宝珠ドールオークションに出向いた真城、高木、カヤ、蒼樹、そしてエイジの五人。
一通り見学したので、合流して喫茶店で遅いランチ&作戦会議となった。
「実物を見ると思ったよりも所有欲が湧いてしまう物ですね」
蒼樹紅は苦笑いしながら、メモして来た欲しい人形と入札枠を見比べている。
「一階の人形は常識の範囲内で価格を予想出来ますが、雀々家厘子さんのCROWは見当も付きません」
「話し合って、五人の数字をバラけさせなきゃね」
「いいですよ――、皆さん自分の思った数字を書いて下さ――い」
エイジがいきなりそんな事を言い出した。
「誰が一番近い数字に迫れるか、勝負ですぅ」
「勝負好きだな、師匠。当選しなきゃ正解も分からないのに」
「いいの? 俺、一億とか書いちゃうよ」
高木が脅す。
価格は幾らでも、当選したらエイジが払うことになっている。購入の権利は当選者のみだが、このメンツなら『所有はするけれど置場所はエイジんち』なんて融通もきく。
「ドンと来いで――す」
「私も容赦しませんよ」
蒼樹はさっき二階の窓辺でエイジと話した事など無かったかのようにふるまっている。言った通り忘れる事にしたようだ。
カヤは価格がさっぱり分からない事に尻込みしているが、高木にハッパをかけられて庶民的そうな物を幾つか書き込んだ。
男性陣の残った枠は女性陣(主に蒼樹)のフォローに使う。
「どれか当たるといいね」
「人形もピンキリだから、実物を見ても本当に難しいな」
「日頃から地道にこの分野で活動している人が有利なんだな」
と、入り口が開いて七人ばかりの女性グループが入って来た。
正面の真城はギクリとする。さっき廊下で陰口を喋っていた二人の女性が混じっているのだ。
大人数の女性たちはお喋りに夢中で陰になった席の真城たちに気付かず、奥のスペースにテーブルを寄せて着席した。声が丸聞こえの距離だ。
(純粋に楽しんでいるカヤちゃんに聞かせたくないな)
思った真城は、小声で高木に告げて店を出ようとした。
が、その前に
「あんまりピタリだと不自然だから適当に外してよ」
などと耳を疑いたくなる言葉が飛び込んで来る。
「七十八番は?」
「十四万三千八百六十……鳩ヶ谷先生って刻むのよね、あとは?」
「私の、七十六番」
「十六万二千六百八十。十六万三千くらいに書いておけばいいわ」
「はぁいありがとう。鷺ノ宮先生のドールは聞いて来てくれました?」
「あの先生、今回はこちらのグループに回すのは二体だけですって。はい、これが価格表」
「二体だって、誰が取る?」
「あっ、黒羊シリーズ! わたしわたし、欲しい」
「じゃこちらは貴女で。もう一体は……あら?」
複数が挙手したらしい。
「ジャンケンでいい? 恨みっこ無しよ」
あまりにあっけらかんと裏工作の会話をしている。まぁ作家と上得意の間にはこういった取引もアリなのかもしれない。
これは離れなきゃなと真城が腰を浮かせていると、蒼樹がスッとスマホに打ち込んだメモを差し出して来た。
『私は後学の為もう少しここに居ます。店を出たい方は先に画廊へ戻っていて下さい♪』
負けず嫌いの彼女らしい。
即座にカヤが
『私もお勉強の為に残る♪』
と打ち込んで提示した。
高木が
『何事も創作のこやしだから』
と提示すると、真城も苦笑いで頷いた。
エイジは一同のやり取りを、両手で口を押さえてニコニコと眺めている。
***
「それにしても何でこんな面倒なシステムになっちゃってる訳ぇ? 普通に即売会でいいじゃん。二階の作品だけ競い上げオークションにしてさ」
ズバリいきなり不満の声。
「六、七年ぐらい前からこうなったんだけれど」
このグループを仕切っているらしい、年配の女性の声。
「投資家が入り込んで、一部の作品だけ価格が青天井になって総ざらいにされたの」
「そんなの雀々家厘子クラスだけでしょ。オーナーのお気に入りだからって、関係ない私たちまで巻き込まないで欲しいわ」
名指しでディスられている。
『さっき聞こえた人形の値段をこっちでそのまま書いちゃおうか』
カヤがスマホに打ち込んで、高木が高速で首を横に振った。
