【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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146:憧れに別れを(side:マイルス・ワーグナー)

 強い吐き気に襲われている。

 体中が鈍い痛みを発していて、手足は自由に動かない。

 頭には袋の様なものを被せられていて――誰かが前に立つ。

 

 私の前に立った何者かは勢いよく袋を外した。

 すると、目の前には先ほどまで私が話していた男が立っている。

 笑みを浮かべながら、パツパツのスーツを着ている男。

 インテリぶっているが、見た目から察する事が出来るほどの武闘派の男の名はジョン・フロスト。

 

 海運業界で最大手の大海通運の社長であり、我々が尻尾を掴んでいたゴースト・ラインの幹部の一人。

 帝都にて会う約束を取り付けて、奴から情報を引き出そうと考えていた。

 危険を承知の上で会合に臨んで、ヴォルフから派遣された兵士を信じていた。

 結果は、その信頼は別の形で裏切られる事になった。

 

 表向きにはただの話し合いで。

 私は奴をゴースト・ラインの幹部と気づいていないフリをしていた。

 奴も笑みを浮かべながら、他愛の無い会話をして。

 私はどうやって奴から情報を引き出そうか考えていた。

 

 だが、この話し合いは最初から間違っていた。

 奴に情報は渡っていて、奴から情報を引き出すか身柄を拘束する”第一”計画だったが。

 奴は私に何時まで惚けているのかと聞いてきた。

 私はしらを切ろうとしたが、それは無意味であった。

 

 突然、銃口を向けられた私。

 護衛たちは即座に対応しようとした。

 しかし、奴が一言「止まれ」と命じただけで護衛は動きを止めた。

 何が起きたのか最初は理解できなかった。

 護衛たちも表情を凍らせていて、そのまま無残に眉間を撃ち抜かれた。

 

 愛する部下が無残に殺されて、私は何も出来ずに頭を殴られた。

 意識を失う前に奴の顔を見れば、笑みを浮かべていた。

 まるで、最初から私と話す気は無く、こうやって身柄を拘束するのが目的だったように感じた。

 

 捕まった私は、奴らの船に乗せられたのか。

 この独特の揺れは海上で移動している事を表している。

 恐らくは、港から船に乗り込んだ訳はない。

 港から入れば、U・Mの人間が不審な点にすぐに気づく。

 どんなに偽装しようにも、港に入る人間は誰であろうと検査する。

 帝国から出てから、別の港に停泊している船に……いや、それも違う。

 

 もしも、帝国を一度でも出たのであれば、検問所を通過している筈だ。

 車のトランクに私を隠そうとも、検問所を通過する際に検査される。

 透過装置を誤認させる事は不可能であり、何処に隠しても私がいる事はバレるだろう。

 眠らされた状態で私の身内を偽ろうとも、私はパスポートを置いてきた。

 その状態で検問所を突破するのは至難の業だ。

 だとすれば、正規のルートではなく、隠されたルートで海へと出た。

 考えてみれば、大体の見当はつく。

 

 問題なのは私の部下が動きを封じられたことで。

 どうすれば、ただの言葉一つで動きを……いや、待て。

 

 たった一つだけ、それを可能にするものがこの世界に存在する。

 しかし、記録で見た限りでは体が痙攣するなどの副作用があった筈だ。

 それが無かったと言う事は……奴らは、更に改良を加えたのか。

 

 護衛たちが動きを止めた理由も今になって気づいた。

 私は舌を打ちそうになるのを堪えながら、目の前に立った敵を問い詰めた。

 

「何時、からだ。何時、部下に、薬を、飲ませた」

「ほぉ、気づいたか! 流石はU・Mのボス……船に潜ませたスパイを使ってね。簡単だったよ。彼は信頼されていたようだからね」

 

