【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
転移装置を作動させて敵の追跡を振り切って――約二日。
アレから敵の攻撃は無く、順調に船を進められていた。
このまま行けば、機械たちの墓場へは問題なく行ける……事も無かった。
問題が発生したとバネッサ先生に端末越しに告げられて。
俺はブリッジへと向かった。
ジャケットに袖を通しながら、革のブーツを履いて自室を後にする。
足早に駆けて行き、ブリッジへと入れば既に他の主要メンバーは集まっていた。
困ったような顔をしながら、皆が俺に視線を向けて来る。
いや、ゴウリキマルさんは……いるが、何をしているんだ?
無数のケーブルを繋いだパソコンをジッと見つめている。
そうして、カタカタとパネルを叩いて何かを打ち込んでいた。
彼女の近くには何名かの整備班の人間も座っている。
ギンギンになった目で必死にパソコンを見つめていて、近くには食料の食べかすが転がっていた。
彼女の表情は見えないものの、後ろ姿からかなり集中している事が分かる。
無数の計器が置かれて、中心には白い塗装が施された舵が設置されているブリッジ。
見晴らしのいい場所であり、ガラスの先には大海原が広がっている。
此処から周りの状況を確認し、レーダーで敵影を捉えてパイロットたちに指示を送る。
狙われやすい部分ではあるものの、他よりも頑丈な作りにはなっているとミネルバから聞いたことがある。
俺はブリッジの中を見渡してから、ゆっくりとバネッサ先生の元へ歩く。
彼女は舵を取りながら、優雅に前方を見ていた。
周りのスタッフからの情報を聞きながら、彼女は艦長代理のような立場で指示を出していた。
彼女は途中からこの船に乗ったのに、周りの人間からの信頼は厚い。
それは彼女が本来持っている空気からなのか。
彼女は頼りがいのある人間であり、俺自身も彼女に支えてもらった時がある。
彼女は的確な指示を送りながら、俺にチラリと視線を向ける。
オート操縦機能がついているにも関わらず彼女は舵を取っていた。
俺が訝しむような視線を彼女に向ければ、彼女はハッキリと言葉を発した。
「まずい状況だ。マサムネ君」
「……詳しい説明を、お願いします」
俺が真顔でそう言うと、彼女はゆっくりと片手で端末を操作した。
すると、ブリッジのディスプレイに何かの映像が映し出される。
それは何処かのフロアの映像で……これは備蓄庫か?
備蓄庫らしきフロアが映し出されているが。
そのフロアは幾つかの小さな箱が置かれているだけで、ほとんど何も無い。
いや、箱が開いているものもあり、それは中身が空っぽのような気がした。
大きな棚が幾つもあるが、置かれているのは缶詰が少しと調味料くらいか……まさか。
俺は最悪の展開を予想して、たらりと汗を流した。
ゆっくりとオッコに目を向ければ、彼は両手を上にあげる。
「時間が無かった。俺たちに出来たのは、機体を載せる事だけ。武器や盾はあるけど……それじゃ人間の腹は膨れねぇよな」
「飯が無いって……嘘だろ!? どうすんだよ!? 朝飯もまだなんだぜ!?」
「お菓子ならありますけど――ちょ、やめてくださいよぉ!!」
オッコの話を聞いてトロイはぐるぐると腹を鳴らす。
すると、レノアは後ろに隠していたスナック菓子の袋を取り出した。
その瞬間にトロイに強奪されて、スナック菓子は一気にトロイの腹の中へと吸い込まれて行った。
泣きながらトロイをぽかぽかと叩いているレノア。
トロイは口をもごもごさせながら、ポケットから飴玉を出して彼女に渡していた。
両手で受け取った小さな飴玉を見つめるレノア。
トロイは彼女の肩に手を置きながら、口元に食べかすがついた顔でニコリと笑う。
「それで勘弁してくれ!」
「……る」
「え? 何だって?」
「……殺してやる」
「……お前、そんな顔も出来たんだな」
怒りを露わにしながら、黒いオーラを放つレノア。
般若の形相であり、トロイは冷や汗を掻きながら彼女から距離を取る。
殺意の化身となった彼女からの視線に怯えながら、トロイはぶるぶると体を震わせていた。
俺は平常運転のトロイから視線を逸らしてオッコを見る。
食料が無いのは理解した。調達の必要があるのだろう。
取り敢えず、それは一旦置いておく……俺は視線を向ける。
「……彼女たちは何をしているんですか? いや、そもそも、何故あなたが舵を取っているんですか」
「……順を追って説明しよう。先ず一つ目からだ。彼女たちが行っているのはウィルスバスティングだ」
「ウィルスバスティング……この船のシステムにウィルスが?」
「あぁ、発見が遅れてね。オート操縦機能に保存されていた航路が上書きされて、見当違いの方向を目指していた。取りあえずは、ウィルスの除去が終わるまではオート操縦を切り、私が手動で操舵している」
彼女は汗を流しながら、必死に舵を切っていた。
重い舵を女性が一人で動かしている。
手伝いたいとは思うが、俺には残念ながら船の知識は無い。
現実世界では海よりも空や陸での戦闘が盛んだった。
その為、戦艦などの知識はあったとしても、船を操舵する知識は持ち合わせていない。
俺はウィルスについては納得した。
納得はしたが、不明な事が幾つか浮かび上がってきた。
「……バスティング作業に要する時間は?」
「およそ二時間」
「……ウィルスに関して、何か分かった事は?」
「特には無い。オート操縦を狂わせるだけで他には何も……ただ、このウィルスは外部からもたらされたものではない」
彼女はハッキリと言う。
外部からでなければ、内部以外に無い。
しかし、内部からウィルスを流し込んだのなら……この船の誰かになる。
俺はその時、サイトウさんの言葉を思い出した。
身内をあまり信用するなと。敵は近くにいる……本当、なのか?
