【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
――夢を、見ていたような気がする。
決して全てが楽しい夢では無かった。
色鮮やかな世界が広がっていたが、希望も未来も存在しなかった。
人の温かな感情を知り、人の残酷な冷たさを知った。
言葉が人を救うのなら、言葉で人を殺す事も出来る。俺は夢でそれを知った。
綺麗な笑みを浮かべたあの女性は、間違いなく俺の母親だった。
そして、あの研究所で俺に色々な事を教えてくれた人間たちも家族だった。
だけど、もう彼女らはこの世にはいない。
釣りを教えてくれた修二も、愛情表現が強かった髭面のライアンもいない。
美しかった満開の桜が見える公園も、茜色に染まって温かな色に包まれた河川敷も。
俺が生まれた研究所も、彼女たちの家も存在しない。
全部――俺が破壊した。
守るべき妹すらも捨てて狂った科学者の手を取ってしまった。
その結果、俺は人を効率的に殺す為だけのパーツにされた。
知らなかった。何も分からなかった……そんな言い訳は通用しない。
間接的だったとしても、頭脳としてバトロイドを操ったのは俺だ。
彼らの視線を通して、俺は多くの人間の死に際を見た。
誰もが目から光を失って、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で叫んでいた。
目の前の心の無い機械へと銃を乱射して、機械たちはそんな人間を無差別に殺していった。
あの科学者こそが、ブラドレン・アザーロフだ。
自らの楽しみの為だけにバトロイドたちを俺に操作させて、戦争を引き起こさせた。
取り返しのつかない事を仕出かしたが、世界が終わる事は無かった。
俺がいた場所は、アザーロフの私兵によって厳重に守られていた筈だ。
しかし、あの場所には俺の母であるツバキがいた。
炎の海の中で、施設が倒壊していく光景を覚えている。
彼女は全身を自分の血で染め上げて、手に拳銃を持っていた。
彼女がどうやってあの場所にたどり着いたのかは分からない。
どうやって、俺があそこへ運ばれたのか知ったのかは分からない。
だが、彼女は俺の活動を停止させるためにあの場所へとやって来た。
それだけは分かる。いや、それだけしか今は分からない。
命を懸けてあの場所にたどり着いて。
全ての罪と共に俺を眠らせようとした。
優しい彼女は、俺を一人にしない為に自らも命を絶った。
全てを破壊して、思い出すらも消してしまっていた俺。
自分を人間だと思い込み、今の今までのうのうと生きて来た。
でも、それももう出来なくなる。
真実を知り、世界があぁなった原因が自分だと知ってしまった。
本物の人間を目指した男は、肉の体を持たないただの機械で。
夢を見る事が出来ても、それを叶える事は絶対に出来ないと知った。
愛する家族たちから突き放されて。
守るべき妹を自分から見捨てて。
最後まで自分を信じてくれたツバキですら……俺は死なせてしまった。
許されない。許されてはいけない。
過去の記憶であったとしても、どんなに時が経とうとも。
この罪が消える事は決してない。
この世界で敵となった俺は、現実世界でも敵であった。
もしも、この真実をゴウリキマルさんたちに話せばどうなる?
軽蔑されるか、信じられないと一笑に付されるか。
或いは、拒絶されて……また一人になるのか。
分からない。何も分からない。
俺は大蔵研究所で生まれた意思を持つロボットだ。
しかし、今は仮想現実世界で人間として生きている。
肉の体を手に入れて、マサムネという同じ名前を持っていた。
誰が、俺をこの世界に導いた?
誰が、俺にこの体を与えた?
何の目的があって、俺はこの世界に生まれた?
何の目的があって、俺は自分の記憶を消されていた?
