すずめのお宿と月の道   作:西風 そら

1 / 26



  すずめ

  すずめ

  したきりすずめのお宿はどこじゃ、どこじゃ、

  どちらにござる

  ちゅん、ちゅん、ちゅん


,


雀のお宿とプロローグ

 

「近寄らない方がいいです」

 

 板廊下に置かれたカンテラに灯されて、逆光のその人は言う。

 足を下ろして縁側に腰掛け、棒ヤスリで何かを一身に研いでいる。

 辺りを白い粉が舞う。

 

「吸い込むと肺によくないので」

 

 声で女性だと分かるが、髪をスカーフに押し込め、分厚いゴーグルに粉塵マスクで表情が一切測れない。

 

 新妻エイジは挨拶もせずに、庭の入口に突っ立っている。

 女性の手元の白い艶(なまめ)かしい部品に激しく心を惹かれていて、穴が開いてしまうのではないかと思える程に凝視している。

 

 周囲は夕焼けの竹林、寝ぐらに帰る藪雀(やぶすずめ)の声が響く。

 

「ご用件は?」

 

「まるで生きているみたいな脹ら脛(ふくらはぎ)です」

「は?」

 

「筋肉が張り詰めて」

「はぁ」

 

「今にもコムラガエリを起こしそうです」

「コムラガエリ……」

 

 防塵マスクの奥がほんの少し緊張を緩め、力の抜けた声を出した。

 

 こんな初対面。

 後から考えると、これでよくこのあと続いたものだ。

 

 

 ***

 

 

「私はそんな大した者ではありませんよ」

 

 パーツの一つ一つを絶賛しながらお絵描き帳に描き写すエイジに、女性はしらじらと言った。

 それから立って家内へ入り、後ろ手で戻って来た。

 

「目を閉じて、両掌(てのひら)を受ける形で前に出して下さい」

 

 何かくれるのかなと、エイジは素直に言われた通りにする。

 掌の中央にヒヤッと感触。

 次の瞬間・・  え、ええっ!?

 

 その時の衝撃が脳内こびりついて離れず、新妻エイジは果てしない沼に落ち入る羽目になる。

 

 

 ***

 

 

 訪ねると、いつもの庭縁に彼女は不在だった。

(残念ですぅ)

 スケッチをしながら待つ事にした。

 幸いに、車の停止音がしてすぐに、竹林を潜る音が近付いて来る。

 

「!!」

 

 姿を現した彼女に、エイジは息が止まった。

 今日は白い粉でなく黒い羽毛が舞っている。

 

「あ、悪魔ぁ・・?」

「ああ、新妻さん、こんにちは」

 

 女性は携えて来た鳥の翼を庭木に掛けた。

 

「あの、何でしょう、それ?」

「何って、カラスの羽根ですよ」

「カラス……」

「駆除猟師から貰い受けて来ました。素材に使うので」

 

「び、びっくりしましたぁ。死神とバトルして、もいで来たのかと思いました」

「新妻さんはいつも不思議な事をおっしゃいます。私がそんな強い風に見えますか?」

 

 

 ***

 

 

 真っ黒な外海(そとうみ)がザブンサブンと波を打つ。

 寒風に身をまかせる二人。

 

「曇っていますぅ……」

「残念でしたね」

「しょんぼりです……」

「また来ればいいじゃありませんか」

「ハイ、また一緒に来ましょう」

「私がいなくても、一人で根気よく何度でも来れば、きっとその内見られると思います」

「…………」

「私は父と沢山見ているので、もう十分ですし、新妻さんも見られるといいですね」

 

 たぶん彼女は他意なく自然体で言っている。

 彼女はいつも、自らを空気のように扱っている。

 それは分かっているのだが、新妻エイジは彼女の言葉に自分でも「なんで?」と思うくらい体力を抉られた。後頭部がスッと冷えて、それから背中が冷えて、足先からガクガクと力が抜けて。そのまま幽体離脱してしまいそうな……

 折からの不調もあって、その後の記憶が定かでない。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。