すずめのお宿と月の道   作:西風 そら

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蒼樹とドールオークション・Ⅲ

 

 

 

 陰口を言いながら真城 高木とすれ違った二人の女性。

 応接室の前を通過する時、雀々家厘子作品も目にする筈だ。それに対しても貶める言葉を吐きそうで、しかもそれがエイジの耳に入りそうで、真城たちは慌てた。

 

 と、次の瞬間、階段の方から朗らかな声が響いた。

 

「雀々家厘子さん、こんにちは!」 

 蒼樹だ?

 

 女性たちは青くなって硬直する。

 真城と高木は慌てて後ろを振り向いた……が、スタッフオンリーと書かれた衝立の前は無人だ。

 

「あれ、居らしたと思ったんだけれど、気のせいだったかしら」

 蒼樹は首を傾げながら、女性たちの前を通過して真城の方へ来た。

 

「確かに居たけれど、一寸前だよ?」

「そう?」

 

「厘子さん~~?」

 応接室からエイジがのっそりと出て来た。

 

「雀々家さんならその衝立の向こうへ行ったけれど、スタッフオンリーって書いてあるから入っちゃダメだよ。だいいちオークションが終わるまで会わない約束じゃなかった?」

「あ~~そうでしたぁ」

 

 会話をしている間に女性たちは罰悪そうにそそくさと消えた。

 

「蒼樹先生、いつからそこにいたの?」

 

「一階から上がって来た時に、丁度雀々家厘子さんが曲がって行くのが見えたんです。カヤさんに聞いて彼女の服装は知っていたので」

「そう……なんだ」

 それにしても初対面の人間にあんな大声で挨拶する人だっけ?

 

「あ、そうだ。高木先生をお呼びしに来たんです。カヤさんが、値段の目星を付けて貰いたい人形があるから一緒に見て欲しいって」

「俺だって分かんねぇぞ」

 言いながら、高木は蒼樹と入れ違いに降りて行った。

 

 少しして一階で催しが始まり、二階の人混みが少し引いた。

 応接間は数人の客と警備員だけになり、真城、エイジ、蒼樹は並んでじっくりCROWを観察出来た。

 広げた翼はまるで風に震えているようで、瞳は普通のキャラフィギュアに比べて細いのに眼光鋭く、思わずこちらが目を逸らせてしまう程だ。

 

「この羽根、何で出来てるんだろ?」

「カラスですよぉ、CROWですからねぇ」

 隣でエイジが当たり前みたいに答える。

 

「えっ、カラスって、鳥のカラス?」

「駆除猟師に羽だけを貰い受けて、脱脂と滅菌やって、先の細い毛の部分をペィンティングナイフで小さい羽形にカットして、グラスファイバーで作った翼の骨格に一本一本植えるんですって。あ、ちゃんと畳めるんですよ、この翼」

「人形師ってそこまでやるのですか?」

 反対隣で蒼樹も目を丸くしている。

 

「さあ、他は知らないけれど、お父上にはそういう風に教わったらしいですよ。文楽人形以外にも、何にでも興味を持ってドシドシ手を伸ばす御仁だったそうで」

「まあ」

 

 真城は別の意味で驚いた。

 自分たちの預かり知らぬ間にエイジは支配人と親しくなるばかりではなく、また山奥へ通って、造形師さんと父親の話をするまでの仲になっているんだ。

(めっちゃ進展してるじゃん。心配して気を揉んでいた俺ら、馬鹿みたい)

 

 気が付くと、部屋にいた数人の男性客たちが側に寄っていた。

「よくご存じなのですね。ほほぉ、そんなに凝った造りとは。これはどれほどの価値が付けられているか想像が付きませんな」

 年嵩の男性たちで、エイジの顔は知らなさそうだ。

「アニメのキャラクターなんですか? 遊び心がありますね」

「文楽は庶民の為の大衆芸能ですからね。流行り物を取り入れてこそ伝統ですよ」

 探り合いなのか、ただウンチクを語りたいだけなのか。

 

「私は十年以上前、まだ競い上げオークションの時代に葦伐(よしきり)の小品を入手出来まして」

「ほほお、それは運がようございましたな」

「本当ですか、凄いですね」

 相場のヒントが聞けるチャンスかもしれないと、真城はシレッと会話に加わった。

 

 しかし雀々家の父親の話になって行くと、エイジはスッとその場を離れた。

 

 

 ***

 

 

 蒼樹が応接室を出ると、廊下の窓際でエイジが外を眺めていた。

 横に来た蒼樹に、前を見たままボソッと言う。

 

「蒼樹先生、ありがとうございました」

「はい? ああ、下調べをして来た事ですか? あまりお役に立てませんでしたが」

「ハイ、それもありがとうなのですが、さっきの廊下で」

「……私、耳だけは無駄に良いもので」

「ボクだってムダにムダに耳が良くてデスね。でもあんなスマートに黙らせる事は、ボクには出来ませんでした」

「いえ……」

 

 蒼樹は口を結んだ。

(新妻エイジってこんな人だったっけ?)

 朝会った時から妙に違和感があった。真城たちと違ってあまり会わないから余計に差を感じるのかもしれない。

(新妻エイジって、あんな事をいちいち気遣ってお礼を言ってくれるような人だっけ? あの女性たちにも遠慮せずズケズケと物申すのが彼のスタイルだったと思うのだけれど)

 

「ねぇ新妻先生、カヤさんに、雀々家厘子さんとの馴れ初めを聞かせて貰いました」

「ハイ……」

「やっぱり先生は凄いですね、たまたま偶然に、あんな作品を作るような方と知り合えるなんて。何というか、巡り合わせの運という物を持っていらっしゃると思いました」

「蒼樹先生だって亜城木先生だって、そういう運は持っていますよ」

「…………」

「それに、まだ知り合えたって程ではないデス。『CROW』の完結を目指していた時期と、厘子さんの作品仕上げからオークションまでの間、会わないように約束していました。だからまだ全然、知り合えていないです、あの人の事、分かった気になれていません」

 

 蒼樹は目だけ動かして、横のエイジを伺った。

 多分違和感の原因はその辺りだ。

 カヤさんに聞いた話では、散々おうちに通い、ドライブに誘い、そして作業行程のお喋りまでしている女性。

 それでまだ知り合えていないって?

 あの自信満々で向かう所敵無しだった新妻エイジが、信じる道だけを疑う事なく突き進んでいた新妻エイジが……しょんぼりと()()()()()に俯いている。

 

「変だと思いますかぁ?」

「私は、変だとは思いません」

「何度も会っているのに、お喋りもしてくれるのに、あの人のコト、耳掻きの先くらいも分かった気になれないんです……」

「変じゃないです。そういう時期ってあります」

「時期ですかぁ」

「私は、亜城木先生がたと違って新妻先生とはお付き合いが薄いですからね。客観的に分析して白黒ハッキリ言える強みがあります。そしておそらくすぐに忘れます」

「んふ~~・・」

 

 エイジは前を向いて息を吐き、それから独り言のように話し始めた。

 

 

 

 

 

 

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