【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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099:人に化けた鼠共

 イサビリ中尉は静かに歩いていく。

 基地内を徘徊して、何処へ行こうと言うのか。

 俺は小さな疑念を抱きながら、彼女の後を距離を取って追いかける。

 バンカーから移動して、今は基地内の廊下を進んでいる。

 この時間帯であれば、兵士たちは食事を取りに行っているか街へ出かけているかだろう。

 

 イサビリ中尉はかれこれ一時間ほど歩きっぱなしだ。

 時折、搬入中のメリウスや資材を運んでいるメリウスを見つめて立ち止まる。

 何をしているのかと見ていたがよく分からなかった。

 既に空は暗くなり、電灯がついて周りを照らしていた。

 

 音を立てないように移動しながら、俺は彼女の後を追う。

 今日は彼女は休みなのか?

 今頃であれば、彼女は中佐と共に事務作業や訓練をしている筈で。

 何故、彼女は基地内を散策しているのか分からない。

 

 だが、ただ散歩しているだけじゃないのか。

 

 彼女は不審な挙動は見せていない。

 ただ基地内を歩いているだけであり、妙な事はしていなかった。

 やはり、俺の思い過ごしだったのだろう。

 ここらへんで俺も自室に帰った方が良いだろう。

 もしも中尉の後をつけていたなんてバレれば、彼女に怒られてしまう。

 

 俺は帰ろうかと考えて――身を潜める。

 

 中尉が足を止めて振り返って来た。

 俺は咄嗟に廊下の角に身を隠した。

 気づかれたかと焦り、心臓が少しだけ鼓動を早めた。

 しかし、気がついてはいなかったようで此方に来る気配は無い。

 その代わり、扉を開ける音が聞こえた。

 

 俺は扉が閉まった音を聞いて、チラリと様子を伺う。

 すると、そこにはイサビリ中尉の姿は無い。

 俺はゆっくりと足を進めてから、中尉が入ったであろう扉を見つめた。

 

 標識には何も書かれていない。

 恐らくが、倉庫として使っているだけの空き部屋だ。

 何故、彼女はこの中に入っていったのか。

 俺の中の疑念がどんどんと膨らんでいく。

 

「……」

 

 ごくりと喉を鳴らして、ゆっくりとノブを掴む。

 そうして、静かに捻りながら戸を少しだけ開けた。

 隙間から様子を伺えば、中には誰もいない。

 俺は中へと潜り込んでから、息を潜めて周りを見た。

 

 段ボールが沢山積まれている。

 中身はメリウスのパーツだったり缶詰で。

 資材や食料をこの中で保管しているのか。

 俺は音を立てないように進みながら、ほんのりと明かりがついている場所に目を向けた。

 段ボールの山の中に身を隠しながら、そっと光が灯る場所を覗いた。

 するとそこには、イサビリ中尉の他にウラカワ伍長とジェスラ曹長がいた。

 

 何を話しているのか。

 俺は聞き耳を立てて会話を盗み聞こうとした。

 すると、ポツポツと話し声が聞き取れるようになる。

 

「……基地内にあるメリウスは、どれも資料で見たものと同じだ……雷切は、解析できたか」

「いや、無理でした……アレのロックは厳重です。下手につつけば此方の存在に気づかれるでしょうね。時間を掛ければもしかしたら……」

「……お前は……あぁウラカワか。お前の方はどうなっている」

「……あぁ俺ですか。えぇ、まぁ。今のところは気づかれていませんよ。痛い思いをしただけの甲斐はありました……ただ、あの中佐は厄介ですね。警備に関する情報を隠していますよ、あれは。警備責任者が秘匿していると言っていましたが、あの女は天子や大公が会談する場所を知っています……あの雷にも話していないとなると。気づいてはいないが、本能で何かを察知したか」

「アレには深く関わるな。懐に入れば喰われかねない。”赤髪の妖精”は、武功だけで今の地位に昇りつめた訳ではない」

 

 イサビリ中尉達の話が聞こえてくる。

 雷切の解析、此方の存在に気づかれる……何を、言っているんだ?

 

 中尉達は暗がりで誰にも聞かれたくない話をしている。

 それはまるで、この基地に潜入したスパイのようで――俺は片手で口を押える。

 

 心臓がバクバクと激しく鼓動する。

 暑くも無いのに全身からダラダラと汗を掻いて。

 呼吸が荒くなっていき、今にも音を漏らしそうだった。

 

 

 イサビリ中尉じゃない。

 

 伍長も曹長も、アレは違う。

 

 彼女たちは別人で――イサビリ中尉は殺された。

 

 

 全身の皮を剥いで、それを被っている様に。

 彼女の顔は完全にイサビリ中尉ら本人のものだった。

 いやそれだけじゃない。

 イサビリ中尉が好んでいたという飲み物も知っていた。

 あの時は味が違うと言っていたが、好きな物は覚えていた。

 それはつまり……中尉の記憶をトレースした?

