灰の夢   作:深海潜水艦

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初めましての人は初めまして
知っている人はお久しぶりです
本日よりオリジナル小説『灰の夢』の投稿を始めます
まだまだ拙いところがありますが、温かい目で見守ってくださると幸いです
それでは、作品をお楽しみください


起の起「大前提」
Hello! Hollow City!(ようこそホロウシティへ!)


『歪み』。それはいつの日か、世界中で発生するようになった超常現象。  曰く、それは。

 

【空間、時間、次元、物理法則、物質、生命体を捻じ曲げ、変化させる】

 

 2032年のある事件により発生したそれは、またたく間に世界へと分布した。地方、都市、水中、あらゆる場所に突然発生し、あらゆる命を理不尽に刈り取る。歪みが発生した地域は『エリア』と呼ばれ、一般人の立ち入りを固く禁じている。

 エリア内では数多くの現象が報告されており、ここではないどこかの景色を見た者や、過去や未来を見た者がいる。それだけでなく、空間が抽象画のように湾曲したり、人が忽然と姿を消したり、空間に押し潰されて文字通り肉塊になったりと.....統一性のないさまざまな異常が報告されている。

 

 だが、歪みは人類に新たな知識をもたらした。

 その代表格となるのが『エーテル』という不定形の物質。

 エリアでのみ採取される、地球には存在しない新種のエネルギー。極限的な伝導性と空間の圧縮、膨張の効果が確認されており、「既存の物質の機能を代用できる」という驚異的な応用性の高さから、石油やレアメタルなどの世界中で限りある資源に代わるエネルギーとして利用されている。

 もはや既存の物質はエーテルへと置き換わり、世界中でエネルギー革命が発生した。

 

 歪みは人々に脅威をもたらした反面、新たな産業の創造と経済の成長をもたらした。既存のエネルギーよりも安価で効率的なエーテルは世界のエネルギー問題を解決し、不足した資源はすべて代用された。

 エリアの資源の採掘と技術で利益を得る企業が台頭し、エリアの開発に反対しエリアを保護しようとする団体、挙げ句の果てには歪みそのものを崇める連中まで現れた。

 

 人類史上類を見ないほどの変化は、イノベーション5.0だか6.0だかいう話ではなく、歪みに歪んでしまった技術と経済のもとで成り立っている、いつ崩壊してもおかしくない世界。もしこの世界から歪みが一瞬にして消えてしまえば、大規模な混乱は免れない。もはや、明日に自分や知り合いの命があるのかすらわからない。

 それでも人々は生きていかないといけない。変わり果ててしまったこの世界で、今日を生き抜くために.............。

 

  ――というのが、俺がハマりにハマって、何千時間とやりこんでいたゲーム『ディスコネクト』のオープニング概要だ。

 

 ジャンルとしてはフロムライクな死にゲー。ビジュアルノベルのような無数の選択肢と、あらゆるエンドが存在するのが特徴だ。

 やり込み要素の高さと、何度でも周回できるリトライ性、魅力的なキャラの多さなどにより一時社会的ブームになった作品。いわゆる神作である。

 発売初日は有給全部使って徹夜してやり込んだし、トロコンして全エンドを見るぐらいまではやり込んでいた。長期休みの時間を使ってRTAを走って、ビルドを組んで何十周も走った。

 俺の人生を破壊したといってもいいほどの神作。今後もこのゲームをやって遊んでいこう.......そう思っていたのに。

 

 気づいたら死んだらしく、いつの間にかこの世界にぶっ倒れていた。日本のどっかの田舎に転生して、紆余曲折、時代の荒波に揉まれながら今に至るわけだ。

 

 なんで今こんなナレーションをしているのかって?  まるで走馬灯みたいで縁起悪いぞって???  そりゃお前、もちろん.......。

 

「うぉ〜!? 死ぬぅ!?!?!?」

 

