【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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196:仮初の日常を君と

 昼間のカルトペグニオは静かだった。

 夜の賑やかさは消えてなくなり、素面の人間たちがゆったりと過ごしている。

 犬の散歩をする若者や杖を突きながら長椅子に座って談笑する老夫婦など。

 ガラの悪い人間は何処かへと行き、和やかな人間たちが静かに過ごしていた。

 俺とゴウリキマルさんは手にプラスチック製のカップを持っていた。

 透明な容器の中身は、虹色に輝く飲み物であり、これはこの地の名物の一つである”テンキュウ・アップル”というものだ。

 ストローで中身を吸い上げて口に含めば、様々なリンゴの味が体験できる。

 これを売っていた恰幅の良いおばちゃんは、嘘か本当かこれを作る為に一万種類以上のリンゴを使っていると言った。

 種類が違うリンゴ一つ一つの強みだけを抽出し、それを混ぜ合わせる事によって生み出された最強のリンゴジュース。

 馬鹿みたいな発想だとは思ったが、意外にも味は美味かった。

 

 リンゴの甘みは奥が深く。

 一吸いごとに味が変化しているような気さえした。

 酸味もほどよく、奥深い味なのに後味はスッキリとしている。

 飲めば飲むほどに水のように体の中へと溶け込んでいくようで。

 これを飲んだ人間が言うには、二日酔いにも効果てきめんらしく。

 飲んだだけで酔いが醒めたと言う人間が多いらしい。

 ちょうど、顔色の悪い男たちがトールサイズのそれを買ってチビチビと飲んでいたのを見たが……まぁ関係は無いだろう。

 

 無心になってジュースを飲んでいれば中身が空になる。

 俺はちょうど道の脇に置いてあったゴミ箱の中へと空の容器を投げ捨てる。

 見事にゴミ箱の中へと容器が入って、ゴウリキマルさんも真似をして投げ入れようとした。

 すると、彼女の容器はゴミ箱の縁に命中して――すぽっと中に入った。

 

 俺は口笛を吹いて、手を叩いた。

 ゴウリキマルさんはサングラス越しににやりと笑う。

 

「……次は、ゲームでもしようか」

「ゲームですか? まさか、ギャンブルじゃ」

「違ぇよ。いや、此処でゲームって言ったらそれだけど……あぁもう! 兎に角、ついて来い!」

 

 ゴウリキマルさんは俺の手を掴んで歩いていく。

 彼女に強引に手を引っ張られながら、俺は笑みを浮かべた。

 またこんな日が来るなんて思わなかった。

 危険は確かに近くにあるが、それでも今は純粋にこの時間を楽しみたい。

 彼女も嬉しそうであり、俺自身も心の底から嬉しかった。

 

 彼女について行きながら、俺は周りを見た。

 大きなビルに囲まれた街の中で、幾つかの屋台が出ている。

 コミカルなキャラが映っている看板が印象的な赤い屋根のホットドックの店。

 子供たちに練習しただろうケチャップのボトルを操る技を見せながら、サングラスにドレッドヘアの青いエプロンを掛けた小太りの男は出来立てのホットドッグを売っていた。

 新聞やコーヒーを売っている店もある。

 仏頂面の白髪の男は新聞を読みながら、片手でコーヒーを飲んでいた。

 男がチラリと此方に視線を向けて来るが、すぐに彼は新聞に視線を戻した。

 他には、靴磨きと書かれたお手製の看板を街灯に括りつけて商売をする子供もいた。

 浅黒い肌の野球帽を被った少年は俺へと視線を向けて、前歯が一本抜けた歯で笑う。

 あらゆる所へと視線を向ければ、怪しい人間はわんさかいる。

 しかし、誰が敵で味方かは、残念ながら俺にも分からない。

 

 四六時中を気を張り詰めている訳にもいかないが……不安ではある。

 

 彼女と道を歩きながら、街の人間の声にも耳を傾ける。

 歩道は赤であり、彼女は信号を守って立ち止まった。

 その時に、隣に立っていた二人の男の話が聞こえてくる。

 整備士なのか作業服を着ていて、手には工具箱を持っていた。

 

「それにしても、治安部隊ってのは厄介だなぁ。市民を守るとか言っている癖に、やっている事って言ったら自分たちの考えに反する人間の虐殺だぜ? この前だって、マゼンダに奴らがやって来てそこに住んでる人間たちの家を片っ端から荒らしていったらしい」

「本当か? マゼンダって言えば、此処からそう遠くないだろ……此処にも来るのか?」

「さぁな。ただ奴らはあのマサムネを殺した事で調子に乗ってやがる……ま、下手に逆らわないこった。言論の自由なんて訴えてたら命が幾つあっても足りやしねぇからな」

「そりゃ違いねぇ。あぁあ、俺もメリウスのパイロットになれたらなぁ。英雄になって億万長者にも」

「馬鹿かぁ? 女房にも逆らえない男が英雄になんてなれるかよ。くだらねぇ事言ってないで、整備士としての腕を磨け」

「……全くだな。くそったれ」

 

 歩道の信号が青に変わり、彼らは歩いていく。

 ゴウリキマルさんも歩き出して、真っすぐ前を見ていた。

 治安部隊というワードを聞いて、彼女は何かを思ったのか。

 彼女の歩調はゆっくりとなっていて、彼らから距離を離している。

 彼らは歩道を渡り切って、左へと歩いて行った。

 ゴウリキマルさんはチラリと彼らを見てから、真っすぐに進んでいく。

 

