【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
白い壁の一室にて、俺は一人の囚人を待つ。
隣に目を向ければ、サイトウさんがアクリル板の先を見つめている。
監視役の看守はおらず、部屋の中には監視カメラが一台だけ設置されていた。
音声を記録するような機能は無さそうだ。
死刑囚くらいの凶悪犯であれば、そもそも面会すら出来ないだろう。
重罪を犯した人間であれば、監視役もつくだろうが。
元院長の男は初犯の上に、相手を殺した訳でもない。
聞く話によれば、軽く相手の体に傷をつけた程度らしい。
運が悪かったのは、その傷つけた相手が役人で。
その役人のせいで、彼は二年ほど服役しなければならなくなった。
弁護士を雇うほどの余裕も無かったから、その判決も仕方なかったと言えば仕方ない。
しかし、本来であれば執行猶予がつく筈だ。
もしも、弁護してくれる友人でもいれば執行猶予はあったのだろうが……まぁ今更か。
どんなに彼を哀れもうとも判決は覆せない。
俺はただ彼からオーバードに関する話を聞くだけだ。
ザックス君によれば、飲みに行った後にすぐに手紙を書いてくれたようだ。
面会に行くのは仕事の都合上無理で。
友人の中で、刑務所で働いている人間に手紙を預けてくれたらしい。
検閲に引っかかっていなければ、面会にも応じてくれるだろうと言っていた。
俺たちはそれを信じて、三日ばかり待ってから再び刑務所を訪れた。
この部屋に通されたという事は、相手が面会に応じてくれるのだろう。
二人でどんな人間が来るのか考えながら、俺たちは暫く待っていた。
やがて、扉が開かれる。
刑務官に連れられて現れたのは、瘦せこけた頬に青白い顔をした男で。
ストレスからか元は金髪の毛は白髪交じりであり、目は確かにぎょろりとしていた。
入って来た男はゆっくりと椅子に座る。
刑務官は男の手錠を外してから、時間は三十分だけだと伝えた。
男はしっかりと頷いてから、彼が退出したのを見届けた。
そうして、扉が完全に閉じられると、彼は俺たちに目を向けてきた。
ゆっくりと、手元のスイッチに指を当てる。
そうして、彼はしわがれた声で言葉を発した。
「……貴方たちは、誰ですか? 何の目的で、私との面会を希望したのですか?」
しわがれた声ではあるものの、男の話し方は丁寧であった。
俺はゆっくりとボタンを押してマイクに顔を近づけた。
「我々は貴方からお話が聞きたくて面会を希望しました。ザックス君やニーナさんに危害を加えるつもりはありません。騙してしまった事は心から謝罪します。本当に申し訳ありませんでした……訳あって我々は本当の名を隠しています。互いに自己紹介は不要でしょう。ご理解いただけますか?」
「……そう、ですか……事情があるんですね……分かりました……私が知っている事で話せることがあれば、協力します」
彼はニコリと笑って頷く。
取り敢えずは納得してくれたようで、俺は彼に感謝しながら質問した。
「……オーバードという単語に聞き覚えはありますか?」
「……ありません」
「……では、不思議な体験をした事は……例えば、見覚えの無い景色を鮮明に覚えている、とか……」
「――っ」
俺が質問の内容を変えれば、彼は目に見えて怯えた表情をした。
その表情の変化を見逃す筈も無く、俺はゆっくりと質問を続けた。
「どんな光景を見ましたか? 話したくないのは分かります。理解できない現象は怖いですよね。でも、話して頂けたら、貴方の不安を和らげる事が出来ると思います」
「…………神殿です…………暗い、暗い。ひんやりと冷たい空間で、巨人が眠っていました…………巨人は、ジッと私を見つめて…………お前は違う、と、言って、いました……はぁ……はぁ……巨人は、人を、探しています…………私は、その人間を、呼び寄せる為の、道具……あぁ、ああぁぁ、ぁぁああ!」
「落ち着いてください。その巨人は幻です。貴方を苦しめる事は出来ません。深呼吸をしてください」
胸を押さえながら呼吸を荒げる男。
男は視線を忙しなく動かしながらも、俺が言った通り呼吸を整えていた。
ゆっくり、ゆっくりと深呼吸をする。
そうして、何とか気持ちを整えながら言葉を続けた。
