【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
一夜が明けて、目が覚めれば部屋の中には朝食が置かれていた。
人が侵入した形跡は無く、視線を端へと向ければ青いセンサーを光らせるドラム型のロボットがいた。
大きさは一メートルほどであり、レンズ状のそれが俺をジッと見つめている。
恐らくはアレが朝食を用意したのか……監視役も任されているのかもしれない。
俺はゆっくりと朝食の前に移動する。
そうして、椅子に座りながら湯気が立つ飯を見ていた。
炊き立てのご飯に温かい味噌汁。
卵焼きと焼き魚の上には大根おろし……久しぶりな気がするな。
告死天使を含めて、今の俺の仲間の中に料理が出来る人間はいない。
そもそも、買い出しに行ける訳でもない上に、俺たちのトップはそういう事に無頓着だ。
あの少女は、俺の言う事は何故か聞いてくれる。
だからこそ、欲しいものを言えば持ってくるかもしれない。
だが、口に出して俺が言えば他の仲間からバカにされてしまう……主に一人だけだが。
奴の罵倒のレパートリーは豊富であり、あまり絡みたくはない。
だからこそ、今までは飯に関する事も黙っていた。
ただの水に、栄養だけが満点のまずい棒状の何か……不満は、あったがな。
これまでの辛い三年間を振り返りつつ、俺は置かれた箸を取る。
そうして、静かに手を合わせてから白米を摘まむ。
炊き立てのご飯からムワッと湯気が立ち上り、口元に寄せれば米の素朴な香りが鼻腔を擽る。
ゆっくりと口に含んでから咀嚼する。
一噛みするごとに米の甘みが口に広がって、口の中は唾液で満たされていく。
喉を鳴らして飲み込めば、自然と幸せに満ちた吐息が零れた。
美味い。本当に、美味い。
ただの白米がこんなに美味しいと感じたのは何時ぶりか。
俺は自分の口が少しだけ緩んだのを感じた。
本当であればあまりだらしのない顔は晒したくはない。
しかし、今ここにいるのは俺一人で……まぁロボットもいるが。
兎に角、誰も俺など見ていない。
俺は表情のゆるみも気にせずに飯を食べていく。
焼きたての魚の身を箸で解して、湯気と共に塩の香りを漂わせるそれを口に含む。
これも美味い。塩だけで味付けされていながらも、脂身の乗った身からは旨味が溢れ出していた。
近くに置かれた醤油さしを取って、少しだけ掛ける。
そうして、大根おろしと共に口に運べば、おろしのほのかな甘みと醤油の辛味が合わさって魚の味を引き立ててくれた。
みそ汁のお椀を掴んでずるずると音を立てて飲む。
ワカメと豆腐だけが入れられた質素な味噌汁だと思っていた。
しかし、一口飲めば質素な筈の味噌汁から贅沢に思えるような豊かな味わいを感じられた。
味噌の原料となる大豆、良いものを使っているのか深みがありながらも後味はあっさりとしている。
俺は久方ぶりのちゃんとした料理にがっつく。
がつがつと勢いよく食べていった。
最初の頃の警戒心を忘れ去って、俺は目の前の料理を堪能していく。
毒が入っているかも? 相手は何をしているか分からない?
