すずめのお宿と月の道   作:西風 そら

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 時は飛び、
 2016年、九月末

 蒼樹紅は『神様がくれた…』を連載中


,


蒼樹とドールオークション・Ⅰ

 

 

  

 蒼樹紅にとって新妻エイジはリスペクトする同朋作家であり、魔王だ。

 先日最終回を迎えた『CROW』の終盤の勢いは凄まじかった。

 あそこまで力を見せ付けられると張り合う気力も失せる。

 別に魔王を倒す勇者にならなくてもいい、私は妖精の森で大人しく、自分の世界を積み上げていよう。

 幸い、自分には彼より秀でている部分がある。前年の恋愛漫画フェスティバルの人気投票がそれを証明してくれた。

 よし! これからはそちらの分野を伸ばして、魔王も驚く妖精の牙城を築いてやるぞ!

 

 気合を入れながらネームをきっている彼女の元へ、親交のある亜城木夢叶の高木氏の細君カヤから連絡が入った。 

 

「新妻エイジさんから、人形展に招待された。一緒に行こうよ!」

「人形展? 新妻先生が?」

「オークションなの。実を言うと協力者が必要で……」

「??」

 

 

 夜、蒼樹はパソコンを開いて、カヤから送付された案内状の画像を確認し、分析を始めた。

 

 * 宝珠(ほうじゅ)ドールオークションのご案内 *

 ――秋風さやけき季節ますますご盛栄の事と(中略)

 今回は二十二名の作家に参加頂き、百余体の人形の出品と相成りました。オークションは例年と同様、封印入札方式を取らせて頂きます。

 ご招待客様は入り口でお渡しする用紙に、お目に叶った人形の番号と入札額を記入し、お帰りの際投函箱にお入れ下さい。

 購入権獲得基準は、【予め作家が届け出ている額より上で()()()()()()を提示された方】となりますのでご留意下さいませ。――

 

「そこがミソなのよね」

 通話でカヤは言っていた。

「だから人数が必要なの」

「そう、お人形は好きだから誘って貰って嬉しいけれど、何でそんなややこしい事になっているの?」

 

 元々は新妻エイジが私的に、雀々家という作家にCROWのフィギュアを依頼しただけの話だったという。

 しかし宝珠画廊の支配人の弁では、

「雀々家は先に、宝珠のドールオークションに出品する新作を作る契約をしている。これはイベントの目玉なので絶対に外せない。その後にも待機依頼が山積みで、新規に注文するなら数年後になってしまう。だから最初は断るつもりでいた。

 しかし新妻君の熱意(しつこい突撃)にうたれ、雀々家が『では宝珠オークションの品物にCROWを制作しましょう。後は新妻さんが競り落として下さい』と言い出した。画廊としては、漫画のキャラクターであろうと雀々家の作る物には絶対の信頼があるので、了承した」

 らしい。

 

「ややこしいでしょ~~」

「?? だったら届け出価格を教えて貰えば……」

「『それはズルだからやりません』だってさ」

 本当にややこしい。その雀々家という作家もエイジと似た者どうし、頑固な変わりも……職人肌で生真面目なのだろう。

 

 でも他ならぬ新妻先生が助けを求めてくれるのは嬉しい。

 ここは自分が一肌脱いで、宝珠オークションとやらの過去の傾向と対策をガッツリ調べて、お役に立てるよう準備して参じよう。

 

 蒼樹は検索サイトを開く。

 

【銀座宝珠画廊:創業明治十八年。数多くの芸術家を見出だし育てて来た、近世日本美術文化の一翼を担う老舗。現オーナー支配人は世襲制の四代目。

 近年は柔軟に、アニメーターや挿し絵画家のポップアートなども幅広く扱う。一方で品格を保つ為クオリティ方面には大変厳しい。

 季節毎のジャンル別オークションが有名で、特に異彩を放つ人形展は人気が高い。オークションが入札制なのは、一部投資家による乱奪を防ぎ市場の健全を図る為】

 

(固そうな理屈だけれど、筋は通っているわ。それにクラシック美術界が斜陽と言われる現代でもイベントに勢いがあるのは、相当敏腕なのね)

 

 蒼樹は更に、過去のオークション参加経験者や作家のSNSをチェックする。

 しかし…………

 

「どうやら一筋縄では行かなさそうだわ、このオークション」

 

 

 ***

 

 

「何ですか、新妻さん、その格好!」

 

「ボクはこれが正装です――」

 

「駄目です。それでなくてもここは銀座、これからクリエイターの集う画廊へ行くんですよ、絶対に駄目です。カヤさん手伝って」

「ラジャ」

 

 案の定いつもの毛玉スウェットで現れた新妻エイジが女性二人に引っ立てられてメンズショップに消えて行くのを、真城と高木は肩をすくめて眺めていた。こんな時の助勢の為に蒼樹を誘っていたカヤちゃん偉い。

