャサリンに手を出したら別れるとは言っているのだが。
(まさか…。)
フレイヤの何かを悟ったように咎める視線をヤックスリーは軽く受け流した。
ヤックスリーからしてみれば、今年のクリスマスにキャサリンに先約があるように匂わせる手紙を送っただけだ。直接害してはいないので“約束”を破ったわけではないだろう。
ヤックスリーは、クリスマスに帰ってこなかったのはあの娘の判断だと言うだけだった。
そして、フレイヤがこういう状況になってもヤックスリーを責められず、別れ話を持ち出すことも無いというのも織り込み済みでもある。
キャサリンが生まれるまでのごたごたでほとんどすべての親族を失うか、縁を切られている孤立無援のシングルマザーのフレイヤに援助をしたのはヤックスリーだけであり、この恋人たちの関係は決して対等ではなかった。
クツクツと愉快気に笑いかけると、フレイヤは諦めたように視線を逸らす。
黙ったままになったフレイヤにヤックスリーがそろそろ話題を変えようと声をかけた。
ヤックスリーは、別にフレイヤを苦しませたいわけではない。フレイヤはヤックスリーにとって、10年近くかけてやっと手に入れた愛しい恋人ではあるのだ。
「今日の日刊預言者新聞は読んだか?」
「…。ええ、アーサー・ウィーズリーの件ね」
どちらにしろ、新しい話題もフレイヤにとってあまり愉快な話題ではないが。
フレイヤもヤックスリーの話題にしたいことにすぐに気づいた。魔法省勤務のアーサー・ウィーズリーが魔改造したマグルの車を使った息子と友人が事故を起こし、罰金刑になったのだ。
罰金は50ガリオンだという。貧乏なフレイヤはもちろんだが、貧乏なウィーズリー家の生活費何年分だろうか。
フレイヤは、目の前の恋人に何も言えない自分に嫌な気分になりながらも無理やり気分を切り替えた。
(次からキャサリンのために気を付けないとね…。)
ヤックスリーの人間性にはそもそも期待していない。フレイヤは過去のそれなりに長い付き合いから恋人の悪辣な一面も多く見ていた。
ただ、いちばん肝心なヤックスリーの過去である、死喰い人という凶悪なテロリストだったことは知らなかったが。
フレイヤは、ヤックスリーを嫌味な純血主義の魔法使いとしか今も昔も認識していない。
その程度は魔法使いとして珍しくはなく、金銭的な援助を考えれば、連れ子のキャサリンに対する態度も、フレイヤにとってはギリギリ許容範囲内と言える。
しかし、交際前に元・死喰い人であることに気づいていたらその場で縁を切っただろう。
フレイヤにとって、魔法界の多くでそうであるように、死喰い人は自らの家族や職場を奪った恐怖の対象だった。
(モリーもかわいそうに)
と、言いたかったことをかなり飲み込んだフレイヤは思う。そして、最もウィーズリー家で仲が良かったモリーには同情した。
ちなみに、夫のアーサーに対してはイマイチ同情はしていなかった。自業自得である。
モリー・ウィーズリーは、旧姓はプルウェットといい、今は亡きフレイヤの妹の婚約者の妹で、今はアーサー・ウィーズリーの妻である。
フレイヤにとって、プルウェットの三人兄弟は遠縁の親戚であり、幼馴染であった。
モリーのことも当然よく知っている。
こないだ本屋で見かけたときは声こそかけなかったが、ウィーズリー一家は元気そうで安心した。
プルウェット兄弟とフレイヤの妹の葬式以来、ほとんど全ての縁者と法廷以外で会っていないフレイヤは、もちろんモリーたちと会うことも無かったが、近況は耳に入ってきている。
子沢山で6人の赤毛の子供がいるらしい。また、アーサーも良い夫となっただろうことは想像がつく。
一般的な魔法使いの家庭の妻となることを夢見ながらも叶えられなかったフレイヤにとって、モリーは少しの嫉妬と憧れの対象だった。
「グリフィンドールの連中はバカばかりだ。今回は俺まで迷惑をかけられた」
ヤックスリーがどこか愉快そうに吐き捨てる。嫌っている同僚の失態がそこまで面白いらしい。
ヤックスリーのフォークの先のクリスマスプティングのかけらがぐしゃりとつぶれる。フレイヤもヤックスリーの罵倒も理解できないわけではない。
魔法省勤務のヤックスリーの9月の残業は、空飛ぶフォードアングリア事件のもみ消しに駆り出されていたせいだった。
アーサー・ウィーズリーが作った法律は、彼の作った抜け穴が多数あり、その抜け穴でアーサーはご自慢のマグル趣味を満喫していたらしい。そして、今回アーサーの息子の一人とハリー・ポッターが事故を引き起こした。
