【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
マサムネの戦闘を確認する。
船の映像を盗み取り、何度も何度も確認した。
幹部と思わしき軽量タイプのメリウスと他とは違う空気を纏う無人機一機。
連携が取れていた敵に対して、彼は柔軟に対処して任務を果たした。
迷いは無かった。戦いに対して疑問を抱いた様子も無い。
しかし、意識を失った原因は何だ?
戦いに対してのセンスを持ちながら、その心構えは不明瞭だ。
戦闘中に迷いは無い。だが、帰還してからの顔色が優れない。
後悔を感じて、何かに耐えているような表情を何時も浮かべていた。
まるで、理解できない事でもあるかのように……私にとってはどうでもいい。
操縦技術は問題ない。戦闘能力も想定よりも遥かに上のレベルだ。
雷切・弐式のスペックと彼の戦闘能力があれば大抵の敵なら問題なく殺せるだろう。
欲を言うのであれば、どんなものでも使うという気概を感じさせて欲しい。
敵の友人でも、家族でも何でもいい。
相手の判断を誤らせて、能力を削ぐことが出来ると思えばそれを迷わず利用する知恵をつけて欲しかった。
それさえ出来れば、もしかしたら……いや、ダメだ。
――まだ奴には届かない。
どんなに強いメリウスを手に入れても。
どんなに卓越した操作技術を持っていたとしても――それでは足りない。
奴には躊躇いが無い。
奴には迷いが無い。
判断を誤る事も無ければ、何かに動揺することも無い。
大切な家族もいなければ恋人もいない孤独な傭兵。
世界で最も恐れられ、世界で最も理不尽な男。
あの男の心臓を穿つ為には、まだ何もかもが足りない。
目の前の敵を淡々と殺し、無垢な命でさえも弄ぶ。
奴には罪悪感というものが無い。
いや、心と呼べるものがあるのかさえ怪しい。
ただ敵を殺す為に生まれて、どんなに強大な敵であろうと確実に殺す。
人間としては私以上のクズであるが、奴の腕は認めている……本当は認めたくも無いが。
マサムネには何でもしてやれる。
彼が望むのならどんなものであろうと与えよう。
それをする価値は十分にある。
今までの調査と情報収集で、彼の価値はどんどん上がっていた。
天賦の才と表せるパイロットしての腕。
並外れた戦闘スキルに加えて、事戦闘に関しては高い学習能力を持っている。
まるで、カラカラに乾いたスポンジのように、経験や知識を与えればすぐに吸収する。
奴はもっと強くなる。もっともっと強くなって――奴を殺してくれる筈だ。
私だけではダメだ。
私一人では奴の首を取る事は出来ない。
だが、マサムネであれば……オーバードを手に入れたマサムネがいれば。
オーバードのパイロットして適性があるとあの眼鏡の女はほのめかしていた。
奴は何かを隠している。マサムネには正直に話しても、私には決して何も明かさない。
抜け目のない女であり、殺す事が出来たのならどれほど楽だったか。
拷問をすれば情報を吐くかもしれないが、それをすればマサムネからの信用を失う。
告死天使と敵対した今。マサムネからも敵意を向けられるのは本意じゃない。
私の目的は昔から変わっていない。
アイツを、告死天使を、アルフォンスを――”殺せる人間”を見つけ出す事だ。
奴への復讐だけを誓って生きて来た。
力を求めて多くの敵を殺し、戦場で再会した奴を殺そうとした。
しかし、私にはそれが出来なかった。
迷った訳ではない。確かな殺意を持って全力で奴を殺そうとした。
万全の準備を整えて、奴にとって不利な状況で戦闘に臨んだ。
私の他にも手練れの傭兵がいて、奴は逃げる事も出来なかった筈だ。
得意の接近戦なんてさせるつもりは毛頭なかった。
徹底的なまでに奴を追い込み確実に殺そうとした。
……出来なかったのは、私と奴の間で圧倒的なまでの力の差があったからだ。
奴との戦闘はほんの僅かな時間で終わった。
手練れの傭兵たちは一瞬にして一刀両断されて。
近接戦をさせるつもりなど無かったのに。
奴は瞬きの合間に接近して、私を軽く弄んだ。
まるで、私自身の恐怖心を煽るような一方的な戦い方で。
最後まで抵抗したが、私の機体は限界まで装甲を削り取られてダルマにされた。
