銀座の裏道を行く、真城、高木、カヤ、蒼樹、エイジの五人。
路地の奥に生花が飾られた画廊の玄関が見え、達筆の毛筆で【宝珠ドールオークション会場】とある。
受付で招待状を見せ、それぞれに来場者証、小さな鉛筆と入札用紙を受け取った。
「?? 色鉛筆だ」
「悪戯できないようにだろ」
「きめ細かいな」
一人当たりの入札上限数は六体。
「エイジの人形に入札しても五枠余るのか」
「私が欲しいのがあったら協力して」
「ああいいよ、蒼樹先生も必要があったら言ってくれ」
「ありがとうございます」
一階ホールは結構広く、ちょっとした高級ブランドショップ程のスペースがある。作品は人混みでも隠れぬよう来場客を見下ろす位置に、ケースに収まって展示されている。
まだ昼前なのに一階ホールには数十人の人間がごった返し、ほとんどが女性のグループだ。共闘作戦は皆が考え付く事なのだろう。
人形は遠目でもどれも精度が高く、女性たちは真剣な表情で食い付いている。
「この中に蒼樹さんに酷い言葉を投げ付けた奴がいるのか」
「真城さん、いない可能性の方が高いですから。それより堪能しましょうよ。あ、あれカヤさんの好きな和風アニメのキャラじゃない?」
「きゃっ、あの子、私の推し!」
女子二人は果敢に人混みに飛び込んで行った。
「アクティブだなあ」
「俺ら、どうする?」
その時、投票用紙の裏のマップを凝視していたエイジが、目当てを見付けて階段へ駆け出した。
「二階ですぅ」
「待って待って師匠」
「走っちゃ駄目だって」
こりゃ目が離せない。真城と高木は慌ててエイジに付いて行った。
二階手前は広い廊下と応接室だが、今は扉が開け放され、特別展示スペースに設えられている。
一階と客層が違い、落ち着いた服装の年配者が多い。多分格上作家のゾーンだ。
中央の島のひとつに一際高く、まっ黒な、身長六十㎝ほどの羽根を広げたヒトガタがある。
「CROWだ……」
二人は立ち止まった。人垣で近寄れない。エイジはより近くで見ようと、グルグル動き回っている。
広げた羽根は、二人がこれまでに見たどんな造形よりも『カラス』だった。本物のカラスよりもカラスと言っても過言ではない。
素材は陶器? 粘土なのかな、遠くて正確には分からない。
漫画より等身が細かく、多分十二頭身くらい、見栄もきっていなくて、ただ少し足を広げて立っているだけなのに、存在感がずっしりと重い。
「CROWってこんなに翼が大きかったっけ?」
「いや、でもCROWって分かる。CROWってこんな奴だったんだな、って。人間の型なのに、カラス感が凄い。CROWは人間じゃないんだって思い知らされる」
「この眼、人間の倫理が通用しなさそう……」
「人形の凄いのって、こんなに凄いんだな」
もっと近くでじっくり見たいが、前の人間がそこを離れようとしないので、叶わなさそうだ。それ所か自分たちがゲット出来なければ別の誰かに落札されて、永遠にお目に掛かれなくなる。
(写真・・! 写真撮りたい! ちょ、ちょっとだけ、一枚ぐらいいいよな、一瞬だし)
高木がポケットのスマホに手を伸ばした。
「お客様、撮影はご遠慮下さいませ」
後方で比羽守(ひわもり)支配人の声がして、高木は飛び上がった。が、言われたのは自分ではなく、部屋の入り口でスマホを構えていた男女混じりのグループだった。
「ええ~~人形は写していないよ」
「他のお客様が写り込んでしまった恐れがございます。データをお消し頂けると幸いです」
ちぇ、という感じでスマホ操作する若者は、展示の周りでキョロキョロしているエイジを目で追っている。
(あっ、あいつ、新妻エイジに気付いて、『自分のキャラクターに近寄れなくてウロウロする原作者』なんてネタでSNSにあげるつもりだったんだ)
まったく油断も隙もない。
比羽守は若者に、「ご協力感謝します、引き続きお楽しみ下さい」と一礼し、こちらへ歩いて来る。今日は一段と髭が怖い。
「こ、こんにちは……」
こわごわ挨拶する真城たちにも丁寧にお辞儀をし、エイジにスッと寄った。
「貴方は目立ち過ぎです。原作者なら堂々と構えて後方に控えている物でしょう。主役は人形なのですから」
「ふぇ、比羽守さん、お久し振りですぅ」
「本日はようこそお越し下さいました。雀々家(すずや)は別室に控えておりますが、声を掛けますか?」
「えぇ・・オークションが終わるまで会わないって約束してるのでぇ」
「ああ、そうでしたね」
「こんなに人が多い所に来ちゃってるですか」
「今回どうしても直接会いたいと仰る後援者様がいらしているので。私も本当は今日みたいな日は控えさせたかったのですが」
「ハイ……」
「貴方が案じていたと伝えておきますよ」
おや、いつの間にかあの怖いオーナーと親しくなっている。行方不明事件の夜はどうなるかと思ったが、半年も経っているもんな、流石エイジだ、うんうん良かった。
真城と高木は胸を撫で下ろした。
「人形を近くで見たいのなら、正午から一階でレセプションがあるので、その時間が狙い目ですよ」
親切に教えてくれ、比羽守は顧客の対応に消えて行った。
思ったよりも良い人だ。
っていうか、初対面が最悪過ぎただけなんだよな。
「だってさ、エイジ。人がひくまで他の所を見ない?」
「ボクは雀々家厘子さんの作品しか興味ないです」
「他の作家さんに失礼だろ」
「比羽守さんに言われたように、後方に下がってここの壁に張り付いてますデス。お二人は好きな所を見て来てくださ――い」
支配人さん、そういう意味で言っていないと思うが……
まぁいいや。
「じゃあ、俺ら、ここの廊下とか一階展示を見て来るから」
「あんまり目立つなよ、一部にエイジバレしてるぞ」
「ボクはそんなの気にしませ――ん」
ほんと、エイジはこの世の何でもヒョイヒョイとと受け流して生きて行きそうだな。
二人になった真城と高木は二階の他部分を見て回った。しかし最初にCROWを見てしまったばかりに、他の人形がぼやけて見える。
「欲しいのある?」
「う――ん、どちらかというと庶民的な一階の方があるかも」
「下に行こうか……ん?」
階段の方を見た真城はドキリとした。
三階から黒子頭巾が降りて来たのだ。相変わらず前垂れを下ろしていて、今日は黒のロングスカート姿。
二階の廊下を影のように静やかに歩いて来て、真城たちの横を通過し、突き当たりの『スタッフオンリー』と書いてある衝立の向こうへ消えた。
本当に黒子みたいに存在を感じさせない人だ。作品と真逆。
「得意客への挨拶に降りて来たのかな。あの頭巾の視界じゃ俺たちには気付かないんだろう」
と、衝立の手前の化粧室から二人の女性が出て来た。
廊下を真城たちの方へ歩いて来たが、通り過ぎ様にヒソヒソ声。
「クスクス、スケキヨ~~」
「火傷の痕、すっごいらしいよ」
「そりゃドールに全力やってるしかない人生だわね」
「いくらドールが評価されても、アレじゃね」
真城の背筋がヒュっとなった。
高木も頬を震わせている。
世の中の、汚い言葉を吐く者に限って声が大き過ぎて。