 拝啓、どっちに言えばいいかわからない両親。

 わたくし、歪み関連の依頼を受ける何でも屋【暁灰庵(ぎょうはいあん)】の代表者、「ダスト」は現在、後ろから口を広げて追いかけてくる馬鹿でかいトカゲに追い回されております。ふざけんな、なんでこんな目に遭わないといけないんだ。

 ダストというのは原作キャラの一人。主人公のことを裏からサポートする、下手なヒロインより人気があった攻略不可能キャラだ。

 気づいたら彼に転生していた俺は、俺なりの解釈で原作前を過ごしてこうなった。

 

 事の発端は、1つの依頼。エリアに咲く特殊な花「ニンフ」という忘却効果を持つ花を採取しに行ったのが始まりだった。

 死と隣り合わせである『エリア』で発見される物質はどれも希少であり、高値で取引される。そのためエリアに進入し、希少な物資を回収して表裏両方の市場で取引する者たちが俺ら『探求者(シーカー)』だ。

 得た金で生計を立て、装備を拡充し、歪みの深部へと赴き真実を追い求める者たち.......といえば聞こえがいいが、実態は日雇いの非正規労働者と何も変わらない。

 まぁそんなわけで、お目当てのものを採取したのはいいものの、脱出途中で『マガツ』に襲われてしまったのだ。

 今はポリゴン状の集合体で出来たデカいトカゲが、俺のことを丸呑みする勢いで口を開けながら迫ってきている。

 

『さっさと走って逃げろ、このアホ!』

 

 インカムからは、中性的な声が脳に響く音量で聞こえてくる。

 ギャーギャーと騒ぎ立てるこいつは「誘救(いすく)」。ゲームではダストの相棒として暁灰庵の運営と、主人公のサポートをしていた。超人的なハッキング能力を持っていて、性別がわからない中性的な容姿が一部界隈の脳を焼いている人気キャラだ。(俺の推察では、多分男の娘枠だと思っている)

 今も変わらずダストの補佐役であり、暁灰庵の情報担当。先ほどまでは周辺マップをもとに指示を出していたが、今は俺と一緒に叫んでいる。

 

「逃げろつったって、どこに逃げりゃあいいんd......あっぶね!」

 

 長い爪を携えた前足が体に掠る寸前、()()()()()()()()()()攻撃を回避する。物理法則を無視し、重力に縛られないその動きに、常人であれば目を疑う光景であろうが、この世界ではあまり珍しいものじゃない。

 『禍具(アーティファクト)』。エリアにあるものを収集したり、エリアの素材を使って作成することができる、使用者にこの世の理を根底から覆す権能を授ける異物。

 空を自由に駆け、万力の握力で大地を揺らし、リニアを超えた速度で動き、天性の才と知能を授け、銃弾をものともしない強靭さを得るなど、さまざまな効果を持った禍具がある。

 

 デメリットアホのメリットバカなアーティファクト何個もつけて肉を斬って骨を断つビルドとか

 一撃必殺居合ビルド(デコピンで消し飛ぶ装甲)とか

 誉を投げ捨てた状態異常爆盛り高耐久ビルドとか

 武器を大量に持った人間武器庫ビルドとか

 

 ......とゲームでは色んなビルドを組んで遊んでいた

 

 そんなアホみたいなビルド組んで笑っていた俺が今履いているのは『登山家の足跡(クライムステップ)』。足から重力を発生させ、3次元を自在に移動することが可能だ。

 壁を登った目的はエリアからの脱出。マガツは境界の外に出れば崩壊するため、追ってくることはできない。そのため、エリアの外になっているビルの屋上めがけて垂直に走り出している。

 

「あんのバカでかい図体だ。さすがにここまでは追ってこれないだろ! 勝ったなガハハ!!」

 

 勝ちを確信して走りながら叫ぶ。下を見れば、40階ほどはあろうかという高さまで登っていた。あのトカゲも強靭な脚力でビルをよじ登っているみたいだが、一歩一歩が遅いためこちらには届かないだろう。

 

『君、そういうのは死亡フラグって言うんじゃない?』

 

 インカム越しに声が聞こえてきた。心なしかジト目で話している気がする。

 

「なわけ。俺は死なねぇよ」 『そう油断してるから危ない目に遭うんでしょ。バカなの?』 「バカじゃないです〜。このダストさんに敗北の二文字はないわぁ!!」

『またそんなこと言って.....後ろ見てみたらどう?』 「んなまさか。何かあるわけ...........」

 

 そう言って後ろを見てみる。  トカゲのマガツは、先程と同じように口を広げてアホ面を見せていた。    ............あれ、なんか口に光集まってない?