知らん。考えるのが面倒だ。
常に警戒心を剥き出しにしていても疲れるだけだ。
頭を働かせるのは戦闘の時だけでいい。
今はただ、目の前の飯に集中していたい。
食器と箸が当たる音が響く。
口いっぱいに含んだ食べ物を咀嚼して。
喉を鳴らして飲み込んで、胃の中へと流し込んでいく。
腹いっぱいに飯を平らげていって、新鮮な水を勢いよく飲んでいった。
そうして、叩きつけるようにコップを置いて口元を指で拭う。
《水をお注ぎしましょうか?》
「……頼む」
気が付けば、ドラム型のロボットが机の横にいる。
横の穴からアームが伸びて、コップを優しく掴む。
そうして、ホース状の腕から水を注いでいった。
ロボットはレンズを俺に向けて来る。
ジッと見つめられている中で、俺は気まずさを感じながらコップを取って口をつけた。
米粒一つ残すことなく朝食を平らげた。
魚は綺麗に骨だけとなっていて、俺は満足感を抱きながら視線を扉に向けた。
気配を感じて見つめれば、コンコンとノックが響く。
俺はコップを置いて席から立ち上がる。
そうして、壁につけられたパネルに触れて扉の外を確認した。
外の映像が映し出されれば、そこには狐顔のイソカワが立っていた。
きちんとネクタイを締めて、笑みを浮かべながら立っている。
見事な営業スマイルだなと思いながら、俺はマイクを起動してどうしたのかと尋ねた。
《あ、おはようございます。シュミレーターの準備が整いましたのでその事を伝えに参りました……御食事の途中でしたでしょうか?》
「……もう済んだ。今から行く」
《あぁそれなら良かったです。此処でお待ちしておりますので、はい》
カメラとマイクを切る。
そうして、ベッドの近くに置いた端末を取りに行った。
無造作に置かれたそれを取って、指で操作して服を切り替える。
私服から変えて、戦闘用のスーツに切り替える。
分厚い素材のスーツに変わって、ヘルメットが空中に出現した。
それを掴んでから準備を整えて、俺は扉まで歩いて行った。
ホテルのような清潔感のある部屋から出て。
外で待つイソカワに視線を向ける。
後ろ手に扉を閉めながら奴を見ていれば、ニコニコと笑って案内を始めた。
廊下を進んでいきながら、奴の背中を見つめる。
ただの営業マンといった感じの男。
しかし、雲のように掴めない奴であり、油断ならないと思っていた。
あの主任の補佐をしているようで、ナンバー2といったところか。
いや、俺の思い過ごしでただの使い走りの可能性もある。
……まぁ何方にせよ。あまり信用は出来ない。
この規模のラボで働いている職員。
メリウスの開発などをしているようだが実体が見えてこない。
そもそも、ゴースト・ラインの前身となる企業の活動を黙認していたのが東源国だ。
違法な実験も行っていた奴らを黙認していたのなら、何をしていたとしても不思議ではない。
昨日の新型の説明でも、不審な点は確かに存在した。
パイロットの精神に影響を与える新エネルギー結。
闘争心を掻き立てる事によって、戦闘状態での集中力を高める。
良いように捉えれば、敵との戦闘で気を抜くことなく操作を誤る事も無いかもしれない。
全力で臨み、恐れや恐怖を抱くことなく立ち向かえる。
しかし、逆に言えば戦いに夢中になって周りが見えなくなる。
撤退を命令しても、これで戦う兵士が素直に従うのか。
引き際を見誤らせて、若い命を散らせるだけの欠陥機ではないのか……俺はそう考えていた。
精神に作用する機体なんて今まで聞いたことがない。
乗った事も無ければ、敵として相対したことも無い。
だからこそ、あまり深いところまで考察は出来ないが、危険には感じている。
ポジティブに考えているだけで、副作用は確実に存在しているのだ。
そんなものに乗せられて、実戦形式で敵と戦う事になる……本当についていない。
こんな欠陥機で戦うなんて本当は嫌だ。
説明されて不信感を抱いた時点で、本来ならば拒否するべきだ。
しかし、開発主任であるクロウ・ハシマが言うように此処に来た時点で選択肢は無い。
逃げようとしても、此処は地下深くであり、出入り口は一つしかない。
逃走を図った時点で此処で待機している兵士に取り押さえられて終いだ。
別に戦闘自体はどうとでもなる。だが、どれだけの数の兵士がいるか分からない時点で面倒だ。
