【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
仲間たちに一言告げて、私はリアルへと戻る。
社長を失って、U・Mのメンバーの中には沈んだ顔の奴もいた。
無理も無い。社長が指示をしてくれて、メンバーたちは動いていたから。
司令塔を失くして、気が気じゃない……でも、そんな奴は少数だ。
社長の覚悟を、社長の意思を受け取った。
奴らはゴースト・ラインとの戦いに覚悟を決めていた。
例え自分が死ぬことになろうとも、奴らは戦うと言っていた。
社長の死は無駄じゃない。勇気を奴らに与えた。
社長の決死の覚悟によって私たちはゴースト・ラインに連れていかれずに済んだ。
マサムネの機転によって、船の爆破計画が未然に防げた。
失ったものは多いが、それでも皆は前を向こうとしている。
私も前を見なければいけない……死んでいったあの人の為にも。
あの人に最初に会った頃の印象は最悪だった。
何処か胡散臭い顔をしていて、マサムネの事を値踏みするような目で見ていて。
それでも、協力してくれて私が雷切を作り上げる為の人員や機材を貸してくれた事には感謝していた。
利用するつもりなのか、何かよからぬ事を企んでいるんじゃないか……それは杞憂だった。
確かに色々と考えていただろうさ。
けど、あの人はマサムネの事を仲間だと最期まで思っていて。
そんな仲間である私とアイツを守る為に、自分でケリをつける道を選んだ。
世間の人間がどう言おうとも関係ない。
マサムネに守られて、社長にも守られて……私は守られてばっかりだった。
マサムネの力になりたい。
アイツが本気でしたい事を応援したい。
何時かショーコから聞いた本物の人間になりたいという願望。
アイツがそう望んでいるのなら、私は全力でサポートしたい。
でも、アイツはまた姿を消して何処かへと行っちまった。
追いかけても追いかけても、奴の影すら踏めない。
手が届くと思えば、また距離を離されて。
置いてけぼりの私たちは、何も出来ずに泣いてばかりだ。
こんな事ではダメだ。
こんな事では、一生懸けても奴に追いつけない。
何がダメなのかは理解していた。
リアルと仮想現実世界を行き来している私ではダメなんだ。
あの世界で骨を埋める覚悟で生きなければ、奴と同じ目線には立てない。
リアルに帰る場所が無いアイツと、帰る場所のある私では考え方に差が出る。
埋めなければ、私も覚悟を決める。
最後まで悩んでいた。
私が生まれ育った故郷を捨てて、あの世界へ行くことを。
辛い事ばかりの現実世界であっても、あの世界には雄二兄さんがいる。
兄さんは何時も私の話を聞いてくれて、泣いている私を守ってくれた。
親父も……心配だ。
冷たくされても、私に興味が無くても。
あの人はたった一人の父親で。
厳しく指導されてきたが、あの人から多くの事を学んだ。
メカニックとしての知識が無ければ、仮想現実世界でマサムネと会う事も出来なかっただろう。
だからこそ、私は心の奥底ではあの人に感謝していた。
別れを告げるならきちんと言わなければいけない。
何時までも逃げていてはダメなんだ。
あの人と向き合う時が来て……もしかしたら、これが最後かもしれないから。
兄さんに連絡をして、私は親父を呼んでもらった。
コツコツと靴の音を鳴らしながら進んでいく。
お気に入りのポーチの中には、大切なスパナが入っている。
現実でも仮想世界でも、このスパナがあれば怖くなかった。
ポーチを軽く撫でてから、私は足を止める。
この部屋の向こうに父さんがいる。
私を憎んでいるであろうあの人が、この扉の向こうに……体が震える。
