【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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124:共存する二つの魂(side:クロウ・ハシマ)

 薄暗い部屋の中で、コンソールを叩く音が響く。

 体に悪い煙が部屋の中に充満して。

 私と目の前の男だけが、画面に映った情報を見ていた。

 

 カタカタとコンソールを叩きながら、煙草を吹かす男。

 目の下に大きなクマを作り、顔色は青白い。

 死人の様な顔をした男の名は、フラン・オードック。

 禿げあがった頭には僅かにだが、金色の髪が生えていて。

 手足は細く背は小さいながらも、腹は少しだけ膨れていた。

 虚弱なこの男は箸より重いものを持てず。

 出来る事と言えば、医療スタッフとして患者の診察をする事だった。

 

 と言っても、この男の専門分野は人の精神に関する事で。

 人と話す事が嫌いなこの男にとってはカウンセリング何て業務は苦痛でしかないのだろう。

 毎日毎日、飽きもせずに酒を飲んで煙草を吹かしているのだ。

 他のスタッフからは嫌われており、こいつはそれを知っている。

 しかし、自分から悪い所を改善しようという意思がないのだ。

 だからこそ、孤立しているこいつは碌な業務も与えられることなく自らの研究に没頭していた。

 

 暗い部屋の中でディスプレイに表示されている情報を確認するこの男。

 何故、私が新型の調整の時間を遅らせてまでこの男を尋ねたのか。

 それは遂先日、あの新型に乗って新たな事例を発生させた青年について調べてもらったからだ。

 データは隅々まで取っていたので、私は彼の情報を渡してみたのだが……ふむ、興味深いな。

 

「波形に乱れ……いや、二パターン存在するのか?」

「あぁ、こいつはスゲェな。一つの体に二つの魂が存在してやがる。ただの多重人格障害じゃねぇ。本当に、全くの別人が入っているみてぇだな、おい」

 

 カタカタとコンソールを叩いて画面を操作する。

 彼の脳の波形データから、二つの魂が存在している事が確認できた。

 オードックは不気味な笑みを浮かべながら、別のウィンドウを開いて拡大した。

 そこには別のデータが記録されていて、色によってその魂の特性を分析していた。

 

「一方は海のような青で、もう一方は血のような赤か。これはどういうことだね?」

「あぁ? 青は穏やかって事だ。平和ボケしてる人間って事だ。もっと言うのなら、世間知らず……問題は赤い方だ。こんなに赤いって事はこの魂は攻撃的。破壊衝動を振りまく、殺人鬼ってとこだな。いや、もっと純粋な暴力マシーンみたいなやつかもしれねぇな……奇妙だ。奇妙過ぎる。あのマサムネって男は歪すぎる。対面した時に軽く質疑応答をしてみたが、青でも赤でもねぇ。まるで、二つが混在しているみてぇな感じだ。分かるか?」

「……そうだなぁ……例えば?」

 

 私が具体的な答えを求めれば、オードックは軽くため息を吐く。

 面倒そうに頭皮を掻きながら、彼はゆっくりと指を向けてきた。

 

「目の前に敵が現れた。そいつはお前を殺そうとしている。さぁどうする?」

「……逃げるんじゃないか? もしくは助けを呼ぶ」

「そうだろうな。因みに、こいつも同じような答えを出していた」

「ん? では、普通なんじゃ」

「……問題は、その後だ……この敵に関する情報を一つだけ知り得ていたとする。それは、この敵が自分の友人だったということ……さぁ、どうだ?」

 

 嫌らしい笑みを浮かべながら、オードックは問いを投げる。

 私は顎に手を当てつつ、考えてみる事にした。

 これは別に奇をてらう必要は無い。

 ただの心理的な質問であり、私自身の考えを話せばいいだけで――私は答えた。

 

「説得する。友であるのなら、私を殺そうとする理由がある筈だ。知っている仲なら、話すことくらいは出来るだろう?」

「ふ、ふふふ……まぁ、そうなるな」

 

 オードックはくつくつと笑う。

 そうして、口から煙草を外して灰皿に置く。

 奴はにたにたと笑いながら、ジッと私を見つめてきた。

 

「殺すそうだ。アイツは」

「……何故かね? 追い詰められている訳でもないだろう」

「理由か。理由は……友なら名前から住所。勤務先や交友関係まで知られている可能性があるから、だそうだ」

「……つまり、彼は理由があれば殺すと?」

「そうだな。本人は自覚してねぇが。正当な理由のある殺人なら、実行するのかもしれねぇな……まぁこんな問いに意味なんてねぇ。実際にそういう立場になればどう行動するのかは分からねぇからな……ただ、こいつは殺しを躊躇いはするが。自分の身が危険に晒されたり何かしらの不利益があれば殺しも厭わないだろうなぁ」

 