 

「おいおいちょっと待て! なんかしてようとしてないかコイツ!? 口に光集まるって「今からビーム出しますね」って言ってるようなもんだろこれ!?」

『だから油断するなって言っただろこのアホ!?』

『こんな状況なら言いたくなるだろ! ってそんなこと言ってる場合じゃ......』

 

 直後。  極太の熱線が、ダストの体を消し飛ばした。  ブツッと、インカムの通話が遮断される。

 

 

 ◆

 

 

「冗談だろ..........? おいダスト! ダスト!!」

 

 いくつものモニターと半円状のキーボードが埋め尽くす暗い部屋。

 その前に立っている誘救は、通信が切れたダストの身を案じていた。通信が切れる前に聞こえた爆発音に、嫌な汗が止まらなくなる。

 

「くそっ、カメラ! 周辺の監視カメラの映像を繋げ! バイタルは……ダメだ、ノイズで弾かれる!」

 

 誘救は素早くキーボードを叩き、電脳空間からダストの痕跡を探そうとする。エリア周辺のドローン、企業の監視衛星、違法な盗聴器。アクセスできるすべての情報網にハッキングを仕掛けた。

 だが、待てど暮らせどダストの反応は見つからない。一分が数時間にも感じられるような焦燥感の中で、気づけばあっという間に時間が経過していた。

 

「あんのバカ.....今度は何したんだ!」

 

 最悪の想像ばかりが脳裏を過り、ついに誘救は部屋を飛び出す。

 これ以上待っていられない。護身用の拳銃と爆弾を手に取り、バッグに医療器具を詰め込んで、事務所の扉に向かって走り出す。いつも無茶をするあいつに振り回されるこっちの身にもなって欲しい。

 ........だが、それ以上に心配だ。いつか命を落とすことになるんじゃないかと、漠然とした不安が胸を埋め尽くしている。

 会ったら一発ぶん殴ることを確定事項にして、勢いよく事務所の扉を開ける。

 開けた先には.........。

 

「よぉ誘救。モグモグ.....ゴクン。どうしたんだそんなに慌てて」

 

 服をあちこち焦がしたダストが、平然と突っ立っていた。  呑気にたこ焼きを食いながら、こちらを見下ろしている。

 

「誘救も食うか? 一応買ってきたけど............チーズ明太子でいい?」

 

 ご丁寧に爪楊枝までついているたこ焼きを差し出され、食欲よりも困惑が先に来る。  なんだ、こいつは?

 

「なんだ誘救? いらないのか〜?」

 

 目の前で袋を揺らしてくる。こっちの気も知らずにのほほんとしやがって。

 冷静にならなくては正しく判断することも話すこともできやしない。深呼吸して心を落ち着かせ、話を振る。

 

 ............ことはせずに、一発ぶん殴った。殺す気で。  ダストは綺麗な45°の角度で吹き飛んでいった。

 

 もらったたこ焼きは美味しくいただきました。

 

 

 ◆

 

 

「君さぁ! 何で通信切ったんだよ! こっちがどれだけ心配したと思ってるんだ!?」

 

 ここは都内のビルに挟まれるように建てられた一角の建物。暁灰庵の事務所は2階に隠されるように存在している。

 現在は事務所の応接室で、青白い肌を真っ赤に腫らした俺とキレた誘救が相対していた。相方の突然の音信不通に、キレた誘救は詰めるが、俺は平然と、何もなかったかのように振る舞う。

 

「俺のために心配してくれるなんてねぇ〜。普段のツンケンした姿はどこに行ったのやら〜?」 「OK、最後に残す言葉はそれでいいかい?」

 

 そう言って銃口を向けられる。場を和まそうと軽口を言っただけなんだが、本気で捉えるなんてコイツ、ツンデレか?

