【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
血のように赤い壁の部屋の中で、微笑む男が目の前に座っている。
シミ一つない綺麗な白いテーブルクロスが掛けられた机。
男と俺の手元には温かな湯気が昇るコーヒーが注がれていた。
ジョン・フロストと名乗った男と広い個室で二人だけにされて俺は顔を強張らせる。
俺の表情の些細な変化を奴は見逃さず、ゆっくりと手を向けてきた。
「さぁ飲みなさい。冷めない内に」
「……何のつもりだ」
「ん? お茶をしようと言っただろ。コーヒーは苦手かな?」
態と惚けたように喋っている。
俺をイラつかせて短絡的な行動をさせたいのか。
いや、多分違うだろう。
相対した時から俺は気づいている。
こいつと俺とでは戦いにならない。
肉弾戦では敵わないであろうとすぐに理解できた。
挑発しているのは自分に自信があるから……いや、それも違う。
こいつの瞳の奥に宿る光。
まるで、獲物を前にした肉食獣のようで。
俺の力量を理解した上で、何かを計ろうとしている。
挑発してきているのは、恐らく……様子を見よう。
俺は無言でコーヒーが注がれたカップを持つ。
穴に指を通して持ち上げて、ゆっくりと中身を口の中に入れた。
ほどよく温かいコーヒーを口に含んで転がす。
毒は入っていない。入っていたらすぐに吐き出している。
何の変哲もないただ深みがあるだけのコーヒーで。
俺はそれを胃の中に流し込んでから、空のカップをゆっくりと置いた。
ジョン・フロストは満足したかのように自分もコーヒーを飲み始めた。
優雅に香りを楽しんでから、上品に中身を飲んでいく。
鍛え上げられた肉体をしていて、刺すような圧を放ってくる男。
しかし、その所作は美しく無駄が無い。
奴は音も立てることも無くカップを置いて、ゆっくりと息を吐いた。
「誰かと会話をする時。目の前に温かな飲み物があれば、人は自然と口を開く。何故か、分かるかね?」
「……飲む為だろ。ただの引っかけだ」
「はは、そうだ。差し出された飲み物を飲まなければいけないから口を開く……しかし、別になぞなぞがしたかった訳じゃない。温かなものとは体に入れば、冷え切った体を温めるだけではない。氷のように冷たい心ですら温めてくれるのだ。熱、というものは人を動かす為には必要なものだ。冷え切った心では何も考えられない。熱い情熱があればこそ、人は行動し未来を明るく出来る。敵同士であろうとも、一杯のコーヒーがあればこうして会話も出来る」
「……コーヒーを飲めば友達だとでも言いたいのか? 随分と楽観的だな」
「友達になれるかは会話の内容次第だ……ほら、我々は敵であっても立派に会話をしているだろ。君も誰かと話がしたいのであれば、温かな飲み物を用意する事だ。これは人生の先輩からのアドバイスとでも思ってくれ」
ジョン・フロストは笑みを浮かべながら喋る。
奴の口車に乗せられる形で会話をしてしまった。
不思議な雰囲気を纏う奴からは、敵意というものを感じない。
幾度となくゴースト・ラインの前に立ちはだかって。
奴らの計画を邪魔してきた筈の俺を前にしても、奴は一切動じる事は無い。
それどころか自分の持つ知識を語りながら、優雅に茶を飲んでいる始末だ。
隙だらけであり、どんなに肉弾戦に自信があろうとも俺が此処で手刀を奴の喉に刺せば――
「やめておいた方が良い」
「……っ」
俺の思考を読んだのか。
奴は笑みを浮かべながら、俺がしようとした行動を先に止めた。
やはり、油断ならない相手だ。
奴の行動を警戒しながら、俺はチラリと扉を見る。
何故か、ジョン・フロストは外であの青年を待たせている。
二対一であれば相手が有利である筈なのに、態々席を外させた。