 オードックはギシギシと椅子を軋ませながら、頭に両手を置いた。

 私は薄く笑みを浮かべながら、興味深い答えに納得した。

 彼の戦闘データは確認していた。

 今までの戦闘も見ており、彼が殺してきた敵に関しても知っている。

 確かに、彼は誰かを殺す事に関して抵抗感を抱いているように振舞っていると聞いていた気がする。

 しかし、実際の戦闘では敵に対して容赦は無かった。

 まるで、理由さえあれば問題ではないと言わんばかりで……そうか。

 

 此処で私は合点がいった。

 歪な彼の人格は、二つの魂がせめぎ合っているからだ。

 二つの人格が互いに表に出ようとしている。

 その結果、言動と行動に歪みが生じて不安定なものになっているのか。

 

 今回、結エネルギーの使用によって、彼の中の赤の魂が大きく浮上した。

 それによって彼は肉体の主導権を奪われて、強い拒絶反応を起こしたと。

 恐らくは、戦闘に関する知識や技術は赤の魂のものだろう。

 それを青の魂である彼が使って、今までの敵を倒してきたのか。

 

 青でも赤でも無いのだ。

 それはつまり、二つの魂が混ざり合って人格を形成している事になる。

 言動と行動にズレが出るのも、本人に自覚が無いのもこれが理由か。

 

 いや、もしかすれば赤の魂は表に出ようとした時はあったのかもしれない。

 ここまでくっきりと波形データに現れているのだ。

 何時、表に出てきても可笑しくは無いだろう。

 

「……赤の魂は、何故、今まで表に出てこなかったんだ?」

「んあ? そりゃ……これは推測だが。何者かからの干渉を受けて、封印に近い処理を施されたのかもしれねぇ」

「根拠は?」

「記憶が無いからだ。それこそ、十代の記憶がまるっきり無いからな。リアルの記憶は薄っぺらくて、写真をそのまま張り付けたみてぇな情報量だ。まるで、誰かが記憶を消してから、紙に書いた文章をインプットさせたみたいな……いや、待てよ。この赤の魂がオリジナルなのか。それなら、アイツは後から作られた魂になるのか?」

「記憶を消される前の魂が赤で。記憶を消されてから作られたのが青だと? おいおい、それは……人間に出来るのか?」

 

 魂を創り出すとは、神の御業だ。

 人間にできるとは到底思えない。

 しかし、二つの魂が一つの体に入っているのは事実。

 これは明らかに自然的に発生したものではなく、人為的なものだ。

 誰がこのような奇跡を起こしたのか。

 いや、そもそも何が目的で彼にそんな事を……知る必要があるかもしれない。

 

「彼の深層心理に入る事は出来るかね?」

「無理だ。入れたとしても何も分からない。奴に掛かっているプロテクトは強固だ。俺みたいな三流じゃ歯が立たねぇよ……何か策があるのか?」

「……あるにはある。結エネルギーの技術提供をした彼女に聞けば分かるやもしれん」

「本気か? 冗談ですじゃ済まねぇぞ。得体の知れねぇ”ガキ”だ。やめておけ」

「……こんなにも興味深いものを見て、諦めろと?」

「……忘れろ。俺は忘れた……あぁ、酒。買って来ねぇとなぁ」

 

 オードックはわざとらしいセリフを吐いて電源を切る。

 私は指を鳴らして電気を付けた。

 明るくなった室内で、オードックは目を細めながら部屋から出ていった。

 残された私は、今しがた得た情報について考えていた。

 

 二つの魂。

 相反する二つの意思が共存している。

 何らかの理由で封印された魂と、後から作られた魂。

 彼を生み出した何かは、まさに神のような存在で。

 今も我々の事を天上より見ているのではないかと思ってしまう。

 

 恐ろしい。掌の上で踊っているようだ。

 偶然知り得た彼の秘密。

 それを知った我々がどう行動するのかも、神は知っているのか。

 

「……このままには、しておけない」

 

 一人の研究者として、これほどの被検体は他にいない。

 本来であれば、新型のデモンストレーションを頼むだけだった。

 しかし、こんな秘密を知ってしまえばもう後戻りは出来ない。

 あの少女から情報を聞き出すことは出来ないだろう。

 もしも、彼女の逆鱗に触れれば私の命は無い。

 ならば、どうすればいいか――私は笑う。

 

 ポケットから端末を取り出す。

 そうして、ある人間に連絡を繋いだ。

 

「私だ。情報を流して欲しい。雷の情報だ……あぁ、彼を慕う人間に。彼の居場所を……報酬は弾もう……此方から座標を送る……内容は、任せる。では……く、くくく」

 

 さぁ、彼はどうなるのか。

 私からの命令を拒否する事は出来ない。

 彼はどんな事になろうとも、あの新型に乗って戦うしかない。

 例え敵となる存在が――彼にとって大切な者たちであったとしてもだ。

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