大きな車の冷蔵庫みたいなドアが開き、待っていた男三人は密かに好奇心を沸き立たせながら覗く。
俺らに内緒でエイジが親しくしていた造形師、あのフィギュアを作った女性ってどんな人?
「???」
運転席から身体を伸ばすシルエットは小柄な女性ではあったが、黒子頭巾(くろこずきん)のような物でスッポリと髪も顔も隠している。(運転中は前垂れは上げていたのだろうが)
「えっと、あの、その?」
「ハットリさんで?」
「はははい」
「新妻さんは後ろです」
「はははい、すみません」
これは笑いを取りに来ているのではない。突っ込まない方がいい奴だ。
真城と高木も申し合わせるように頷き合った。
当のエイジは後部座席で、シートベルトに引っ掛かったゴミ袋のようにグッタリと伸びている。鼻を摘まんでも往復ビンタしても起きない。
「大丈夫かよ」
「多分いつもと同じ、徹夜明け爆睡モードだ」
雄二郎が言って、福田と一緒に抱えて部屋へ運んで行った。
残った真城と高木が、大型車から伝うように慎重に下りて来た女性に対応する。やはり顔は隠したまま。
「本日納車とかで、嬉しそうに見せに来られて」
「はい……」
「海を見に行こうと仰って、大層な勢いで」
「えっ、ええ??」
「すみません、私も任せきりで。まさか伊豆半島の先端まで行くとは」
「うああっ、すっ、すみません、こちらこそすみませんっ」
エイジ~~!!
黒子(くろこ)の女性……雀々家(すずや)という名の造形師の所に、新妻エイジは確かにフィギュアを頼みに来たという。
彼女は断り続けているのだが、エイジは懲りずに何度も来る。東京からタクシーで。
「金持ちだな!」
あまりに来訪されるので、申し訳なく困惑している所だと。注文が詰まっていて受けられないのは本当なのだ。
「す、すみませんすみませんっ、仕事の邪魔してすみませんっ」
「いえ、そんなに邪魔ではないのですが」
そうなの?
「あまり手元をじっと見られるので、時々、穴が開いてしまうのではと思う程度で」
やっぱり邪魔じゃないか!
(エイジ~~!)
***
雀々家は、本日(零時を過ぎているので)は二十三区内の取引先で商談の予定だという。
「私が明日は上京予定だったと言うと、新妻さんが、じゃあこのまま一緒に東京まで行くですと仰って。私は取引先に泊まれる場所があるのでつい承知してしまい…… しかし途中のパーキングエリアで寝込んでしまわれて、小さな所でしたので長く停めている訳にも行かず…… 仕方なしに運転を交代してここまで来たのです」
ひえぇ~~っ!
「すみませんすみません!」
先ほど彼女の商談先に連絡したら、酷く驚いて吉祥寺まで迎えに来てくれるという。
本当にすみませんっ!
雄二郎と福田が下りて来た。
エイジはどうあっても起きないらしい。
女性をドライブに誘って後半爆睡とかあんまりだろ、いくらエイジでもそこはちゃんとしろよ!
雄二郎は雀々家にひたすら頭を下げた。迷惑を掛け過ぎて、相手の素性を伺うどころじゃない。
黒子頭巾なので表情は分からないが、女性はそんなに憤ってはいない様子だった。ただ口数が少なく余分な事は喋らない。
程なく、雀々家の迎えらしい車が角を曲がって現れ、ウインカーを上げて寄って来た。黒塗りのピカピカ。長いフェンダーの前方にミラーが付いている。
「比羽守(ひわもり)さん」
ドアを開いて下りて来た、ロマンスグレーの整髪に口髭をたくわえた紳士に、女性は駆け寄った。こんな夜中なのにベスト付きテーラードジャケット。
「厘子(りんこ)ちゃん、大変だったね、先に車に乗っていなさい」
「はい、あの……」
「私はこの方々に挨拶をするからね」
「はい」
物柔らかく促されて、女性は素直に助手席に乗り込んでドアを閉じた。
「責任者の方はどなたです」
男性の声音が変わり、雄二郎が恐る恐る手を上げる。
「銀座宝珠(ほうじゅ)画廊の比羽守と申します」
は、はい、自分は……と雄二郎が言う前に
「雀々家は我が画廊の大切な作家です。というか日本の宝だ。そこら辺りの夜中まで遊び回る軽々しい女性と同列に考えないで頂きたい。俗世に煩わせぬよう大切に山奥に匿(かくま)っているのに。今後安易に連れ出さぬようお願いします」
一度に言い切ると背中を向けて、とっとと車を発進させて行ってしまった。
呆然と見送る四人。
「何だありゃ」と福田。
「カノジョのお父さんに叱られるより怖かった……」
「雄二郎さんそんな経験あるんですか」
「うわぁ、これ!」
スマホをいじっていた高木が声を上げた。
――wiki:スズヤリンコ 雀々家厘子
日本の彫刻家、人形作家。父は文楽人形作家で紫綬褒章賞受賞の雀々家葦伐(すずやよしきり)(故人)。
2013年二代目葦伐(よしきり)を襲名、同年パリ造形美術コンクールで入選、国際的にも脚光を浴び始めている。
うへあ。
亜城木夢叶だって福田真太だってwikiには載っているけれど、こっちはまったく別世界のヒトだ。
「そりゃ、あのおっさん怒るわ」
「雀々家葦伐(すずやよしきり)って子供の頃、テレビで見てた人形劇の作家だよな。夜中にスタジオで人形が勝手に喋り出すって聞いた事がある」
「そんな世界の人がCROW作ったら、そりゃあの風格になるわ」
「でも」
真城は彼女らが去った方向を見ながら言った。
「雲の上の人って感じはしなかったな。ちょっと浮世離れしてる感じで、ホヤホヤしててさ」
「所でどうするよ、この車」
現実に引き戻されて問題はウニモグ。
夜中の一時だからまだ路駐していられるけれど、これから通行が増えて来るとぜったいに無理。
あっちで車庫証は取ったらしいが、こちらで駐車スペースは…… 確保していないだろうな、師匠。
エイジの住むマンションの地下駐車場は、どう見ても高さが無理。
こんなでかい車両、コインパーキングにも入らない。せせこましい都会住みの者が持っちゃいけない車だぞ。本当に後先考えていないなっ!
「遊栄社の駐車場に置けないですか?」
「裏手のトラック付けるスペースならイケるかな。とりあえずそこへ持って行って…… はあ……俺、運転出来るかなぁ」
「雄二郎さんガンバレ」
「他人事だと思って」
その日はそれでお開きとなった。
心配はしたがエイジは無事に戻り、しかも喜ばしい事に女性をドライブに誘うなんて人間らしい成長を遂げていた。
相手の世界が違いすぎるのが不安要素だが、エイジだってそんじょそこいらの漫画家じゃない。彼の頑張り次第で何とでもなるだろうと、一同はひとまずホッと肩を下ろしたのだった。
そう、この頃は皆、湧いては消えるアブクみたいな色恋沙汰のひとつだと、気楽に考えていた……