【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
ゴウリキマルさんが休暇を貰って現実世界に行ってしまった。
残された俺は基地内を歩きながら、中佐の元へ向かっていた。
あの後、色々と考えてみた。
考えて、考えて、考えて……やっぱり話をした方がいいと思った。
現在の時刻は午後二時。
まだ日は沈んでおらず。基地内を歩く人間はまばらだ。
この時間帯は訓練をしているか、事務作業をしているかで。
俺は隙を見つけて訓練を抜け出して、執務室で事務作業をしている中佐の元に向かっていた。
信じてもらえるかは賭けだ。
もしも信じてもらえなければ、それまでだが。
マクラ-ゲン中佐であれば、他言無用と言えばそうしてくれる筈だ。
そもそもスパイどうのこうのの話を安易に他の人間に話せる筈がない。
だったら、信じてもらえなければそれで話は終わる。
俺の事を心から信頼してくれているなんて思ってはいない。
どんなに彼女の役に立とうとも、彼女は俺とは違いちゃんとした軍人で。
物事の判断は公正に行うと思っていた。
だからこそ、俺からの話を聞いて信じなくとも調べることはする筈だ。
それも奴らに悟られないように、じっくりと調べる。
会談の日までに間に合うかは分からない。
しかし、スパイを安易に会談の場所には行かせないだろう。
全部、俺が考えただけの予想で。
外れてしまえばそれまでだ。
中佐が完全に信じなければお終い。
中佐がうっかり誰かに話せば、他の人間に危害が及ぶ。
これは楽観的な俺による思考であり、何も保証はない。
足を止めた。
不安が一つ出てくれば、湯水のようにどんどん不安が溢れてくる。
その一つ一つを抑え込むことは不可能で。
胸の中に形容しがたい不快感を抱きながら、俺は床を見つめていた
俺は口を堅く結びながら、ギュッと拳を握った。
止まっていても何もならない。
動かなければ、何も起きない。
会談を安全に終わらせるには、最初に気づいた俺自身が行動しなければならない。
言うんだ。中佐に俺が見たことを伝えるんだ。
俺はゆっくりと深呼吸をして、視線を上へと向け――目を大きく開いた。
前方から歩いてくる人物がいた。
黒髪をポニーテールにして、鋭い目をした女性。
腰に軍刀を刺したその女性は――イサビリ中尉だ。
まずい。まずいまずいまずい。
今から中佐の所に行くことがバレたのか。
何故、中佐の部屋へ向かう廊下の途中で出会ったのか。
いや、バレている筈がない。
これはただの偶然で、あの偽物はただ廊下を歩いているだけだ。
俺はそう考えて、平静を装いながら道を開けた。
中尉に敬礼をしながら、彼女が通り過ぎていくのを待つ。
靴の音が静かに響いて、その度に心臓が鼓動を早めていく。
額から汗が流れて頬を伝っていく。
イサビリ中尉の偽物は、そんな俺の前を通っていって――ピタリと足を止めた。
止まった。俺の前で止まった。
何故、何故、何故何故何故何故――視線が俺に向けられる。
俺は表情を凍り付かせて、近づいてくる手を見つめていた。
殺されるのか、俺の息の根を――違っていた。
偽物は俺の襟に触れる。
そうして、母親のようにそれを正してきた。
「……身だしなみには注意を向けろ」
「あ、はい。すみません」
どうやら、俺の襟が気になっただけの様だ。
俺は笑みを浮かべながら、偽物に謝る。
そうして、礼を言ってからこの場を乗り切ろうとした。
「私でよかったな。他の人間に見られれば示しがつかん」
「は、はは。そ、そうですよね。次からは気を付け」
「――中佐に会うのだからな」
「――ッ!?」
中佐に会う、確かにそう言った。
何故、バレたのか。
何故、こいつは気づいたのか。
俺が目を白黒させていれば、目の前の偽物は弧を描くように笑みを浮かべた。
危険を察知して逃げようとした。
しかし、偽物は流れるような動きで俺の手を拘束した。
片手で手を押さえつられ、もう片方の手で首を絞められる。
強く首を絞められて、俺は偽物の手を掴んだ。
まるで、万力で固定しているかのような力で。
俺は息苦しさを感じながら、目の前の偽物を睨みつけた。