「……治安部隊の事もあるんだよな」

「……まぁ奴らは俺が死んだと思っていますよ……安心は出来ませんけどね」

「……ダッチは頭の良い人間だ。アイツが私の期待を裏切ったことはねぇから」

「……確か。十四歳の頃から知り合いなんでしたよね? ネットモールがどうとか聞こえましたけど」

 

 俺が質問をすれば、彼女は足を止めた。

 周りを見て、空いている椅子を見つけて歩いていく。

 彼女は緑色のベンチに座ってから、横に座る様に促してきた。

 俺は彼女に従うように隣に座ってから、視線を前に向けた。

 車道には車が疎らに走っていて、向こうの道では茶色の服を着た老人が鳩に餌をやっていた。

 

「……私がアイツと出会ったのは、下層部の路地裏だった。親父からの監視を抜け出して、私が下層部に降りた時に、アイツは路地裏でごろつきにボコボコにされていた。目と目が合ってな、アイツは私に助けを求めて来た。十四歳の小娘にだぜ? 笑えるよな」

「……え、もしかして、助けたんですか?」

「あぁ、ムカついてたからチンピラのリーダーに落ちていた鉄パイプで殴りかかった。見掛け倒しの腑抜け共だったから、リーダーの頭に一発くれてやって気絶させたら尻尾を巻いて逃げていきやがった……それからアイツは私を姐さんなんて呼んで事あるごとに助けを求めて来た……私は退屈していたから、アイツを助けてやる事にした。その一つがネットモールだ」

 

 彼女は昔を思い出しながら語る。

 金に困っていた彼は、彼女から金をせびろうとしたのだろう。

 しかし、彼女は単純に金を恵んでやるのではなく。

 自分の力で食っていける術を教え込んだのだと分かる。

 ネットモールを開設させて、その運営の仕方を叩きこんだ。

 取り扱う商品を仕入れる方法も教えて、時には危険エリアへと子供だけで侵入しパーツをかき集めてきたと。

 ネットモールは繁盛し、彼も多額の金を手に出来たと言っていた。

 親の借金も帳消しにして、晴れて彼は自由になれたのだと。

 

「……ま、結局は親父にバレてさ。奴との交流もそこでぱったりと止んで……たった一年余りの交流だったが。まぁ楽しかったよ……まさか、ネットモールの運営に飽きて仮想現実世界に来ているとは予想もしなかたっけどよ」

「……彼は良い人間なんですか?」

 

 俺は率直な質問をした。

 彼は下層部にいるような人間だ。

 金銭的にも裕福な生まれではない。

 ごろつきに絡まれていたのも、何かやらかしたからだろう。

 そんな人間は彼女に金をせびった。

 良い人間とは思えないし、昨日だって碌な記憶が無い。

 

 信じて良いかは五分五分で……いや、少し信用できないかもしれない。

 

 俺が質問をすれば、彼女はゆっくりとベンチに体を預けた。

 そうして、空を見上げながら静かに語った。

 

「……アイツに妹なんていねぇんだ」

「え、でも」

「……どういう経緯かは知らねぇよ。興味も無い……でも、あの子はアイツを兄だって慕ってただろ? アイツはだらしがない上に節操も無い。ロクデナシだし金にがめつい……でも、アイツは逃げた事なんて一度も無いんだよ」

「……」

「ごろつきに絡まれていた時も、私がスパルタな教育を施していた時も、危険エリアでパーツを探しに行くって言った時も、な……喧嘩も弱い借金まみれだが、誰かを見捨てて逃げる男じゃねぇ。あの子も、そんなアイツが好きであそこにいるんだろうさ……だから、信じてやってくれねぇか?」

 

 彼女は俺に視線を向けて来る。

 笑みを浮かべながら俺の返答を待っていた。

 俺は静かに息を吐いてから笑みを作る。

 

「……信じます。貴方がそこまで言うんだったら、そうなんでしょう」

「……助かるよ……じゃ、ゲームでもするか」

 

 彼女は勢いよく立ち上がる。

 そうして、椅子の傍にあった箱状の機械に触れた。

 鼠色の機械の上には手を置くパネルがあった。

 そこに手を翳せば、機械からポップな曲が流れて来た。

 

 曲が静かに流れていって、何かが光となって機械から出て来た。

 それは車道の上空に小さな的となって形を形成する。

 的は上下左右に動いていて、消えたり現れたりしているものもある。

 ゴウリキマルさんを見れば、手に水鉄砲のようなものを握っていた。

 

「子供向けのバーチャル・シューティングだ。歴代の中での最高得点は98……100点を出せるか試してみないか?」

「……良いですね。面白そうだ」

「よし、それじゃ最初は私だ――よく見ておけよ!」

 

 彼女は銃を構えて弾を放つ。

 銃から発射された光線が的に命中し得点が表示される。

 次々に彼女は弾を放ち的を破壊していく。

 すると、的の機動も変わっていき難易度も上がっていった。

 彼女は楽しそうに笑いながら銃を放っていて、時間も忘れてゲームに熱中していた。

 俺はそんな彼女を見ながら、目を細めて笑っていた。

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