分からないが、まだ決まった訳じゃない。
俺は監視カメラを解析すれば分かるのではないかと質問した。
すると、オッコはくいっと顎を向ける。
そちらへと視線を向ければ――動かなくなったカメラが項垂れていた。
「……データは消去されて、カメラ自体もおしゃかにされちまった……用意周到な奴だよ」
「……犯人捜しは後にしましょう。今はウィルスを消す事を第一優先に」
「――待て」
俺が彼女らにウィルスバスティングに集中してもらおうと提案しようとすれば。
ゴウリキマルさんはぴたりと手を止めて待ったを掛けた。
全員がそちらに視線を向けて何があったのかと思っていただろう。
俺もその内の一人であり、彼女にどうしたのかと聞いた。
すると、彼女は片手で顔を覆いながら「思ったよりもまずいぞ」と言う。
緊張が走り、全員が表情を強張らせた。
俺は冷静に何がまずいのかと彼女に聞く。
すると、彼女は詳しく説明している時間は無いと言う。
「このウィルスは二重のトラップが仕込まれていた。オート操縦を切断した瞬間に、二つ目のウィルスが起動するようにプログラムされていて……一つ目はダミーだ。二つ目を隠ぺいする為の囮で、敵に此処の位置情報が送られちまった」
「――ッ!?」
位置情報が敵の手に渡った。
それはつまり、敵が真っすぐに此処を目指しているという事だ。
発見が遅れて、オート操縦から手動操作に切り替えて……どれだけの時間が経った?
俺の表情をチラリと見てバネッサ先生は「約一時間ほどだ」と零す。
敵はメリウスを運んで襲いに来るだろう。
輸送機でメリウスを積んで来るのなら、どれだけの時間が掛かるのか。
一番近い島から来るのか。それとも、準備に手間取っているのか。
一時間で此処へ来ることはほぼ無いだろうが、時間を掛ければ掛けるほどに危険度は上がる。
俺はゴウリキマルさんに打開策はあるかと尋ねた。
すると、彼女はぼりぼりと頭を掻きながら「二つある」と言う。
「……一つは、船の防衛装置とお前らの腕に任せて敵を迎撃する事。ウィルスを完全に消すまでにおよそ二時間かかる。それまでお前たちが耐え忍んでくれて、攻め込んできた敵を全部墜とせるのなら、そうしてもいい……言わなくてもいい。無茶なのは理解しているからな」
「……もう一つは何ですか?」
俺は彼女に聞いた。
すると、彼女は深いため息を吐いてからゆっくりと俺に視線を向けて来た。
「……システムを初期化する。全部消すから、ウィルスも即座に消去されて、敵へこれ以上信号が漏れる恐れは無くなる」
「おぉ! だったら、そうしたらいいじゃねぇか! 何でそうしねぇんだ?」
ゴウリキマルさんの言葉にトロイは喜ぶ。
そんな手があるのならそうすればいいと言っている。
しかし、そんなに簡単は話ではない。
彼女は視線をトロイに向けながら、首を左右に振った。
「全部消すんだ。火器統制システムにも影響が出る。リプログラミングするにしても、一週間は掛るだろうさ。その間に敵が攻め込んで来れば、私らは一巻の終わりだ」
「え……そ、そのさ。防衛システムだけ隔離するのは?」
「出来ない。ウィルスは内部から侵入したせいで、根元まで広がっちまってる。綺麗に取り除いていたら、それこそ倍以上の時間が掛かっちまう……どうする。マサムネ」
「……」
敵を全て迎撃する方法。
そして、システムを初期化して強引にウィルスを消す方法。
何方も現実的には思えない。
敵を全て迎撃するという事は、幹部すらも墜とさなければならない。
あの青い機体のパイロットのような腕利きが、何人責めて来る?
たった一人でだけでも苦戦を強いられる。
もしも、総出で襲い掛かって来れば一巻の終わりだ。
だからこそ、敵を迎え撃つという選択肢は合理的とは言えない。
あくまで俺たちの任務は船の護衛だ。
何かを守るのなら、なるべく戦闘は避けるべきだと考えるのが普通だろう。
なら、システムを初期化するのが良いのか?
