【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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168:悪夢(side:オッドバルド)

 全てが終わった。

 ディアブロが死に、モーランバレスは静けさに包まれた。

 生き残った奴の兵たちは治安部隊に拘束されて。

 今頃は冷たい牢獄の中で、臭い飯でも食わされているのだろう。

 私の部下とロッキーニの部下は準備を進めていた。

 

 奴の築き上げていた全てを一新する。

 これからはよりビジネスの幅を広げて、あらゆる分野に参加する。

 薬に臓器売買、違法パーツの取引に傭兵の手配。

 殺しに護衛に、何でも出来るような人間を雇い入れて世界中に派遣する。

 無能な人間ではなく名の通った人間を雇用すれば、自動的に信用を勝ち取れるだろう。

 信用を勝ち取っていけば、取引相手も増えて利益も増えて良く。

 奴の築いてきたものは素晴らしいが、邪魔なものも存在する。

 

 奴は悪魔のような男だが、子供や身内には甘かった。

 人身売買はしていたが、子供に関しては自らが引き取って。

 教育を施して自らの手足となる優秀な人間を育成していた。

 私も奴の教育を受けた一人で……この制度は未来には不要だ。

 

 奴の作り上げた教育プログラムで確かに優秀な人材は育った。

 しかし、私という人間や他の人間は親である奴を裏切った。

 つまり、このシステムには欠点があったということだ。

 

 未来で自分も同じように殺されない為にも、教育プログラムは廃止する。

 そもそも、十年以上の時間を掛けなければその結果は分からないのに。

 時間や金を浪費するのは馬鹿らしい。

 子供を求めている人間は星の数ほどいる。

 教育を施して優秀な兵士に仕立て上げるよりも、売り払って金にした方が利益になる。

 だからこそ、私は即座に教育プログラムを廃止する為に兵士を動かした。

 今頃は、兵士たちがガキたちがいる”揺り籠”へ着いている頃だ。

 

 邪魔な子供を売り払い。

 奴が隠し持っている技術を奪う。

 臓器売買にしても、奴が何処でそれを仕入れてきたのかは謎だった。

 保存状態が良く、綺麗な状態の臓器を見たことがある。

 煙も酒も飲んだことが無い。

 それこそ、赤子のものかと思うほどに綺麗な肝臓など。

 

 奴は私が知らない技術を持っている筈だ。

 兵士たちに指示をして、奴の私邸を捜索させている。

 もう少し待てば、何かを見つけて連絡を寄越してくるだろう。

 

 優雅にワイングラスを揺らしながら、芳醇な果実の香りを嗅ぐ。

 上等な酒であり、今日この日の為にとっておいたものだ。

 私は小さく笑みを浮かべながら、ゆっくりと視線を向けた。

 

 一夜が明けてテラスから見える朝日を眺める。

 ゆっくりと水平線の彼方から昇りゆく朝日をテラスから眺めていた。

 美しく温かな日の光であり、今では煩わしく思っていた潮風すら心地いい。

 木の椅子に座りながら、私は対面に座ったロッキーニとグラスを合わせた。

 憎き相手であろうとも、今は笑みを浮かべながら酒を飲む。

 グラスに注がれたワインをゆっくりと飲む。

 口の中で転がしながら味を楽しんで、喉を鳴らして飲んだ。

 芳醇な果実の香りに、熟成されて深みが増した味。

 全てにおいて完璧なワインであり、使用人は無言でグラスに酒を注いだ。

 

 私は使用人を見る事無く。

 注がれたワインを楽しんで飲んでいた。

 全てに片をつけて、何もかもが上手くいった。

 あの男さえ始末できれば、この国を牛耳る事は容易い。

 

 ただ一つだけ不可解な事があった。

 

 それはディアブロが治安部隊の船を襲撃する時にいたという男に関してだ。

 その作戦に加わった男の名はマサムネであり、紛れも無くあの大罪人だった。

 世界を混沌に陥れて、あらゆるところで争いを起こさせた男の名だ。

 そいつがディアブロに接触して、奴の依頼を熟していた。

 船の襲撃は成功し、奴はこの国に残って決戦の日も戦っていた。

 

 結果から言えば、大罪人は死んだ。

 それも最期は命乞いをしながら、情けない死を遂げたらしい。

 大罪人の最期を見届けた総督は、この手柄を世界に公表していた。

 大罪人のマサムネは自らが指揮する治安部隊が始末して、その”遺体”も回収したと。

 