 なんてくだらないことを考えてたら眉間に弾丸ぶち込まれて、閻魔様の裁判所への片道切符を渡されそうなので黙っておく。

 

「ちょっと待ってくれ冗談だって。だからその物騒なもん仕舞ってくれ、小動物みたいに縮んじまって話しもできねぇから。ここは落ち着いてお話ししようや」

「そんな状況でも減らず口だけは止まらないのは流石というべきかい?」

「よせやい照れる」 「褒めてないんだけど?」

 

 ジト目でこちらをじっと見てくる誘救。視線が痛い。

 

「俺だって連絡したかったさ、ただあのトカゲのクソ野郎がインカムを粉々にしてくれやがってな」

「ふ〜ん......よく生きてたね。なんで死ななかったの?」

「俺に死んで欲しかったみたいな言い方やめろ?

 ........試作で終わってそのままにしてた即時回復薬あったろ? エリアの素材を闇鍋してできたアレ。それ使って無理やり体直して、あのトカゲ野郎ぶった斬って帰ってきた」

 

 俺の言葉に、誘救は呆れたように息を吐く。

 

「勝手に持ち出したのは置いておくとして。君、いつかほんとに死ぬんじゃない?」 「ば〜か、俺は死なねぇよ」

 

 いつもの口調で言う。言い慣れた言葉だ。よく聞く言葉でもある。今頃世界のどこかでも同じようなことが言われているだろう。

 だが、数多に使い古した謳い文句でも、格段に説得力のある声と迫力だった。

 『彼』も、きっとこう言うだろう

 

「そっか。そうだよね」 「なんだぁ〜? 心配してくれたのか〜? あんなにツンケンしてる誘救クンが〜?」 「本気でぶっ殺すよ?」

 

 さっきまでの様子はどこに行ったのか、結構本気の殺意が飛んできた。

 

「それで、依頼の品はちゃんと持ってきたんだよね?」 「もちろん。はいこれ」

 

 渡したのは小さなカプセルに入った、一輪の花。それは蛍のような緑色の淡く発光しており、見るだけで心が落ち着くような雰囲気を漂わせている青緑の花。「ニンフ」だ。

 

「ちゃんと持ってきたみたいだね」 「当たり前だろ、俺を誰だと思ってるんだ?」 「鉄砲玉」 「それは一体どういう意味での鉄砲玉なのかなぁ〜?」

 

 誘救のほっぺをぐりぐりと指で押しながら問答をしていれば、手を振り払われて逆にこっちのほっぺを引っ張られる。 痛い。

 

「まぁそんなことより、僕はこれから依頼人への報告と品物を郵送してくるから、そっちは終わってない仕事終わらせといて。あ、あと研究開発用の素材、在庫がなくなってきたものがあるから適当にエリア入って調達してきて〜」

「なんか俺に雑用とか押し付けすぎじゃない?」 「鉄砲玉に意思はいらない。でしょ? ほらほらさっさと行ってくる〜」  

 

 誘救に押されて部屋から出される。部屋から完全に追い出された後、バタンと扉が閉ざされる。扉が閉まるまでの隙間でニヤリと笑っている誘救が見えた。あいつめ、また誘救のアイス食ってやろうか。

 置いていた道具を軽く手に取って、事務所を出る。外階段を降りて、日が暮れかけている空を軽く見やり、帰るのは遅くなりそうだと感じながら、ため息をつき路地の闇へと消えていった。

 

 

 ◆

 

 

「大体これぐらいでいいかな。ん、ん〜〜〜...........ふぅ」    

 時刻は過ぎて深夜。依頼人へ送る報告書を完成させた誘救は、今は背もたれに倒れながら、大きく背を伸ばしている。

 