 

 いや、まだ分からない。

 もしかしたら、アレらは中尉なのかもしれない。

 敵国に捕まり記憶を消されたか洗脳されたのか……だが、それなら何故……ダメだ。分からない。

 

 中佐たちはまだ気が付いていない。

 俺だけが本能で彼女たちを不審に思った。

 だからこそ、一人で後をつけて彼女たちの話を盗み聞きしたのだ。

 もしも後を付けていなければ、間違いが起きるその日まで気づけなかっただろう。

 

 どうする。俺はどうしたらいい。

 中尉達が別人であれば、中佐に報告するべきだ。

 しかし、証拠も無い状態で報告しても信じてもらえるかは分からない。

 アイツ等も俺が幻覚でも見たとでも言って話をはぐらかす筈だ。

 そうなれば、もう二度と奴らはコソコソと集まって話をする事もしなくなる。

 それだけは駄目だ。奴らに尻尾を出させて、それを利用しなければならない。

 

 今、奴らの話を聞いて分かった事がある。

 奴らは俺たちの作戦が成功して油断しているところを突こうとしている。

 恐らくは、中佐たちから話を聞いて天子や大公が会談する場所を特定する気か。

 十中八九が、両名を殺害する事であり、その為に中尉達になりすましてこの基地に潜入した。

 

 ……いや、待て。まだだ。まだ中尉が殺されたかは分からない。

 

 アレが中尉である可能性は限りなく低い。

 洗脳でも記憶処理であろうとも、より精密な処置をするなら時間が掛かる筈だ。

 そうなでなければ何処かでボロが出る。

 ボロと言うのなら、あの飲み物の時に味が変だと言ったところだが……アレでは判断が出来ない。

 

 中尉本人であるのなら、味が変だと言う可能性は無い。

 記憶を消そうとも、好きだった飲み物を覚えているのなら味を忘れる筈がない。

 だからこそ、アレは中尉の顔をした別人だと俺は思っている。

 確証に至るほどではないものの、中尉の記憶をトレースする事なら奴等なら可能だ。

 それは奴ら自身の口から情報として貰っているから……それがブラフという可能性も捨てきれないけど。

 

「……警戒すべき事が一つある」

「何ですか?」

「……雷が私に不信感を抱いている……気づかれた可能性がある」

「……始末しますか?」

「――ッ!?」

 

 

 俺を始末するかと伍長が言った。

 

 俺は更に心臓の鼓動を早めた。

 

 殺されるのか、殺されるのか、俺を殺そうと――

 

 

「……いや、ダメだ。それは許可されていない」

「はぁ? 何でですか? 俺たちにとっての脅威はアイツじゃ」

「……上からの指示だ。ハイド様より上の……幹部から直々の」

「幹部って……誰ですか? 俺たちみたいな末端に命令するなんて」

「……セカンド様だ。あの方の考えは私にも分からん……が、従う他ない」

「……ッチ」

 

 幹部が命令をして俺を生かす、だと?

 

 何で、ゴースト・ラインが俺を生かす必要がある。

 奴らの邪魔をする俺を生かす意味は――世界の敵に?

 

 此処にきて、告死天使の情報が真実味を帯びてきた。

 世界の敵にするという目的の為に俺を生かす。

 その目的への道は見えないが、生かすという命令との辻褄は合う。

 

 何故、俺なんだ?

  

 俺を世界の敵に仕立てあげる事が何に繋がる。

 それによって奴らが得る利益は――いや、違う。

 

 今はそんな未来の話はどうでもいい。

 今重要なのはスパイだと分かったあの三人をどうするかだ。

 此処で写真や動画を取っておいてもいい。

 しかし、端末の起動音でバレる可能性や赤外線に気づかれる恐れもある。

 危険を冒して証拠を掴んだとして、それで中佐は信じるか?

 

 中佐であるのなら、証拠を見て疑いは持つだろう。

 しかし、その証拠の裏を取る為に調べる筈だ。

 慎重を期して時間を掛けて……それでは駄目だ。

 

 時間を掛ければ掛けるほど。

 奴らに考える時間を与える事になる。

 今、奴らにどれだけの情報が渡ってしまったのか分からない。

 時間を掛ければどんどん情報が抜かれてしまう。

 いや、それだけじゃない……誰かが殺される可能性もある。

 

 奴らがスパイだと分かっているのは俺だけだ。

 笑顔で近づいてきた奴らにナイフを向けられれば熟練の兵士であろうとも対処は難しい。

 あの顔は俺たちの仲間の顔であり……誰も、疑う筈なんて無い。

 

 最悪の結果を考えれば、俺はポケットに突っ込んだ手を引っ込めるしかない。

 端末を取り出さずに、俺は息を潜めながら奴らが去るのを待つ。

 

「……今後は私は行動を控える。お前らは引き続き雷切や他のメリウスの解析を進めろ……あぁ、ジェスラ。間違っても殺しはするな。それは最期の手段だ」

「はいはい、分かってますよ……どうせ、俺たちに未来なんてありませんけどね」

「……それでもだ……家族はいる」

 

 奴らは話を終えて去っていく。

 コツコツという靴の音を響かせながら、この部屋から出ていこうとして。

 俺が隠れる段ボールの横を通り過ぎていく。

 扉が開かれてから、ゆっくりと閉まっていく音が聞こえた。

 

 ガチャリと扉が閉められる。

 俺は抑えていた手を放して呼吸をした。

 まるで、全力で百メートルを走ったかのように呼吸をする。

 目に垂れる汗を拭いながら、俺は四肢をだらりと投げ出した。

 

「……クソ、中尉は、中尉は……くそぉ」

 

 涙が溢れてくる。

 零れ落ちそうなそれを拭いながら、俺は心を痛めた。

 ズキズキと心臓が痛みを発しており、俺はそれを片手で押さえた。

 皺が出来るほど服を掴みながら、俺は中尉の顔を想像した。

 あんなにも優しくて強かった中尉が……まだ、分からないのに……決まったわけじゃないのに。

 

 俺は鼻を啜りながら、暗い倉庫の中で体を抱いた。

 埃を被った段ボールを見つめながら、俺は体を赤子のように丸める。

 不安が絶望へと変わって、俺の心はどこまでも冷たかった。

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