無残に転がり意識を失った私はそのまま奴に捕まり……。
多くの敵を殺して名を上げて来たから分かっていた。
奴との差は機体性能だけではないと。
戦闘のセンスも、イレギュラーとしての力も、何もかもが常識を超えていた。
マサムネが数秒先の未来を見る事が出来るのなら、奴は更にその上を行く。
全ての未来が見えているように、此方の攻撃をかすりもさせない。
碌な武装もしておらず、たったの二本のブレードだけだ。
それでも、私の弾丸は全て回避された。
そうして、捕まった私は、奴から執拗なまでの拷問を受けて……奴の仲間にされた。
屈辱だった。
殺すべき相手に生かされて仲間になるように強要される。
奴は私の事など覚えてすらいない。
奴に対して私は薄い笑みを浮かべながら問いかけてやった。
私の家族を惨殺した時、お前はどんな気持ちだったのかと。
すると、奴は考える素振りも見せる事無く無感情に言った。
『憶えていない。どうでもいい』
殺した両親の顔を奴はとっくに忘れていた。
いや、それだけじゃない。今まで自分の手で弄んだ命を奴は認識していない。
奴の手によって生きたまま解体されて、私の前で命乞いをした父と母。
泣き叫び、狂ったように謝り続ける両親。
家畜をばらすように奴は淡々と両親を解体していった。
殺さぬように皮を剥ぎ、指を一つずつ切り落として。
邪魔な肉を抉り取り、それらをゴミのように床に転がした。
血だまりが床に広がっていく中で、不気味な音だけが耳に聞こえてくる。
強い吐き気を覚えて、その日の晩に食べたものを全てぶちまけて。
そんな私を静かに見つめながら、奴は淡々と作業のように父と母をばらしていった。
薬で簡単に死ぬ事も出来ないようにされて。
血走った目で私を見る両親の顔が今でも瞼に焼き付いている。
血の涙を流しながら、血の泡を吐き出しながら。
両親は声にならない叫びを、喉が枯れるまで上げていた。
狂気だ。狂っているとしか言えない。
幼い子供が、あんなものを見せられたらどうなる?
答えは簡単であり――今の”私が”答えだ。
両親は最初は私に逃げるように言った。
逃げる事は出来ただろう。
しかし、幼い私は足がすくんで動けなかった。
弱く脆い子供が、両親が苦しんで死んでいく様をまざまざと見せられる。
地獄だった。
心は氷のように冷え切って、歯からはガチガチと音が鳴り続ける。
両目を塞いでも、両耳を塞ごうとも、地獄からは逃れられない。
大切だった人間たちの金切り声を聞き続けて、私は雨が降り続ける真夜中に心の中で助けを求め続けた。
しかし、助けに来てくれる人間なんていない。この世にヒーローなんて存在しないのだ。
地獄の光景を永遠に見せつけられて――私の人生は狂った。
精神に多大な負荷が掛かり、一夜にして私の黒い髪は老人のように白くなった。
精神が崩壊し、廃人になる一歩手前だった。
奴の魔の手から奇跡的に逃れた使用人が、多くの警官を連れて明朝に屋敷になだれ込んできた。
全てが終わった後であり、そこにはバラバラになった人間だったもの二つと。
体を丸めながら吐瀉物と小便に塗れてぶつぶつと独り言を言う私だけしかいなかった。
私はすぐに病院に連れていかれて、事件について話すように迫られた。
しかし、私は誰の声にも反応しない。
他の人間は私が精神を崩壊させたと思っていただろう。
だが、それは違う。あの日から、私は――奴を殺す事を目標として生きて来た。
隙を見つけて病院から脱走し、私は傭兵たちが集まる場所に走った。
走って走って走って、途中で歩いている人間にぶつかった。
幼い子供が泥だらけになりながら、裸足で道を走っていたのだ。
最初は心配そうに声を掛けてきたが、その全ての人間たちは私の目を見て怯えていた。
そんな奴らを無視して、私は足裏が血だらけになるまで走り続けた。
そうして、ようやくクズどもが集まる場所へと着いて。
私はずかずかと中へと入り、傭兵たちの中心にいた男に懇願した。
――どうか私に敵を殺す方法を教えて欲しい、と。
濁り切った瞳。
その場にいる全員が私を不気味そうに見ていた。
しかし、私が願いを吐きつけた男は面白いものを見るような目で見て来た。
私の要求を呑んだ男は、その日から私に訓練をさせた。