「……巨人は、毎晩毎晩、私に夢を見せます……同じ光景で、人を呼び寄せろと私に命令して……私はアレが怖い。アレは威圧的で神秘的で、私を見下しながら頭に直接声を聞かせて来る……人間じゃない。機械でも無い。アレは全く別の何かで……巨人が目を光らせると、私の体は上へと飛ばされます。凄まじい勢いで上へと飛んで……次の瞬間には、海の上にいて……下に目を向ければ、大きな渦潮が見えました。途轍もなく大きな渦で、まるで全てを飲み込むような……私は、そんな光景を何度も見させられて……気が付けば、起きている間もあの巨人の声を聞くようになっていました……まるで、四六時中、監視されているような気がして心は衰弱していき……大事に育てた子供の一人が、私にプレゼントしてくれたブローチを踏みつけた男にカッとして……此処のお世話に」
儚げな笑みを浮かべながら、男は全てを話してくれた。
此処へ入れられるまでの経緯。
同情したくなるような話であり、彼の気が狂いそうになったのも理解できた。
それでも、カッとしたのも子供の想いを守る為で。
彼は真の意味で優しい人間だったのだと思った。
俺は彼に礼を言う。
彼は不安そうにしながら、今の説明で役に立てたか聞いてくる。
俺は十分すぎるほど有益な情報だった事を伝えて……一つ、気になる事を質問した。
「……何故、最初は面会を拒んでいたんですか?」
彼は迷う。
言っていいのかどうかを迷っていて。
やがてゆっくりとボタンを押してから話し始めた。
「……面会を拒んでいたのは、貴方方の様な人を……遠ざける為です……あ、悪い意味では無くて……この話をしたら、あの巨人の思惑通りになってしまうのではないかと思って……本当は、話すつもりはありませんでしたが。貴方方の目を見て……託しても、良い気がしたんです」
「……信じてくれてありがとうございます」
「……一つ、お願いをしてもいいですか?」
彼はゆっくりと口を開く。
そうして、頼みを聞いてくれと言ってきた。
俺はどんな頼みなのか彼に質問した。
「……この件に、オールドヘイム夫妻を巻き込まないと、誓ってくれますか?」
「……誓います。彼らは絶対に巻き込みません」
「…………ありがとうございます」
深々とお辞儀をする。
それを見つめながら、俺は小さく笑う。
彼らもこの人も優しい人間だ。
だったら、巻き込める筈も無い。
それでいいかとサイトウさんに聞こうとした。
すると、彼女は嫌悪感を露わにするような目で彼を見ている。
まるで、道端に転がるハエの集る動物の死体を見るような目で。
俺は何故、そんな目を彼に向けているのかと思った。
サイトウさんはゆっくりと俺に目を向ける。
「……何?」
「……いえ」
俺の視線に気が付いて、サイトウさんは何時もの表情に戻る。
先ほどの表情が嘘であったかのように、今の彼女は無表情であった。
俺は気にはなったが、それ以上の詮索はしなかった。
そうして、頭を上げた彼を見つめながら、ボタンを押して話しかける。
「……他に何かありますか? 些細な事でも良いんです」
「……すみません。これ以上は何も」
「……分かりました。ありがとうございます」
「……貴方方に会えて良かった。話しが出来て心が軽くなりました……これでようやく……」
最後に彼は何かを言った。
何を言ったのかと質問すれば、彼は席を立つ。
そうして、扉へと近づいて軽くノックをした。
待機していた職員が入って来て、何の用かと尋ねる。
すると、彼はもう面会は済んだと勝手に告げた。
最後に彼は俺たちに笑みを向けて会釈をする。
まるで、果たす事を果たした後の人間の顔で。
俺は思わず彼を呼び止めそうになった。
しかし、サイトウさんが俺の肩を抑える。
強く強く肩を掴んで、無理やり椅子に固定された。
「……帰ろう」
「でも」
「――帰るよ」
有無を言わさないサイトウさん。
面会の時間が終わらされて、元院長は手錠を嵌められて連れていかれる。
そうして、部屋には俺たち以外誰もいなくなった。
彼女はゆっくりと俺の肩から手を離す。
そうして、俺の言葉など聞かずに帰っていった。
俺は立ち上がってから、もう一度扉を見つめる。
アクリル板越しに見える鉄の扉は硬く閉ざされていて。
もう誰も現れない事は一目瞭然であった。
去り際の元院長の顔は、今にも消えてしまいそうな表情で……忘れよう。
足を止めている暇は無い。
聞くべきことは聞いた。
だったら、俺は先に進むだけだ。
彼が巨人と言ったのは恐らくオーバードだ。
神殿の居場所も、彼の話からして海中だろう。
特徴的なのは、大きな渦潮で……これだけの情報があれば、天子なら分かるかもしれない。
俺は足を動かして扉に近づく。
そうして、開け放たれたそれを潜って外に出る。
職員が扉を閉めて、俺は振り返ることも無く去っていった。