【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
煌びやかな街の一角に、ダッチ商会は存在した。
あの親切な案内ロボットが示した位置を目指して歩いていけば……確かにある。
ビルなどの背の高い建物が密集するエリアで。
ある意味で目立つように建てられたそれ。
いや、目立つと言うよりも街の景観にはそぐわない建造物で。
ぽつんと存在する見るからに潰れかけの二階建ての……建物だよな?
見てくれは完全に青いコンテナを二つ積み重ねて窓やドアを無理やり作っただけの家で。
コンテナは至る所がボコボコに凹んでいる上に、あまり掃除していないのかシミや錆で汚い。
窓は誰かに石でも投げこまれたのか割れていて、ガムテープやチラシで補強されていた。
下のコンテナには無数の落書きがあり、下品な言葉が無数に書かれていた。
ロクデナシ、借金王、種馬、下半身が本体……ひどすぎないか?
後半はほとんど煩悩の塊とでも言いたげな悪口だった。
これが真実ならろくでもない男なのは確かだ。
そんな輩に会いたがっているゴウリキマルさんは何を考えているのか。
俺は何度もマップに表示された座標と目の前の建物を見比べた。
目を擦っても、レノアやショーコさんに確認させても此処だと言っている。
間違いはない。いや、本当は間違っていて欲しかった。
俺はゆっくりと彼女に視線を向ける。
そうして、指を指しながら静かに言葉を発した。
「……此処みたいです。はい……やっぱり、別の所に行きません?」
「……いや、いい。想像通りだ……残念なほどにな」
どうやら彼女の知り合いであるダッチさんと違いは無いようだ。
十中八九がこの家の主と彼女の知り合いは同一人物で。
一体ダッチ・クロマンテとはどんな男なのかと思ってしまう。
まぁ彼女は帰る気は無さそうだし……取りあえず、いるかいないか確かめてみよう。
俺は軽く咳ばらいをしてから、一階にある扉に近づいた。
一応はチャイムもついているようで、俺はそれを押そうとして――何かが横から割って入った。
「悪いな。俺たちが先だ」
「あ、はい」
強面のガタイの良いお兄さん方が俺に視線を向ける。
黒いスーツにネクタイを締めていて、スーツの裏がチラリと見えて。
体に巻かれたホルスターにはゴツイ拳銃が入れられていた。
三人組のいかにもその道の人間の様ないで立ちをその人たちに順番を譲る。
俺たちは離れたところから彼らを見ていた。
すると黒髪をオールバックにした目つきの鋭いお兄さんは大きく息を吸う。
そうして、目つきをより一層鋭くさせながら扉を激しく叩いた。
「おい、ダッチッ!! いるのは分かってんだッ!! 今日こそは俺たちから借りた金、耳揃えて返してもううぞッ!!」
「…………」
「居留守決め込もうたってそうはいかねぇぞッ!! 出て来る気が無いのなら力ずくで……おぅ」
扉がガチャリと開かれた。
すると、小柄な女の子が出て来た。
歳は十代前半であり、腰まで伸ばした青い髪に眠たげな青い瞳をしている。
何処かの民族衣装なのか。
魔法使いのローブを改造した様ないで立ちであり、青い塗料で描かれた文様が入った白い鉢巻きを巻いている。
ゴウリキマルさんよりも背は低く……恐らくは、140センチほどか。
小さな女の子が出てきて、強面のお兄さんたちも少し驚いていた。
彼女は両手で小さな袋を持っていた。
それをゆっくりとお兄さんたちに向けて差し出している。
「……すみません。今はこれだけしか、ありません」
悲しそうな顔で、少女はお金が入っているであろう袋を渡した。
お兄さんはそれを静かに受け取って中身を見た。
ぼそりと「一万ラスってところか」と呟く。
「……分かった……あぁ、その……何かあったら此処に連絡してくれ……あんな野郎の傍にいなくたっていいんだぜ?」
「……ありがとうございます……でも、たった一人の家族なので」
「……くぅ……あぁ、そうだな……おいッ! クソダッチッ! 可愛い妹に苦労を掛けさせるなッ!!」