……それに、逃げた時点で天子との接触は叶わなくなる。
俺の計画から外れる行動はしたくない。
だからこそ、多少のリスクはあったとしても拒否する訳にはいかなかった。
あの男はそれすらも見破って、二つの意味で逃げる事は出来ないと言ったのだろう。
抜け目のない爺さんであり、面倒な手合いだと思った。
コツコツと靴の音が反響して、またあのポッドの扉の前に立った。
すぐにポッドは到着して、それに乗り込めばイソカワは「Aー11」と言葉を発する。
扉は静かに閉まって移動を始めた。
ゴロゴロと音が聞こえてきて、俺たちは互いに何も喋らずに待っていた。
静かに、静かに時を待って――到着した。
ちんと音が鳴って扉が開かれた。
そうして、外へと出れば卵のような形のシュミレーターが無数に並んでいた。
俺と同じように戦闘用のスーツを着たパイロットが何名もいる。
白衣を着た研究者たちが細かい指示を飛ばしていて、パイロットたちは頷いてからシュミレーターに乗り込んでいった。
かなり大規模なシュミレータールームであり、熱気が伝わって来る。
熱心に何度も何度もシュミレートしているようで。
俺は歩きながら、それらに様子を眺めていた。
「おぉ、来たか。こっちだこっち」
声が聞こえて目を向ければ、クロウ・ハシマが笑みを浮かべて立っていた。
俺は眉を顰めながら無言で奴を見ていた。
訝しむような俺の視線も気にせずに、奴は早速、俺にシュミレーターに乗り込むように指示をしてきた。
背後に回ってぐいぐいと背中を押してくる。
俺は必死に舌を鳴らしそうになるのを堪えながら、半ば強引にシュミレーターに乗り込んだ。
ほんのりと明かりがついたそこに乗り込んで、シートに体を預ければディスプレイに光が灯った。
コックピッド内がハッキリと見えて、レバーとペダルを確認する。
備え付けられたボタンには見覚えがあって……似ている?
雷切内のコックピッドに酷似している。
ボタンの配置やレバーの形など。
違いがあるとすれば、バーが存在せず。
コンソールの類が排除されている事だろうか。
やや向こうよりは狭く、シートの頭部付近には半円状の銀色の輪っかが付けられていた……これは何だ?
何故、雷切に似ているのか。
この輪っかのようなものは何か。
気になった事は沢山ある。しかし、あの主任が全て教えてくれるとは限らない。
教えたとしても、ポジティブに解釈した説明が来るだけだろう。
たった一枚の紙切れだけを見せられて、全てを理解しろというのが無理だ。
質問をしても、本当に欲しい情報は得られない……逆に混乱するだけだ。
小さくため息を吐いた。
すると、外にいるクロウ・ハシマの顔がディスプレイに表示された。
奴は何が嬉しいのかニコニコと笑っている。
俺は不満を顔に出しながら、どうすればいいのか問いかけた。
《今から此方が用意したボットと戦ってもらう。戦闘レベルは……まぁAランク程度でいいかな》
「……他に指示は?」
《あぁ特には……あ、出来る限り全力でお願いするよ。くれぐれも手は抜かないように、ね?》
「……分かった」
クロウ・ハシマからの指示を受け取る。
そうして、レバーをゆっくりと握りしめてから画面を見つめた。
奴の顔が表示されたウィンドウは消えて、ディスプレイに表示された景色が切り替わる。
映し出された景色は――ゴーストタウンだった。
無人となった廃墟の街であり、俺は思わず舌を鳴らした。
苛立ちを隠せなかった自分。
俺は相手に聞こえていない事を祈りながら、レーダーを頼りに索敵を始めた。
遮蔽物の多いゴーストタウンであり、すぐに発見は――敵が表示される。
「……精度が高いのか」
遮蔽物があろうとも精確に表示されるようだ。
優れたレーダーだと思いながら、俺は接近する敵を見据えて移動を始めた。
ペダルを踏んで軽く上昇して、レバーを倒して一気に前進する。
安全な場所に来ても、また戦いを強いられる。
でも、まぁ……美味い飯を食わせて貰った礼はしたい。
俺は薄く笑みを浮かべながら、更に加速した。
両手に突撃砲を装備しながら、心地の良い重力に身を任せる。
気分が良い。まるでアルコールでも接種した時のように心が軽い。
俺は僅かに心を躍らせながら、突撃砲を前に出す。
接近してくる敵へと銃口を定めながら――心のままに引き金を引いた。