古臭いシミュレーターで数度機体の操作を学ばせて。
仕事だと言われて強引に輸送機の中にあったメリウスの中に放り込まれた。
詳しい説明何て無い。バラバラと音を立ててプロペラが回っている音を聞いていた。
そうして、私は碌な教育も受けないまま戦場のど真ん中に放り出された。
奴は”第三世代”のメリウスに私を乗せて、砲弾が飛び交う戦場に落としていったのだ。
無我夢中だった。
機体からは鳴りやむ事の無い警報が響き渡って。
すぐそばで飛行していたメリウスが敵の対空砲の餌食となって爆発した。
必死になって頭を働かせて、私はただ生き残る為の動きをした。
初戦は、ひどいものだった。
傭兵たちが自由に戦場で暴れる中で。
操作に慣れていない私は真っ先に敵に狙われた。
自分よりも質のいい武装をしたメリウスが、何機も迫って来て。
奴らが放つ銃弾に被弾して機体が激しく揺れる度に、死の気配を感じていた。
死神がすぐそこにいる。大きく冷たい鎌が、自分の首に掛けられている。
助けを呼んでも、誰も私を助けない。
自由で理不尽な傭兵たちは、敵だけを見て好きなように暴れるだけだった。
後の事は、記憶にない。
私は必死になって”逃げていた”のだろう。
逃げて逃げて逃げて逃げて……気が付けば、闇医者の顔が目の前にあった。
機体中を穴だらけにして、ほぼ大破した状態の機体に乗っていた私。
私の監視を命じられていた男の手下に回収されて、私は奇跡的に生還した。
ミイラのように包帯でふるぐる巻きにされて。
呼吸も困難な状態の私を見ながら、あの男は地獄を楽しんだかと聞いて来た。
私は男を静かに見つめながら、地獄はあんなものじゃないと言ってやった。
『はは、言ってろクソガキ』
それから何度も何度も戦場を渡り歩いて。
食事も寝る間も惜しんで、私は戦闘技術を学んでいった。
周りはクソみたいな奴らばかりだったが、そんなクソは戦闘に関しては一流だ。
銃器の扱いに、体術、メリウスのメンテナンスの仕方に加えて操作方法の応用。
あらゆる局面に対応する為に、一通りの武装で戦って……気が付けば、私が一番強くなっていた。
あの男をたったの数年で追い抜いてやった。
男は私の卒業を祝ってやると言っていた。
ニタニタと笑いながら煙草を吹かすカスの言う事だ。
最初から期待はしていないし、そんなものは求めていなかった。
次の仕事を果たせたら、と抜かしていた……奴は、最期までクズだったけど。
私を騙し、奴は指定のポイントへ誘導した。
単機で廃棄された施設内で私を待っていたのはあの男で。
暗がりから現れた奴のメリウスを見た時に、何時かこうなるとは予想していた。
僚機を連れて現れたあの男は、卒業試験だと抜かして私に襲い掛かった。
後で調べれば、私は手配書に名が載っていて、奴は私に恨みを持つ企業からの差し金だった。
あの男は何を考えていたのか。
本気で私に勝てると思っていたのか。
私が育ててくれた恩師に、情を抱くと思ったのか――馬鹿々々しい話だ。
あの男は呆気なく私に殺された。
名も記憶していないあの男は、最期まで笑っていた。
何が楽しいのか、何が面白いのか。
質問をしても答えは返って来ない。
不快な声で笑うクズを殺して、私は奴がいなくなった家に戻った。
奴の手下たちは何も言わない。
ボスが殺されても馬鹿みたいに酒を飲んでいて。
私はそんなクズを見る事無く自室に戻り荷物を纏めようとした。
そんな時に、部屋に入って来る女がいた。
その女はボスの愛人であり、それなりに名の通った傭兵だった。
復讐しに来たのか。そんな事を考えていれば、奴はパッと何かを放る。
片手でそれを受け止めれば、何の変哲も無いナイフだった。
それはあの男が愛用していたナイフだ。
酒が入って浮かれていたアイツは、そのナイフは自分の師匠の形見だと言っていた。
アイツは師匠を殺して奪ってやったと言っていた。
それは奴にとっての勲章やトロフィーのようなもので……くだらない。
あの女は「アイツが渡せってさ」と言っていた。
意味が分からない。理解できない。
こんなものを欲しがったことなんて無かった。
ナイフなら自分の物がある。
しかし、そんな言葉よりも疑問を解消する事を私は優先した。