 

 妙な点は、ここだ。

 

 

 遺体を回収したと言うが、私が知っている情報ではマサムネという男は現世人であった気がする。

 現世人であるのなら遺体が残る筈も無い。

 遺体は霞のように消えて、新たな体を手に入れて復活する筈だ。

 しかし、奴が戦死した後に奴の体と魂が収容所に飛ばされる事は無かった。

 奴が乗っていた機体を調べれば、焼け焦げて黒くなった男の死体があったらしい。

 死体の損傷が激しく詳しく調べられなかったようだが、総督はアレがマサムネであると断言していた。

 

「……あり得ると思うか? あの男は現世人ではないと?」

「知らん。どうでもいい事だ……だが、証拠が無かったとは聞いている。奴がファストトラベルを使ったという記録は見つからなかったらしい。誰かが消したか、そもそも使った事が無いのか……前者であるのなら、態々、何故そんなことをした? する必要が無い上に、意味が無い。後者であるのなら、ただの馬鹿か或いは……いや、意味は無い。誰だって便利な道具を使いたがる。使わなかったなんてあり得ない。だったら、使えなかっただけだ。奴は正真正銘、この世界の住人だった。その証拠に、あちらの世界を調査した人間が、本物を見つける事が出来なかったというではないか。いたのは、顔が瓜二つの別人だった……考えたところで、答えは既に出ている」

「……本当にそうなのか」

 

 私はワインの注がれたグラスを揺らす。

 中心から円を描くように波紋が広がっていく。

 揺れる水面は見ているだけなら美しいが、そこに自分がいたらと思うとゾッとする。

 誰も中心なんて分からない。

 何が起きて中心から波が発生して、自分のいるところまでやって来るのかは分からない。

 気が付いたが最期であり、その時にはもう遅い。

 

 私がディアブロを殺した時。

 私は安心感を抱くと同時に、強い不安に襲われた。

 アレほどまでに周りを警戒していた男だ。

 信頼する幹部の前にも映像でしか現れず。

 誰であろうとも油断もせず背中も見せなかった男が、あの時はタワーの頂上にいた。

 

 自らの死を悟ったからか?

 最期に死にゆく街を眺めていたかったのか?

 

 違う。違う違う違う違う違う――全く違う。

 

 あの男が感情で動く事は無い。

 死を悟って諦めて、最期に潔く姿を現す事なんて無い。

 なら、何故、あの男はあんな場所で立っていた?

 

 殺すその瞬間まで、私は一切油断をしなかった。

 何処へ逃げようとも、確実に殺せるように手筈は整えていた。

 飛び降りて逃げようとも、伏兵を出して襲って来ようとも。

 万全の態勢を整えて、私はあの男と相対した。

 

 だが、結果はどうだ?

 

 私の心配は杞憂に終わり、奴はあっさりと私の手で殺された。

 精確に眉間を銃弾で撃ち抜いて、部下に死んでいるかも確認させた。

 すると、奴の心臓の鼓動は停止していて。

 その場で生体情報を調べれば、間違いなくディアブロ本人である分かった。

 

 あの男の死は、確認できた。

 確実にあの男はあの時あの場所で死んだ。

 死んだ筈だ……それなのに、私はまだ奴に怯えている。

 

 あの氷のように冷たい笑み。

 血のように赤い瞳で見つめられれば、体が氷のようになっていく。

 私は奴を殺そうとしていたが、それは何も地位や名誉が欲しかったという理由だけではない。

 私は何時も、奴の影に怯えていた。

 子供が親の愛情から逃げられないように、私自身も奴に縛られていた。

 

 恐怖や不安。それらを抑え込んで生きて来た。

 虚勢を張り、何時の日かその座を奪おうと計画して――遂に成し遂げた。

 

 だが、これは何だ。

 終わりを迎えれば、私は奴の支配から解放されると思っていた。

 しかし、私の心には達成感も大きな安心感も訪れない。

 あるのは奴の不可解な最期に対する疑念と増大した恐怖心だけだった。

 

