降りしきる雨の中、一台の黒塗りの車が森林の中を駆けていく。
車の中には、運転手が1人と幼い姿の女の子が2人乗っていた。
「今日のバレェのレッスン、またダメだった……」
「何をおっしゃいますの?美貴子はとてもよく頑張っておられましわ」
「でも、美名子お姉様みたいには出来なかった……」
「なんでも私と比べることありませんわ、ちゃんと美貴子には美貴子の良さがあることを私は理解しておりますわ」
車の中で会話をするのは高貴な姉妹であった。
姉の美名子と妹の美貴子。
2人はバレェのレッスンの帰りであるようだ。
だが、美貴子の方はレッスンで姉のように上手く振る舞えなかったことが余程やりきれなかったようだ。
そんな自分を卑下する妹に、美名子はなおも励ましの言葉をかけ続けている。
そんな最中、2人の会話は突如として中断された。
突然として車が響く音をたてながら急ブレーキしたのだ。
「キャア!!」
「な、何事ですの!?」
耳に響く強烈な嫌な音に加え、急に止まったことにより身体にかかった圧により、2人の意識は強制的に切り替えられた。
「そ、それが……車の前に誰かが飛び出して来て……」
「なんですって!?」
運転手が恐る恐る答えた返事を聞き、美名子は雨の中にも関わらず車のドアを開けた。
「お姉様……!?」
姉が雨の中外に出ようとしてるのを見て、美貴子は慌てて声をかける。
だが、美名子は全く聞く耳を持たずに外へ出てしまった。
美名子が車の先頭へ行くと、そこには自分と同じくらいの年齢の男の子が倒れていた。
上は青いフード付きのパーカーを着ており、下には黒いズボンを履いている。
「大丈夫ですの?しっかりなさい!」
美名子は男の子を揺すりながら必死に声をかける。
最悪の事態を想定しながらも、どうかそれが起こらないことを祈りながら美名子はひたすら声をかけ続けた。
そして、美名子の祈りは届いたのか……
「……!良かったぁ」
男の子の目が僅かに開いたのが見えた。
なんとか最悪の事態は避けれたことに、美名子は安堵し息を吐いた。
だが、程なくして男の子は再び目を閉じてしまう。
「……っ!?このままでは危ないですわ!家に連れて行ってあげましょう」
かくして男の子は姉妹の乗る車の中へと運ばれた。
○×△
『灯流、これあげる』
目の前でお母さんが僕に何かを手渡す。
僕は、この光景を知っている。
僕がジャッキーと初めて出会った日だ。
『おかあさん、これなぁに?』
『この子はね、お母さんがずっと昔から一緒にいたお友達なの』
『オトモダチ?』
『この子はきっとあなたとも良いお友達になってくれるわ。だから、この子のこと大事にしてあげてね』
『うん、おかあさんがいうならわかった!』
この時の僕は、お母さんが僕に物をくれたのがとにかく嬉しかった。
それから僕はジャッキーのことを言われた通り大切にした。
それからしばらくしてお母さんはまた僕にウィップスをはじめとしたおもちゃを色々くれたので、それらもジャッキー同様大事にした。
家にいる時はジャッキーたちとよく遊んだ。
寝る時もいつもベッドの横に置いて一緒に寝た。
お母さんと一緒に遊びに行く時も一緒に連れてった。小学生になってからは汚れたりしたらよくないから外に持ち歩くのは控えるようにしたけど。
ジャッキーたちはお母さんが僕にくれた大事な宝物なんだ。
だから、これからもずっと大事にしなくちゃ。
お母さんが、僕のためにくれたんだから……。
○×△
「ぅ、ぅん……」
なんだか随分懐かしい夢を見ていた気がする。
目が覚めると、僕は見知らぬベッドの上で寝ていたことに気づいた。
「目が覚めましたの!?」
すると、女の子の声が聞こえたので僕は声が聞こえた方へ首を向けた。
その子は、一言で言えばとても綺麗な子だった。
歳は僕と同じくらいだけど、なんだか僕よりもずっと大人びているように見える。
黄色くて、背筋のあたりまで伸ばしている髪。
着ている服も、とても綺麗でどこか高級感を感じるものだった。
よく周りを見ると、部屋の中もとても広く綺麗だ。
もしかしたら、僕は今とても大金持ちの家にいるのだろうか……。
「あの、僕どうしてここに……」
「夜道を車で走っていたら、突然あなたが目の前に倒れて来たのですわ。外は今雨も降っておりますし、アナタをあのまま放っておけなくて家まで連れてきましたわ」
「そう、なんですか……」
そう言われて僕は寝る前のことを徐々に思い出して来た。
僕は確かに、暗い木々の中をあてもなく彷徨っていた気がする。