「後は住所通りに頼まれたものを送るだけ........これぐらいなら、早朝にでも届くでしょ」

 

 手に取った書類を置いた後、窓に近づきカーテンを開く。青白い月の光が部屋中に満ち、パソコンの画面の光と混ざる。光に照らされた彼の顔は大人びていながらもどこか幼く、子供のように見える。

 現在の季節は秋。夜の風は冷たく、誘救は少し体を震わせた。

 

「ふぇ〜、やっぱり夜は寒くなるなぁ〜」

 

 窓に体を預け、身を乗り出す。上を見上げれば、雲の隙間から満月がチラチラと顔を覗かせ、下からくる文明の光など意にも介さぬように、星と共に輝いている。

 昔であれば地上の光で見えなかった星たちは、空中にできた小規模なエリアを通して光が歪むことで、どんな時であれ満天の空を見ることができるようになった。

 それだけではない。雪のジャングル、湖の中の宇宙、廃墟の窓に映る過去の景色。歪みのせいで、現実離れした景色が日常に溢れている。  

 

 ..........エリアを使った観光業ができるのも納得だ。あまりにも現実離れした景色を、一度は目に焼き付けたい人だっているだろうから。

 もっとも、リスクは絶対に排除しきれない。観光中、マガツに襲われたなんて話は観光場所の数ほど聞く話だ。大手の観光業では護衛用の職員や部隊を所持していることもザラにある。

 それらは客の護衛に使われることもあれば............同業他社との企業戦争に使われることもある。文字通りの戦争に、だが。

 

 そんなことはごめんだと思いながら空を見上げていれば、月でも星でもない1つの小さな人工物が、誘救の元に降りてくる。

 見た目は小鳥のように小さく、手のひらに収まるサイズのものだが、体は複雑に機械が組み合わさってできている。

 翼にはコイルのような丸い何かの機械が取り付けられている。それは口を大きく開き、機械による合成音声の声が聞こえる。

 

『本日は弊社【デライト】の空中運輸サービス。【イカロスの翼】をご利用いただき誠にありがとうございます。本サービスではお客様の郵便物を安心・安全に輸送いたします』

 

「お、来た来た。はいは〜いこれよろしく〜」

 

 そう言って誘救は、ニンフの入ったカプセルをポケットから取り出し、興味深そうに見ながら、名残惜しそうにそれを機械の小鳥に渡す。すると小鳥のお腹の辺りが割れ、そこから機械のアームのようなものが飛び出す。

 アームでそれを掴めば、そのままお腹の中へしまい、カプセルは跡形もなく姿を消した。

 

『お客様のお荷物をお受け取りしました。弊社の運送ロボが空の上から安心・安全・最速に送ります』

 

 誘済から受け取ったカプセルを飲み込むと、機械の小鳥は遥か高くへ飛んでいき、夜の闇に姿を消した。  誘救は星空を見上げながら、ふと呟く。  

 

「これが歪みの影響じゃなかったら、よかったんだけどなぁ」

 

 いつもの声には、どこか憎々しげな響きが混ざっていた。  歪みは本来地球に存在していいものではない。不健全な発展の仕方は、いつか崩壊するのではないか。

 複雑な気持ちで星を見上げ、誘救は窓から離れて自分の部屋へと向かう。

 

「そういえばダストが使った即時回復薬の補填しないとな。あれ結構貴重な材料使ってるし」

 

 薬品棚の方へ向かい、厳重に保管されている箱を開く。 目に痛い、ケミカルピンクの薬品を取り出せば、そこに入っている薬品の数を見て、誘救は怪訝な顔をし己が感じた違和感を口にする。

 

「あれ……? 薬品、一つも減ってない。数え間違い?」  

 

 

 ◆

 

 

