飾城美貴子は、親に
少なくとも、本人はずっとそう思っている。
その根本たる原因は、姉である美名子の存在であった。
姉は生まれながらにして、あらゆる才能に恵まれていたのだ。
飾城家は代々由緒正しき上流貴族であった。
それ故に、いずれその当主の後継者たる美名子たち姉妹にはそれに相応しい人となりを求められた。
2人は幼い頃からあらゆる習い事をさせられた。
バレエ、ピアノ、様々なことを。
それを姉は、生まれ持った才能で全てこなしてしまったのだ。
両親はそんな姉にとても大喜びし、重宝した。
しかし、妹の美貴子は違った。
美貴子には姉と並ぶほどの才能はなかった。
彼女なりに両親の期待に応えようと必死に努力した。
されど、結果は振るわなかった。
そんな美貴子を、両親はぞんざいに思っていた。
何をやっても姉と比較され、認めてもらえなかった。
次第にそんなぞんざいさもエスカレートしていき、父には隠れて暴行まで振るわれるようになった。
助けを求めたかった。
だが、家族に自分を助けてくれる者など誰もいなかった。
今の家の当主は父であり、そんな父が一言かければ暴行の事実など一瞬で隠蔽される。
父にはそれだけの力があった。
唯一そんな両親の醜い姿を知らない姉は優しく接してくれた。
しかし、それさえも美貴子にはもはや当てつけとしか捉えられなくなっていた。
–––––お前さえいなければ、私はお前と比べらずに済んだ。
そんな思いをずっと抱いていた。
次第に家族に対して深い憎悪を募らせては、それを隠れて発散するようになった。
自室に入り、扉の鍵を閉めた彼女は棚からあるものを取り出す。
それは、見るに無惨なボロボロな姿となった西洋人形であった。
美貴子はその人形を持ち出しては、部屋の真ん中でひたすら人形を殴り続けた。
この人形は元々、今よりも幼い頃に両親が気まぐれで寄越したものであった。
自身が憎む両親から貰ったものを自身の手でズタズタにすることで、彼女は募った憎しみを発散させていた。
自分をぞんざいに扱う両親が憎い。
自分のことなど何も知らず両親から持て囃される姉が妬ましい。
全て自分の手でズタズタにしてやりたい。
そんな怨を抱いていた時、美貴子に突然悪魔の囁きが轟いた。
『オトナガキライ?』
突如聞こえて来た不気味な声。
部屋のあちこちを見渡すが、声の主らしきものは見当たらない。
『オトナハミンナワルイヤツサ』
男なのか女なのか、それ以前にどこか人間性すら感じさせない不気味な声に美貴子は警戒心を最大限まで引き上げる。
『ボクガキミニプレゼントヲアゲルヨ』
そしてようやく、声の発声源を見つけた。
明らかに見覚えのない、熊のぬいぐるみが置いてあったのだ。
間違いなく自分が部屋に入って来た時にはなかったものだ。
だがぬいぐるみを見つけたのも束の間、今度はカーテン越しに部屋の窓から強い光が差し込める。
この時間は夜だ、光が差し込むなんてあり得ない。
何が起こっているのか確かめるべく、美貴子はカーテンを開いた。
開いて
そして美貴子は見た、自身の部屋の前に浮かぶ
それが、灯流が飾城家にやってくる
○×△
あれから僕は、貸してもらった部屋に来ていた。
わざわざ来客の僕に丸々一つ部屋を貸せるほどの余裕があるとは、改めてこの家の裕福さを知らされる。
それはさておき、ようやく僕は1人になれた。
僕はどうしても確かめたいことがあったのだ。
僕はお父さんから最後に渡された箱のフタを開ける。
すると案の定、箱の中からジャッキーたち4人のおもちゃが飛び出して来た。
おもちゃたちは出てくるとすぐに、僕の目の前で横一列に並び僕の様子を伺いはじめた。
「今さらなんだけど、本当にジャッキーたちなんだよね?」
僕がそう聞くと、おもちゃたちはそれぞれ首を縦にふったり手を振ったり、バラバラなリアクションを取る。
正直伝わってるのかもよくわからない。
そもそもジャッキーたちは何故動けるようになったのか。
僕が知り得る限り、ジャッキーたちはただのおもちゃでしかなかったはずだ。
そう言えば、わからないのはジャッキーたちのことだけじゃない。
さっき僕が食事中にフォークを折ったこともだ。
あの後美名子さんが「灯流はとても力持ちなのですわねぇ」と言ってその場を笑いで誤魔化してくれたので事なきを得た。
料理についても、メイドさんが新しいフォークを持って来てくれたので無事に食べられた。
とは言え、それで片付けて良いわけがない。
確かに僕は身体を動かすのは好きではあったが、そこまで身体を鍛えてなどいない。
ましてやフォークのような固いものを折るなんて到底出来るはずがない。
あのUFOに攫われてからと言うものの、僕の身の回りの色んなことがおかしくなっている。
一体僕たちはあのUFOの中で何をされたのだろうか。
そう考えている内に、お父さんの言葉がまた僕の頭の中を過った。
–––––いいか、まずお前は家に帰るんだ。そして自分の力で答えを見つけるんだ、戦うか戦わないか
戦うって、まさかこの力で戦えってことなのか。
それによく思い返せばジャッキーたちはUFOの中であのロボットたちを倒していた。
それだけでも、ジャッキーたちにも物凄い力があるのがわかる。
お父さんは一体これだけの力を使って何と戦えと言いたかったんだろう?
