【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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130:天使を欺く契約

「……今、何て言った」

 

 自室の中で、ベッドに腰かけながら俺は眉を顰めた。

 聞こえたはずの言葉が飲み込めず。

 老人のように聞き返してしまった。

 電話の相手であるミネルバは、そんな俺に呆れながら同じ事を言った。

 

《上浦白狼=天子様が貴方にお会いしたいと言っています。今から来られますか?》

「……急過ぎる。何で、今なんだ」

《それは天子様が今が良いと言ったからです。ファストトラベルは使えますよね?》

「……危険だ。ゴースト・ラインに居場所を知られる」

《問題ありません。東源国の出入国記録は国によって管理されています。一部の人間しか閲覧は出来ず。貴方が使用するのであれば、記録から消すことも出来ると天子様は仰っています……もう一度聞きます。今から、来られますか?》

 

 ミネルバは聞いているようで聞いていない。

 俺には拒否権が無いと言わんばかりの態度で。

 俺は少しだけ考えてみた。

 

 天子に会うのは俺の計画の一つだった。

 奴と接触してゴースト・ラインの情報を聞き出せれば、奴らの行動が分かる。

 そうすれば、闇に身を潜めた奴らを追う事が出来て。

 世界を支配しようとしている奴らの計画を阻止できると考えた。

 天子に会うには時間が掛かると思っていたが……まぁ何年かは経っているか。

 

 今から行くことは問題ない。

 そもそも、俺は東源国からの依頼を受ける事以外にやる事が無いから。

 最初の頃はサイトウさんから訓練という名のしごきを受けていた。

 体術に銃器の扱いに、メリウスの操縦に……やりたくは無かったが拷問の仕方など。

 

 辛かったし、吐いたこともあった。

 何度も何度も大地にキスをさせられて、嫌だと言った事もあった。

 しかし、サイトウさんは俺の世話をしてくれた。

 他の人間に関してはあまり仲良くは無く、名前だって知らない。

 でも、サイトウさんだけは名前も知っていて、俺と話をしてくれた。

 体調が悪い時も看病してくれて、この前も起きたら傍にサンドイッチが置かれていた。

 慣れない筈の料理をしてくれた。

 あの人のそういう優しさは素直に嬉しかった。

 だからこそ、辛い訓練にも臨んで、彼女から多くの事を学んだ。

 

「……そういえば……これを」

 

 ベッドから立ち上がって、棚に近づく。

 棚の上には大切な木彫りの人形が置いてある。

 懐かしむように見てから、俺は視線を下に向ける。

 本が置かれている棚の端に、小さなケースが置いてあった。

 それはサイトウさんから貰ったものであり、手に取ってから中を開けば何の変哲もない銀のバッヂがある。

 上手く偽装して作られたこれはカメラ付きの盗聴器で。

 もしも天子に会うのなら、必ずつけて行けと言われていた。

 

 俺は悩んでいた。

 これを付けて行くべきかを。

 サイトウさんの事は信頼していて、彼女が俺の身を案じているのも理解している。

 これを付けていれば、もしもの事があっても彼女が駆けつけてくるだろう。

 しかし、俺の計画に彼女を巻き込んでもいいのか?

 

 告死天使は俺がゴースト・ラインと戦おうとしている事を知っている。

 何故、俺なんかを仲間に引き入れたのかは分からない。

 しかし、ゴースト・ラインと戦おうとする俺の行動を奴は黙認していた。

 仲間になってからも奴は一度も俺の行動を咎めない。

 何かを強制する訳でもなく、好きなように行動させてくれていた。

 唯一、東源国で傭兵として依頼を熟せとは言われたが……あの少女もそうだ。

 

 白髪の少女も、俺に命令したりはしない。

 それどころか、俺が何かを頼めば素直に聞き届けてくれる。

 恐らくは、欲しい物を言えば与えてくれて。

 やりたい事があれば、彼女は協力してくれるような気がする。

 

