2016年、三月中頃
エイジは『CROW』と『+NATURAL』二本連載
亜城木夢叶は『PCP』の時期
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亜城木夢斗(あしろぎむと)にとって新妻エイジという存在は、目標でありライバルであり恩義ある先輩作家だ。
何かあったら心配するし、不測の事態ともなれば忙しい身を挺して駆け付ける事も厭わない。
ただそれは個人間のお話で、担当編集者にまで期待されては堪らない。
「雄二郎さん、俺らだって忙しいんです。入稿して一段落の日とはいえ、休まなきゃ身が持たないし、単行本作業だってあるのに」
吉祥寺南口徒歩十数分、某マンションの一室、ガラクタで足の踏み場も無い新妻エイジ宅。
室内には男性三人。
その内一人、亜城木夢斗の原作担当 高木秋人(たかぎあきと)が抗議する。
「そんな冷たい事言わないでよぉ。僕だって途方に暮れてんだ。あの出不精の新妻先生が、おそらく昨日の夜から帰っていないなんて、どうしたっておかしいだろ」
週刊少年ジャックの看板作家新妻エイジの担当編集者、アフロ頭の雄二郎。
「でも本日締め切りの原稿はあったんでしょう?」
亜城木夢斗のもう一人、作画担当 真城最高(ましろもりたか)が部屋を見回しながら言う。
「うん、『CROW(クロウ)』『+NATURAL(プラスナチュラル)』揃えてデスクの上に置いてあった。玄関に鍵は掛かっていなかったから、コンビニにでも行っているのかと暫く待ってみたんだけれど」
「帰って来なかったと」
「ケイタイ鳴らしてみたら案の定……」
雄二郎は恨みがましい目でデスクの上の端末を睨む。冷蔵庫に入っていたらしい。
「いつまでも待っている訳に行かないから、書き置きを残して社に戻ったんだけれど。今日の夕方来てみたら書き置きがそのままで、帰った気配が無いんだ」
高木が呆れた風に息を吐く。
「それで俺らに連絡したんですか? 子供じゃあるまいし、立派な大人がちょっと居ない位でそんなに心配しなくてもいいでしょう?」
「新妻先生が立派な大人だと思うか? 例えばうっかり東京の公共交通機関に紛れ込んだとして、帰って来られると思うか、あの人が?」
「…………」
「昨今漫画家だって芸能人並みにネタにされて、ちょっとした事でも面白おかしく拡散されるのにっ!」
仕事場のデスク等を眺めていた真城が口を開いた。
「昨日まで一緒に仕事をしていたアシスタントたちは? 彼らに聞いた方が早いんじゃないですか?」
「既に聞き取り済みだよ。そしたらますます訳が分からなくなったんで、同業で僕とは違う観点のある君たちならピンと来る事があるんじゃないかと」
真城は今一度部屋を見回した。自分がアシスタントをしていた時代とあまり変わらない。
変わったのは本棚が自身の成功作で埋め尽くされている事だ。
仕事は順風満帆、放送中のアニメも好調、人間関係もそんなに悪くない。
落ち込んだり黄昏(たそがれ)たりする要素は見当たらない筈だ。
……強いて言うなら……
「去年の『スーパーリーダーズLOVEフェスタ』。恋愛漫画の競作で、投票結果が後塵にまみれた事がありましたよね」
「あれか?」
雄二郎は思い出したように口に手を当てた。
「確かにあの人が『漫画』であんなに低評価だったのは初めてだ。でも二分ぐらい暴れた後、スンと平常に戻って仕事を始めたし…… あんな事いちいち引きずらないよ、新妻先生は」
「平常に戻ったからって頭から消える訳じゃないです」
真面目な声の真城に、残りの二人は注目した。
「俺、今ふっと、小学四年の時の通知表を思い出したんです。四年の通知表、三回とも図工に『1』を付けられた」
「ま、真城君が!?」
真城はデビュー前から「基礎画力は中学生とは思えない」と言われる程だった。
「小学校なんか担任一人で全教科付けるんだろ? たまたまその教諭が変な思想持ちだったんだろ」
と高木。
「うん、そう。種を明かせば担任が漫画嫌いだった。ちょっとでも漫画っぽい匂いがすると気に喰わない。
「今こうして絵で大成功しているんだから、恥ずかしいのはそいつだろ」
「そうだね、十歳の俺ですらそう解釈して忘れようとした。でもこういう時にフッと思い出しちゃうのは、やっぱりずっと消えない痕(きず)なんだろな、と思って。
たとえ苦手なジャンルであっても、新妻エイジが『漫画』で低評価だった事を忘れられる訳が無いんだ」
雄二郎は唾を飲み込んだ。
「お、俺、無神経を言っちまってたかもしれない……」
「ケースバイケースですよ、まだ推測だし」
しゅんとなってしまった雄二郎に高木がフォローする。
「それよりアシスタント連の証言を聞かせて貰えませんか?」
「ああ、うん」
雄二郎はスマホを取り出して、相手の承諾を得て録音した音源を開く。