アシスタントD君の通話が終わって十五秒。
「帰るわ、俺」
「推理当たったじゃないですか、福田さん!」
「当たっても嬉しくも何ともない。むしろ何かムカつく!」
「造形師さんが女性だからって、恋愛絡みとは限らないでしょ。秋名とずっと仕事をしていたって何も起こらなかったじゃないですか」
「あいつ相手なら俺だって起こらんわ!」
――どぎゃ――んん!!
突然、机の上のエイジの携帯が震えた。
雄二郎が飛び付くように取る。
「もしもしっ、新妻先生!?」
「新妻エイジさんの携帯、そちらでよろしいですか?」
女性の声。
ワクワクよりも不安が先だ。警察関係でありませんように!
「に、に、新妻先生は……」
「今は後部座席でお休みに」
声と共に車のアイドリング音が聞こえる。雄二郎がヘタヘタと膝から崩れ落ちた。
変わって高木が携帯を取る。
「お電話頂けて助かりました、ありがとうございます。心配していたんです。あの、どちら様でしょうか」
「スズヤといいます。新妻さんとは……仕事を依頼されている間柄で」
造形師さんキタ――!
確かに若そうな女性の声だ。おっとりとした静かな声だが、一本通った芯も感じられる。
「新妻は寝ているんですか?」
「はい」
仕事を無理したんだな、エイジ。そんなに早く彼女に逢いに行きたかったのか。でももうちょっと頑張れよ。
「お宅へ送ろうとしたのだけれど、高井戸インターを下りた所でどうしても起きなくなって。道が分からなくて困っています」
「(ししょぉ~~)ナ、ナビゲーションシステムは付いていますか?」
「えっと、無いみたいですね」
「高木、周囲の目立つ看板と車種聞いて」
福田が半キャップとバイクのキーを持って玄関へ向かった。
「降り口ならすぐそこだろ、迎えに行ってやるわ」
何だかんだ言って面倒見の良い福田を見送って、男性三人気の抜けた顔を見合わせる。
女性の『車種ですか? 何でしょう、これ、とにかく大きな車、鼠色で四角くて大きな車です』から、乗って来た車は彼女の物ではないと分かる。
「エイジの車……だろうな、もう免許取って車まで買ってたのかよ」
「本当にいつの間にだよ」
「他人と時間の流れが違う所で生きているんだ」
そんな話をしていると、今度は雄二郎のスマホが鳴った。
D君からで、何とこんな時間に件のイチゴ農家へ問い合わせてくれたという。農家は朝が早いだろうに申し訳ない。
「イチゴ園のおじさん、思ぅたより新妻先生と深く付き合ぅとったみたいです」
どうやらエイジは最初に訪れた時、麓街の板金屋の店先に展示されていた大きな車に一目惚れしたらしい。
フィギュアを見せて貰いに立ち寄ったイチゴ農園でそれを話したら、板金屋が園主の同級生で(田舎ではありがち)、そういう事ならと、順番待ちをしなくて済む田舎の免許試験場やら、仮免時の路上練習やら、住民票の移動やら、購入の際の車庫証明やらと細々協力してくれたとか。
「いい人過ぎないかっ」
「そりゃイチゴも箱買いするわっ」
足繁く通っていたのは実は車関係だった。
「連載二本こなしながら、人間かよあの人」
「一目惚れまでは正解だったけれど、相手は人間じゃなかったね」
「はは……」
「どんな車だろ?」
「先生の事だからきっと、ドギャギャ――ンのズババ――ンって奴だな」
「スーパーカーが好きそうだけど、四角くて大きい?」
「オフローダー系? パジェロとかジープとか?」
「カウンタックも潰れてるけど四角くはあるぞ」
言いながら三人は階を下りて前の歩道に出た。
ほどなく、福田のハーレーのシルエットが見えたが……後ろから来る……何だあれ? 車線一杯に……
「「「ウニモグかよ!!」」」
ドイツのダイムラーがメルセデス社に作らせた多目的作業用自動車、通称ウニモグ(Unimog)。
今目の前にそびえるのは、自衛隊のメガクルーザー(車幅218㎝車高207cm)の原型になったタイプで、前オーナーがおそらくマニアだったのだろう、見た目ほぼ装甲車。免許取り立ての初心者が買う車じゃないだろ!
『カッコイイですドギャ――ン』と、何も考えずポンとキャッシュ買いするエイジが目に浮かぶ。
先に到着してメットを脱いだ福田と目が合う。もう何も言いたくないってへの字口だ。
ウニモグやメガクルーザーは現在は準中型免許が必要ですが、2017年3月以前に取得した普通免許ならオッケー。なのでエイジも造型師さんもセーフ。