 深夜の都市。地上の光をものともせずに輝く星空の下、高層ビルの屋上で、俺は煙を蒸しながら街を見渡していた。

 足元にある大きめのアタッシュケースからは、隙間からチラチラと目や触手のようなエリア産の動植物達が覗蠢いている。

 こちらから触れていないのに勝手に鍵が開くアタッシュケースに、大した反応もせずに鍵を閉める。隙間から出てこようとするエリア産の動植物達には隙間から粉のようなものを振り掛ければ、甲高い声をあげて引っ込む。それを見届けると、また手に持ったタバコを蒸しながら、人工の光で輝く都市を見下ろす。

 

 都市の姿は異様だ。光があちらこちらに屈折して辺りを照らし、建物全体がジグザグになっていたり、柱もなしに何段にも連なっている階層構造の建物などといった、非ユークリッド幾何学を体現したような、明らかに無理のある設計の建物が並んでいる。

 そんな街の中心部。ぽっかりと空いた大きな空間には、巨大な半円状のドームが広がっている。

 

 『源胤(グラウンド・ゼロ)』。世界で最初に出現した歪みの発生源であり、世界最大級のエリアである。

 あらゆるものを飲み込み、多大な被害を内外問わずに発生させた源胤は、それを契機に世界各地で歪みが発生するようになった。以降、源胤を中心として、大小問わずに様々なエリアが発生するようになったことで、今なお畏怖の対象となっている。

 そんな源胤であるが、他のエリアよりも大きいだけあって得られる資源も膨大だ。大量のエーテル、独自の鉱物資源や動植物。

 果てることのない資源を狙って、数多の国が、企業が介入した。その場所の利権を得るために多くの命が犠牲になり、彼らの血と肉の上でできているのがこの都市、『Hollow City(ホロウシティ)』だ。

 

 源胤を囲むように海上から空中までいくつもの層で構成された海上兼空中都市である。

 歪みを利用した産業が盛んであり、世界的大企業である『D-TEC社』の本部が存在する場所でもあり、ゲーム『ディスコネクト』では、この都市を起点にしてクソみたいなイベントやバッドエンドが起きる。

 

 名目上は、日本含むアジア各国の代表が運営している議会制民主主義だが形だけで機能していない。この都市の政治家(笑)は裏で企業との汚職に着手してるし、企業にとって不利益になる政策は絶対にとらない。企業と敵対するなんてもってのほかだ。そんなことしたらどうなるか........まぁ言わなくてもわかるよな?

 

 おかげさまで貧富の差が顕著に現れて、犯罪件数は全国トップクラス。年間死者数は公的発表されてるだけで50万人(おそらくあと3倍は増える)。平均寿命は40歳前後を行ったり来たりしている。素晴らしい街だよ全く。

 ……それにしても、ゲーム時代には感じなかった風の冷たさや、血と排気ガスが混ざったような匂い。モブキャラたちの生々しい生活感。

 今まで画面越しに見ていた光景をいざ目の前にしてみると、そのリアリティの高さには驚く。俺の知らないような出来事や景色が見えるのは、なんとも言い難い感動を覚える。最も、これが別の平和な世界を舞台にしたゲームの中ではないのが大変悔やまれる。

 

「にしても......俺本当にこの世界に来ちまったんだな」

 

 最初に『俺』という自我が芽吹いたのは、原作でダストの住む村が歪みで崩壊した時。

 ダストの肉体は歪みに飲まれ、頭の中で映画館が上映したみたいにこれまでの記憶が無理やり流れてきて、俺が『ディスコネクト』の世界に来たことを自覚した

 その後は命からがら.......というか何度か命を落としながらその場を抜け出して原作の流れをなんとか辿った。

 苦節、二〇と数年ほどか。長いようで短い年月を過ごしたが、まだ原作が開始しておらず本番はこれからという事実に億劫になる

 

 吸ったタバコの吸い殻を屋上から落としながら、また吸い始める。

 え?灰皿はどうしたって?あるだろここに。目の前いっぱいに広がる灰皿(掃き溜め)が。そういうことだ。

 プレイヤーであればこの世界を好きに楽しむことができた。あらゆるアイテムやイベント、エンドを回収し、やり込み要素も全てこなして、それも終われば縛りプレイやRTAなんかで新しい遊び方を模索する。