そしたら歩き疲れて、お腹も減って、それからこの人の言う通り倒れてしまったのだろう。
そこで、僕はふと気づいた。
ずっと大事に持っていたはずのアレがないことに。
「あの、すみません!僕、何か箱みたいなの持ってませんでしたか!?」
「あぁ、アレならここに」
そう言って、女の子は後ろにあったテーブルからソレをとって来てくれた。
間違いない、僕がお父さんから託されたジャッキーたちが入っている箱。
僕はそれを受け取り、もう離さないようにと強く握った。
「とても大事なものですのね、ソレ」
「……はい」
大事な物も見つかった。
これでもう大丈夫、少しでも早く行こう。
「色々とありがとうございました。それから、迷惑もかけたみたいで……。
じゃあ、僕はこれで」
「……っ!?お待ちになってください!」
ベッドから起きあがろうとした僕は、途端に目の前の女の子に押さえつけられてしまった。
「あなた、どこへ行くつもりですの?」
「え?家に帰ろうと……」
僕の中には、お父さんが言っていた言葉がずっと残っていた。
–––––いいか、まずお前は家に帰るんだ。そして自分の力で答えを見つけるんだ、戦うか戦わないか
あの時のお父さんがどういう意味で言っていたのかはわからない。
戦うとは、一体何と戦うということなのだろうか。
けど、お父さんは確かに家に帰れと言っていた。
どうして帰らなきゃいけないのかはわからないけど、お父さんがそう言ったのならきっと間違いないはずなんだ。
そうすればきっと、お父さんとお母さんにだってまた会えるかもしれない。
「アナタ、自分の家がどこだかわかりますの?」
「えっと、それは……」
そう言われて、僕は大事なことに気づいた。
そもそも僕が今いるここはどこだ?
今僕は家からどれだけ離れているんだ?
「あの、僕が住んでいた所は
「……戸井更市ですって!?」
僕が故郷の名前を言った途端、目の前の女の子はとても驚いていた。
一体何をそんなに驚くことがあるのだろうか?
「アナタ、戸井更市はここから二町も離れておりますのよ?どうやって1人で帰るおつもりですの?」
「……えっ!?」
今度は僕が酷く驚いた。
まさか、僕は家からそんな遠くに離れてしまっていたのか。
「……本当なんですか?」
「ワタクシ、こう見えて地理には自信がありますのよ。間違いありませんわ」
この子が実際にどれだけ地理に詳しいのかは知らないが、ここまで自信満々に言うのではあればきっと本当なんだろう。
「ましてやアナタは雨の中を倒れておられましたのよ?風邪をひいてる恐れだってありますわ。
そんな状態で1人で戸井更市まで行かせるなんて到底見過ごせませんわ!」
この子が言ってることはご尤もだ。
別に僕は風邪などひいてないと思うが、僕のような子どもが1人で二町も離れた所へ行くなんて普通に考えて無理だろう。
今の僕にはお金も食料もない、こんな状態では二町も移動するなんて到底無理だろう。
「でも、それでも僕は帰らないと……。
お父さんとお母さんにもう一度会うためにも」
「……そもそも、アナタのような子どもがどうしてこんな所に1人で?」
「そ、それは……」
僕は言葉に詰まってしまった。
公園で遊んでたら親と一緒にUFOに攫われて僕だけ逃げてきた、など話して到底信じてもらえるわけがない。
一体どう説明したら良いだろうか……
「……何か言えない事情がありますのね?」
「……はい」
わざわざ僕のことを助けてくれたのに、何も話せず迷惑ばかりかけるのはとても悪く思う。
けれど、いくら考えても答えは出てこない。
「……わかりましたわ、私がアナタを戸井更市まで連れて行ってさしあげますわ」
「……へ?」
僕は、この子が何故そんなことを言ったのかわからずつい変な声を上げてしまった。
「ですが、今はしっかり身体を休めてくださいな。それでアナタが大丈夫だとちゃんとわかれば、私が遣いの者に頼んでさしあげますわ」
「……どうしてそこまでしてくれるんですか?」
この子と僕は見ず知らずの赤の他人だ。
それに僕は自分の境遇だってちゃんと話せていない。
側からみれば僕は紛れもない不審者だろう。
なのにこの子は、どうしてそんな僕のためにここまでしてくれるのだろうか。
「あら、困っている人を助けるのは淑女として当然の行いでしてよ?」
それに、とこの子は優しい目で僕のことを見つめてくる。
これには思わずドキッとしてしまった。
「アナタは先ほどご両親に会いたいとおっしゃっておりましたわよね?
