【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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202:死人に口なし

 単身で船へと戻り、俺はサイトウさんの元へと向かった。

 急いで船の中を駆けていく。時折、すれ違うスタッフは俺を見て驚いていた。

 カツカツと靴で鉄を叩く音が響いて、俺は入り組んだ廊下を走っていく。

 階段を駆け下り、廊下を突き進んで曲がり角で談笑していたスタッフたちを屈んで躱した。

 

 彼らへの挨拶も忘れて走っていきながら、俺は考えた。

 どうやら、スタッフの反応を見る限り焦ったような素振りはない。

 人が死んだと言うのに慌てていないのは、サイトウさんが知らせていないからだろう。

 つまり、殺された実行犯は単身でサイトウさんの元へと行き殺されたのか。

 

 実行犯が分かって、こうもあっさりと殺された。

 サイトウさんを襲ったのは、彼女が真相を突き止めようとしていたからか?

 

 可能性はある。しかし、限りなく低いだろう。

 実行犯はただ単純に邪魔な人間を消そうとしたか、真相を知ったサイトウさんを消そうとしたのか。

 その何方かであったとしても、彼女を知っている人間であればその行為がどれだけ愚かな事かは知っている筈だ。

 メリスウでの戦闘技術もさることながら、対人戦闘においても彼女の右に出る者はいない。

 どんなに不意を突こうとも、彼女を殺せるような人間はそれこそ告死天使くらいだろう。

 そんな化け物のような人間を相手に闇討ちを狙ったのなら……あり得ない。

 

 こうも計画を練った上で行動をしている人間なんだぞ。

 そんな奴がこんな短絡的な行動を取って死んだのか?

 

 ふざけている。可笑しいとしか言えない。

 だが、サイトウさんは実行犯を見つけて殺害した事を俺に報告した。

 彼女からの通信である事は間違いない。

 彼女の偽物からの通信かもしれないと疑ったが、確実に本物であると言える。

 端末を盗むことも、彼女が何重にもウォールを築いている端末のセキュリティを破る事も不可能だ。

 アドレスコードは一致していて、別の端末を使った可能性はゼロに近い。

 

 

 なら、本当に――実行犯は死んだのか?

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」

 

 

 サイトウさんの部屋の前に立つ。

 周りには人も死体も無い。つまり、死体は中にあるという事だ。

 血痕らしきものも無いから……いや、絞殺か刺殺かは重要じゃない。

 

 問題なのは、死体が確実にサイトウさんの部屋にある事で。

 それが一体誰なのかと言う事か。

 俺が知っている人間か。はたまた、東源国からのスタッフか。

 いや、そもそもこの船のスタッフでは無いかもしれない。

 

 サイトウさんは詳しくは俺に語らなかった。

 ただ実行犯を見つけ出して、殺したとだけ言ってきた。

 俺はただ仲間の死体出ない事を祈って、此処まで走って来た。

 ボートでの移動中も、部屋の前に立った今でも、最悪な未来を拒んでいた。

 

 俺は荒い呼吸を抑えながら、ゆっくりと手を動かした。

 小刻みに震えている手は、疲れからか。それとも、恐怖を感じているからか。

 俺はボタンに手を置いてから、ゆっくりと力を込めてそれを押した。

 すると、数秒後には扉のロックが解除されて中からサイトウさんが出て来る。

 彼女は顎をしゃくって中に入る様に俺に促す。

 俺はそれに従って中へと入って――目を見開く。

 

 

  

 部屋の中心部分。

 

 そこには床に真っ赤な血だまりが出来ていた。

 

 仰向けに倒れているのは女であり、目から光は完全に失われていた。

 

 整備班のスタッフである事を表す作業服を着ていて。

 

 首が大きく横一文字に裂けていて、それが死因である事は一目瞭然だった。

 

 少し時間が経ったからか腐敗臭が僅かにする。

 

 そんな死体を呆然と見つめて、俺は暫くの間、固まっていた。

 

 

 

 ……死んでいる人間の顔には見覚えがある。

 

 船に乗船したU・Mのスタッフの一人であり、名はミリー・フォールド。

 濃い紫色の頭髪をヘアゴムで一つに結んでいて、ゴーグルを掛けた少女だ。

 歳はまだ十八であったが、彼女は高い技術力を持っていて。

 整備班の人間たちからは娘のように可愛がられていた。

 

 中でも、彼女の事を推薦した古株の男。

 ジャック・モーガンは、彼女を孫のように思っていたと聞く。

 船ですれ違う時も常に一緒で、彼女はよくジャックさんに叱られていた。

 血のつながりのある親子の様で……ジャックさんは知らないのだ。

 