 船にスパイが潜んでいた事は知っていた。

 しかし、粗方の掃除を終えても尚、不安は残っていた。

 オッコに調査を任せて何もしなかったつけが此処に来て回って来た。

 部下を見す見す見殺しにして、私は奴らの手に捕まった。

 後悔してももう遅い。私は気持ちを切り替えて、現在の状況を確認した。

 

 船に乗っているのはジョン・フロストを含めて十名。

 この男以外は覆面を被っていて、背格好から男である事以外は分からない。

 手にはライフルが握られていて、私は手足を拘束された状態で椅子に縛り付けられている。

 逃げ出そうにも海上を移動している船の中で、救命艇を見つけても脱出は不可能だ。

 ”想定通り”奴らは私の身柄を拘束した。

 幹部であるこの男がいるのであれば、別の場所に他の幹部が待機している可能性が高い。

 私という極上の餌をぶら下げてやれば、獣たちは喜んで飛びつく。

 その考えは正解であり、私はニヤリと笑いながら惚けた事を言う。

 

「……私を誘拐して何を企んでいる? 身代金が目的なら、あまり期待しない方が」

「――揶揄うのはよしなさい。知っているのだろう? 我々が何者か」

「……ストレートなのは好きだ。だが、雑談を挟むくらい構わないだろう?」

「……ふむ。それもそうか……我々の目的は一つ。マサムネ君だよ」

「……彼はもうU・Mにはいない。当てが外れたようだね」

 

 私がせせら笑えば、ジョン・フロストは首を横に振る。

 

「外れていないよ。彼は私の目論見通り、縁を断ち切っていなかった」

「……どういう事だ」

「さぁ自分で考えるといい。最も、考えたところで君の結末は変わらないがね」

 

 ジョン・フロストは常に笑みを浮かべている。

 しかし、その瞳はどこまでも冷たく。

 私という人間を見ているようで、別の誰かを見ている様だった。

 目の前の男に興味を持っていない。

 自らにとって何の価値も無いからこそ、奴はあんなにも冷たい目が出来る。

 私はくすりと笑って、奴に対して警告した。

 

「……マサムネ君が欲しいのは分かった……だが、私の命と彼が釣り合うとは思わない方が良い」

「……それは、自分は見捨てられると言いたいのかな。まぁ君はただの一企業の社長で、彼は元英雄だ……今は世界に名を遺す大悪党だがね」

「……ふふ、見捨てるか。そうか、そう思うか……ははは」

 

 私は奴をあざ笑う。

 すると、ジョン・フロストはゆっくりと近寄る。

 そうして手を上げたと思えば、勢いよく私の頬を打つ。

 ただの平手打ちなのに脳が強く揺さぶられた。

 視界がバチバチと弾けて、口からぼたぼたと血が流れる。

 口内には鉄錆の味が広がって、私は呼吸を乱しながら奴を睨んだ。

 

「……私もストレートなのが好きだ。腹の探り合いは性に合わない。言いたいことがあるのなら、正直に言うと良い。必要以上に、苦しまなくて済むよ。マイルス・ワーグナー」

「……ご忠告、ありがとう……げほ」

 

 ジョン・フロストはハンカチで手についた返り血を拭う。

 そうして、それを部下へと渡してから去っていった。

 控えていた部下は捨てられた袋を取って、再び私の頭にそれを被せる。

 このまま奴らの拠点を見てやろうと思ったが、そう簡単には明かしてくれないらしい。

 

 マサムネ君が動いているのは分かった。

 縁が立ちきれないのは私も同じで。

 去っていった彼の事を今でも頼りにしている。

 どんなに悪人になり切ろうとも、彼は彼のままで……また救われたのだろうな。

 

 彼が船を守ってくれたと私は悟る。

 そうして、静かに呼吸を整えながら早まりそうになる心臓の鼓動を落ち着かせていく。

 彼に何時までも守られてばかりではいられない。

 今度は私が、彼を守る番だ。

 