「関係無くはないわ。むしろ恩恵を受けているのは私たちの方なのよ」
リーダーの意外な言葉。
「日本の人形美術の分野は、国内よりもよっぽど海外に評価されている。文楽人形の第一人者なんて、日本文化信仰の人たちにはグサリと刺さる言葉なのよ。雀々家葦伐(すずやよしきり)の娘だけでなく、彼の教えを受けた宝珠所属の人形作家たちも海外マニアから見たら垂涎の的。日本画のナンチャラ一門が有り難がられるのと似たノリね。
あちらの中間業者が資本に物を言わせて押し寄せて来たら、貴女の好きな鷺ノ宮先生や鳩ヶ谷先生の作品だって根こそぎ流出してしまうわ。
そういうのを防ぐため、今の招待客限定の入札式が穏やかでいいの」
「え、だって、だったら、作家と直接取引させてくれればいいのに」
「作家に直接接触させるなんて、それこそ
「…………」
「今の状態で、貴女は欲しい作品を比較的容易く入手出来ているわよね」
「それは……え?」
「比羽守支配人が、私たちがこんな事をやっているのを知らない訳がないでしょう? 目溢ししてくれているのよ。
何割かは隠れ直販な部分もあって、でも表向きは平等な入札。業者が投網を投げるのを抑止しながら、作家が届けたい従来のファンにはちょっぴり竿を垂らすのを許してくれている、そんな感じ。皆も他では絶対に喋っては駄目よ」
「あっ、はい」
「ハイ」
裏側のテーブルの真城たちは目を丸くして顔を見合わせた。
エイジだけは顎の下に両手を組んでニコニコしている。今の話を聞いても動じないのは、雀々家も自分もそういうのは疾うに知っていて、その上でまっとうにオークションを通す道を選んでいるのか。
年配の女性の話はまだ続く。
「あとね、この入札欄。六つってどう思う?」
「え、えっと、多い……のかな?」
「欲しいドールが二つ三つでも、六つあったら全部埋めたくなるでしょ? 未知の作家の手頃な作品をダメ元で書いてみたり」
「はい……」
「これが二十とか無制限なら、貴女は六つも入札しない」
「あ、そうかも」
「六つって、微妙な心理を付いた数だと思うわ。ついつい埋めたくなるけれど、書いた数字が当選した時点で販売成立なのを忘れちゃってたりするのよね」
「あっ」
「私たちみたいなパンピーがガヤガヤ言ったって歯が立たないのよ、あの業師支配人には」
隔てたテーブルの真城たちも、顔を見合わせて口をパカンと開いた。
女性グループの方が先に去って、コーヒーの冷めたテーブルの五人。
蒼樹は脱力して背もたれに身を預けた。
「勉強になったわ、色々と……」
***
儲けの為だけなら海の向こうの巨大資本に門戸を開いた方が安易。しかしそれでは国内が痩せ細る。市場も、長い目で見れば作家も。
宝珠画廊は代々、国内の『美術文化』を育てる事に重きを置いていた。この国で名家と呼ばれるパトロンも裏から支えているらしい。
そうして文明開化から様々な社会情勢を潜り抜けて細く長く続いている……
リーダー女性はそんな事も語っていた。
「思ったより壮大な話だった」
「wikiだけじゃ分からない物ね」
「十何万の人形なんて、金持ちが道楽で集める物だと思っていたが、庶民が憧れて頑張れば入手出来るラインなんだよな」
「それを目にする機会が無くなれば、憧れる気持ちも芽生えない」
「漫画だって、子供の頃から身の回りに溢れていたから漫画家になろうと思うんだもんね」
「少年ジャックを普通に買える日本に生まれて良かったなぁ」
しみじみ話しながら画廊へ戻り、投函箱に用紙を差し入れた。
結果は、購入権利を得た者のみに、一週間後の昼十二時に一斉送信されるという。
得られるのは購入する権利。
ピタリ合致や届け出額より上の場合は即決。基本、下の額の方が近くても上の額が優先される。下しかいない場合は、作家側が改めて価格交渉か、拒否する事が出来る。
・・というのがガイドラインだが、あとは作家と入札者のやり取りに委ねられている。
「発表日が楽しみで――す」
言って駅でそれぞれの路線に別れた。
別れる時、エイジが少しだけ元気になっているのに真城は気が付いた。
(何か気持ちが上がる事があったのかな、ならば良かった)