 そうやって上位存在(プレイヤー)として、与えられた箱庭を王様気分に遊ぶのは楽しかった。だが、舞台の登場人物としては気が気でない。

 

 歪みという抗うことのできない災害、悪化する貧富の差、企業間の冷戦、マフィアやギャングなどの裏組織の抗争、状況を傍観するだけの頼りにならない政治家、暴走し始め本来の役割を忘れた学園........ここは問題が10の手では有り余るほどの数ある。

 それを受ける当事者、しかもストーリーの根幹に関わる人物に転生してしまった以上、俺はその役割を全うする必要がある。俺の意思関係なく、世界がそれを強制してくるのだから。

 

「さ〜て。そろそろ誘救が、薬の在庫が減ってないことに気づく頃だろうし....」

 

 俺は即時回復薬など使っていない。マガツのビームで上半身を消し飛ばされた後、別の要因で俺は体を再生させた。ただ、急ピッチで行なったそれは体にだいぶガタが来ているようで、少しずつ肉体が崩れているのがわかる

 ダストの体は特殊で、過去に巻き込まれた歪みの影響で体中を少しづつ侵食されている。擬態させているが、左腕は完全に触手になっているし、放置すれば完全に人ではなくなってしまう。

 

 ので、一定周期にこれを行う。

 俺は携帯していた日本刀を抜き放つと、迷うことなく。

 

 ――グサリと、自分の左胸に突き刺した。

 

 常人であれば絶叫しているはずの痛み。だが、苦悶の声ひとつ漏らさず、円を描くように肉を裂く。

 胸にできた切れ込みに右手を突っ込み、無理矢理もぎ取ったのは、まだ微かに脈打つ自分の『心臓』。

 それを透明な筒に入れ、アタッシュケースに放り込む。 これでよし。

 

 心臓を失った俺の体は、糸が切れたように前へと倒れ込む。

 落下防止用柵を乗り越え、頭から地面へと真っ逆さまに落ちていく。かすかに残った力で、アタッシュケースと刀だけは、壊さないように胸元に抱き寄せて。

 

 ダプンという擬音で表現されそうな、耳に残る嫌な音を響かせて地面に激突した。

 あたりに真っ赤な血液と肉片が路地裏に飛び散る。

 もはや原型すら残っていない肉塊となったその姿からは、先ほどの青年の面影はない。だが、彼が最後まで抱えていた日本刀とアタッシュケースは鈍色の金属光沢を路地裏に輝かせながら、異質な存在感を放っていた。

 

 そのまま誰にも気づかれることなく都市のシミになると思われた、次の瞬間。

 

 砕けた肉塊の中から、紫とピンクが混じった半色(はしたいろ)の巨大な触手が天へと伸びる。触手の先端についた爬虫類のように細い瞳孔の目が、キョロキョロと辺りを見渡す。

 触手は蕾が花咲くように広がり、飛び散った血肉を一箇所に集め始めた。粘性の水音を響かせながら、一つの巨大な臓器のように脈打ち、少しづつ一つの形を作っていく。

 

 そうして、少し時間が経てば.、先ほど肉塊へと変わっていたダストの体が傷ひとつなく立っていた。その様子はまるで、蛹から羽化する蝶のよう。悍ましくもありながら、どこか美しく、神秘的なものだった。

 体の再構築が完全に完了すれば、閉ざされていた瞳を開き、先ほどとは打って変わった綺麗な白色の瞳をしていた。

 

「ん....ん゛.....あ゛.....あ...う゛........うぁ............ん〜゛..................。あ゛ぁ゛〜! やっぱこの感覚はいつまで経っても慣れねぇなぁ」

 

 電源の切れた機械が起動するかのように、瞳をぱちぱちと動かした後、声にならない声で発声練習を行い、腕を回して体の調子を確認する。そうして、どこにも不備が見当たらないのを確認すると、軽く伸びをして、触手の檻から抜け出す。

