「俺だってあんな重い話を聞かされるとは思わなかったんだ!」
シィンとしてしまった亜城木夢叶の仕事場で、福田が空気を破るように叫んだ。
「いや、ホント、・・うん・・」
高木ですら言葉を繋げられない。
「じゃ、もしかして、師匠が隣県に通っていたのって、その子供の為?」
「それは分からんな、目標が一つとは限らんし」
「真実はいつも一つじゃなかったの?」
「それは他所の漫画だ」
「で、シチゴウの雀々家厘子の家へ行ったの?」
「うん、だがな……」
イチゴ農園を出て、教えて貰った林道を少し登ると、青い竹林の中に雀々家邸があった。
ウニモグは無い。駐車スペースには雀々家の物と思われる古い四駆が一台。
一応玄関で呼んでみたが返事が無い。引き戸に手を掛けようとして違和感に気付いた。
(これ、扉か?)
(??)
と、庭灯が付き、家の脇の竹林の方から雀々家厘子が姿を現わした。今日は白い張り子の狐面。バリエーションがあるのかよ。
「と、突然の訪問すみません。吉祥寺でお会いした福田真太です。師匠……新妻エイジは来ていますか?」
「今週はみえられていません」
「あ、そうですか、失礼しました」
「いえ」
相手は踵を返そうとしたが、福田は迷った末続けて喋った。
「師匠、最近どうですか。元気がなかったり思い詰めていたりしませんか?」
女性は黙ったまま振り向いた。
「俺も漫画家で、師匠にはデビュー前に世話ンなった身なんで。ぶっちゃけ心配してるんスよ。漫画が疎かになっちまう程の悩み事があるんじゃないかと」
二呼吸ほど時間を置いて女性は答えた。
「生きていれば、考えなくてはならない事が後から後からと湧いて来る物ではないですか」
「えっと、え……?」
「すみません、私はやっぱり言葉が下手で。……新妻さんは今日はみえられないと思います」
「では失礼しますって引っ込んじまった。さすがにもう追い掛ける訳に行かなくてさ」
亜城木夢叶の仕事場のソファで、福田は首を振って両手を挙げた。
「どういう意味なんでしょうね」
「だからここへ寄ったんだよ。亜城木夢叶の優秀な頭脳で翻訳してくれ。俺にはああいう哲学的なのは分からん」
高木に迫る福田。
「そんな一方的な」
「哲学も何も、そのまんまじゃないですか」
福田は座り直して真城に向いた。
「本人が『言葉が下手』って言っているんだから、変に捻って読解しようとしなくてもいいでしょ。『漫画家だって一人の人間なんだから、漫画以外の事で悩んだり考え込んだりもするだろさ』って、雀々家さんにとってはただの世間話。こっちが大袈裟に受け取ってビビるから、困って引っ込んでしまうんですよ」
「俺にそういうのが分かる訳ないだろ! 相手は狐面だぞ、禅問答でも始まるかと思っちまうだろ!」
ここいらで落ち着こうと、高木が茶を入れて来た。
「何だ、この苦いの」
「ゴーヤ茶。この間、秋名が礼だって持って来た。何か健康に良いらしい」
「……この苦さは精神の健康を削るぞ」
福田は眉間にシワを寄せて飲み干した。
「で、今日の話は雄二郎さんにするんですか」
「かいつまんで話しておこうと思っている」
「師匠は内緒にしてたのに?」
「俺は内緒にしておけるほど器用じゃねぇ。今日の目的はあの人の余計な心配を払拭する為に行っ……あ、違う、ついでだぞ、ついで、俺様のハーレーの為だ」
「はいはい」
「福田さん、やっぱり優しいな」