 奴は死んだ。

 遺体も確認して、奴の亡骸は治安部隊に渡した。

 ディアブロの死亡を確認して、我々は此処へと呼ばれた。

 モーランバレスから少しだけ離れた場所にある小島で。

 死んだディアブロが此処から見える朝日が最高だからと建てた別荘だ。

 本来であれば誰であろうとも立ち入る事が出来ない場所で。

 此処へと立ち入る事を許可したのは治安部隊の総督だった。

 ディアブロが保有するもの全てを手に入れて奴は調子に乗っている。

 約束を無下にされるのではないかとも思ったが、そうはさせない。

 私は奴の弱みを握っていて、これを公開すれば奴の立場も危ういだろう。

 総督は我々が奴の弱みを握っている事を知っている筈だ。

 だからこそ、安易な手段を取る事が出来ない。

 何せ、我々が死亡すれば信頼している部下たちが動いて奴らの汚職の証拠を世界中に公開するからだ。

 

 決して約束を破らせはしない。

 裏社会で伸し上がった我々に恐れるものなどない。

 例え国家権力であろうとも、叩けば幾らでも埃は出る。

 それを見て見ぬフリをして欲しいのなら、それなりの対価を用意しなければならない。

 

 ワインを優雅に飲みながら私はほくそ笑む。

 そうして、コツコツと靴の音を鳴らしながら使用人が近づいてくる。

 その手には映像を投射する為の機械があって。

 笑みを浮かべる男は、投射機を地面に置いてからスイッチを押した。

 すると、すぐに椅子に座って煙草を吹かす男が現れた。

 肥え太った体に豪華な軍服を着て、見せびらかすように多くの勲章を胸につけた男で。

 しわだらけで醜い顔をしたこの男こそが、治安部隊の総督だった。

 

 我々が立ち上がって挨拶をしようとすれば奴は片手を上げてそれを止める。

 楽にするように言いながら、男は我々に視線を向けて来た。

 ジロジロと人の顔を見てきて、とても不愉快な気分だった。

 しかし、私は怒りを堪えながら、約束の件はどうなっているか聞いた。

 口調を穏やかに、丁寧に質問をすれば男は「あぁ」という。

 

 私はこめかみを引く付かせながら、努めて冷静にもう一度質問しようとした。

 口を開けて、開けて、開け――手からグラスが滑り落ちた。

 

 声が出ない。

 喉が焼けるように痛く、咄嗟に口元を抑えた。

 すると、がふりと大きくせき込んで手に何かが付着した

 震える手を、ゆっくりと顔の前に持って来て――私は大きく目を見開いた。

 

 真っ赤な液体。

 赤く赤く、嗅ぎなれた臭いがして。

 それが自分の体に流れていたものだと理解した瞬間に体から力が抜けた。

 テーブルクロスを掴んで椅子を倒して床に倒れ込んだ。

 ゴホゴホとせき込めば、口から真っ赤な血が吐き出されて。

 体中が寒く、頭がガンガンと痛みを発していた。

 強い吐き気を感じる。これは、間違いなく――毒だった。

 

「な、ぜ……うら、ぎて……ッ!」

《あぁ? 裏切ったと? 違う違う。鼻から私はお前たちなど――どうでもよかった》

「き、さま……」

 

 震える手で端末を取り出す。

 そうして、緊急連絡を使って部下に連絡をする。

 これで奴は終わりだ。

 部下が私の命の危機を感じ取ってすぐに行動する。

 此処へと駆け込んできて、奴の今まで行ってきた非道な行いの証拠を――何が、可笑しい?

 

 奴はくつくつと笑う。

 そうして、ゆっくりと説明を始めた。

 

《残念だが、君の愛する部下は此処へは来ない。いや、正確には何もしない。彼らは君では無くディアブロを崇拝しているから。奴自身の命令で何もしないように言われているのだよ……全く、あの男は最高だ》

「な、に、を……がはっ!」

《んん? 知らなかったのか? 君たちの派閥の人間はそのほとんどがディアブロに心を売っていた。奴は自らの命と、大罪人マサムネを差し出す事と引き換えに、愛する部下の命を守るように私に懇願してきた……誠に遺憾だが、約束は約束でな。収容された奴の部下たちは、即日、釈放した。今頃は、この国に戻って来ているだろう……まぁちっぽけな虫の命くらいどうでもいい》

