すずめのお宿と月の道   作:西風 そら

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名算と偶像

 

 

   

 

「支配人、この当選者様、名前と電話番号しか書いてありません」

 

 宝珠画廊、一階奥事務机。

 先週の展示会終了後より、連日の残業で集計作業を行って来たスタッフたち。

 再々チェックを経て、本日十二時より結果送信中。

 それぞれのパソコンの前に座るは、事務の男女二名と比羽守(ひわもり)支配人。

 

「ああ、うちのお客様には結構いらっしゃいますよ、メールアドレスをお持ちでない方」

 

「今時メールアドレスが無いなんて。直接通話の方が不便じゃないですか?」

 新人っぽい男性事務員。

「私もそう思っちゃう、先方を通話口まで呼びつけるのって、申し訳ない気がします」

 少し年長の女性事務員。

 

「そういう思いやりもありますね。間違ってはいないです」

「支配人、また昔話を始めそう」

「しませんよ。ただ便利になったらなったで、それまでに無かった気苦労が生じる物だなと」

 言いながら比羽守は、男性のパソコンを覗いた。

「二重丸。ほぉ、ピタリ合致ですか」

「でも、これ……」

「あ――、この方は私が直接電話をしましょう」

 支配人は固定電話の子機を取る。

 

 番号を入力し、先方に繋がる、プルル・・

 途端、

 

 ――ガチャガチャガチャ!

 画廊の玄関扉がけたたましく揺れた。

 

「カーテン閉めて休業札を出しているのに!?」

 怯える事務員を後ろに、比羽守が歩いて行ってカーテンを開ける。

 

 満面の笑みを湛えた新妻エイジが、携帯電話を耳に当てながらガラス扉にへばり付いていた。

「もしもぉ――し」

 というハイトーンボイスが比羽守の持つ受話器から響く。

 

 

 ***

 

 

「「うそだろ、おい」」

 

 送られて来たスマホの画像を開いて、真城と高木は同時に叫んだ。

 場所は明らかにエイジのマンションの一室。見違うことなき雀々家厘子作のCROWの前でダブルピースするエイジ。

 発信元は雄二郎のスマホ。多分メールをやらないエイジが彼にせがんで自慢画像を送らせたんだろう。

 時刻は午後三時。結果発表からまだ三時間しか経っていませんがっ??

 

「新妻先生、正午に画廊の前で待機していたらしいよ」

 折り返し直電した雄二郎の声は疲れて放心していた。

「客間を片付けて展示スペースを作らされたのは僕だけれど」

 

「ご、ご苦労様……」

 遊栄社は彼に特別手当てをはずむべきだ。

 

「で、エイジは?」

「捧げ物するとか言って、下のコンビニへ買い物に行った」

「ご神体かよ!」

 

「散々振り回して、結局自分で当てちまうんだもんなあ」

「本気のコレクターっぽい人もいたし入札数は結構あっただったろうに」

「まぁ、僕も一安心だよ。欲しい品も手に入って、これで落ち着いて原稿に専念して貰える」

「エイジ、幾らって書いたんです?」

「ナイショです――、だってさ」

 

 通話を切って、真城と高木は脱力してソファに沈み込んだ。

「ねぇねぇ、見せて貰いに行く時、私も連れて行って。一応協力したんだからさ」

 一人元気なカヤ。

 

「シュージン、幾らって書いた?」

「一億」

「ホントに書いたのかよ!」

「当たってもエイジなら払うだろ。サイコーは?」

「…………九万六千円」

「はあっ?」

「本人がさ、周囲の評価なんか隔絶して控え目な感じだったから。ウルトラC狙ってみた」

 

「で、CROWだけに九万六千円?」呆れ声のカヤ。

「うん」

「安直ぅ~~」

 そう言うカヤも九十六万円と書いたそうで、真城の事を笑えなかった。

 

 

 真城たちオークション組の四人は平丸や福田も誘って見学に行き、有頂天のエイジに大いに見せびらかされた。

 蒼樹も欲しかった人形を一体ゲット出来たそうで、嬉しそうにカヤと写真を見せ合いっこする。

 

 帰りがけ、エイジが蒼樹を小声で呼び止めた。

「蒼樹先生のお陰デス」

「え?」

「窓辺でお話した時、口に出したら急にストンと腑に落ちた言葉があったデス。それがヒントになりました」

「まあ」

「感謝デス~~」

 

「それは良かったです。でも幾らって書いたかは教えてくれないんでしょ?」

「ハイ~~秘密です」

「彼女と二人だけの?」

「あぅ・・」

 

 言葉を詰まらせるエイジに、初めて彼を動揺させていい気分になった蒼樹は、スキップしながら帰路に付いた。

(二人とも『全然知り合えていない』と言っていた。雀々家厘子にとって新妻エイジは『無』か『白紙』。すなわちそれが正解だったんじゃないかしら)

 ちなみ蒼樹は『1』と書いた。

 

 

『エイジ宅の物凄いCROW』はジャック編集部内でも話題になり、港浦(みうら)はともかく関係のない吉田や山久まで見に来て、港浦が不用意に触ろうとしてエイジに激怒された。

 遊栄社権利部のキャラクター担当者も見学に来たが、「次元が違い過ぎて何の参考にもならない」と溢し、デザイナーが「グラビア特集を組ませてくれ」と言って断られ、そこそこ偉い人が「フェスタで展示させてくれ」と打診をしてやはり断られたらしい。

 

 そうして皆それぞれ、平穏に仕事にいそしむ日々に戻った。

 エイジは外出時に鍵をかける習慣を身に付け、たまにウニモグで雀々家宅を訪ねて行くらしい。

 

 高校生でもないんだからいちいち口を差し挟む事もない、と言いながらも雄二郎は気を揉んで、くれぐれも事故らんように、今度何かあったら首に迷子札かけるからね! などと口酸っぱく言っている。

 

 亜城木たちも自分たちの生活を送りながら「ぼちぼち進展の報告はない物か」ぐらいに気に掛けていた。

 

 

 そんなある日、また雄二郎から緊急SOSが来る。

「新妻先生が……」

「何です、またいなくなったんですか?」

「描けなくなったんだ」

「はあ??」

 

 

 

 

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