【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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169:鳥たちが向かう場所

 焦げ臭い。肉の焼け焦げた臭いに、ガソリンやオイルを混ぜ込んだ何かが一気に燃えた後の臭い。

 服から覗く肌にあたる風は本来なら冷たいだろう。

 しかし、少しだけ生温かいそれはあまり良いものに思えない。

 人々の雑音を耳から排除すれば、波のさざなみが聞こえてくる。

 静かに、静かに、自然の音が心を落ち着かせてくれる。

 

 気持ちのいい潮風に混じって、炭の様な臭いが鼻につく。

 高級な炭の上品な匂いじゃない。

 上品な香りであれば、眉を顰める事も無い。

 安らぎを感じる筈の匂いで、苛立ちを感じることも無いのだ。

 

 この臭いは、もっとこう、野性的というか……兎に角、臭かった。

 

 ゆっくりと足を進めて、道行く人間を眺める。

 そうして、ふと視線を向けた先には一本の竹竿が刺さっていた。

 元の持ち主がどうなったかは分からない。

 しかし、近くにはいないようであり誰も見向きもしていない。

 近づいてから瓦礫に刺さっていた竹竿を抜き取って、それを持って港に行く。

 じゃりじゃりと砂利を踏む音。そして、砂利に混じって転がっている炭化した骨。

 生きていた者の残骸を踏みしめがら、俺は海の見える場所に着いた。

 メリウスの残骸が海に浮かんでいて、黒い羽の鳥たちが止まっていた。

 慌ただしく動いている人間と、それを監視している武装した兵士たち。

 ぐるりと周りを見渡してから、俺は隣の彼女と共に腰を下ろした。

 セメントで出来た半壊した防波堤の上に座りながら、チラリと下に視線を向けた。

 

 拾った釣竿に、そこらへんで死んでいたよく分からない虫を付ける。

 針にさせば体液が漏れ出してきて眉を顰める。

 指に付着したそれを床にこすり付けてから、俺は竿をしっかりと握った。

 そうして、勢いよく振ってから海へと投げた

 ポチャリとウキが沈んで浮上する。

 破壊されてボロボロになってしまった港を見ながら、俺と彼女はただボケっとしていた。

 

 静かな時間が流れる中で、周りの慌ただしさは俺たちの耳には聞こえない。

 彼らは彼らの世界があって、俺たちには俺たちの世界がある。

 奴隷は強制的に働かされ、持たざる者はただ時間を浪費していくように……。

 

 今の俺は持たざる者だろうか?

 

 昨夜の戦いはまるで夢のようだった。

 悪夢のような時間だったが、夢のように感じていた。

 ディアブロが死に、メイとカルロも殺されて。

 俺自身も殺されて……今も、夢の中のような気分だ。

 

 体を見ればまだ手も足もある。

 意識もはっきりとしていて、隣には彼女もいた。

 死んでいない。なら、此処は天国でも地獄でも無い。

 最低最悪の悪魔の島で、荒れ果てたその地に足をつけていた。

 

 街はひどいものであり、メリウスの残骸やら倒壊した瓦礫の残骸が散乱している。

 身元不明の死体が転がっていて、男か女かの判別もついていないかもしれない。

 今は、治安部隊の人間や事件の知らせを受けて駆けつけてきた”善良な”ボランティアの人間たちがいる。

 彼らは落ちている光物や値打ちのある物をポケットに忍ばせながら、笑みを浮かべて瓦礫を除けていた。

 そして、他には首輪をつけられて汗水垂らして働いている元住人達もいる。

 悪党としての彼らの人生は終わって、今では立派な作業員だ。

 ディアブロの幹部たちがどうなったかは知らないが、恐らくは生きているのだろう。

 

 奴隷となってしまった元住人もいれば。

 解放されて別の国へと行った人間もいると言う。

 奴が話していた計画通りに事は進んで、奴の約束も果たされたのだろう。

 死んでも約束を守らせるほどの絶大な影響力。

 どんな手を使ったのかは分からないが、考えない方が良いだろう。

 

 メイもカルロも、奴の計画通りなら生きている。

 現に俺も彼女も生きていた。

 大罪人であるマサムネは黒焦げの死体になって、彼の仲間であるサイトウは廃人になり連行された。

 死体は今頃は魚の餌にでもなっているのか。

 サイトウは廃人となって、収容所で元気に暮らしているのか――脇腹を小突かれる。

 

