美貴子ちゃんが変身した化け物–––––ひとまず蜘蛛みたいな見た目だから、適当に『スパイダー』と呼ぶことにする–––––は、今度は僕に向かって手を振りかぶる。
きっとさっき邪魔をしたことによっぽど気が立っているのだろう。
だけど、僕だって黙ってやられるわけにはいかない。
身体を右に横転させてなんとか避けた。
「美名子さん!」
僕が今優先すべきことは、美名子さんを守ること。
僕が右に転がりこんだのも、美名子さんに近づくためだ。
僕は美名子さんの頭と腰を掴んで持ち上げた。
いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
本当ならここで系を破いて逃がしてやりたがったが、目の前にスパイダーがいる以上そんな余裕はない。
僕の小学校でも男子が揃って憧れるお姫様抱っこを今僕は初めて実践しているわけだが、生憎今の僕には喜んでる暇などない。
僕は美名子さんを抱いてめいいっぱい走った。
「灯流……美貴子が、美貴子があんな怪物に!」
「僕にも何がなんだかわからない。
けど、今はとにかく逃げなきゃ!」
不思議なことに、僕は美名子さんのことを全く
確かに美名子さんはスラっとしてとてもスマートで綺麗な体型ではあるが、僕はそう言うのとは違う不思議な違和感を感じてならなかった。
「逃ガサナイ!」
「うわっ!」
だけど上手く逃げ切ることは叶わなかった。
突然足が何かに引っ張られる感じがして僕は大きく転んでしまった。
そのまま美名子さんも手から離れ、僕の目の前で転がる。
「きゃっ!」
見れば、天井に張り付いたスパイダーが口から系を吐き僕の足に巻きつけていた。
「モウ逃ガサナイ、2人トモバラバラにシテヤル!」
スパイダーが天井から降り、またしても僕たちに向かって腕を振りかぶる。
だが、またしてもその腕が当たることはなかった。
「グギャ!」
突然横から飛んできた小さい影が、スパイダーの顔目掛けて飛んできたのだ。
その影の正体はすぐにわかった。
「ジャッキー!?」
僕が部屋に置いてきたはずのジャッキーだった。
ジャッキーだけじゃない、他のおもちゃたちも次々現れてスパイダーを足止めしてくれてる。
「アァッ!ジャマシナイデ!!」
ジャッキーたちは、僕のことを助けに来てくれたのか?
気になることはあるけれども、ここはジャッキーたちに任せて僕たちは逃げるべきだろう。
僕は美名子さんを再び抱いて走り出した。
いくらか走って、スパイダーが見えなくなったあたりで、僕は一回美名子さんを放す。
そして美名子さんに巻き付いた系を引きちぎった。
「あっ、灯流!」
解放された美名子さんは、咄嗟に僕に抱きついた。
僕の胸の中で、熱ものが僕の服を濡らしていく。
それが何であるかなんて、考えなくてもわかる。
当然だ、両親があんな目に遭って、最愛の妹が化け物になって自分に襲いかかってきたのだ。
その悲しみがどれだけのものかなんて、僕にもわかる気がしない。
けれど、このまま美名子さんを放っておくなんて出来ない。
○×△
『灯流、あなたは優しくなってね』
これは、いつの記憶だったっけ。
たしか、保育園にいた頃だったろうか。
『私はね、優しくて強い子が大好きなの。
だから、灯流にもそうあって欲しい。
泣いている子には手を差し伸べて、守ってあげられるようになって』
それでも、言葉自体は今でもよく覚えている。
そうだ、僕は優しくて強くならなきゃいけないんだ。
そうすれば、お母さんは喜んでくれるから。
僕が、
○×△
そうだ、目の前で泣いている子がいるんだ。
だったら、僕が守ってあげないといけない。
そうじゃなきゃ、お母さんとお父さんが望む"良い子"にはなれないんだ。
「アァァッ!!!」
僕が決意をしたところで、突然部屋の壁が吹き飛んだ。
そこからジャッキーたちも飛び出して来る。
煙が晴れると、そこにはスパイダーがいた。
もう追いついて来たのか……。
「コロス!ミンナコロシテヤル!」
スパイダーの口から、僕よりも幼い子が使っていいはずのない危険な言葉が出てくる。
まずい!