それもあまり得策とは言えない。
確かにシステムを初期化すれば、敵からの追跡を振り切れる。
しかし、敵は大まかな此方の位置情報を知り得ている。
ゴースト・ラインの技術力は此方の予想を遥かに上回る。
巡航ルートを予測されて、先回りされる恐れもあるのだ。
そうなってしまえば、船の防衛装置が使えない俺たちは……あっと言う間に、制圧されてしまう。
鍵を狙っているのなら、沈められる可能性は低い――その可能性は捨てた方が良いだろう。
あの青い機体のパイロットは、確実に船諸共俺たちを殺そうとした。
ゴースト・ラインも一枚岩ではない。
ボスの命令に従う人間ばかりではなく、青い機体のパイロットやファーストのような存在もいる。
誰が何を目的として襲ってくるのかは、俺にも分からない。
だからこそ、船を沈める可能性は低いなんて思っていたら最悪の結果を招くのは必然だ。
常に敵の行動を予測して、先手を取る勢いで行動しなければならない。
俺は悩んだ。
悩んでいる時間は無いが、考えた。
敵を迎え撃つことが不可能なら、システムを初期化する以外に方法はない。
しかし、それをするのならば敵の裏を掻く必要がある。
どうすれば敵の裏を掻ける、どうすれば、敵の目を欺ける……手が挙がった。
視線を向ければ、ショーコさんが小さく手を挙げていた。
全員の視線を受けて彼女は頬を赤らめる。
俺は何か思いついたのかと彼女に質問した。
すると、彼女はゆっくりと自分の意見を伝えて来た。
「……えっと。システムを初期化するのは、仕方ない事だと思う……じゃ、その後どうすればいいか考えたんだけどさ……一回、後ろに戻ってみるのはどう?」
「……後ろに戻る? それは……いや、もしかして……進むのではなく後退して物資を補給するという事ですか?」
「そうそれ! 敵は何が何でもあーしらが進むと思っているんじゃないの? だったら、その逆をついて一回戻って人のいる島に寄ったら、敵は勝手に頭をぐるぐるさせるんじゃない? 誰だって逆走するなんて思わないじゃん。それこそ、敵はあーしらの船に食料が積んでいないなんて知らないんだからさ……戻ったら、時間の無駄じゃん!」
ショーコさんの提案。
それを受けて、俺の中で活路が見いだされた。
確かに、敵は俺たちが万全の状態で出港したと思っているだろう。
船の破損状況から言っても、今すぐに修復が必要と言う訳では無い。
ゴウリキマルさんを護衛する上で、俺たちが必要のない寄り道をすると相手が考える可能性は限りなく低いだろう。
それも態々進んだ道を逆走するのだ……これは、良い考えかもしれない。
俺がショーコさんの考えに乗ろうとすれば、オッコが待ったを掛けた。
「一番近い島なら、カルトペグニオだ。此処なら食料の調達も資材の搬入も可能だろう……だが、島に寄るのなら目立つぞ? 敵に情報が洩れる恐れもある。他の島に行くのなら、更に時間を要する……敵の発見を早まらせる可能性が高い。俺は反対だ」
オッコは冷静に状況を分析する。
この船のスタッフたちへの食糧の調達。
それをするのは構わない。
しかし、システムを削除してからカルトペグニオへ向かえば敵に発見されるリスクが高まると。
せめてもう少し考えてから、物資を調達する島を決めた方が良いと彼は言う。
その意見も最もであり、発見されるリスクを考えるのなら……バネッサ先生が意見を言う。
「カルトペグニオは大昔。海底の石油や天然ガスの採掘場として栄えていた。海には無数の油田プラットフォームが建設されていて、今は使われていない。船を隠すのなら、それを使えばいいだろう。最も近く、舩を隠すのにも打ってつけで……これ以上の好条件は無いと思うがね?」
「……良い条件だな。今の状況には適し過ぎているほどに、な……マサムネ。お前が決めてくれ」
バネッサ先生の情報は、かなり有力なものだった。
油田プラットフォームが幾つも存在しているのなら、船を隠すのにも適している。
カルトペグニオは一番近い上に、物資の調達も容易なのだろう。
人が多く密集している可能性は高いが、必要なものを揃えるのなら良い場所だ。
しかし、オッコの助言も一考の余地はある。
人が多くいるのであれば、それだけ発見させるリスクも高まる。
油田プラットフォームに船を隠したとしても、誰が見つけて世界に発信するかは定かではない。
一人の勝手な呟きがネットに広がっただけで、俺たちは終いだ。
その上に、この条件は出来過ぎている程に整っていた。
まるで、こうなるように仕組まれていたと思わんばかりで……俺は決断を下した。
「……システムを初期化する。向かう場所は――カルトペグニオだ」
「……分かった。それでいい」
「やった! おじさん流石だね!」
オッコは不服そうにしながらも納得した。
ショーコさんは俺を褒めて来る。
まるで仕組まれたような条件であったとしても、俺はそれを取らざるを得ない。
最良の結果の為ならば、疑心も何も捨て去る。
疑い続けていれば何も掴めやしない。
俺はこの選択が正しいと思いながら、ゴウリキマルさんのタイピング音を静かに聞いていた。