 俺の考えを読んだ彼女は少し怒る。

 俺は小声で謝罪しながら、釣れるかも分からない魚を待った。

 釣りなんて経験した事は無い。

 見よう見まねであり、これで正しいのかも分からない。

 しかし、やってみれば案外楽しいものだ。

 釣れるか釣れないかは分からないが、それが楽しい。

 

 俺は笑みを浮かべながら魚を待って――足音が聞こえた。

 

 コツコツと靴の音を鳴らしながら近寄って来た二人組。

 カチャカチャと金属のすれる音が聞こえてくる。

 ライフルを所持していて、防弾スーツも着用しているのだろう。

 十中八九が治安部隊の人間で、視線を向けずとも分かった。

 黙ったまま釣り竿を垂らしていれば、近寄って来た男に声を掛けられる。

 顔を見せろと言われて、俺と彼女はゆっくりと顔を見せた。

 

 ジッと視線を向けていれば、男は舌を鳴らして不機嫌そうな顔をした。

 

「……チッ。もういい」

「……どうも」

 

 朗らかに笑いながら、頭の帽子を上げる。

 彼女は無言で視線をウキへと戻した。

 

 此処に座っているのは、よれよれの茶色いスーツを着た”年寄り”だけだ。

 しわくちゃの顔に、外見年齢には不釣り合いな声で。

 隣に座っている不愛想な老婆も、ただの老人だ。

 

 俺と彼女は視線を戻しながら息を吐く。

 彼がくれた装置は胸ポケットに大切に仕舞っている。

 今もちゃんと機能していて、俺たちの見た目を完璧に誤魔化してくれていた。

 便利な道具であり、これさえあれば一々変装する時間も必要ないだろう。

 

 まぁ実際に顔に触れられれば一発でバレるがな。

 

 マサムネという男は死んだ。

 サイトウという人間も今では収容所の中だ。

 此処にいる老人二人は、そんな彼らの影と言うべきか。

 

 世界中に発信された内容だ。

 覆る事の無い真実であり、総督自らが力説してくれた。

 二人の大悪党は、もう二度と市民の前には現れないと……嬉しい事だ。

 

 立場のある人間が発言すれば、誰であろうと簡単に信じる。

 ディアブロの計画通りに事は進んでいて……後は待つだけだ。

 

 コックピッド内で激しい閃光に包まれながら、俺のパイロットスーツに内蔵された装置は無事に作動した。

 帝都博物館で初めて見た簡易転送システムと似たもので。

 短距離の移動を可能にするそれによって、俺はコックピッドから脱出した。

 まだ広く普及していない装置であり、治安部隊の総督もそれを使って脱出するとは考えていなかったのだろう。

 

 ファストトラベルがインターネットの様なものなら。

 簡易転送はローカルネットだろうか。

 ファストトラベルは世界中のあらゆる場所へと転移できる反面。

 使用すれば国の記録に残り、それを消せるのは一部の特権階級の人間か。或いは凄腕のハッカーか。

 簡易転送はそのデメリットを補うように、使ったとしても記録には残らない。

 封じる事も実質不可能で、デメリットがあるとすれば極短い距離でしか使えない所だろう。

 

 ディアブロは簡易転送の利便性に着目して俺に使わせた。

 バレるかどうかは五分五分であり、俺は下手な芝居をするはめになった。

 しかし、結果から言えばギリギリまで発動を控えたお陰で俺の死は偽装できた。

 それも全て、ディアブロの計画通りで……少しだけ腑に落ちない所はあったがな。

 

 不満はあったし、死ねと言われて驚きもした。

 まぁそれでも、それが一番いい方法だと納得して実行したのは俺だ。

 そうして、閃光と共に転移して俺は燃え盛る街を走った。

 ディアブロの計画通りに地下へと潜って、そこにあった別の服に着替えて、変装用の装置を起動した。

 後は機を見計らって外に出て、何食わぬ顔で街を歩いていればいい。

 合流地点には既にサイトウさんらしき人間がいて、俺は彼女が無事だった事を喜びながら此処まで来た。

 

 焼け焦げて損傷の激しい死体とは、あの黒い袋に入れられていたものだ。

 事前に用意しておいた死体であり、調べようにもあの爆発で残っていたのが奇跡に近いだろう。

 疑われる可能性もあったが、あの総督はすっかり信じてしまった。

 焼け焦げていたものの、死体は俺と同じパイロットスーツを着用していた。

 その切れ端が見つかって、俺が乗っていたメリウスから死体が見つかったのだ。

 態々、死体を載せて戦闘を行うような狂人はそうはいない。

 分かるように通信を繋いだのも、奴自身の目で確かめさせる為だった。

 俺以外に人の気配は無く、薄暗いコックピッドの中には黒い袋が一つ。

 俺という人間を目の前にして、別の場所に視線が行くのならそいつは大物だ。

 奴の記憶にそれが残っていなかったのなら、奴は大物ではなかったということで……そのお陰で俺は自由を手に入れた。

 