スパイダーは物凄く怒ってる。
だけどジャッキーたちはもう戦えそうにない。
だったら、僕がやるしかない。
「美名子さんから離れろ!」
僕は美名子さんを守るため、スパイダーの脚にしがみつく。
相手は僕よりもずっと背が高い。
今の僕にやれるのはこれが精一杯だ。
だけどスパイダーが足を振るって、僕は簡単に吹き飛ばされた。
それでも諦めずにもう一度しがみつく。
床に大きく身体をぶつけて、今でもあちこちがズキズキ痛む。
だけど、僕は痛みを我慢して全身に力を込め続けた。
今度はパンチもしてみる。
だけどスパイダーは僕の攻撃などちっとも痛がる素ぶりを見せずまた僕を振り払う。
やっぱりダメだ。
理由はわからないけど、僕は鉄のフォークを折れるくらいの力を手に入れた。
それでも、目の前の怪物には全く歯が立たない。
僕は、何も守れないのか……?
そんなの嫌だ。
僕は優しくて強い子になりたい。
"良い子"でありたい。
今目の前で泣いてる子を助けたい。
僕がそう思っていると、近くで倒れてたはずのジャッキーが何かを持って僕に近づいて来る。
お父さんからもらった箱だった。
そう言えば美貴子ちゃんも、この箱とそっくりな物であの化け物に変身した。
もしかしたら、これを使えば僕もあんな力が使えるの?
そう思って試しに箱のフタを開けてみる。
だけど、何も起こらない。
やっぱりこれは美貴子ちゃんが持ってたのとは違うのか?
『Gyaaao!!!』
「うわっ!?」
すると突然、僕の持っていた箱におかしなことが起こった。
突然変な声みたいなものが聞こえたと思ったら、なんと1人で勝手に動き出したのだ。
僕の手から離れた箱は、スパイダーに体当たりをかましよろけさせることに成功した。
すると箱は、僕の前に戻って来た。
よくみると、箱の側面に口のような割れ目、そしてその上には釣り上がった目玉のような物がついている。
この箱もジャッキーたちみたいに生きてたのか?
僕がわからなくなっていると、今度は箱僕のお腹の辺りに向かって飛びついて来た。
突然のことで避けられなかったが、痛みは感じない。
箱はぶつかる直前に身体を回し、顔を前に出した状態で僕のお腹にくっついたのだ。
すると箱の横から赤いリボンのようなものが僕の腰に巻き付く。
巻き付き終わると、リボンはまるでベルトのように厚く、そして太くなり、箱の右側からはハンドルのようなものが生える。
なんだこれ?
すると今度はジャッキーがジャンプし、自分から箱の中へと入って来た。
『
箱がしゃべると、ジャッキーはフタを指差した。
もしかして、閉めろってことだろうか?
そう思って、僕は試しに箱のフタを閉めた。
『ジャッキー、イン!』
すると箱から何やら今の雰囲気にはとてもあってない楽しそうな音楽が流れ出す。
これであとは、どうすればいいんだ?
そこで僕は、さっきまでなかったはずのハンドルを思い出し、試しにハンドルを回してみた。
『ッ!』
慎重にと思って試しに一回だけ回してみたけど、中身がドクンってなるのを感じた。
これであってるのか?
だけど何も起きないため、もう一度ハンドルを回す。
『ッ!!』
すると、さっきよりも強く中身がドクンってなるのを感じた。
ここまで来たらなんとなくわかる。
ゲームでもこういうのは大体3回目で何かが起こるものだ。
僕は3回目のハンドルを回した。
『Gyaaao!!!』
すると、箱からまた鳴き声が上がるとフタが開き、中に入って来たジャッキーが勢いよく飛び出してきた。
さながらびっくり箱のようだ。
すると僕は、突然不思議な感じがし出した。
怖い、物凄く身体がゾクゾクする、まるで自分の何かが変わってしまうような。
それでも、美名子さんを守るためにはこれを使うしかない。
そう思って、これから自分に起こる何かを受け入れようとした。
すると、僕の頭の中にある言葉が浮かんだ。
どうしてその言葉が出て来たのかはわからない。
だけど、僕は何故だかその言葉を口にした。
「–––––変身」
○×△
–––––どうしてこうなった?