 ジョン・フロストは私を使ってマサムネ君をおびき出そうとしている。

 何を企んでいるのかは分からないが、禄でも無い事は分かる。

 そんな事に彼を巻き込まない為に、捕まった私が出来る事は一つしかない。

 

 恐怖や不安、逃げ出したくなるような衝動に駆られそうになる。

 もしも拘束されておらず、此処が地上であったら……それでも、私はしなければならない。

 

 ジョン・フロストに会う前に覚悟はしてきた。

 こうなるだろうと思って先手は打っておいたのだ。

 私は必死になって震えを誤魔化す。

 敵に変化を気取られないようにしながら、ゆっくりと口を開けた。

 

 知っている仲間たちは最後まで反対していた。

 そんな役目を負う事は無いと私を止めてくれた。

 しかし、奴らの影を追っても、奴らの正体は分からない。

 どんなに追いかけようとも、奴らは我々が考えている上を行ってしまう。

 追いかけても追いかけても捉えられないそれ……ならば、やる事は一つしかない。

 

 捕まえられないなら、おびき寄せるしかない。

 奴らを殺しきれないのなら、生贄を捧げるしかない。

 誰かが犠牲とならなければ、奴らを追い詰める事は出来ないのだ。

 

 最初から、私はこうなると思っていた。

 自分よりも頭の回る敵を相手にしているのだ。

 だったら、相手の上を行くような考えを打ち出すしかない。

 深淵に身を落として、狂気に心を染め上げて、敵が思いつかない作戦を決行する。

 

 自分で自分の事を極上の餌だと言ったが、それは不確かだ。

 相手が私の事を取るに足らない男だと思っていたのならそれまでで。

 幹部が他に来ていないのであれば、私の作戦は失敗だと言う事だ。

 

 しかし、それでも懸けるしかない。

 

 これ以上、多くの犠牲を出さない為に。

 これ以上、争いによって人々が死なない為に。

 これ以上――彼の心を傷つけない為に。

 

 彼が話さなくても、大体の予想は出来ていた。

 モルノバの虐殺は、決して真実ではない。

 彼が理由も無く罪の無い人々を虐殺する筈が無いのだ。

 私は部下を、仲間を心から信じている。

 だからこそ、彼の優しさで多くの人間が救われて、彼の心が傷ついたことも理解していた。

 

 マサムネという男は、優しい男だ。

 例え、世界中の人間から憎まれて恨まれようとも。

 自分の大切な人間を守る為ならば、考える事も無く悪党にもなる。

 

 例え、心が傷つこうとも。

 例え、愛する人たちに会えなくても――もう、十分だ。

 

 たった一人の人間に、これ以上の罪を背負わせる訳にはいかない。

 たった一人の男に、責任を押し付ける訳にはいかない。

 

 此処が、このポイントこそが私の終わりだ。

 彼が背負ったものへの感謝と謝罪。

 彼がこれから向き合うであろう者たちへ覚悟を示す場所。

 彼を責めさせはしない、彼を一人で地獄へは行かせない。

 私が礎となって、彼の心に報いる時が来たのだ。

 

 

 小さく口を開けたまま、私は唇を震わす。

 恐怖で震えそうになるのを堪える。

 ぞくぞくと悪寒が走って、心臓はどくどくと早鐘を打つ。

 覚悟を決めたが、その時になると心は凍り付く。

 

 口が動かない。

 不自然な呼吸を抑えるので精いっぱいで。

 私は判断を迷いそうになる。

 

 愛する仲間たちの顔が思い浮かぶ。

 一緒に酒を飲んで、美味しい料理に舌鼓を打って。

 彼らは私を社長と呼んで親しみを持ってくれた。

 一緒に過ごした時間は私にとって宝で……だからこそ、私はやらなければいけないッ!

 

 震えが段々と収まっていく。

 そうして、心が落ち着ていく中で、私はもう一度口を開けた。

 もう迷いはしない。もう後悔はしない。

 

 

 やれ、やれ、やれ、やれやれやれやれやれやれやれ――やれッ!!