 世界中に自らの功績を発信してくれたのだ。

 奴の息の根は確実に止めて死体も回収したと。

 市民の皆さんは安心して日常生活を送って欲しい、と。

 これで疑いを持つような人間はそうはいないだろう。

 

 

 問題はディアブロだ。

 

 

 奴は死なないと俺に言っていた。

 しかし、総督はディアブロも死亡したと言っていた。

 それも偽りであるのなら――車の音が聞こえてくる。

 

 視線をゆっくりと横に向ける。

 すると、小さな黄色い車が道路を走って来た。

 可愛らしい車体であり、運転席には黒いサングラスを髭面の男が乗っていた。

 赤いメッシュが特徴的であり、緊張した面持ちのその男は間違える筈も無くディーノだった。

 後部座席にも誰かが乗っているが、良くは見えない。

 

 ぽろろと音を立てながら、小さな車はゆっくりと停車した。

 そうして、エンジンを停止してから助手席から男が降りて来る。

 彼は眩しそうに太陽を片手で隠して目を細める。

 ゆっくりと此方へと歩み寄って来て、俺の隣に腰を下ろした。

 

 人懐っこい笑みを浮かべる男。

 黒髪黒目で細身の体つきをした青年で。

 十代後半であろう若い見た目の彼は、俺に声を掛けて来る。

 

「釣れそうかな?」

「……あぁ大物が釣れたよ」

「……そうか……ふふ、君の勘は侮れないね」

 

 男は笑みを浮かべながらウキを見つめる。

 俺もウキを眺めながら、男に幾つか質問した。

 

「……王にはならなかったのか」

「ん? なるよ。だが、目立つ存在じゃない。私は影の王とでも言うべきか……表に立つ王は、既に準備を終えている。治安部隊が発足されてからずっと、この時を待っていたのだからね。狙い通りに、私の可愛い駒が正当な王になる……私は裏から、この国を守っていくよ」

 

 影の王か。

 ”ディアブロ”らしい選択だ。

 それに納得しながら、俺はまた一つ質問をした。

 

「その体は何だ。俺たちと同じか?」

「はは、違うよ。これは正真正銘、肉の体だ……君の言いたいことは分かる。私は君に死なないと言っていた。だが、実際には私は全くの別人となって君の前に現れたのだからね。これは謝罪するよ。驚かせてしまって申し訳ない」

「……クローン技術か。いや、それに似たもの……ゴースト・ラインの技術を何故、持っている」

 

 俺が質問すれば、彼は大きく息を吐く。

 そうして、首を左右に振りながら目を細めた。

 

「私にとっては奴らは憎き商売敵だ。だが、彼らも私と同じ考えを持っている訳じゃない。彼らは私にも取引を持ち掛けてきて、私はそれを受け入れた時がある。その時に人間を人工的に生み出す術と、生前の記憶のインプットの方法を教えられた……まさか、こんなところで役立つとは思わなかったけどね」

「……何を対価に支払った」

「あぁそれは言えないね。彼らとの約束だからね。これでも取引は公正に行うのが私の主義だから。悪いね」

 

 ディアブロは悪びれもせずに謝る。

 俺は口をへの字に曲げながら、ゆっくりと言葉を発した。

 

「……全てがお前の計画通りで。こうなる事が見えていたのなら、何故、こんな大掛かりな方法を取った。自分の命を差し出すだけなら、もっと他にも」

「――無いよ。それは無い」

 

 ディアブロは断言する。

 チラリと奴の顔を見れば、曇りの無い眼でウキを見ていた。

 

「他の二つの陣営の幹部が私の部下であっても、私の命を差し出す事が出来ても……ピースは足りていなかった」

「……そのピースが俺たちか?」

 

 俺がそう言うと、奴はくすりと笑う。

 そうして、小さく頷きながら肯定した。

 

「そうだよ。君という存在が必要不可欠だった。私や他の人間の命だけでは足りない。君という世界の敵こそが、最も必要だった……私は正しいだろ? 思っていた通り、この国は正式な国として認められて正当な王が生まれる。クリーンな国を作る為に、悪党たちは一掃されたが……私との約束で、幹部たちは即日解放された。ほとんどの人間は顔を変えていて、バレる事は無い。メイとカルロは……ほら、あそこだ」

