エイジの回想 2016年、一月初旬……
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「ごめんくださ――い」
夕焼けにそびえる竹林、藪雀(やぶすずめ)の声。
D君を車に残して一人で訪れた、古い平屋の玄関口。
呼び鈴が見当たらないので、エイジは自分の故郷と同じ田舎方式で呼び掛ける。
昔はこの辺りまで林業が栄えシチゴウという村だった事を、道々D君が教えてくれた。来る途中にあった寂れた廃屋群はどれも立派な梁だけが残っていて、この家も地味だが太い杉がふんだんに使われている。
明かりは付いていないけれど人の気配はする。
「ごめんくださ――い」
やはり返事はないので、唄ってみた。
「すずめ、すずめ、したきりすずめのお宿はどこじゃ、どこじゃ、どちらにござる――」
***
「ちょっと待って下さい、唄ってみたって??」
蒼樹のもっともなツッコミ。
「はあ、竹藪の方でやたらと雀が鳴いていたので、小さい時に覚えた唄が何となく口を付いて」
「…………」
***
唄っていると、玄関から離れた家の角にポゥと庭灯が付いた。
「おぉ?」
そちらは竹林だが、細い迷路のような道を丸い明かりが浮かび上がらせている。
次々灯る蛍みたいな光に導かれ、建物の裏手まで回ると、縁側のある広い庭に出た。
縁廊下に大きなカンテラを置いて、逆光に一人の人物が腰掛けている。
「近寄らない方がいいです」
棒ヤスリで何かを研ぐ作業を止めずに人物は短く言った。辺りを白い粉が舞っている。
「吸い込むと肺によくないので」
声で女性だと分かるが、髪を作業帽に押し込め分厚いゴーグルに粉塵マスク、表情が一切分からない。
「ご用件は何でしょう」
挨拶もせずに突っ立っているエイジに、女性はまた手短に聞いた。
「それ、カンテラの灯りで光源を変えながら、立体の感じを見ているですか?」
女性はちょっと止まってエイジの方を向いてから、「はい」と答えた。
「まるで生きているみたいな脹ら脛(ふくらはぎ)です。今にもコムラガエリを起こしそうです」
「コムラガエリ……」
重装備の奥が、拍子抜けして力を抜いた。
「あの、ご用件は……?」
「そっちの、近くで見てもいいですか」
また質問に答えずに、エイジは縁側のトレーに並べられた胴体のパーツを愉しそうに眺めた。
「あの、ご用件……」
「ああ、ボクがいたら削り作業出来ませんヨネ、ちょっと待ってて下さ――い」
言うが早いか、エイジは玄関先の車まで戻ってD君からマスク代わりのタオルやら帽子やらを借りて戻って来た。
車が去る音がする。
「帰る時はタクシー呼ぶって言ったら、電話番号を調べて教えてくれました、親切です。後で電話を貸して下さい」
「はい……」
「これで心置きなくじっくり見せて貰えます」
「…………」
女性の表情は分からないが、「ではどうぞ」とパーツの乗ったトレーをエイジの側に押しやり、自分の作業を再開した。
***
話を聞いて、蒼樹はクラっと眩暈がした。
自由過ぎるわよ、新妻エイジ…… 応じる彼女も彼女だ。
「バラバラの部品なのに一つ一つが生きているようで、目が吸い寄せられたんですよ。蒼樹先生だってその場にいたらきっとそうなりますよ」
「そ、そうでしょうか」
「思わず懐からスケッチブックを出して描き始めちゃいました。気が付いたらすっかり暗くなって、冷えて来たからそろそろ終いにしましょうって言われました」
「押し掛けた方が先方に気を使わせちゃ駄目じゃないですかっ」
「タクシー呼んで貰って待っている間、ちょっとだけお喋りしました」
「そ、それまで無言だったんですかっ?」
「お互い自分のやる事に没頭していましたから」
「…………」
***
「私はそんな大した者ではありませんよ」
エイジがパーツの一つ一つ絶賛すると、女性は粉の割烹着を脱いで家内へ入り、すぐに戻って来た。
縁側に立って、正面にエイジを見下ろす。
「目を閉じて」
「ハイ?」
「両掌(てのひら)を受ける形で前に出して下さい」
「ハイ……」
何かくれるのかなと言われた通りにしたら、掌の中央にヒヤッと感触が来た。