何故、何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故――何故なんだ。
探し求めた真実は、あまりにも残酷だった。
到底、受け入れられるような物ではない。
未だに俺の心は真実を知った衝撃で、今にもガラスの様に砕け散りそうだった。
しかし、ここで心を閉ざしてはいけない。
俺には使命がある。
ツバキや修二、ライアン。
そして、他の職員たち……彼らを死なせた俺にも、まだやるべき事がある。
それは、ゴウリキマルさんやショーコさんたちを守る事だ。
この世界で初めて出来た俺の友達を、今度は守って見せる。
現実世界でロボットとして生きた俺が、この世界では人間として生きている。
例え、仮初の肉体だったとしても、俺はこの世界で生きているんだ。
迷うな。止まるな。進め。進んで――未来を勝ち取れ。
もしもこの世界で、また大切な人を失くせば。
俺は死んでいったツバキたちに顔向けできない。
妹であるアルタイルにも、謝る事が出来なくなる。
兄である俺を慕ってくれた彼女を一人ぼっちにしてしまったのだ。
もしも、また会えたのなら、俺は彼女に好きなだけ殴られてもいい。
アイツが俺の死を望むのなら、命を捧げても構わな……いや、待てよ。
俺がトロイたちに会った時に、抱いた違和感。
兄弟である二人を見て、俺自身にも兄弟がいると感じていた。
それは気のせいでは無かった。俺にはアルタイルという妹がいた。
そして、妹は俺が去っていった後にどうなったのか。
同じ機械の体を持ったロボットだ。
寿命などは存在しない。だからこそ、死という概念も存在しない。
俺が世界の敵となり、闇に葬られたとして。
俺と同じスペックを持つ彼女が、狙われない保障なんて無い。
恐らくは……捕まったのか。
何をされたのかは想像もしたくない。
想像を絶するほどの苦痛であり、耐えがたい怒りを覚えた筈だ。
そんな彼女も、俺の考えが正しければ――生きている。
この仮想現実世界で生まれ変わった俺だ。
ならば、同じ境遇の彼女もこの世界にいたって不思議ではない。
そして、俺は彼女と”再会”している。
姿形は変わろうとも、彼女は俺を兄であると認識していた。
歪んだ感情を俺に向けて、心が凍り付くような笑みを浮かべていた。
しかし、それでも、彼女は俺の妹であるアルタイルであると断言できる。
何が彼女を変えたのか。
何が彼女を生かしたのか。
それすらも分からないが、彼女が生きているのならやる事は一つだけだ。
彼女に会って――彼女ともう一度、話しをする。
意識が覚醒していく。
深海に沈んだ体が急速に浮上していくように。
意識が心の表層の光に吸い寄せられていった。
そうして、意識が完全に浮上して――俺は完全に覚醒した。
暗闇の中で、俺はゆっくりと自分の瞼を開けた。
暗い世界が光で満たされて、真っ白な天井が目に映った。
死んではいない。恐らくは、記憶を思い出したショックで気絶したのか。
体をゆっくりと起き上がらせて――目と目が合う。
綺麗な青い瞳をぱちくりさせて。
ゆっくりと伸びていった手はスパナを持つ。
そうして、それを徐に振り上げて――ちょ!
「待って待って! 待ってください!」
「……ぅ」
俺は両手を振って彼女に待ったを掛ける。
すると、彼女は目を潤ませながらゆっくりとスパナを持った手を下ろす。
そうして、必死に涙を堪えながら「ごめん」と呟いた。
俺はキョトンとした顔をする。
彼女の鼻を啜る音を聞きながら、俺はゆっくりと状況を理解した。
そうして、笑みを浮かべながら彼女の手を握った。
「……ゴウリキマルさんが謝る事なんて何一つありませんよ……俺はようやく自分を知る事が出来ましたから」
「……でも、お前の心は……それを受け入れられないんじゃないのか? だから、お前は意識を……」
彼女はちゃんと気づいていた。
俺が意識を失った理由も、アルバムがトリガーになった事も。
その上で、自分の責任だと言っている。
「……確かに、今すぐに受け入れられるようなものじゃありませんでした……すごく後悔して、すごく心が痛くて、今にも崩れ落ちそうで……でも、俺は目を背けてはいけなかった。忘れたい記憶でも、俺は覚えていなくちゃいけなかったんです……想像していたものじゃなかったけど、俺は真実が知れて良かったと思っています。だから」
「――嘘だ」
「……」
彼女は真っすぐ俺の目を見ながら、俺の言葉を否定した。
嘘をついた覚えはない。でも、彼女には俺の真意が分かるようで。