久しぶりに会って、私はあの人に何と言えばいいのか。
気軽に挨拶をする事も出来ない父親に、どの面を下げてお願いをすると言うのか。
話を聞いてくれるかも怪しい。
いや、話を聞かずに出ていくように言われるかもしれない。
無駄な時間を使わせるな、そう言われてしまうのか……端末が震える。
ポケットから端末を出して、メールを開ける。
すると、雄二兄さんからで……ふふ。
《頑張れ! 父さんは拒んだりしないから!》
雄二兄さんは何処かで見ているのか。
周りをキョロキョロと見ても誰もいない。
ただ長い廊下だけであり、窓の外は下品な明かりが灯っているだけだ。
きっと何処にもいないのだろう。
雄二兄さんの事だから、私が迷って足を止めている思ったのか。
兄さんらしい……けど、ありがとう。
兄さんのメッセージで勇気が湧いた。
もう止まる事はしない。
私は端末をポケットに仕舞ってから、ゆっくりと呼吸を整えた。
そうして、目を鋭くさせながら扉をノックした。
返事は帰って来て入室を許可される。
中へと入れば、父さんが椅子に座っている。
黒い髪を短く切り揃えて、角ばった顔をした父さん。
眼鏡で鋭い目を隠そうとしても、体全体から威圧感が出ている。
やり手の人間だが、口数が少なく人とのコミュニケーションが苦手な父。
不器用な人間だと母がよく言っていたと兄さんが教えてくれた。
そんな親父に私はよく似ていると言っていて……親父が視線を向けて来る。
「……座れ」
「……うん」
ただ一言、座る様に言われた。
私は顔を伏せながら、父の前に置かれたソファーに腰かける。
高級な革張りのソファーであり、この世界では大変貴重な物だ。
そんな物が普通に置いている家は金持ちであり、学友からも色々言われた。
恵まれた家庭環境に、生まれ持った才能……妬みや嫉妬、恨まれていた事もあるかもしれない。
学校に行くときは憂鬱で、父さんに相談しようとした時もあった。
しかし、父さんは私に中々会ってくれなかった。
仕事が忙しいからと、執事に全て任せていて……父さんが腰を上げる。
何かを書いていた父さんはペンを置いて。
私の前のソファーに腰を下ろしてからロボットを呼んだ。
世話係の執事ロボットは父さんの指示も待たずに、目の前の机にお茶を置く。
湯気の昇る温かいお茶であり、これも今となっては高級品の一つだ。
「……飲め」
「……親父。私の話を」
「飲め」
「……分かった」
親父は有無を言わさずにお茶を飲むように言う。
私はそれに従ってお茶を飲んだ。
口を付けてゆっくり飲めば、お茶が口の中を潤してくれる。
ほどよく温かいお茶は美味しい……けど、物足りない。
あの世界で飲んだお茶は、もっと自然な味がした。
このお茶からは作ったような味がして。
本物ではない偽物のように感じた。
「これがこの世界の限界だ」
「……え?」
私の考えを見透かしたように親父は発言する。
ゆっくりとお茶を飲んでから、静かに湯呑を置いて。
親父は私の目を見ながら、鋭い指摘をした。
「あの世界で、暮らしたいのか?」
「――っ」
私から言おうとした事を親父に言われた。
意表を突く形で言われたことに驚く。
どうしてそれを知っているのか。
兄さんにですらまだ話していない。
私が戸惑っていると親父は少しだけ笑う。
「……昔から、お前は顔に出やすい……これでも、お前の父親だ。悩みや頼み事くらい分かる」
「……今更、父親面かよ……学校の事も知らない癖に」
《――それは違います。お嬢様》
私が発言すれば、控えていた執事ロボットが発言する。
親父がやめるように命令するが、ロボットはあるものを私に見せてきた。
それは何処かへと連絡をしている父で……私の事?
