「おう、土産だ」
いきなり連絡があって訪ねて来た福田真太が、玄関で出迎えた高木に甘い匂いの箱を押し付けて来た。
「うわっ、イチゴくさっ」
「くさいって言うな」
ツーリングジャケットとゴツいライダーブーツを玄関で脱いで、興奮した様子でドカドカと上がり込むナチュラルヤンキー。
「行って来たぞ、例のイチゴ農家。今シーズンのイチゴ狩り始まってたわ」
「い、イチゴ狩り、福田さんが……」
今日の仕事場は真城と高木のみ。カヤがいたらイチゴに大喜びしただろうに残念。
「やんねぇよ、この格好で一人チマチマイチゴ摘んでたら周りがドン引くわ。まぁそこで思いの外時間を食っちまって予定が狂ったが」
「予定って」
「シチゴウさんちに決まっているだろうが」
福田は正面に座る真城と高木をギロリと見据えた。
「思っていたのとチビっと違ったみたいだぞ」
もともと連載一本を二~三日日で仕上げる新妻エイジは、空いた時間は『趣味』の漫画を描いているような漫画一色生活だった。
しかし今はアシスタントの入る作画日以外はほとんど不在で、駐車場に車も無いからおそらくシチゴウの雀々家厘子の所へ入り浸っているのだろう。
エイジと同じく雄二郎を担当とする福田は、彼からそういう愚痴を聞きまくっていた。
「新作の打ち合わせもろくに出来ないんだよぉ」
「俺に言ったってしゃあねぇだろ。今まで師匠の才能に胡座をかいて放置していたツケじゃねぇか。担当として言うべき時はビシッと言ってやれよ」
「だってだって、『+NATURAL』も終了が決まったみたいだし、僕が物を言う前に、新妻先生から何かを言い出しそうで怖いんだ」
「何かって何だよ」
「このままあの山奥に住まいを移したいとか……いやその位ならまだいいよ、漫画以外にやりたい事が見つかったとか……」
「それはねぇだろ、師匠に限って」
「分からないよ。前に先生が『CROW』のアニメオリジナル回の絵コンテを書いた時、びっくりするほど玄人はだしだったんだ。いつの間にそんなの覚えたんだって感じで。
あの人その気になれば人間離れした集中力で、最低限の学習で何でも習得しちまう。次は芸術家を目指すなんて言い出しても全然不思議じゃない」
まさかと福田は思ったが、雄二郎は本気で不安がっている。
もっと作家を信じてやれよ、担当だろが。
「それでわざわざ現地まで偵察に行ってあげたんですか。福田さん、優しいなぁ」
「別に。俺のハーレーは月間千キロ走らせてやらんとスネるから、ついでだよ、ついで」
「で、先に師匠が世話になったっていうイチゴ農家に寄ったと」
「そう。大元になった子供の誕生日プレゼントのフィギュアってのも見てみたかったしな」
「どうでした、フィギュア」
「おお、大したモンだったぞ。子供が渡した単行本を見て作ったらしいが、本家より再現度が高い上に全身十六箇所稼働って、ありゃ師匠も欲しがるわ」
「ほお」
本家より再現度高いって何だよ。
「そのフィギュアが切っ掛けで新妻エイジ本人に会えるなんて、子供にしたら夢みたいな出来事だったでしょうね」
高木が言うと、福田は俯いて鼻の頭を掻いた。
「それが……」
「??」
「俺、余計な事を言っちまったかもしれん」
「どうしたんです?」
「知らなかったんだよ、あのイチゴ農家の親父さん。しょっちゅう訪ねて来ては子供と遊んでくれていたのが、『CROW』を描いた漫画家の新妻エイジ本人だったなんて」
「えええ――っ!!??」
いや待ってそれじゃ、免許取得と中古車入手なんて面倒な手続きの世話を、素性を知らない赤の他人の為に焼いてくれたって事?
てっきり『子供が大ファンの人気漫画家新妻エイジの役に立ってあげようという、田舎人ならではのおおらかな気持ち』だと思っていた。
そういえばD君だって、昨今の定石を持つ若者だ。ご近所さん程度な関係だったようだし、彼からは漏れなかったんだろう。
「こ、子供は知っていたんだよね?」
「ああ? どうなんだろう、知らなかったと思うが」
「会わなかったんですか?」
「会ったけれど……
「……??」
「緘黙症(かんもくしょう)って知っているか? 俺は初めて聞いたんだが」