フォードアングリアがロンドンからホグワーツというかなりの長距離を飛んでくれたおかげで、もみ消しはかなりの労力だったのだ。
見たことを素直に喋っていたバカなマグルはすぐに魔法不適正使用取締局の魔法使いによる記憶処理ができたが、それ以外にも目撃していたマグルやその写真が後に発見され、さらに日刊預言者新聞が今回の件を魔法省の不祥事として報道したため、それらにヤックスリーは対応させられていた。
ヤックスリーは、内心、生意気なキャサリンがホグワーツにやっと行き、9月からはフレイヤとこれまで以上に過ごせることを期待していた。
しかし、蓋を開けてみれば、残業続きでハリー・ポッターやウィーズリー家などヤックスリーにとってもともと面白くない人間に盛大に水を差されたのだ。
ヤックスリー的には、今回の罰金は、ざまあみろ、である。
「あの娘も今年からホグワーツか。寮はどこになった?」
俺はスリザリンだった、と続けるヤックスリーにフレイヤは微笑を浮かべた。
「グリフィンドールよ、あの子らしいでしょう」
「さすが、ロングボトムの血だ。すばらしい」
軽い皮肉に対して、フレイヤは何も返さず、笑みを浮かべたまま、グラスの赤ワインを飲みほした。
キャサリンはホグワーツでグリフィンドール寮に入った。
グリフィンドールに入れず、ハッフルパフだったフレイヤの娘がグリフィンドールに入ったのだ。フレイヤは周りがどう言おうと娘を誇りに思っている。
もちろん、キャサリンが幸せなら他の寮でもまったくかまわなかったが。
フレイヤの学生時代は闇の時代が近づいており、死喰い人になった元・クラスメイトも多い。
スリザリンは、闇の影響が大きく、闇の魔術に傾倒するクラスメイトをフレイヤはたくさん見てきた。
グリフィンド―ルは彼らの過激化に争うように光の陣営となり、彼らと激しく対立していた。
ハッフルパフは立場が弱かったためにいいように扱われ、フレイヤも衝突に巻き込まれ、困った事態を招いたことは何回もあった。対立する彼らの両方に呪いで傷つけられたこともある。
そして、フレイヤの友人や身内の元・グリフィンドール生は多くが光陣営となり、戦死している。スリザリンの同級生の何人かはいまだにアズカバンだ。
平和になった今、寮による差別意識は特に持っていないフレイヤがホグワーツに望むことは、ホグワーツの寮同士が激しく対立し、校内で争いが再び起きないことだけだ。
そして、愛娘が元気であれば良い。それだけで良いのだ。
夕食はフレイヤが最後のクリスマスプティングのかけらを食べ切ったところで終了した。
久しぶりにワインを飲みすぎたかもしれない、とフレイヤは椅子にもたれかかる。ヤックスリーはそんなフレイヤをなにも言わず、見守っていた。
そのまま、フレイヤは小さくつぶやいた。
「もう11年になるのね…」
キャサリンが生まれて11年ではない。
もっと大きなことだ。
「そうなるな」
これには、黙っていたヤックスリーも同意した。
闇の帝王が去ってから11年が経っている。
コーバン・ヤックスリーは、純血名家ヤックスリー家の次男に生まれ、純血主義者になり、当然のように死喰い人となった魔法使いだ。
半純血すらも“穢れた血”と蔑む姿勢は、純血主義者としてもかなり過激な方と言えるだろう。
彼は、魔法戦争で主を失ったが、運よく死喰い人と見破られることなく、魔法省での地位と権力、フレイヤという恋人も手に入れていた。
フレイヤは家族のほぼ全員を失い、誰の子かを明かさずにキャサリンを生み、育てている。そして、偶然再会したヤックスリーと交際している。
この恋人たちは、今の状態にそれなりに満足していた。
2人ともこの平穏がいつまでも続けばよいと思っていた。
嘘と秘密の多いフレイヤとヤックスリーだが、それだけは真実だった。
そのうちにこのカップルは破局する予定です。
お互いのことを都合がいいモノと見てるところがある2人を書きたかったですが、うまく書けたか微妙です。
フレイヤ実家オリジナル設定
ロングボトム家
父、、継母(フレイヤの実母はフレイヤ出産時に死亡し、フレイヤと妹は継母に育てられている、マグル出身の魔女)、フレイヤ、双子の妹、3つ下の異母弟の家族構成
父は優秀な闇払いだったが、第一次魔法戦争初期に死喰い人に殺害される
妹も優秀な闇払いだったが、プルウェット家が襲われた際にプルウェット兄弟と共に惨殺
弟は癒者だったが、第一次魔法戦争後期に行方不明に(おそらく闇陣営に殺害)
フレイヤはとある事件の関与を疑われ、戦争終結後に捕まりかけたことがある
読了ありがとうございました。