 初めは敵として対峙した。

 俺は一度は告死天使の手で殺されている。

 恨みも怒りも無ければ、仲間になって信頼を抱くことも無い。

 ただ邪魔をしないでくれるのは有り難く。

 俺は俺としてゴースト・ラインの計画を阻止する為に行動する。

 告死天使たちが何をしているのかは分からないが……邪魔をすれば殺されるかもな。

 

 なるべく奴らの前には立ちたくない。

 パイロットしての技量も、生身での戦闘でも俺は奴に敵わない。

 戦えば最期であり、また復活できるかも怪しい。

 死は何度も経験するものではない。

 一度は蘇れても、次があるのかは怪しい。

 リアルに肉体があるのかも分からないのが現状だ。

 だからこそ、なるべく死ぬことは避けたい。

 

 長々と色々な事を考えていた。

 すると、手に持った端末から咳払いが聞こえた。

 苛立ちを露わにしながら、無言で俺の返事を待つミネルバ。

 

「……分かった。今から行く」

《そうですか。では――あ、間違っても私服では来ないでくださいね。仮にも国のトップですから》

「……分かっている」

《なら良いです。では、東王の天狼閣まで来てください。門の前で待っているのですぐに。では、失礼します》

 

 ぶちりと通話を切ったミネルバ。

 俺は小さく息を吐いてから、指を動かして服を変えようとする。

 何時だったか、ミネルバが俺に渡してきたスーツがあった。

 こういう日が来ると言っていたが、まさか、この日の為だったのか……まぁ違うだろうな。

 

 俺はタップして服をスーツに変更した。

 私服から黒いスーツに変わって、首から下げたネックレスが出て来る。

 俺はゆっくりとネックレスに触れて、それを大切に服の下に戻した。

 ネクタイを締めなおしてから、サイトウさんから貰ったバッヂを付ける。

 自然に襟の辺りに付けてから角度を調整して……これでいいだろう。

 

 巻き込もうとは思っていない。

 しかし、彼女は天子と会う時は付けるように言ってきた。

 色々と教わった恩義もあり、彼女の頼みを無下にも出来ない。

 俺は悩んだ末にバッヂを付けて行くことを決めた。

 

「……ファストトラベルか。久しぶりだな」

 

 昔を思い出して笑う。

 そうして、指を空中で動かしてファストトラベルのアイコンをタップする。

 場所を指定してから再度押せば、体はゆっくりと光になっていった。

 俺は静かに瞼を閉じて、東王へと向かった。

 

 

 

 目を開ける。

 すると、ガヤガヤと人が賑わう東王の大通りに出た。

 屋台がずらりと並んでいて、食べ物や飾り物を売っている。

 建物から顔を出して、着物を着た女たちが笑顔で手を振っていた。

 提灯が無数に設置されて、仮面をつけた人間たちが剣を持って踊っている。

 商人が露店を開き、女たちが接待をする飲食店が無数に存在する。

 踊り子たちが派手な服を着て舞っている華やかな場所。

 俺はゆっくりと足を動かして移動を始めた。

 

 すれ違う人間は俺など見ていない。

 時折、客引きが声を掛けてくるが俺が目を向ければそそくさと去っていく。

 ざわざわと人の声が強い大通りを静かに歩いていった。

 

 

 歩いて、歩いて、歩いて――やがて雰囲気が変わる。

 

 

 賑やかだった大通りを抜ければ、静かな道が続いている。

 ぽつぽつと建物が並んでいる道で。

 薄明かりが灯る建物の中では、兵士たちが休憩をしているのだろう。

 長椅子に腰かけながら、小さなランタンを灯してボードゲームをしている。

 酒瓶と徳利に、皿には紙幣と重しがあった。

 ぴりぴりとした雰囲気で賭け事に興じる兵士を一瞥してから、俺はその道を進んでいった。

 