借金取りさんたちは両目から涙を流す。
情には厚い様であり、健気な妹の姿に胸を痛めていた。
借金取りから連絡先を渡されて、妹さんは頭を下げて借金取りを見送った。
見てはいけないものを見てしまった気分だ。
俺は気まずさを覚えながらも、家の中に戻ろうとした妹さんに声を掛けた。
「……何の御用でしょうか?」
「あぁ、その……此処はダッチ商会、ですよね?」
「はい、そうですが……仕事の依頼ですか?」
妹さんが仕事の依頼かと聞けば、家の中からガタガタと音がした。
何かが転げ落ちたような音で、奥の方から「待ってろ!」と聞こえた。
どうやら、ダッチ・クロマンテは御在宅だったようで。
借金取りに居留守を使った上に、妹を出して対応させたのか……クソ野郎じゃねぇか。
ガタガタと暴れる音を聞きながら、俺はそう考えてしまった。
暫く待てば、息を切らせながら青いスーツを着たダッチ・クロマンテらしき男が出て来た。
黒い髪を無造作に伸ばして、きりりとした黒い瞳をしている。
身長は175センチほどか。イケメンと言えるような顔立ちだ。
現れたそいつは俺では無く、ショーコさんに目を向けてわざとらしく髪を掻き上げた。
「あぁお嬢さんが依頼主かな? はは、お任せください。このダッチ・クロマンテ。貴方の願いであれば、速やかに、そしてお安く対応させて頂きます。あぁお代が払えないのなら……愛情、でもよろしいですよ」
「愛情? それじゃタダって事?」
「んー? 愛は価値のあるものですよ。先払いでも結構ですので、この後一緒にお食事でも」
「おぉそうかぁ。愛で支払いが出来るのかぁ。だったら、私が昔みたいに愛してやるよ。ダッチ」
「………………へ?」
ショーコさんの手を取ってチャラい男はナンパを始めた。
俺はそれをジッと見つめながら、本当にろくでもない奴だと思う。
このままでは、無知なショーコさんがこいつに穢されてしまうだろう。
俺は強い危機を感じて、彼女からダッチを引き離そうとした。
しかし、それよりも早くゴウリキマルさんの声が響く。
彼女の声を聞いた瞬間に、ダッチの笑顔は凍り付いた。
そうして、顔中から滝のような汗を掻きながらギギギと視線を彼女に向けた。
ゴウリキマルさんは邪悪な笑みを浮かべながら。、ボキボキと拳を鳴らしていた。
彼女を見た瞬間に、ダッチは情けない悲鳴を上げた。
「あ、あぁ、あぁぁああああ!! お、鬼! 鬼神がいるぅぅぅ!!」
「……鬼神?」
彼は腰を抜かしてへたり込んだ。
そうして、家の中へと逃げようとしていた。
赤子のように床を這いまわりながら、必死になって逃げている。
ゴウリキマルさんはくつくつと笑って家へとずかずかと侵入した。
そうして、彼の退路を足で塞ぎながら、ヤンキー座りをして彼を見下ろす。
「ダッチ商会か。懐かしいなぁ。ネットモールじゃ飽き足らず。仮想現実世界でも金儲けか。えぇ?」
「ひ、ひぃ。ゆ、許して。もう、金儲けしないから。汚染領域で物資調達させないで。い、嫌だ。熱膨張をしかけているコアを対爆スーツ無しで解体させるのはやめて。あ、あぁ、ああああぁぁぁ!!」
「何言ってんだよダッチぃ。お前が金が必要って言ったんだろ? 親の借金で売られそうになっているって聞いて、私が助けてやったんだ。私は当時は十四歳で、お前は十六歳だ。危ない橋を一緒に渡ってやったのを忘れたかぁ?」
恐ろしい。恐ろしいまでの話だった。
汚染領域とは核などによって人が容易に入り込めなくなった危険区域だろう。
一般人が入る事は出来ず。許可を貰った人間かロボットしか立ち入れない場所で。
そんな場所に行って物資を調達し、熱膨張をしかけているコアを対爆スーツ無しで分解したのか?
メリウスのパーツが金になるように。
現実世界でもバトロイドの部品や強化外装のパーツは金になる。
それも軍事用に生産された品は価値が高いと知っている。
そのほとんどは破壊されて、汚染区域に野ざらしになっている聞いたが。
まさか、彼女たちは未成年でありながらそこへ侵入しパーツをかき集めていたのか?