自分の親を大切に思うお方が、悪いお方であるはずがありませんわ」
この子の言葉は、まるで自分よりも歳上のお姉さんのような言葉遣いだった。
見た目は僕と変わらないくらいなのに。
「アナタはきっととても優しいお方なのだとわかりますわ。
そんなアナタを放っておくなんて、出来ませんもの」
そんなこの子が僕のことを優しいと言ってくれるのが、とても嬉しかった。
突然両親と離れ離れになって途方もなくなってから、初めて受けた人の優しさ。
気づけば、僕は自分でも気づかない内に涙を流していた。
次第に涙は量を増していく。
何度止まれと思っても止まらない。
そんな僕は見て、目の前の子は表情を崩さぬまま僕の涙をハンカチで拭き取ってくれた。
「アナタ、お名前はなんとおっしゃいますの?」
「……夕義、灯流」
「ワタクシは
○×△
それから僕は美名子さんに連れられて、いわゆる大広間へと来ていた。
なんでも、これから夕ご飯の時間だそうだ。
そのあまりにも豪華な光景を見て、僕は改めてとんでもないお金持ちに拾われたのだと実感した。
「お父様、お母様、この子が灯流ですわ」
「初めまして、夕義灯流です。
この度は、本当にありがとうございました」
この部屋には、美名子さんのお父さんとお母さん、それと美名子さんの妹さんでる美貴子ちゃん、そして僕の計5人が集まっていた。
「ふむ、とてもお利口な子のようだ。
それにしても大変だったなぁ、家族旅行中に迷子になってしまうとはなぁ」
「……?は、はぁ」
突然美名子さんのお父さんから知らない情報が飛び出てきた。
右をを向くと、隣に座っていた美名子さんが小声で「ちゃんと合わせておきましたわよ」と言ってきた。
どうやら今言ったのは美名子さんが考えた設定らしい。
ここに来てからというものの、美名子さんには本当に頭が上がらないなぁ。
「まあ、すぐに家の遣いの者が君の宿泊先に送ってやるさ。今日一日は家でゆっくりするといい。
娘が助けてやった子だ、歓迎してやるとも」
「本当にありがとうございます」
それからメイドの人たちが食事を運んできてくれた。
テーブルの上に次々と並べられる料理は、どれも僕が見たこともない豪華なものばかりだった。
それを見た途端、僕はついお腹の虫を鳴らしてしまった。
隣にいた美名子さんが「まぁ……」と言いながらくすくす笑っている。
とても恥ずかしい……。
美名子さんの隣に座っている美貴子ちゃんに関しては、明らかに僕に対して不機嫌そうな顔を向けている。
本当にはしたない所を見せてしまった。
「さ、気を取り直してお召し上がりになりましょう。折角の料理が冷めてしまいますわ」
美名子さんがそう言ったのを合図に、みんな用意されたフォークとナイフを持ち始めた。
まだ恥ずかしい気持ちは残るが、美名子さんの言う通り折角の料理を冷ましてしまうのは悪いため、僕もフォークを手にとった。
–––––ゴキッ
「あら?」
「……え?」
美名子さんが声をあげてから、遅れて僕も気づいた。
僕の手から、変な音がなっていたことに。
この時僕は、腹の虫を鳴らした恥ずかしさもあってつい強めにフォークを握っていたと後から思った。
けどまさか、…………それで