その意図は分からないが、恐らくはこうして二人で話したいことがあるのだろう。
他の人間には聞かれたくない内容であり……俺は目を細めた。
「此処へ俺を誘い込んだ理由を言え。本当の理由だ」
俺が威圧的な態度で話せば、奴はくすりと笑う。
「本当の理由か……うむ、そうだな。私と手を組まないかね?」
「は?」
「ははは! そういう顔をすると思ったよ!」
ジョン・フロストは愉快だといいたげな顔で笑う。
俺はキッと奴を睨みつけながら、冗談はやめろと警告した。
すると、奴は首を左右に振りながら「冗談ではない」と言う。
「私は君に対しては真摯な対応を心掛けているつもりだよ。お茶をしたかったのも、君をスカウトしたのも。全て私の本心だ。嘘偽りは全く無い」
「……お前は敵だ。俺はお前たちの計画を阻止する為に動いているんだぞ」
「知っている。が、私は一向に構わない。邪魔をしたいのならすればいい」
「……お前は幹部じゃないのか?」
「ん? 幹部だよ。私のコードネームは――ファーストだ」
幹部であることとコードネームを明かした。
嘘ではないだろう。奴は嘘をつくタイプには見えない。
ブラフだとしたらかなりのやり手だが……信じる他ない。
何故、幹部であるこいつはゴースト・ラインの敵である俺を仲間に勧誘した。
狙いがあるとすれば一つしかない。
それは告死天使も狙っているもの――オーバードだ。
「……お前はオーバードを求めている」
「お、察しが良いじゃないか。そうだ。私はオーバードが欲しい。組織の為ではない。個人的な野望の為に、アレがどうしても必要なのだ」
「……野望とは何だ。オーバードを使って、お前は何をするつもりだ」
俺は目を鋭くさせながら奴を見る。
すると、奴はゆっくりと息を吐いてから静かに言葉を吐く。
「核に変わる抑止力。この世界の均衡を保つ為に、私はオーバードを求めている」
「……核に変わる抑止力だと?」
ファーストはハッキリと言った。
新たな抑止力となるのはオーバードだと。
奴は知らない筈だ。オーバードは使い手を選ぶ事を。
「強化外装が開発され、人々は己の内にある闘争本能を高めていった。人間が到達できない高みへと機械の体が連れて行ってくれる。作業の効率化、老体への補助、理由は幾らでも作れる。しかし、結局アレは戦争で利用された。人類は更なる力を求めて、巨人を作り出しメリウスと名付けた。内に秘めた殺意を解き放ち、多くの兵士や傭兵が戦った。金の為、利益の為、国の為……何年経とうとも人の本質は変わらない。競い合い、蹴落とし合い、戦い、殺し合って、人間は進化していった。人間が宿す熱とは、闘争本能へと繋がる。湯水のように闘争への意欲が溢れ出した時に、人は大きな行動に出る。人々を先導し国を作り、利益と発展の為に戦争を引き起こす。最早、戦争とは醜い争いではない。ビジネスだ。戦争を起こすことによって、多くの国が利益を得る……そんな世界は間違っていると思わないかね?」
「……だから、オーバードを使って全ての戦いを終わらせると?」
「……オーバードの力であれば可能だ。もうこれ以上血が流れる事は無い。私腹を肥やす人間も、不等な差別を受ける人間もいなくなる。全ての人間が平等となり、公正な法の下でのみ裁かれるのだ。私はそんな世界を作る為に、君の力を必要としている……オーバードはこの世界で製造する事を禁じられた核兵器の代わり……いや、それ以上の存在となるだろう」
「……何故、俺だ。俺でなければいけない理由を言え」
ファーストの思想は正しいかもしれない。
核以上の力を持つ古代兵器。
オーバードが一つでもあれば、世界の均衡は保てるかもしれない。
この馬鹿げた争いを終わらせて、真の意味での平和を確立できるかもしれない。
しかし、手に入れたとしても使える人間がいなければ意味が無い。