 U・Mの人間として戦っていた時。

 彼女と会った事もある。

 有望なメカニックだと紹介されて、ゴウリキマルさんもこの子には期待していた。

 元気な子であり、綺麗な笑顔を浮かべて俺に軍人のように敬礼していた。

 

 カンカンと騒がしい船の中で。

 彼女はオイルに塗れた服で俺の前に立って。

 礼儀正しく、自己紹介をしてくれたのだ。

 屈託ない顔で笑う女の子であり、彼女は誰よりも純粋だった。

 

 彼女も俺が世界の敵になるような男ではないと信じてくれた人間の一人だ。

 この危険な旅への同行を決意して、船に乗り込んだ勇者の一人で。

 彼女が初めから裏切る為に船に乗り込んだことを信じられる筈がない。

 

 

 彼女が……彼女の訳が……。

 

 

『ミリー・フォールドっす! よろしくお願いします!』

「……ミリー。君が」

 

 

 あり得ない。信じられない事だ。

 だが、サイトウさんを襲われた事を示す映像を俺に見せる。

 ミリーが彼女の部屋を訪れて、サイトウさんが背中を見せた瞬間に襲い掛かった。

 声も発する事無く、彼女は隠し持っていた果物ナイフで背中を見せるサイトウさんに斬りかかる。

 サイトウさんは死角からの攻撃にも完璧に対処して、隠し持っていた暗器を素早く取る。

 そうして、ミリーの背後を取り彼女の、首に…………俺は目を逸らす。

 

「……もう、いいです……もう、十分、分かりました」

「分かった」

 

 彼女はそう言って端末の映像を切る。

 そうして、自らの作業に戻っていった。

 薄暗い部屋の中で、彼女は死体など無いように振舞う。

 カタカタとパソコンを操作しながら、ただ黙ってディスプレイに表示される情報を見ていた。

 

 俺は片手で顔を抑えながら、サイトウさんの様子を見る。

 ついさっき、命を狙われたというのに落ち着いている。

 しかし、彼女は命の取り合いをする鉄火場に身を置いてきた。

 だからこそ、落ち着いている事にも納得できる。

 

 納得できないのは、仲間の死体の近くで彼女が黙々と作業をしている事だった。

 少なからず、ミリーは彼女の機体の整備もしていた筈だ。

 船ですれ違う事もあっただろう。でも、サイトウさんは何も感じていない。

 無感情にミリーを殺して、ただ淡々と作業をしている。

 俺よりもよっぽど機械らしく、冷たさしか感じなかった。

 

 

 でも、俺は、そんな彼女を軽蔑する事は出来ない。

 何故ならば、俺は、ミリーの死体を見て、心の奥底で――安堵したから。

 

 

 ミリーが実行犯だった。それはつまり、ショーコさんやオッコは関係なかったという事で。

 彼女の死によって、他の仲間の潔白が証明された。

 それを自覚した瞬間に、俺は自分自身がひどく気味の悪い存在に思えた。

 他人の死で、仲間の死で、心がホッとしたのだ。

 

 

 ――狂っている。可笑しい……異常だ。

 

 

 俺は自分自身の心に吐き気を覚えた。

 しかし、グッと堪えてサイトウさんに何をしているのかと聞いた。

 

「……そこの女の生体情報を調べている」

「……何で、そんな事を」

「オッコの時と同じ。神薬の痕跡」

「……じゃ、ミリーは?」

「分からない。死んだ後に抜き取ったから、データが乱れてる……いや、意図的に破壊した?」

 

 彼女の呟きに、それはどういう事かと聞いた。

 意図的に生体データを破壊する事が可能なのか。

 それを聞けば、彼女は黙ったまま手を動かしていた。

 小さく重厚なケースに血液などが入った試験官を入れて、それを内部で分析している。

 彼女はカタカタとパソコンに何かを入力しながら、一つ一つ確認していた。

 だが、その作業は上手くいっていない様子だ。

 

 何度も何度もエラーの表示が出て。

 その度に、彼女はプログラムを書き換えて分析の仕方を工夫していた。

 時折、舌打ちをしながらパネルを叩いている彼女。

 これ以上、この場所にいても意味はない……ミリーを弔ってやらないといけないな。

 

 仲間たちに。それも整備班の人間たちにどう伝えるべきか。

 嘘の情報を伝えるか……いや、穴があれば混乱を生むだけだ。

 それなら、真実を話すべきか……彼らの絆が揺らぐんじゃないのか?