クレイジーだ。子供のお使いじゃないんだぞ。
ゴウリキマルさんの人生は危険と隣り合わせで。
波乱満場な人生を送っていたのだと俺は認識を改めた。
ダッチ・クロマンテはクズだろう。
しかし、やらされた事に対しては同情してしまう。
結果的に彼は金を得て人生を取り戻したのだろうが、トラウマになってしまったのか。
何故、彼が仮想現実世界にいるのかは分からない。
見たところ傭兵ではなさそうで。
俺やショーコさんを見ても誰なのか気づいた様子はない。
恐らくは、ただの一般人であり、世間に疎いのだろう。
借金をしているのであればテレビなどがある筈も無く。
新聞すら読んでいないのであれば、世情に疎いのも頷ける。
ゴウリキマルさんは目をギンギンに開きながら、彼のトラウマを呼び起こしていた。
彼女の口からは今まで行ってきた”商売”の内容が聞こえてくる。
聞くだけでも恐ろしい内容であり、これが俗にいう悪魔に魂を捧げた人間というものか。
ダッチはブルブルと震えながら、ガチガチと歯を打ち鳴らしていた。
俺はあまりにもダッチが可哀そうになって彼女を制止した。
彼女は「まぁこれくれいにしておくか」と言って離れる。
俺はゆっくりと両手で頭を押さえて震えている彼に近づく。
そうして、彼の目を見つめながら依頼について話した。
「……貴方の力が必要なんです。どうか、依頼を引き受けてくれませんか。金なら、望む額を支払いますので」
「…………分かった。取りあえず、中で話そう……姐さんを見張っていてくれ。マジで」
「え、えぇ……何もしないでくださいね?」
「……ふん」
彼女は腕を組んでそっぽを向く。
ダッチは彼女の一挙手一投足にビクビクと震える。
しかし、仕事の依頼だからと自らに言い聞かせていた。
妹は扉を閉めてから「此方へどうぞ」と言って案内してくれた。
コンテナの中は広々としていて、板やトタンなどを使って部屋として区切られている。
灰色の壁に加えて、二階へと繋がる階段もある。
お手製の階段であり、昇るには少し勇気が必要かもしれない。
鼻を鳴らせば、雨で濡れた獣のような臭いが少しだけした。
木の皮で作られた籠の中にはこんもりと衣服が詰め込まれていて。
その近くには洗濯板と洗剤が置かれていた……洗濯機も無いのか。
部屋の中は少しだけ蒸し暑く。
空調の類は残念ながら無いのだろうと思った。
借金取りを恐れて窓は開けておらず。部屋の中は生暖かい。
よく分からない謎の観葉植物と思わしきものも飾られていて……奥の方に大きな棚がある。
棚には無数の瓶が置かれていて、中からもやしが生えていた。
どうやら家庭菜園のような事をしているようだ。
金が無さそうであり、何とか食って行けるような工夫をしていると分かる。
家具は少なく、あったとしてもボロボロのサンドバックや壊れた置き時計。
腕が取れて半壊している土偶や罅が入った姿見など。
ゴミ捨て場から拾ってきたような物しか置いていない。
俺はそれを見ながら、何となくダッチという人間を理解した。
浪費家なのだろうが、家具などを置いて見栄を張りたいのだろう。
意味不明な物が多いが、見方によっては価値のあるものに見える。
妹は申し訳なさそうな顔をしながら、ぺこりと頭を下げた……まぁいいか。
ようやく仕事の話が出来ると思いつつ、本当に彼が必要な物資を調達できるのか怪しくなってきた。
ロクデナシと書かれていたように女癖は悪そうで、彼女に対して強いトラウマもある。
そんな彼がきちんと仕事を果たしてくれるのかは怪しい。
物資を揃えられたとしても、それが粗悪品であれば意味が無いのだ。
食料に関しても駄目なものを渡されれば、船にいるスタッフの健康にも関わる。
不安だ。不安しかない。
立ち上がってよろよろと妹についていくダッチ。
ショーコさんたちもついていって、俺は彼の背中を見つめていた。
「大丈夫だ。頼りなさそうだけど、仕事は出来る奴だ。私が保証する」
「……分かりました」
ゴウリキマルさんが俺を小突く。
不安そうにしていた俺を見て、元気づけてくれようとした。
メカニックとして優秀で、商才もあっただろう彼女が言うのであれば信用できる。
そうだ。あんな情けない姿をしていても、本当は類まれなる商才を持つ――
「うぐぅ!! や、やべぇ!!」
「兄さん? どうしたの?」
「は、腹がッ!! い、痛ぇ!!」
「……昨日何か食べた?」
「ご、ゴミ箱に一口も食べてないパイがあったからそれを――うごぉ!!」
ダッチは尻を抑えながら、どたどたと掛けて行った。
ベニヤ板で仕切られた一室へと入れば、汚い音が響き渡る。
ショーコさんたちを見ればドン引きしており、ゴウリキマルさんを見れば真顔だった。
「……アレ。腐ってたから捨てたのに……兄さんったら」
「……馬鹿が」
信じようとしたのに……残念な奴だ。
俺はダッチが頗る残念な奴だと思いながら。
大きくため息を吐いて、不安を募らせる。
ゴウリキマルさんは信じて良いと言ったが……不安だぁ。