次の瞬間・・
「ヒッ!!」
彼女が裸足で掌の上に乗って来たのだ。
何で、どうして!? と思う暇もなく、律儀に目を閉じたまま重さに腕を引き下ろされるエイジ。
「目を開けていいです」
前にのめったまま目を開けて、驚愕の口がポカンと開いた。
掌(てのひら)に乗っていたのは、人形の足のパーツだった。足首から下の、小さな、六センチ程の。
「足の裏は体重を受けて大地に立つモノですから」
「本当に、アナタは乗っていないんデスか……」
「乗っていませんよ」
「…………」
「父の作った足です」
「…………」
「ここまでのモノを作れるようになるのが私の目標です。一生の内にたどり着けるかは分かりませんが」
***
「ほ、本当に……?」
蒼樹は思わず声を上げてしまった。
「はぁい、ホント、事実は漫画より奇なりです。その時の衝撃が忘れられなくて。免許とか車の用事であちらへ行く度に、シチゴウさんへお土産持って通いました。行く度に色々教えて貰えて新しい発見が出来ました」
「で、でも、聞いた話では、CROWの人形欲しさのしつこい突撃に、雀々家さんが折れたとか……」
「ええ、そ、そりゃ欲しかったデスけれども…… ハイ、いやまぁ、欲しいとは言いました。二回か三回か四回ぐらい……」
「それ、しつこいの部類です」
「ええ~~」
並んで窓から銀座の通りを眺めながら、蒼樹はしみじみ考えた。
今までその才能と魅力ゆえ、何でも許されて周りに人が集まった新妻エイジ。それが効かない相手は眼中に置かなかった。
効かない相手にこちらからそっと寄り添う方法なんて知らないんだろうな。
「時に、新妻先生」
「ハイ」
「彼女はファザコ……お父様の事が相当好きそうですね?」
「ハイ、厘子さんの話す七割が、三年前に亡くなった父君の事です」
「七割……」
「残りの内半分が制作の事で、半分は比羽守さんの事です」
「あの支配人さん?」
「父君と親友だったそうです」
それ、難易度トリプルSの奴!
『脳内で神格化された亡き父を越えられない男性は眼に入らない』って奴!
しかもその父は勲章持ちのレジェンド。
蒼樹は痛ましい顔でエイジを見た。前言撤回、何て巡り合わせの悪い人なの!?
「思えばボクのコトは何も口にしてくれません。『私たちは全然知り合っていません、無の関係です』って、一番最後に会った時に言われました……」
あちゃあ……
「そ、それでも新妻先生、ああやって気合の入ったCROWを作ってくださるんだから、少なくとも嫌われてはいないと思いますよ」
「そうですか、そうですよねっ」
蒼樹は初めてこの魔王を「かわいい」と思ってしまった。
少しテンションの上がったエイジが嬉しそうに話を始める。
「冬の終わり頃、あんまり教えて貰いっぱなしなのも悪いので、何か喜ぶコトをしてあげたいと思いました」
「ああ、それは良い事ですね」
「月を見に誘いました」
「月……ですか」
「子供の頃お父さんと見た、水平線から昇る月と海に映る光の道が凄く印象に残っているらしく。でも場所は覚えていないって。それで暦を調べて、お父さんと旅した地域、同じ条件、同じ季節に水平線からドンピシャで満月が昇る場所を弾き出しました」
「…………」
「後は天気図を見て晴れてくれるのを祈って祈って」
「あの、新妻先生」
蒼樹はカヤに聞いた行方不明事件を思い起こした。
「もしかしてその日に間に合わせる為に、大急ぎで免許を取りました?」
「ハイ~~」
「かなり無理をして原稿を仕上げて?」
「納車がギリギリでしたが、間に合って良かったですぅ」
よ、良くないでしょう、それで疲れ果てて帰りの車中で眠りこけるとか。
「ボクとした事が、自己管理出来ていなくて失態でした」
「はあ……」
「反省しきりです」
「それで、月は見られたんですか?」
「残念ながら曇っていました。冬の外海、侮りがたしです」
「彼女に誘った理由を言わなかったのですか?」
「だって、そこまで準備して思いっきり空振るなんて、カッコ悪いじゃないですかぁ」
はあ…………
蒼樹は窓を向いてまた息を吐いた。
(次に恋愛漫画バトルがあったら、私、負けてしまうかもしれない……)