何時もよりも目を鋭くさせながら、父は誰かを怒る。
その内容は、学校で私が学友からいじめを受けているというもので……まさか。
ねちねちとした嫌がらせがパタリと止んだ時があった。
私への嫌がらせに飽きて、去っていったと思っていた。
しかし、この映像を見てやっと理解できた。
父さんは何もしなかった訳じゃない。父さんは最初から行動していた。
《お父様はお嬢様の事を何時も思っていました。誰よりも貴方を愛して》
「やめろ」
父さんがボタンを押す。
すると、ロボットは強制的に黙らされた。
体を小刻みに動かしながら執事は不満を訴えかけていた。
それを無視して父さんは頬を少しだけ赤らめて私を見つめて来る。
何時も不愛想で、冷たいと思っていた父。
そんな父が、娘の前で恥じらいを感じている。
今まで知られないように振舞っていたのに、信じていた執事に裏切られた。
人を傷つける嘘じゃない。
優しさだけを持った嘘で――私は吹き出す。
「……ふ、はははは!」
「……ふふ」
知らない父さんの表情を見て思わず噴き出した。
父さんもつられて笑っていて……あぁそうだったのか。
やっぱり、これも私の杞憂だった。
父さんは私の事を嫌っていた訳じゃない。
最初から情報は出ていたのだ。
不器用だから、私に対してどうすればいいか分からなかった。
母親を失って心細かった私に対して、父は間違いなく愛情を注いでくれていた。
厳しく接していたのは、この残酷な世界で生き残る術を教える為で。
困っていた私に対して目の前で手を差し伸べる事が出来なかったのは、この人が不器用だから。
父と娘なのに、私たちは互いにすれ違っていた。
父さんは私が父さんを恐れていると思ったのか。
私は何も言わない父さんを見て、私に興味が無いと思い込んでいた。
全部、全部――杞憂だった。
父さんは間違いなく私を愛してくれていた。
兄さんが根拠も無く嘘を言う筈が無かったのだ。
たった一人の兄だけが、私たちの事に気が付いていた。
それをストレートに教え無かったのは……この為だったのか?
直接顔を合わせて話し合って、お互いに気持ちを伝えあう。
執事ロボットがきっかけとなったが、お互いの誤解は解けた。
いや……まだ、一つだけ残っている。
私は目元の涙を掬ってから父さんに聞く。
今までずっと悩んでいた事だ。
私がいたから、母は殺された。
あの日、遊園地に行かなければ良かった。
あの日、私が危機を感じて逃げていれば良かった。
あの日、母さんでは無く――私が盾になっていれば良かった。
ずっとずっと考えていた。
何度も何度も過去に戻りたいと願って。
そんな奇跡は人間には起こせないと理解した。
母さんが死んだ日の事はよく覚えている。
そして、葬式の時に父さんが唇を強く噛んでいたのも覚えていた。
血が滲むほど拳を握りこんで、決して涙を流さなかった父。
あの日の事を、父さんは恨んでいると思っていた。
私を恨んでいたからこそ、きつく当たっているのだと思っていた。
不安を感じながら、私は父さんに質問する。
「……親父は……父さんは、私を恨んでいないのか?」
本当は怖かった。
この質問をするのが怖かった。
もしも、恨んでいると答えられればどうすればいいのか。
雄二兄さんだけを心のよりどころにして。
今まで父さんの目から逃げて来た。
誤解だらけであっても、私は父さんに恐れを抱いていた。
それは間違いでは無く、今も少しだけ震えている。
拒絶されるのが怖い。
恨んでいると言われたら、足元が崩れ去るような気分だろう。
私はゆっくりと視線を上げる。
恐る恐る顔を上げて――目を見開いた。
父さんはキョトンとした顔をしていた。
まるで、さっきの質問の意図が分からないと言いたげで。
その顔を見ただけで、私の中から不安が消えていく。
そうして、父さんは自然な笑顔を浮かべながら手を伸ばす。
私はギュッと目を瞑る。
叩かれるのか?
突き飛ばされるのか?