–––––ワタクシの幸せは、どうしてなくなった?
飾城美名子は名家の元に産まれ、今までとても幸せな日々を過ごして来た。
それもこれも、優しい両親のおかげだった。
美名子は昔から勉強も運動もなんでも頑張った。
その度に両親は自分を大層褒めてくれた。
とても嬉しかった、だからそんな両親の期待に応えたかった。
そのためにより頑張った、必死に努力した。
その度に、両親からより期待され、色んなことを教え込まれた。
自分はいずれ飾城家の跡継ぎになること。
そのために、後継者として相応しい存在にならなければいけないこと。
そして、そうすれば自分はより幸せになれるということ。
だからこそ美名子はより一層頑張った。
そんな自分に、両親は色んな物をくれた。
綺麗な服、美味しい食べ物、好きな人形、なんでもだ。
美名子にとって、両親が叶えてくれない願いなどなかった。
それから少しして、妹の美貴子が産まれた。
美名子は妹の誕生を大いに喜んだ。
そして美名子は、美貴子にも自分が両親に教えられたことを同じく教え込んだ。
頑張っていれば幸せになれる。
それが今までの美名子の生きる上での信条であった。
だからこそ美貴子にも頑張って欲しかった。
美貴子にも幸せになってもらうために。
だが、美貴子は自分と違い良い結果を出せなかった。
出来ないということは決してない。
だが、勉強も運動もいずれもが
それからというものの、美貴子は笑わなくなってしまった。
いくら努力しても美名子と横並びにはらならず、次第に両親からも厳しい言葉をかけられることが多くなった。
それでも、姉である自分は美貴子が努力している姿をずっと見て来たのだ。
美貴子が努力してないはずなどない。
きっと自分がもっと教え込めば、両親も美貴子を認めてくれる。
そう信じて、今まで妹に沢山のことを教え込んで来た。
それなのに、今の有り様は幸せとは真逆であった。
両親の死体を見てしまい、自分が優しく接して来たはずの妹は化け物になり自分に憎悪を向けている。
今自分の側にいるのは、自分が良心から拾ってきた灯流だけ。
そしてそんな彼の周りには一人で勝手に動く不思議なおもちゃがいる。
そんな彼は今、化け物とかした妹と戦っている。
だが、全く歯が立たない。
そんな時、彼は不思議な箱を取り出した。
顔がついてこれまた生きてるかのように勝手に動く箱だ。
彼は箱を取り出すとそれを腰の辺りに巻き、それからおもちゃの中のピエロのような人形を使って何かをしだすと、突然こう言い出した。
–––––変身。
すると次の瞬間、彼の背後に腰に巻き付いた顔付き箱を大きくしたものが現れた。
巨大な顔付き箱は、なんとそのまま灯流をその大きな口で食べてしまった。
だが、今度は箱が突然破裂し中から何かが現れたのだ。
先ほどの灯流から背丈は大分大きくなっている。
だがそれだけではない。
上半身には所々に丸と三角、それから星の模様が散りばめられた右が赤、左が青の装甲を身に纏っている。
だが、その下は機械的な上半身とは対照的に、生物感のある黒い異形の姿となっている。
そして頭は上半身とは逆に右が青、左が赤の二股のフードを被っており、その中には黒い吊り目の複眼がついた白い仮面を被っている。
『ジャッキー・ザ・ピエロ!Gyahahahahaha!!!』
『
さながら異形の化け物がピエロを模した化けの皮を被っているかのような姿であった。
美名子の目には、もはやそれは灯流ではない、成れの果ての妹と同じ
というわけで、初戦闘は次回にお預けです。
すみません……