それと家に帰ることがどう繋がってるのかもわからない。
とにかく、今僕に残された手がかりはお父さんの「家に帰れ」という言葉だけだ。
幸福にも僕は美名子さんのおかげで家に帰る方法も見つけられた。
後のことは、まず家に帰ってから考えるしかない。
僕がそう決意を固めた時だった。
『キャアァァァァァァァ!!!!!!!』
なんだ!?
部屋の外から突然大きな叫び声が聞こえた。
あの声は、間違いなく美名子さんのものだ。
一体あの子に何が起こったんだ!?
僕は乱暴に部屋の扉を開けて、美名子さんのいる場所へと走り出した。
その場にジャッキーたちを取り残して。
○×△
「美名子さん!!」
広い廊下を走り抜けて、僕は美名子さんを見つけた。
美名子さんは座り込んでいたが、同時に酷く震えている。
よく見ると、美名子さんの奥にもう一つ影が見えた。
美名子さんとそっくりだけど、もっと小さな影。
美貴子ちゃんだ。
「美名子さん、何があったの?」
ようやく美名子さんの傍に着いた僕はしゃがんで目線を合わせてから、美名子さんに質問した。
美名子さんは何かに怖がっているみたいだから、なるべくゆっくりと。
だけど、よっぽど怖い何かを見たのか、美名子さんはずっと怯えたまま何も言わない。
なら、この場にいるもう1人に聞くしかない。
「ねぇ、美貴子ちゃんは大丈夫だった?何があったのか知らない?」
けど、美貴子ちゃんも何も答えなかった。
ただ、僕は美貴子ちゃんを見て違和感に気づいた。
目の前で姉がこんなに怖がっているのに、対して美貴子ちゃんの表情は何も感じさせないとても冷たいもののように感じた。
とても自分よりも歳下の子が出せる不気味さだとは思えない。
僕は、どうしても美貴子ちゃんは何かがおかしいと思えてならない。
すると、美貴子ちゃんは突然ゆっくりと人差し指を立て、上を指差し始めた。
まるで上を見ろと言ってるかのように。
突然の不気味な行動に呆気にとられたけど、僕は美貴子ちゃんの指に従って上を見上げた。
見上げてしまった……。
「あぁっ!?」
そこで僕は、見てしまった。
天井に張り付けられているそれを、いや
2人とも、まるで系のような物で全身をつつまれている。
天井に張り付いてるだけでも十分おかしいのだが、それ以上におかしいものを見てしまった。
2人とも、首や手脚が
どれも曲げたら痛いどころじゃ済まない、明らかに人間の身体の限界を超えた角度で曲がっている。
そして何より、天井は暗くてよく見えないが、2人とも顔が
美名子さんが何に怯えていたのか、ようやくはっきりした。
それと同時に、もう一つ違和感があることに気づいた。
そう、美貴子ちゃんだ。
どうして両親がこんな悲惨な目に遭っていると言うのに、美名子さんだけが怯えているのか?