 

 彼が指さした方向に視線を向ける。

 すると、彼が乗って来た黄色い車の後部座席には二人が乗っていた。

 カルロは疲れていたからなのか爆睡していて。

 メイは運転席の肩の部分に肘をつきながら俺を見つめていた。

 笑みを浮かべながら、顔の横で手を開け閉めしている。

 俺は小さく笑みを浮かべながら、彼女たちの無事を喜んだ。

 

「他に質問は? 無ければ、君に約束のものを」

「――何で、俺たちを助けた」

 

 最期に一つだけ聞きたいことが残っていた。

 それは悪魔の島の王とまで言われた男が、何故、俺を救ったのか。

 俺の命を差し出すだけなら、幾らでも方法はあっただろう。

 だまし討ちをするなり、毒殺するなり……理由が知りたい。

 

 俺が質問をすれば、奴はゆっくりと説明をした。

 

「君が必要だから。君という存在だけが、ゴースト・ラインに対抗できる……私は欲深い人間だからね。一つよりも、二つを得る方が嬉しい。君という人間を差し出して国を手に入れ、君という存在を救って憎き敵を滅ぼす……私の考えは間違っていないだろう?」

「……可笑しな奴だ。たった一人の人間が、巨大な組織を潰せると本気で思っているのか?」

 

 俺は笑みを浮かべながら問いかけた。

 すると、奴はしっかりと頷いた。

 

「私は人を見る目には自信がある。君はこれからもっともっと成長する。そして何時の日か、大勢の人間を救う本物の英雄になるかもしれない……私はそんな未来の君に投資した。無駄にはしないでくれよ?」

 

 ディアブロは笑う。

 その氷のような目を向けられれば誰であろうとも体が震えるだろう。

 しかし、俺は奴の言葉を聞いて笑みを深めた。

 

 期待しているのなら、投資するというのなら――やるしかないな。

 

 俺はしっかりと頷いてからハッキリと言葉を発した。

 

「無駄にしない。取引なら、必ず果たす……俺がゴースト・ラインを潰す」

「……そうか。なら、君にはこれが必要だろう」

 

 ディアブロはポケットから何かを取り出した。

 それは薄く小さなケースであり、中を開けばチップが入っていた。

 端末に差し込む為のチップで、奴は説明をした。

 

「その中に、彼女の現在の居場所が記されている。私以外の人間は知らない情報だ。好きに使うといい」

「……ありがとう」

 

 俺はディアブロに礼を言う。

 そうして、竿をゆっくりと引き上げた。

 長々と話していたせいで、餌は既に無くなっている。

 サイトウさんは残念そうにしていて、ディアブロは笑っていた。

 俺は竿を地面に置いてから、その場を去ろうとした。

 しかし、ディアブロに呼び止められて振り返った。

 

「伝言がある。メイからだ――旅の話を、楽しみにしていると」

「……分かった。待っていてくれと伝えてくれ」

 

 チラリと車を見れば、メイは優しい笑みを浮かべていた。

 何時の間にか起きていたカルロはメイに何かを言っている。

 すると、メイは真顔になって隣に座る兄に殴りかかっていた。

 車が激しく揺れていて、ディアブロはため息を吐きながら戻っていった。

 

 最後に彼はピタリと足を止めて振り返る。

 そうして手を振りながら、声を掛けてきた。

 

「良い旅を! 君たちの幸運を心から願っているよ!」

 

 俺は無言で手を振って足を動かす。

 サイトウさんと一緒に歩きながら、焦げ臭い街を後にする。

 これからこの国は生まれ変わるのか。

 いや、生まれ変わったとしてもあの男がいるのだ。

 奴がどんなに救世主として振舞おうとも、その心は悪であることに変わりはない。

 

 だが、奴は俺にとっては……いや、止めておこう。

 

 お互いの関係性何て、考えても仕方のない事だ。

 取引をして命を懸けたが、それで信じてしまえば悪魔の思うつぼだ。

 俺は足を動かしながら小さく笑う。

 

「影の王か……高くついたな」

 

 奴の期待を背負って、俺はケースをポケットに仕舞う。

 そうして、この国での出来事を記憶に刻んで、水平線の彼方を静かに見つめた。

 すると、鳥たちは鳴き声を発しながら勢いよく空へと羽ばたいていく。

 バサバサと羽を動かして大空を舞う鳥たちは何処へと向かうのか。

 俺は小さく笑って空を舞う鳥の群れを見送った。

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