 

 手持ちぶさたの男二人、服屋の前で待つ。

「しかし銀座の画廊の展示会かぁ。俺だって初めてだぞ」

「堅苦しく考えなくていいんじゃない? 雄二郎さんは漫画家にもきちんとリスペクトのあるオーナーだって言っていたし」

 

 ジャケットのチーフ(カヤが入れてくれた)を気にする高木に、真城は貰った招待状をヒラヒラ振りながら言った。

「今日の俺たちの使命は、エイジの目当てのフィギュアをゲットする事だしな」

 

 先週、新妻エイジの担当雄二郎に、両手を合わせて懇願された。

「お願いだ、新妻先生の為に、雀々家厘子作品の落札に協力してくれ」

 雄二郎はその日、別の担当者の用事でどうしても空けられないという。

「オークションならエイジの財力を持ってすれば闘えるのでは?」

「そういうオークションじゃないんだよ」

 どうやら『数字当て』という弾数が必要な仕様らしく、それでカヤと蒼樹まで動員した。

 

「雄二郎さんも、ホント当たり前みたいに俺らを巻き込むなぁ」

「その肝心のエイジだけどさ、何か元気なくない?」

「そうか? そういえば抵抗のしかたにいつもの勢いがなくて、案外あっさり服屋に連れ込まれて行ったような」

「流石に俺らに負担を掛け過ぎて、悪いと思っているのかな」

 

 なんて喋っている内に、女性二人に伴われてそこそこ見られるようになったエイジが店から出て来た。

「窮屈ですぅ」

「身体に沿った物を着る習慣を付けないと、年取ったら一気に全身がたるみますよ」

「マジですかぁ」

 さすが才女は理屈も達者だ。

 

 五人、画廊に向かって歩き出す。

 

「ショップの店員さんに、宝珠画廊のオークションに行くって言ったら羨ましがられたよ」

「へえ、有名なんだ?」

「思ったより色んなジャンルの作家さんが集まって、アニメキャラも普通に並ぶんだって」

「マジ?」

 ウッキウキのカヤと、ちょっとテンションの上がる高木。

 

「キャラ物でもそれなりのクオリティを求められるみたいです」

「へえ、何事も突き詰めた分野があるんだな」

 少し遅れて蒼樹と真城、そして妙に大人しいエイジ。

 

 穏やかに微笑んでいた蒼樹だが、画廊が近付くにつれて顔色が曇って来た。

「どうかした? 蒼樹さん」

「いえ……」

「具合悪い?」

「いえいえ、違うんです」

 他の四人も歩を緩めて、言い淀む蒼樹を覗き込む。

 

「あの…… どんなに調べても、価格の相場が分からなくて、それで……」

 蒼樹はシュンとして白状した。

「あまりに出て来ないから、質問サイトに投げてしまったんです。『宝珠のドールオークションに行くので、参考までに過去の落札価格を教えて下さい』って」

 

 即、幾つかのアンサーが付いたが、その内容たるや……

『何でそんな事を聞きたいんですか? ドールは子供と一緒です。貴方は他所様の子に幾らしましたかと聞きますか?』

『そんな事聞いてどうするんですか? ドールを買い漁って転売して大儲けする為ですか?』

『ニワカの入り込む所ではない』

『来ないで下さい』

 

「ひええぇ」

「無責任なネットの言葉なんか聞き流せばいいって分かっていても、いざ画廊が見えると胃がキリキリして来て」

「ごめんなさい、蒼樹さん、私が誘ったばかりに」

「違う違う、私が不用意だったのよ。調べる内に分かって来たのだけれど、宝珠の人形オークションって、皆さんかなり本気みたいで」

 

「ほ、本気とは……?」

 

「SNSに数字関連の情報が一切出ないのは、自分以外の参加者はすべて敵だと思っているから。価格どころか、入手して何年かは落札出来た事も明かさないらしいわ」

 

「うぅぅむ?」

 こりゃ、ゲーム感覚でお気軽に参入なんて物じゃないのか?

 

「大丈夫です!」

 黙って聞いていたエイジが言った。

「そんな奴らこそニワカです。作った人たちは、そんな怖い気持ちじゃなくて、楽しくワクワクして来て欲しいんだと思います。

 蒼樹先生は気にせずビビっと来た人形をどんどんゲットすればいいです。文句言う奴がいたらボクがぶっ飛ばしてやるです」

 

 目を丸くした蒼樹だが、顔色が少し戻った。

「そうですね、私も作家だもの、分かります、そうですよね」

「そうそ、楽しもうね」

 

 蒼樹は元気が戻ったが、真城と高木は気を引き締めた。

 会場に行ったら周囲からそれとなく情報が得られると思っていたが、甘かったみたいだ。

 

 

 

 

 

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