そう思った時、僕はふと先ほどの奇妙な様子で天井を指差した美貴子ちゃんを思い返した。
そんな、まさか。
何度もあり得ないと思った。
信じられなかった。
信じたくなかった。
だけど、答えは
「うわっ!?」
「キャッ!!」
突然何かが勢いよく飛んできて、僕と美名子さんは壁にぶつかった。
だけどそれだけじゃない、僕たちは壁から動けなかった。
よく見れば、僕たちの身体には系のような何かが張り付いている。
それは、たった今見た天井に張り付いた美名子さんの両親に張り付いていたのと同じものだ。
僕はすぐに目の前へと視線を向けた。
美貴子ちゃんが両手を前に突き出していた。
まるで何かを出したかのように。
そして右手が僕、左手が美名子さんへとそれぞれ向けられていた。
それだけで理解出来てしまった。
この事態が誰の仕業であるのかを。
「美貴子ちゃん、どうして……」
僕はそう問いかけた。
僕たちを動けなくしたことか、自分の両親をあんな目にあわせたことか、何に対しての「どうして」だったのかは、僕にもよくわからない。
だけど、"答え"は美貴子ちゃんの口からすぐに出た。
「ずっと苦しかった、お父サマとお母サマにいじわるされて、いたいことされて。
姉サマのことだってだいっきらいだった。ワタシのことはダレもほめてくれないのに、いっつも自分ばっかほめられて、たのしそうで……」
美貴子ちゃんが言ってることは全くわからない。
意地悪されてたなんて、今日会ったばかりの僕が言うのも何だが、あんな優しそうな両親からはとても想像出来ない。
それに美貴子ちゃんは今、姉であるはずの美名子さんにまで憎しみを向けている。
あんなき優しかった美名子さんにまで、どうしてそんな怖い顔を向けるんだ?
何より1番わからないのは、自分の両親をあんな目に合わせたこと。
どうして?自分を育ててくれた大事な人のはずなのに……。
「今日でもうぜんぶ終わる。
今までアンタのせいでイタイことされてたのも、アンタをみるタビにうらやましくてしょうがないのも、ゼンブ!!」
美貴子ちゃんは右手を大きく振りかぶり、美名子さんへと向ける。
ダメだ!絶対にダメだ!
「いや……美貴子、やめてっ!!」
僕は咄嗟に身体全身に力を込めた。
すると意外なことに、僕の身体に張り付いていた系は
僕は美貴子ちゃんの元へ走った。
手遅れになる前に、間に合うようにと必死に。
「おりゃっ!」
「キャッ!」
間に合った……!
僕は美貴子ちゃんの身体に覆い被さり、両腕を掴んで床へ押さえつけた。
「美貴子ちゃん、やめるんだ!
どうしてこんな……」
「ジャマするな!」
だけど、美貴子ちゃんは一瞬物凄い力で僕を簡単に弾き飛ばした。
僕はまたしても壁にぶつかった。
背中がヒリヒリ痛むけど、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
「その力、晩ゴハンのときももしかしたらと思ったけど、アンタも同じ"ネオチャイルド"なんだね」
美貴子ちゃんが言った聞き慣れない言葉が、僕の中で引っかかった。
ネオチャイルド?
なんのことを言ってるんだ?
「だけどジャマさせないよ。
ワタシはもうイヤなの!こんな毎日イヤな思いするのは!ぜんぶ終わりにしてやるの!」
そう言うと美貴子ちゃんはどこからか黒い箱のようなものを取り出す。
その箱にはとても見覚えがあった。
お父さんから貰った箱に似てる?
僕が貰ったのが緑色だったのに対し、あっちは黒色という違いはあるけど、あのメカメカしい見た目は僕が渡されたのと物凄く似ている。
「アンタも、姉さまも、ぜんぶゼンブなくなっちゃえ!!」
そう言って美貴子ちゃんは箱のフタを開いた。
最初は中から何が出てくるのかと身構えたが、実際はそんなんじゃなかった。
箱は美貴子ちゃんの手から1人でに浮かび、なんと美貴子ちゃんを覆えるくらいに大きくなったのだ。
そして次の瞬間、箱は開いたフタから美貴子ちゃんを自分の中へと入れ込んだのだ。
すると箱はフタが閉じられ、なんと箱が破裂してしまった。
箱の中から現れたのは、美貴子ちゃんの面影は見る影もない
まず、背丈が元の美貴子ちゃんよりも高くなっている。
見た目はまるでゴシック風の人形だが、ドレスのいたるところがボロボロで蜘蛛の巣のような模様が描かれている。
顔には赤い目が6つあり、背中から蜘蛛のような足が8本生えている。
そして特に目をひくのが、まるで人形の殻を突き破ったかのように左肩から生えている、
そのゼンマイの形が、僕がUFOの中で見たロボットに付いてたのと物凄く似ていたのだ。