すずめのお宿と月の道   作:西風 そら

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迷走と偶像

  

 

 

「師匠がスランプだからって、何で俺らにいちいち助けを求めて来る訳?」

 受話口の向こうでゴチる福田。

 

「デビューからこっち、スランプのスの字もなく駆け抜けて来た人だからさ。雄二郎さんも免疫無いんじゃないの?」

 こちらの通話口の高木。

 

「新妻エイジだって人の子なんだから筆が止まって苦しむ事はあるだろうさ。雄二郎さんも今まで師匠の才能に寄っかかり過ぎだったし、ちょっとは苦労すればいいんだ」

「雄二郎さんは別方面で十分苦労して来たと思うけれど」

 

 行方不明事件で振り回された件もあり、福田は今回は関わるつもりはない様子。

 真城と高木だって、自分たちが散々潜って来たスランプという沼は自力で克服するしかない事を知っている。

 そんな感じで雄二郎からの電話は受けたが腰を上げる事はせず、軽く励ます程度で流した。

 

「ただ雄二郎さん、スランプとは言っていないんだよなあ」

 電話を切って少ししてから、真城が作業机でポツンと言った。

 

「ん、あ? 師匠の事か?」

「うん。『描けなくなった』って、どういう風に描けなくなったのかな」

「それは……そういうのがスランプっていうのじゃないのか?」

「思えばなんか、オークションの頃からエイジ、いつもと違ったよな。毒が抜けて勢いが無くなったっていうか」

「う――ん」

 

 そうは言っていても亜城木夢叶だって暇ではない。好調の連載『PCP』は『小学生』『完全犯罪』を題材にしてしまったが為、一部集団に目を付けられて少しのアラも突つかれる。

 原作の高木は常に神経をすり減らし、つまらない事をほじくられぬよう、且つ面白い話を作る為、日夜頭を絞っていなければならない。真城もそんな高木が作ってくれる話を全力で描く。

 

 むしろ『CROW』を終え、原作付きの『+NATURAL』一本の今のエイジの方が余裕がある筈。

 どうせオークションの時みたいに自力で解決してしまうんだ、骨折ってやる必要なんか無い無いと、二人はたかをくくっていた。

 

 ――しかし

 

 

 ***

 

 

 ――『+NATURAL』休載のお知らせ――

 

 えええええ!!

 

 真城と高木は届いた見本本を思わず取り落としそうになった。

 表紙には載っているから本当に急だったんだ

 何で、どうして、あのエイジが? 

 連載デビュー以来、二本同時連載の時でさえ一度も休んだ事がないあのエイジが!?

 

「エイジ……うぅん、雄二郎さんにかけてみる?」

 高木が落ち着かない感じでスマホを手に取る。

「いや、やめておこう」

 ネーム中の真城が奥の机から言う。

「雄二郎さん、今掛けられたくないだろ」

「あ、ああ、そうだな」

「午後に服部さんが来るからそちらに聞いてみよう」

「うん……」

(服部は雄二郎と同じ名字だが別人の服部哲)

 

 

 ***

 

 

 週刊連載は過酷だ。クオリティの高いB4サイズの絵を毎週毎週十九枚なんて、ちょっとペンか筆を握った経験のある者なら無茶苦茶な所業だと分かる。

 それが何故看過されているかというと、出来てしまうからだ。正確には先人が出来てしまったからだ。

 週刊連載を複数、もしくは週刊で三十ページ四十ページ、連載をしながら競作の読みきり…… なまじか先人が出来てしまったからだ。

 

 勿論楽々描いていた訳ではなかろう。健康な身体と引き換えに命を削って描いていたかもしれない。

 しかし結果しか見ない者は「皆この程度やっていた」としか思わない。

『死屍累々』と語った先人がいる。多くの漫画家や名も無きアシスタントたちの過酷な労働の末、幣れて重なった屍の先に今があるだけなのだ。けして『この程度』ではない。

 

 ネームの打ち合わせを終えた後の雑談で、服部は個人的な考えを語ってくれた。

「僕も若い頃はイケイケの休むな休むなだったんだが、人生を壊してしまうような心身の後遺症を負う漫画家に関わるうち、考えを改めるようになった」

 

「そうは言っても休んだら追い越されるのはその通りでしょう?」

 奥の机でネームを直しながら真城が言う。

 

「そうならないように工夫するのが、これからの編集部の役割だと思う」

 

 真城は手を止め、高木も顔を上げて服部を見た。

「勿論、休まないでくれる方がありがたいよ。僕が読者でも好きな漫画が休載だとガッカリする。でも、描き込み量とかアシスタントの意識とか、昔と状況が違う現代、読者側の休載に対する抵抗を無くする方が現実的だと思う。それを作って行くのが編集部だ」

 

「具体的には?」

 高木が興味深気に服部を見る。

 

「例えば月イチ程度の休載を当たり前にローテーションを組む。連載作品の数を増やせるのは良い事だ。先生方にしたら、今まで七日でやっていた作業に八日や九日当てられる、どう?」

「ああ、それは助かるかも」

「やるとしたら漫画家全員に話を通して一斉にやる必要があるけれどね。真城先生はどう思う?」

「皆が一斉なら……いややっぱりどうなんだろ。休んでファンが離れるのは怖いですよ」

 

「そうだね。僕は、一昨年から始めたジャックWebを上手く使いこなせないかと思っているんだ。今時はスマホで漫画を読むのが当たり前になっているだろ。

 バックナンバーを読みやすくしたり、休載でも忘れさせない工夫をする。後発の、無料で新人メインのジャックプラスも好調なんだよ。これからの読者の声は、アンケート葉書やファンレターより、ネットの閲覧数とコメントが主流になって行くかもな」

 

 服部さんも新妻エイジの状況はあまり詳しく聞いていない。が、雄二郎は本当に困り果てて参ってしまっているらしい。

 

「怪我とか病気って事は無いんですよね、まさか交通事故とか」

「いやいやそれは無い。亜城木先生たちはそこまで心配しなくていいよ。雄二郎の手に余るようなら佐々木編集長が出向くと言っているし」

 

 編集長自ら? 

 そこまで深刻なのか……?

 

 

 

 

 

 

 





 

 『バクマン。』の連載は 2009~2012
 WジャンプWeb公開、2013
 ジャンププラス、2014

 作中世界の『CROW』完結は2016年で、少し未来を描いています。
 『バクマン。』作者様の先見の明は凄いなあと、作品の端々で思う事があります。


 
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