すずめ
すずめ
したきりすずめのお宿はどこじゃ、どこじゃ、
どちらにござる
ちゅん、ちゅん、ちゅん
,
「近寄らない方がいいです」
板廊下に置かれたカンテラに灯されて、逆光のその人は言う。
足を下ろして縁側に腰掛け、棒ヤスリで何かを一身に研いでいる。
辺りを白い粉が舞う。
「吸い込むと肺によくないので」
声で女性だと分かるが、髪をスカーフに押し込め、分厚いゴーグルに粉塵マスクで表情が一切測れない。
新妻エイジは挨拶もせずに、庭の入口に突っ立っている。
女性の手元の白い艶(なまめ)かしい部品に激しく心を惹かれていて、穴が開いてしまうのではないかと思える程に凝視している。
周囲は夕焼けの竹林、寝ぐらに帰る藪雀(やぶすずめ)の声が響く。
「ご用件は?」
「まるで生きているみたいな脹ら脛(ふくらはぎ)です」
「は?」
「筋肉が張り詰めて」
「はぁ」
「今にもコムラガエリを起こしそうです」
「コムラガエリ……」
防塵マスクの奥がほんの少し緊張を緩め、力の抜けた声を出した。
こんな初対面。
後から考えると、これでよくこのあと続いたものだ。
***
「私はそんな大した者ではありませんよ」
パーツの一つ一つを絶賛しながらお絵描き帳に描き写すエイジに、女性はしらじらと言った。
それから立って家内へ入り、後ろ手で戻って来た。
「目を閉じて、両掌(てのひら)を受ける形で前に出して下さい」
何かくれるのかなと、エイジは素直に言われた通りにする。
掌の中央にヒヤッと感触。
次の瞬間・・ え、ええっ!?
その時の衝撃が脳内こびりついて離れず、新妻エイジは果てしない沼に落ち入る羽目になる。
***
訪ねると、いつもの庭縁に彼女は不在だった。
(残念ですぅ)
スケッチをしながら待つ事にした。
幸いに、車の停止音がしてすぐに、竹林を潜る音が近付いて来る。
「!!」
姿を現した彼女に、エイジは息が止まった。
今日は白い粉でなく黒い羽毛が舞っている。
「あ、悪魔ぁ・・?」
「ああ、新妻さん、こんにちは」
女性は携えて来た鳥の翼を庭木に掛けた。
「あの、何でしょう、それ?」
「何って、カラスの羽根ですよ」
「カラス……」
「駆除猟師から貰い受けて来ました。素材に使うので」
「び、びっくりしましたぁ。死神とバトルして、もいで来たのかと思いました」
「新妻さんはいつも不思議な事をおっしゃいます。私がそんな強い風に見えますか?」
***
真っ黒な外海(そとうみ)がザブンサブンと波を打つ。
寒風に身をまかせる二人。
「曇っていますぅ……」
「残念でしたね」
「しょんぼりです……」
「また来ればいいじゃありませんか」
「ハイ、また一緒に来ましょう」
「私がいなくても、一人で根気よく何度でも来れば、きっとその内見られると思います」
「…………」
「私は父と沢山見ているので、もう十分ですし、新妻さんも見られるといいですね」
たぶん彼女は他意なく自然体で言っている。
彼女はいつも、自らを空気のように扱っている。
それは分かっているのだが、新妻エイジは彼女の言葉に自分でも「なんで?」と思うくらい体力を抉られた。後頭部がスッと冷えて、それから背中が冷えて、足先からガクガクと力が抜けて。そのまま幽体離脱してしまいそうな……
折からの不調もあって、その後の記憶が定かでない。