 緩やかな坂のようになった道を進んでいく。

 石畳の道を進んでいけば、建物は無くなる。

 代わりに大きな壁に囲まれた赤い門が姿を現した。

 その前では、お馴染みのスーツ姿をしたミネルバが立っている。

 彼女はムスッとした顔をしながら俺へと近づいてきた。

 前へと立つと、わざとらしく腕につけた時計を確認した。

 

「……何をしていたんですか?」

「……何もしていない」

「……まぁいいです。ついてきてください」

 

 踵を返して歩き出すミネルバ。

 彼女の後をついていき門の前で立ち止まる。

 中へと入る為に開かれた門には、見えない壁があるようで。

 彼女がポケットから何かのカードを提示すれば、膜のようなそれが中心から消えていく。

 やがて完全に消えたその中を潜って、彼女は天狼閣の内部へと入っていった。

 

 大きな石灯篭が無数に設置された道。

 長い道を進んでいけば、白を基調として金の飾りが施された城が見えてきた。

 横に長い城であり、その前には大きな池があった。

 木で出来た橋を渡っていって、池で泳ぐ魚を見ていた。

 赤かったり青かったり、黄金の魚まで泳いでいる。

 趣のある木も植えられていて、金の掛った場所だと何となく思った。

 

 橋を渡り終えて、ようやく建物の中へと入る。

 硬く閉ざされた両開きの扉は、俺たちが前に立つと開き始めた。

 小さく地響きを立てながら、重く頑丈な扉が開かれる。

 ミネルバは扉を潜って中へと入っていった。

 俺も後に続いて中へと入る。

 建物の中は左右の通路に繋がる空間と上へと伸びている階段が設置されていた。

 二階部分には幾つかの赤い扉が設置されていた。

 一体、何処に天子はいるのか――そんな事を考えていると、ミネルバは歩き出した。

 

 俺の横を通って、完全に閉じられた扉に近づく。

 何をするのかと見ていれば、右の扉の端へと移動した。

 そうして、壁に触れて――カチリと窪みが出来た。

 

 何かのスイッチを起動して、階段の近くの床から何かが出てきた。

 柱のようなものであり、その前にはパネルが設置されていた。

 彼女は迷うそぶりも見せずにパネルに先ほど門の前で提示していたカードを翳した。

 すると、短い機械音が響いて彼女の周りに光の円が出現した。

 

「……早く来てください。置いていきますよ」

「……」

 

 ジトッとした目で俺を睨むミネルバ。

 俺はゆっくりと彼女の元に行く。

 そうして、円の中へと入れば一瞬で景色が変わった。

 

 階段も扉も無くなって、代わりに黄金の椅子に座る”少女”がいた。

 煌びやかな部屋の中で、黒い目に黒い髪をした少女が座っている。

 真っ白な着物には金の刺繍が入っており、頭には金の冠のようなものがあった。

 彼女は着物から白く細長い足を見せながら、少女とは思えない妖艶な雰囲気を漂わせて笑う。

 自分よりも幼い筈の少女。しかし、相手からは幼さを欠片も感じない。

 

 彼女は舌を出して紅が塗られた唇を舐める。

 そうして、頬を紅潮させながら頬杖をついてゆっくりと言葉を発した。

 

「よく来たな。待っていたぞ。マサムネ」

「……お前が天子か……"表の顔"とは別人だな」

「――ッ!!」

「よい。不敬な態度も今は許そう……年上の方が好きか? 主が望むのなら、今からでも変えてやるぞ?」

 

 天子が顔に手を翳す。

 すると、奴の顔や体にノイズが走ったかの様に歪む。

 一瞬の歪みであり、奴が顔を退ければニコリと微笑む美女がいた。

 スラッとした背に、凹凸のある体をした女性の姿で。

 "清廉潔白"の上浦白狼=天子で……不気味だと感じた。

 