「お、ぅ、ぁ」

《王ぅ? そんなものはお前たちが知らなくてもいい。どうせお前たちはじきに死ぬ。この国はよりよい国になる様に、私が全力で導いていく。だから、お前たちのような悪は安心して死んでくれ》

 

 奴は弧を描くように笑う。

 私は奴の腹立たしい笑みを見つめながら拳を強く握った。

 血が滲み出るほど握って、ポタポタと床を赤く染めていく。

 チラリとロッキーニを見れば、奴は白目を剥いて痙攣していた。

 ワインを多く飲んでいた奴の方が毒の効き目が早い。

 私はまだ意識はあるが……じきに死ぬだろう。

 

 悔しい。悔しくて悔しくて溜まらない。

 王になれる筈だった。

 全てが上手くいっていた筈だった。

 それなのに、あの男は、死んでも私を苦しめようとする。

 

 全てを理解したような顔で微笑み。

 我が子を愛する様に良の手で抱きしめる。

 しかし、その抱擁に温かさなんて微塵も無い。

 あるのは体を縛り付ける鎖のような冷たさだけだ。

 

 信じていた部下たちは、既にディアブロに寝返っていた。

 いや、最初から私の事など見ていなかったのか。

 当然だ。私と同じようにディアブロの教育プログラムによって育成されて。

 奴の洗脳とでもいうような教えを受けて来たのだ。

 私が異常なだけで、他の奴らの考えが正しい。

 

 地位や権力、多くの金を与えてやった。

 それなのに、奴らが敬っていたのは私ではない。

 あの冷淡な笑みを浮かべる悪魔の方で……映像が切れる。

 

 総督のクソッたれの笑い声が消えた。

 見れば、使用人がリモコンを握っている。

 奴が忌々しい奴の声を消してくれたのか。

 

 私はぼやける目で使用人の男を見ていた。

 黒い髪を短く切り揃えて、歳は十代後半か。

 スーツを完璧に着こなす男は、ゆっくりと私の前に立つ。

 そうして、片膝をつきながら笑顔で言葉を発した。

 

「今まで、お疲れさまでした。ゆっくりとお眠りなさい」

「ぁ?」

 

 この男は何を言っている。

 ゆっくりと眠れだと――ふざけるな。

 

 こんな小僧に舐められたまま最期は迎えられない。

 私は死に体の身でありながらも手に力を込めて立ち上がろうとした。

 しかし、体が少し起き上がったものの、自らの血で滑って――体を優しく包み込まれた。

 

 目の前のガキは、何を思ったのか私を抱きしめて来た。

 優しい抱擁であり、背中をゆっくりと摩られた。

 私は抵抗する事も出来ずに、徐々に体から力を失くしていった。

 最早、手足の感覚はほとんど消えていて、地獄の亡者の叫び声が耳元で聞こえるような気がした。

 

 待て。この感覚は、知っている。

 この抱擁の冷たさと、心を縛り付けるような笑み。

 手から感じるのは愛情でも何でもない。

 ただ相手の心を操る為の仕草で、私はゆっくりと目を開いていった。

 

 ガキはゆっくりと私の耳元に顔を近づける。

 聞きたくない。言うな、喋るな、声を出すな。

 私の心が強い拒絶反応を起こして、体の震えが増していった。

 しかし、小僧は、アイツは全く気にしない。

 

 

 あどけない顔で笑う男は、甘く囁くような声で――私を恐怖させた。

 

 

 

「さようならだ――”ブロンズ”・オッドバルド」

「――」

 

 

 

 その呼び名は、そのセリフは、それは、それは。

 それはあ、ああぁ、あぁあああ、ああああぁぁぁ――アアアァァァァァッッ!!!!!!??

 

 

 

 頭が真っ白になる。

 

 恐怖が心を支配して、私は叫びそうになった。

 

 しかし、もう私の体は動かない。

 

 この男は、紛れも無く悪魔だ。

 

 アイツは死んでいない。アイツは目の前にいる。

 

 意識が消えていく中で、私は最期まで心を震わせていた。

 

 心が、魂が、亡者たちの冷たくか細い手に掴まれる。

 

 

 そうして、ズルズルと漆黒の闇へと引きずり込まれていく。

 

 

 最期に私が見たのは、氷のように冷たい笑みを浮かべる男で。

 

 

 

 私は初めから奴の垂らす糸で操られていた人形だと気づいて――心が先に死に絶えた。

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