ジッと俺の目を見つめながら、彼女はゆっくりと言葉を発した。
「……受け入れ難いんだろ……意識を失うほどの記憶だったなら、そんなにあっさり受け入れられるもんじゃない……お前は、迷ってる。真実を知って、過去の記憶を取り戻したけど……それを私たちに聞かせるべきかどうかを」
「……そんな事は」
「……マサムネ。いいんだ。迷っても、無理に言わなくても……例え、お前の過去がどんなにひどいものだったとしても、私たちには関係ない」
ゴウリキマルさんはゆっくりと目に溜まった涙を拭う。
そうして、綺麗な笑みを浮かべながらハッキリと言った。
「――私たちは、お前の仲間だ。お前を、拒んだりはしない」
「……!」
彼女の笑みが、ツバキと重なる。
温かく柔和な笑みで、そっと頭を撫でてくれたツバキ。
彼女の笑みを見るだけで心が奥底から温まっていったのを思い出す。
どんなに傷つこうとも、どんなに無視され拒絶されようとも。
彼女の笑みが俺の心の傷を癒してくれた。
冷たくなり凍えそうな心が、気持ちのいい温もりに包まれたのだ。
今、彼女の笑みを見て――それを感じた。
俺はゆっくりと心臓に手を置く。
掌を通して心臓の鼓動が伝わる。
ドク、ドク、ドクと静かに。それでいて力強く鼓動している。
壊れかけた心の罅が、少しずつ無くなっていくような気がした。
我ながら単純だ。好きな人の笑顔一つで、心の傷が癒えるのだから。
俺は口角を静かに上げる。
ゴウリキマルさんは行き成り心臓を抑えた俺を見て心配していた。
彼女が慌てているのを見ながら、俺は首を左右に振る。
「……痛い、訳じゃないんです……心が温かくて、嬉しいんです……ゴウリキマルさんの言葉が、俺に勇気を与えてくれる……何時も、貴方を感じていました。遠く離れていようとも、ゴウリキマルさんやショーコさん。トロイやオッコにレノア。多くの仲間たちが、俺に少しずつ勇気をくれた……今はまだ、貴方に話す事は出来ません。心の準備が必要なんだと思います……でも、絶対に話します。俺は仲間を……ゴウリキマルさんを信じていますから」
「……そうか。なら、私は待つよ……何年、何十年だろうと……死んだって、待ち続けてやるさ。それが、相棒だからな」
彼女は手を離す。
そうして、拳を握って俺の前に出した。
俺はそれを静かに見つめて、ゆっくりと自分の手を出した。
お互いの決意を静かに当てて、互いの約束を結ぶ。
俺は彼女に何時か全てを話すと。そして、彼女はそれを聞くために何時までも待つと。
なんて事は無い口約束だ。しかし、俺にとっては意味のある約束だった。
真実を伝えるのなら、俺は彼女に最初に教えたい。
恐れや不安はあった。しかし、彼女のお陰でそれも無くなりつつある。
俺は彼女を信じている。離れていった俺を、まだ相棒だと言ってくれる彼女を――俺は信じたい。
俺はベッドから起き上がる。
ゴウリキマルさんは無理をするなと言うが、今は少しでも時間が惜しい。
準備は既に整っているだろう。
ならば、俺が決断すれば次に進める。
俺はゴウリキマルさんの前であっても気にせずに服を脱いだ。
彼女は両目を塞いで顔を赤くしていたが気にしない。
「進みましょう。例え困難が待ち受けていても……一緒なら、乗り越えられる」
「……ケッ。少し見ない間に、随分と頼もしくなったもんだな……いいさ。地獄だろうと魔界だろうと、ついて行ってやるよ……もう、一人で行くんじゃねぇぞ」
「……はい。一緒に、行きましょう。未来へ」
ゴウリキマルさんは後ろを向きながら答える。
俺はパイロットスーツに着替えてから、ジャケットなどを羽織ろうとする。
瞬間、島全体が大きく揺れた。
天井からパラパラと埃が落ちる。
俺は倒れそうになった彼女を抱きとめながら、何があったのかと周囲を見た。
すると、遅れて警報が鳴り響く。
敵の襲来を知らせる警報であり、今、この島は敵からの攻撃を受けている。
何度も小さな揺れが起きており、この島の安全が脅かされていると嫌でも分かる。
俺は目を鋭くさせながら、彼女の手を取って行こうと言った。
彼女は静かに頷きながら俺の手を強く握る。
ヘルメットを装着してシールドを展開して、俺たちは部屋から出て走っていく。
時折、すれ違う職員は取り乱して慌てていたが、それを気にしている余裕はない。
敵の襲来。想定外の攻撃だろうと関係ない。
今までも、数多くの困難を乗り越えてきた。
だったら、この程度は――問題ない。
彼女の手をしっかりと握りながら、俺は未来へと足を進めていった。