俺自身が奴の協力要請を受け入れたとして、それが何の役に立つ。
俺がそう思って問いを投げれば、奴は薄く笑う。
そうして、ゆっくりと右手の人差し指を俺に向けてきた。
「オーバードが求める人間。私は、君が近いのではないかと思っている」
「……何故、知っている。いや、俺がだと?」
「……我々の組織はオーバードについて詳しい。ボスは私でも知り得ない情報を持っている……個人的な考えと勘で判断しただけだが、君ならオーバードも気に入ると思っている」
ファーストはさも当たり前のように情報を開示した。
ゴースト・ラインのボスはオーバードの情報を持っている。
居所は知らないだろうが、このファーストはオーバードを扱える人間の条件を知っているのだろう。
しかし、何故、俺がその条件に当てはまると思ったのか。
理由は分からないが、何かがある。
もっと話をすれば情報を聞き出せるかもしれない。
しかし、これ以上此処で長居をするのは危険だ。
瞬間、扉が開けられて青年が入って来る。
俺を睨みつけながらファーストに耳打ちをしていた。
奴は青年の言葉を聞いて口笛を吹く。
そうして、焦ることも無くニコニコと笑って手を叩いていた。
「……はは、一杯食わされてしまったかな。まさか、帝国の兵士を誘い込むとは」
「……有益な情報には感謝する。だが、俺はお前の仲間にはならない」
「そうか。それは残念だ。気が変わったら何時でも言ってくれ。私は何時までも待っているよ」
ファーストは席を立つ。
そうして、最後まで笑みを浮かべながら優雅に去っていった。
閉じられた扉を見つめながら、俺はゆっくりと立ち上がる。
そうして、奴らと同じように扉を開けて外へ出た。
一階の方から怒声が聞こえてくる。
俺が呼んだ帝国兵士が暴れている様であり、俺は二階の窓を開けて外へと出た。
窓のへりに足を掛けながら下を見る。車が何台か停まっていてこの建物内に兵士が入っていく。
身を隠しながら、俺は足を動かして素早く移動する。
そうして重い体を機敏に動かしながら、窓のへりから隣の建物に飛び移った。
あの建物へと入る前に確認すれば、隣も飲食店だと認識していた。
パラパラと雨が降り始めたからか開放的なテラスには誰もいない。
俺は平静を装いながら、店内に足を踏み入れて階段を下りていった。
一階へと降りれば、客は疎らであった。
店員がチラリと俺を見てくる。
「……連れが中々来なくてね。今から迎えに行くんだ。何も頼んでいないのにすまないね」
「あ、いえ! また是非、お越しください!」
「ありがとう。必ず来るよ」
笑みを浮かべながら会話をする。
そうして、何食わぬ顔で店を後にした。
チラリと隣の建物を見れば、帝国軍の兵士に拘束された人間が数名出て来る。
その中にはあの青年もファーストの姿も無い……上手く逃げられたか。
武装した兵士がライフルを持ちながら立っていて、イライラとした顔で周りを威嚇していた。
俺は視線を逸らして歩いていく。
一般人に紛れ込んで奴らの前から姿を消して、サイトウさんの元へと向かった。
今回得た情報で、ゴースト・ラインも一枚岩ではないと分かった。
最も、敵の口から聞いた情報であり、偽の情報の可能性もある。
しかし、あのファーストの目は本気で……核に変わる抑止力か。
本気でそんな事に利用するつもりか。
分からないものの、全てが本音であるとは思えない。
変装を見破った奴の目に、戦いに慣れているであろう雰囲気。
油断ならない相手であり、次は”戦場”で会う事になるかもしれない。
闘えば勝てるのか……そんな日が来ない事を祈りたい。
パシャパシャと地面に溜まった水を弾きながら歩いていく。
すれ違う人間たちは雨から逃げようと走り去って。
俺も彼らに習って小走りでホテルを目指して進んでいった。