しかし、痛みはまるで無かった。
頭の上にごつごつとした感触がして。
その武骨な手が、私の頭を優しく撫でてくれる。
温かなぬくもりを感じて、懐かしさを覚えた。
記憶になくとも、こうやってしてもらった感覚が残っている。
ゆっくりと目を開ければ、父さんはジッと私の目を見つめていた。
「娘の事を恨む父親はいない……お前は、悪くない。今でも……愛している」
「……父さん」
嬉しかった。
父さんが私を避けていた訳じゃない。
私自身が父さんの事を避けていた。
恨んでいない、お前を愛している。
それだけ聞ければ十分だった。
私は目じりを熱くさせながら、ゆっくりと父さんの手を取った。
ギュッと両手で握りながら、私は改めて父さんにお願いをする。
もう迷いはない。
私を信じてくれた父さんになら、願いを口に出来る。
私はゆっくりと口を開いて、自分の気持ちを伝えた。
「……父さんが私を愛してる事は分かった。私も父さんや兄さんを愛している……でも、私はやりたい事を見つけたんだ」
「……雄二から聞いていた……マサムネ君、だったか……そんなに好きなのか?」
「ばっ!? すすす、好きって……い、いや。好きだよ! 好きで悪いのかよ!!」
「……本気のようだな……本当は一度会ってみたかった。だが、彼の状況からして簡単に会えないのだろう?」
「……あぁ会いたくても、アイツは何処かへ行っちまう……だから、私はアイツを探す事に専念したい。リアルにいたら、私はアイツと同じ目線に立てない。一分一秒でも惜しい。アイツを探し出して、ぶん殴ってやりたい! それに……アイツにはあの世界しか居場所はないと思うから。私が傍にいてやらないと、アイツは……わんわん泣きわめくかもしれないからな!」
笑みを浮かべながら、私はマサムネの事を語る。
誰よりも優しいあの男は、誰よりも人肌を恋しく思っている。
独りで生きていけるような人間じゃない。
アイツは誰かが傍にいないと、心が枯れ木のようにしおれていく。
そんなアイツを支えるのなら、この世界を旅立たなければいけない。
アイツを取るか、家族を取るか……父さんには雄二兄さんがいる。
私がいなくても会社は回る。
私がいなくても、二人なら上手くやっていける筈で――父さんが言葉を発した。
「……死ぬかもしれないんだぞ? 死んだらもう復活できない。この世界を捨ててまで、その男に会いたいのか」
父さんは私を脅そうとする。
死んだら蘇られないのは知ってるさ。
仮想現実でも本物の世界だ。
偽物のままなら、何度でも蘇られる。
でも、それじゃ何時まで経ってもマサムネの気持ちは分からない。
父さんが意地悪でそんな事を言っていないのは理解している。
私の事を思っているからこそ、忠告をしてくれているのだ。
何もリアルを捨てる事は無い。リスクを冒さなくても、マサムネを探す事は出来ると――それは違う。
同じ目線に立って初めて見えて来るものもある。
同じ世界で生きなければ、気持ちを理解することは出来ない。
アイツを理解するなら、アイツと同じ立場に立つ必要がある。
今までアイツを守る為に覚悟を決めた人間たちのように――私も覚悟を決めた。
マサムネは、リアルに体が無い事を知って、死んだら復活できるかも怪しいと言っていた。
そんな中で、一度しかないかもしれない命を大切にしている。
それは、あの世界の住人として生きている事を表している。
私も決めなければいけなかった。この世界を選ぶか、あの世界を選ぶか。
私はもう覚悟を決めた。
あの世界で生きて、マサムネと共に生きると。
例え拒まれても、私はアイツを追いかけまわしてやる。
しわしわの婆さんになっても、アイツを探し出してやる。
そうして、アイツをぶん殴って抱きしめてやるんだ。
お前の相棒は私だと。
お前を一番愛しているのは――私だってな。
「父さん。私はアイツといたい。アイツの見ている世界で――生きたいんだ」
「……決意は固いか……母さんにそっくりだな」
父さんは笑う。
辛そうな笑顔であり、本当は認めていないのかもしれない。
でも、もう私を止めようとはしないだろう。
ゆっくりと父さんは手を引っ込めてから、ある物を私に渡してきた。
それは父さんが何時もお守りとして持っていたもので……私の手に置く。
「……これを持っていきなさい。先祖代々、受け継いできたお守りだ」
「……うん、ありがとう」
「……向こうに行っても、私はお前の父だ。会いにも行く……マサムネ君にも、会ってみたいからな」
「……何考えてんだよ」
会いたいと言っている割には目が鋭くなっている。
人殺しの目であり、会ったら碌な事にはならないだろう。
私は大きくため息を吐きながら、チラリとお守りを見る。
何が入っているのかも分からない紫色の袋で。
少しだけ重いそれからして、金属でも入っているのだろう。
中身は気になるが、父さんが開けないように言う。
開けたらお守りの効果が無くなるらしい……まぁ良いけどよ。
「……雄二も呼んで、食事をしよう。家族で久しぶりに話がしたい」
「……あぁ、そうだな」
父さんはソファーから立ち上がる。
そうして、固定電話で兄さんに電話を掛けているのを見ながら。
私はお守りを首から下げて服の下に入れた。
父さんから譲り受けた大切なお守りで……きっと私を守ってくれる筈だ。