奴はくつくつと笑いながら俺を見てくる。
そうして、奴はゆっくりと言葉を吐いた。
「かまをかけてみたが、お前は正直者らしいな。表情に出やすい人間は好きだぞ?」
「な、にを」
「今からあの女の元に向かうのか。その反応からして、我々の事も理解している様子だな。差し詰め、あのシュミレーターで私にボロを出せなかったのを焦って、感じたことを話しに行くのか……いや、会話を聞いたのか?」
「……っ」
「……別に話さなくてもいい。お前は勘が鋭いと聞いていた。こうなることも我々は予想していた……今回は、お前に釘を刺しに来ただけだ。殺しはしない」
どうして気づいたのか。
そして、このタイミングで俺に接触してきた意図は。
そんな事を考えていれば、偽物はゆっくりと俺の耳元に顔を近づけてきた。
「あの女に我々の事を話すな。お前は殺せなくても、お前の仲間なら殺せる」
「――ッ!!」
「暴れるな。お前が秘密を黙っているのなら手出しはしない。それだけは約束しよう」
「ばか、な、ことをッ!!」
「仲間は大事だろ? 私もそうだ。仲間を守る為に、私は役目を果たす。お前は初めから何もしらなかったと言えばいい。互いに大切な者を守る為だ。誰もお前を責めはしない」
囁くように偽物は言葉を吐く。
俺が話せば、中佐は少なからずこいつらに疑惑の目を向ける。
そうなれば、こいつが提案した会談場所での警備からこいつやこいつの仲間が外される。
公国と東源国のトップ同士の会談の安全は確保されるかもしれない。
しかし、もしも俺がこいつらの秘密を喋れば……ゴウリキマルさんやショーコさんたちの身がッ!
こいつらはやると言えば実行できる。
仮にも敵地へと潜入をしたのなら覚悟は決めている筈だ。
だったら、俺への忠告も真実だと分かる。
話せば、仲間の身が危険に晒される。
話さなければ、公国と東源国のトップの身が危ない。
何方を助けるのかは明白だ。
国家にとって重要な人物と、一個人の友人だ。
一万人を助けて一人の犠牲で済むのなら、そういう話だろう。
でも、俺には――出来ない。
国に危険が及ぼうとも、誰からも必要とされる人物であろうとも。
大切な仲間の身に危険を及ぼす可能性があるのを無視する事は出来ない。
俺は歯を食いしばった。
答え何て出ない。こんな事は間違っていると俺自身が知っている。
でも、俺はこいつの忠告を受けいれるしか道は無い。
ゆっくりと偽物が離れていく。そうして、俺の目をジッと見つめてからくすりと笑う。
「……やっぱりお前は正直者だな」
偽物はそれだけ言って拘束を解く。
俺は激しくせき込みながら、その場に膝をつく。
そんな俺を見ることなく偽物はどこかへと去っていった。
「くそっ。くそ、くそ……くそぉぉ」
後少しだった。
もう少しで、中佐に伝えられたはずだった。
それなのに、俺の足は強制的に止められた。
もう進むことは出来ない。
もしも一歩でも進もうとすれば、ゴウリキマルさんたちの身が危うい。
俺は偽物を睨みつける。
すると、奴は足を止めて振り返って来る。
そうして、両目に指を向けてから俺へと指先を向けてくる。
そのジェスチャーは俺をずっと見ているという意味で……もう、俺は逃げられないのか。
中佐に危険を教える事も出来ない。
仲間たちを守る事も出来ない。
どんな手を使っているのか分からないが、奴らは俺を監視している。
だったら、何処に行って伝えようとも奴らにすぐにバレてしまう。
監視している方法を突き止めて、それを防いで。
ゴウリキマルさんたちを安全圏に送って、中佐に知らせて……ダメだ。間に合わない。
時間が足りない。
残された時間で全てを行う事は不可能だ。
もう一月も無いのに、どうしろと言うんだ。
恐らく、俺たちはもう間もなく現地に向かう。
中佐もそれで予定を組んでいる筈だ。
もう間に合わない。俺がぐずぐずしている間に、俺自身が追い詰められた。
俺は何度も何度も床を殴りつけながら、悔しさを滲ませた。
どれだけ後悔しようとも遅い。
敵の計画は進んでいって、戦争の火種が再び灯ろうとしている。
俺はそれを知っていながら何も出来ず。ただ口からクソを垂れながら、床を殴りつけていた。