 

 

 口を勢いよく閉じる。

 すると、奥歯からかちゃりと音がするだけで体に変化はない。

 しかし、私は隠していた切り札を確かに使った。

 もう引き返す事は出来ない。

 ヴォルフですら知らない。私が捕まった場合を想定したプラン。

 それがたった今、動き出している。

 

 ゴースト・ラインには今まで散々な目に遭わされた。

 大切な仲間を殺されて、支援者からはこっぴどく叱られたものだ。

 不甲斐ない、頼りない、練度が足りていない――違う。

 

 兵士は悪くない。

 全ては私の考えが足りなかっただけだ。

 私の考えが及ばなかったから、兵士を大勢死なせた。

 この業界に入ってのし上がってくるまでに、多くの仲間を死なせた。

 若かった頃は、死んだ仲間が夢にまで出るほど苦しんだ。

 苦しんで、絶望して、沢山泣いて……私は理解した。

 

 自分が今まで生きてきた事の意味。

 U・Mを設立して、集まった仲間たちと戦ってきて。

 私はようやく、自分が成すべきことを理解できた。

 

 PMCを起ち上げて、最初は戦争を終わらせる為に戦って。

 終わりが見えない戦いに嫌気がさしていた。

 懐は潤っても、心は冷たいままで私の心は死んでいた。

 

 いつしか夢も忘れて、利益ばかり考えて。

 社員を消耗品の様に思うようになった。

 金、金、金、金――うんざりしていた。

 

 歩く死体。戦争を長引かせようとする悪。

 周りを不幸にする私が心を蘇らせたキッカケ……彼だ。彼の存在だ。

 

 活躍している傭兵の一人だからと彼を招集した。

 彼ならば、大きな戦果を挙げてくれると期待しただけだ。

 帝国よりも公国と手を結び、更に利益を拡大させる。

 

 しかし、彼はそれ以上の偉業を成し遂げた。

 

 一時は地獄と化した戦場で、多くの敵を退けて。

 和平へと進もうとした国々の亀裂を治す為に、一人で全ての罪を被った。

 英雄と呼ばれ、後に大悪党と呼ばれて。

 彼を知っている人間ならば、誰もが彼を真の英雄だと認識する。

 それだけ彼がやった功績は大きい。

 

 新たな戦いが生まれたが、戦争は確かに終結した。

 仮初の平和だろうとも、大きな争いは終わったのだ。

 全ての争いを無くすのは不可能だ。

 だからこそ、彼がやった事は最善に近い結果だと言える。

 

 彼こそが、私が求めていた存在だった。

 私がなろうとしていた存在とも言える。

 彼のお陰で私は、若かりし頃に想い描いていた夢を思い出す事が出来た。

 

 

 争いの無い平和な世界。

 

 傭兵もいらない、武器を使う人間もいなくなった世界。

 

 そんな世界を作りたいから――私は武器を手に取った。

 

 

 一度は死んだ心が蘇った。

 多くの血で染まったこの手で救えるものはないかもしれない。

 それでも、もう、迷うことは何一つ無かった。

 

 思い出させてくれてありがとう。

 真の英雄である君には近づけないが。

 私も一人の大人として責任を果たす時が来た。

 

 

 ――あぁ、でも、彼と一緒に飲んでみたかったなぁ。

 

 

 したかった事は沢山ある。

 その中でも、彼ともっと沢山語らいたかった。

 彼から学ぶべきことは沢山あった。

 それが出来なくなるのは少し辛い。

 

 私は静かに息を吐く。

 すると、かちゃりという音が響く。

 別にそうビクビクする事はないのになぁ。

 

 私は覆面の下で笑う。

 頬を冷たいものが流れていく感触を感じながら。

 今は無き故郷の情景を思い出していた――

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