 彼が一歩歩くごとに、余っていた触手は体内に吸収されていき、惨劇の跡は綺麗さっぱり消え失せた。

 

 暁灰庵の代表、ダスト。  前世では俺の推しその1だった。もう一人は相方の誘救。

 生まれ住んだ村では神の子として崇められ、原初の歪み源胤に巻き込まれた結果、体を少しずつ歪みに蝕まれる代わりに、死んでも生き返る特殊体質を持つようになった

 

 ゲームでは特に専用のエンドもなく、主人公とのイベントも他キャラよりは少ない。しかしそれにしては出番が多く、主人公を裏から助けたり、描写外で盤面を操作したりなど、誘救とともに暗躍したキャラだ。

 初めてゲームをした時は、この二人の強さと絆の深さ、そして主人公のために世界を相手にしにいく信念に脳を焼かれ、回収できる要素は全て回収して、好感度もカンストまで上げ続けた

 

 この二人と一緒に最終決戦を戦うことがあるかもしれないと、ワクワクしながらゲームを進めたものだが.........そうもいかなかった

 なんでかって?それはこの二人がどのエンドを踏んでも、『絶対に』シナリオ途中で死ぬからである

 主人公を逃がすための殿、あるいは主人公の手によって。まさに物語の舞台装置だ。

 故にこの二人を生存させようと、プレイヤーがあらゆる手段を試してみたが........結果は変わらず、なんなら途中で主人公が死ぬせいでバッドエンドに行く

 そのせいでRTAでは二人の死がタイム確認の時報扱いされるようになった。哀れである

 

 ダストとして生まれた以上、数年以内に死ぬのが確定している。ちなみに毎回俺の方が誘救より先に死んで、残された誘救が狂っていくという最悪のおまけ付き。

 このまま死ぬのを待つだけなのは絶対に御免だ。俺と誘救、せめてアイツだけでも生存させないといけない。

 可能性があるとすれば『主人公』。エリアの核となる存在を破壊せずに歪みを打ち消す特殊な力を持つ彼女を利用すれば、死亡を回避することができるかもしれない。

 

 頭をガシガシと掻きながらため息を吐き、ぐったりと項垂れる。そろそろ誘救が回復薬の在庫に気づく頃だろう。そろそろ戻らないと怪しまれる

 気怠そうな目をしながら、タバコを取り出し、ライターの火をつければ、小さな火が陽炎と共に路地裏を照らす。ふぅとため息混じりに息を吐けば、タバコの煙と交わった白い息が、黒の空間を白く染め上げる。

 そうして天を仰ぎながら一言。

 

「ま、なんとかなるか」

 

 それだけ言うと、何も無かったかのように歩き出す。あの悲惨な光景も、想像を絶する痛みも、目を覆いたくなるような悍ましい触手も。それが当たり前かのように。

 

 .............もしくは、それが当たり前だと判断してしまうほどに、俺の頭も狂っているのか。

 

 建物の闇に紛れて姿を消す。  

 人工の光によって生まれた影だけが、微かに揺れていた。




プレイヤーが心臓をくり抜いたのは、進行が進んだ臓器が優秀な素材になるからです
もちろん帰宅後は誘救から激詰めされました

tips:歪み
2032年、日本海上にて発生した『源胤(グラウンド・ゼロ)』から発生するようになった超常現象
この世にあるもの全てを湾曲し、変化させる性質を持ち、地上・地下・空中・水中・宇宙などあらゆる場所に発生する
場所によって影響範囲が異なり、極端に小さいこともあれば極端に広いこともある
歪みの影響下ではマガツという存在が確認されており、そのどれもが人類に敵対的である
歪みの影響範囲のことを『エリア』と呼称し、エリアではエーテルなどの資源や、禍具(アーティファクト)などの技術品が見つかることがある
エリアにはC.o.r.eと呼ばれる核が存在しており、これらを破壊することでエリアは崩壊。歪みの影響下から脱却する
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