 

 嘘でも真実でも、良い結果が出るとは言えない。

 優しい嘘がつけたのならどれほど良かった事か。

 俺は器用な人間じゃない。嘘をつくことは苦手で。

 誰かを傷つけないような話し方をするのも出来ない。

 

 俺はミリーの傍に近寄る。

 そうして、血だまりの中で膝をつく。

 そっと片手で彼女の瞼に触れる。

 手を下へと下ろして瞼を閉じさせてあげた。

 

「……スタッフを呼びます。ミリーを連れて行っても良いですか?」

「ん。もう必要ないから」

「……分かりました」

 

 俺はバネッサ先生に連絡を繋ぐ。

 すぐに彼女は連絡に出て、俺は要件を伝えた。

 ミリーがサイトウさんを襲い。

 ミリーは彼女の反撃を受けて死んで、ウィルスを船のシステムに流し込んだのはミリーであることが分かった。

 今すぐに、死体の処理をお願いしたいことを伝えれば、彼女はすぐにスタッフと共に向かうと言う。

 

「お願いします……はぁ」

 

 何故か、ため息が零れた。

 俺はゆらゆらと移動して、何も無い部屋の隅に移動する。

 そうして、壁に背を預けてズルズルと背中を擦りながら尻を床に着けた。

 俺は膝を立てながら、そこに手を置いてジッと死体を見つめた。

 もうミリーは何も喋らない。

 笑みを浮かべる事も、整備班の仲間たちと一緒に話し合う事も出来ない。

 ミリーは死んだ。殺したのはサイトウさんだ。

 

 でも、誰も彼女を非難する事は出来ない。

 何故ならば、ミリーは彼女の命を奪いに来たのだ。

 近くには凶器として持ってきた果物ナイフが転がっている。

 映像も残っていて、調べればすぐに分かる事だ。

 

 

 ――でも、それで彼らは納得するのか?

 

 

 どんなに正論を言おうとも、人は感情で動くものだ。

 気に入らなければ拒絶して、大事な物を奪われれば相手を恨む。

 好きな人間がいれば、嫌いな人間だって存在する。

 誰もが過ちを笑って許せる訳じゃないのだ。

 俺は未来が怖い。ミリーの死を知って、スタッフたちがどうなるのか。

 それを想像するだけで怖かった。

 もしも、もしもだ。黒幕となる存在がいたとして、これを狙っていたのなら……いや、やめておこう。

 

 陰謀論のような考えを持ったところで、真実は分からない。

 ただ、ミリーが実行犯でサイトウさんを襲った事実は変わらない。

 

 端末が震えて、俺はゆっくりと端末を取り出した。

 そうしてメッセージを見ればサイトウさんであり、調査結果を俺に報告してきた。

 こんなに近くにいるのに直接説明しないのは、それをするのが手間だからだろう。

 俺はゆっくりと添付された資料を見ていった。

 

 映像は、ブリッジのものと一緒で。

 唯一違うのは、彼女がミリーの情報を入力した事によって立体的な情報が見られるようになって。

 彼女の影やスタッフたちに視線の向きが、彼女の背格好と一致していた。

 これが証拠であり、紛れも無い真実だった。

 

 彼女はこれが発覚するのを恐れて……いや、まだ分からない。

 

 神薬を使用した痕跡があれば、ミリーの潔白は証明される。

 だが、そうなればまた振り出しに戻る事になる。

 そうなれば、俺たちの中には味方への疑心が積もっていき……くそ、どうすればいい。

 

 俺は片手で顔を覆いながら、目を閉じた。

 暗闇の中には誰もいない。

 一人の世界であり、考えを纏める事も出来るだろう。

 

 ミリーの事は話す。

 彼女が実行犯であった事も話す。

 だが、神薬の可能性については話さない。

 不確定な要素であり、それを話せば疑心は一気に広がる。

 そうなれば、この船は終わりであり、それだけはあってはならない。

 

 ただ真実だけを話す。

 一時的にはいえ、それで犯人捜しは終わる。

 後の事は、俺やサイトウさん……オッコで調査を進めればいい。

 

 死人に口なしとは、よく言ったものだ。

 正にその通りであり、俺はミリーを一時的にとはいえ犯人として公表しようとしている。

 彼女の名誉も尊厳も無視して……可能性すらを無視して、俺は、彼女を……っ。

 

 

「……ごめん。ミリー……ごめん……」

 

 

 俺の口からは、自然と謝罪が漏れ出ていた。

 実行犯であった可能性が高いのに。

 俺の中ではまだ、彼女では無いと思っている気持ちが存在する。

 ズキズキと痛む心臓。一つの嘘で、胸が痛みを発している。

 俺は胸の痛みを片手で抑え込みながら、何度も何度も心の中でミリーに謝り続けた。

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