 俺が表情を曇らせれば、奴は邪悪な笑みを浮かべる。

 そうして、再び姿や顔を戻してからケラケラと笑う。

 

 ミネルバは怒りの顔で俺を睨んでいる。

 天子は笑いながら手をひらひらさせて、俺の言葉を許すと言った。

 手品を披露して俺の表情が変わって溜飲を下げたか。

 俺は奴を見つめながら、何故、俺を此処に呼んだのか聞いた。

 すると、奴はくすりと笑いながら目を細めてゆっくりと指を向けて来る。

 

 

 

「――ゴースト・ラインについて知りたいのだろう? その為に、我からの依頼を熟していた。違うか?」

「……何を知っている」

「ううん? 否定しないのか。そうかそうか。そんなにも知りたいのかぁ」

 

 

 

 ニヤニヤと笑いながら、奴は中々話そうとしない。

 簡単に教える気は無く。

 何か条件を出して、それを俺に呑ませようとしているのだろう。

 俺は無駄な問答はしたくないと言い捨てて、さっさと要求を言うように言葉を発した。

 すると、奴は笑みを深めながら片手を差し出してきた。

 

「我と手を組め。我の手足となって動くことを誓え。そうすれば、有益な情報を提供しよう」

「……今までと何が違う」

 

 手足として今までは働いてきた。

 それと何が違うのか俺は聞いてしまった。

 天子は俺が本能で恐怖を覚えるような邪悪な笑みを浮かべる。

 そうして、手をギュっと強く握りしめた。

 

 

 

「告死天使を欺け。奴よりも先に――オーバードを見つけるのだ」

「告死天使を、欺く、だと?」

 

 

 

 奴は、告死天使を欺けと言った。

 そして、聞いたことも無い単語を俺に聞かせた。

 オーバードとは何だ。何故、それが告死天使を欺くことになるのか。

 分からない。何も分からない。

 しかし、本能で逃げ場がない事を悟った。

 

 心臓を冷たい手で握られたような不快感。

 部屋の中から感じる無数の視線。

 そして、天子から向けられる邪悪な笑み。

 

 断ればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 しかし、告死天使を欺く事を承諾すれば……くそ、何なんだ。

 

 知らない事が多すぎる。

 天子の狙いも告死天使が行っている事も。

 判断材料が少なすぎる上に考える猶予も無い。

 しかし、ゴースト・ラインの情報を手に入れる為には――

 

 

 

《その条件を呑む》

「――ッ!?」

「……鼠がいたか」

 

 

 

 バッヂから声が聞こえた。

 その声はサイトウさんで、条件を呑むと言った。

 天子は笑みを消して、また頬杖をついた。

 奴は目を細めながら俺を見つめている。

 恐らく、声の主がサイトウさんだと理解しているのだろう。

 彼女が何故、自ら進んで告死天使を裏切ろうとしているのか分からない。

 

 しかし、これは好機かもしれない。

 

 俺一人ではどうにもならなかった。

 しかし、サイトウさんも一緒になって行動してくれるのなら話は別だ。

 告死天使と明確に敵対する事になるかもしれないが、背に腹は変えられない。

 千載一遇のチャンスを逃して、ゴースト・ラインを野放しにする訳にはいかないのだ。

 俺はゆっくりと息を吸い込んで――覚悟を決めた。

 

「……俺も条件を呑む。情報をくれ」

「……くくく、そう言うと思っていたぞ。鼠を誘い込んだのは癪に障ったが……寛大な心で許そう。二人とも、我の下僕にしてやる。存分に働くがいい」

 

 天子は愉快そうに笑ってた。

 俺の額から汗が流れて頬を伝っていく。

 選択を間違えたかもしれない。

 俺は取り返しのつかない契約を結んでしまったのか……後悔しても遅い。

 

 これしか道は無かった。

 だったら、進むしかない。

 くつくつと笑う天子を見ながら、俺は彼女の持つ情報を静かに待った。

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