お前は私を殺しに来たのではないか。
愛した男を殺されて、仇を討ちに来たのではないかと。
そう問いかければ、女は欠伸をしながらそんな面倒な事はしないと言っていた。
傭兵は自由で理不尽で、勝手に死んでいく。
あの男は最期まで自由に生きていた。
自由に生きて、自分が望む死を手に入れたと宣っていた。
あの女は「最低で最高の人生だっただろうさ」と言って去っていった。
結局、その言葉の意味は今でも理解できなかった。
望む力を手に入れて、あの男とも再戦したが。
まるで勝てるヴィジョンが浮かばなかった。
奴に捕まり拷問されて、体中に傷をつけられながら……私は自らの願いを修正した。
仲間にはなる。
この男の近くにいて、この男の情報を集める。
そうして、この男を殺せる人間を探し出し、私自身が育成すると。
私では無理だった。
だが、広いこの世界にはまだ見ぬ傭兵がゴロゴロといる。
私は可能性のある者を探し続けた。
何度も何度も何度も何度も探して……見つけたのがマサムネだ。
奴の成長スピードははっきり言って異常だ。
アレほどの速さで成長する人間を私は見たことが無かった。
告死天使と初めて戦った奴は、蝋燭の火のように頼りなかった。
しかし、魔神を倒しゴースト・ラインの刺客を跳ね除けて。
奴は短い時間でその名を広めていった。
決定的なのは、あの男がマサムネを見ていた事だ。
誰にも興味を示さない男が、初めて興味を向けた男。
あの女ですら気に掛ける男であれば、必ず何かあると睨んでいた。
結果的にその読みは正しく、マサムネはアイツの首を取る可能性を大きく秘めていた。
もうすぐだ。もうすぐ、私の願いが叶う。
愛する家族を惨殺し、私の人生を狂わせた男。
奴の死でしか、私は喜びを感じる事が出来ない。
奴が死んでいく様をこの目で見るまでは、魂が浄化されることも無い。
例え体を失おうとも、怨霊となって奴を呪い殺す。
私は迷わない。私は判断を誤らない。
絶対に、何があろうとも――奴を惨たらしく殺す。
冷え切った目で映像を見つめる。
すると、隣から声が聞こえた。
船内に設けられた一室。誰も寄り付かないだろうと思った空き部屋だ。
ソファーが置かれているだけのその部屋には、私以外の邪魔者が侵入していた。
誰かが入った気配は感じていた。
しかし、関わるのが面倒だと無視していた。
すると、女は私の態度など気にせずに話しかけてきた。
「あ、おじさんだ! 研究でもしてるのー?」
「……」
「ねぇねぇ。そんなに気になるなら、リッキーに頼んで他の映像を」
「――失せろ」
邪魔をしてくる女に命令する。
今すぐ此処から消えろと。
そうすれば何もしないと安易に伝えてやったつもりだった。
しかし、女は理解していないのか頬を膨らませて怒り始めた。
意味不明な事を言う女に視線を向けて、私は端末の電源を落とした。
そうして、立ち上がってから部屋から出ていく。
女は何処に行くのかと聞いて来た。
私は簡潔に「お前がいない場所」と伝えてやった。
すると、女がまた怒り始めそうになった。
私は扉を開けてから、ゆっくりと女を見る。
そうして、鼻に指を向けながら忠告してやった。
「ひどい臭いだ。お前からは、私と同じ。ドブネズミの臭いがする」
「……えぇ!? 何それ! ひどくない!? わたしちゃんとお風呂に」
「――滑稽だな。役者にでもなればいい」
「……女優って事? えぇ、急に褒めないでよー」
私がハッキリと言ってやれば女はピタリと動きを止める。
しかし、一瞬でケロッとした顔になった。
皮肉が通用しないのか、女は頬を赤くしながら照れているように”装っていた”。
何かを企んでいる人間の目。
まるで正反対の性格をしている女から、私と同じ臭いを感じた。
気のせいではない。こいつは何かを隠している。
私の直感が、そう告げている。
私と同じ手段を選ばない人間の臭いで……反吐が出る。
自分と同じような人間に殺意は覚えるが……今は何もしない。
私は部屋から出る。
そうして、奴の擬態を頭の隅に追いやる。
小娘一人の命なんてどうでもいい。
私の邪魔をしないのなら放っておく。
しかし、もしも私の願いへの道を阻むのなら――息の根を止める。