【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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204:道化を演じれば(side:シックス)

 長い階段を下りていく。

 薄暗く、湿り気を帯びた生ぬるい風が吹く地下室。

 外の光も届かない場所には、俺の靴の音だけが反響していた。

 コツ、コツ、コツと響いて亡者の怨念が風となって聞こえてくるような気がした。

 俺は階段を下りて簡素な扉の前に立つ。

 そうして、扉を開けて不気味な音を立てながら中へと入る。

 長い道が続いていて、石が積み上げられた壁の間には鉄格子が地面から生えていた。

 遥か昔の時代に使われていた囚人たちの監獄。

 廃棄されたそれを改築して、今はゴースト・ラインが裏切者や命令違反者を収容する為の場所として使われている。

 今はほとんど使われておらず。此処にいる収容されているのは……たった一人だけだ。

 

 ゆっくりと進んでいく。

 進んで、進んで、進んで……俺は足を止めた。

 

 薄暗く不気味な牢屋の前を歩いていけば。

 死臭が濃くなっていき、風の音はより不気味になっていった。

 それを聞きながら、俺はゆっくりと男が収容されている牢の前で止まる。

 

 鉄格子の先には、両手を拘束された虚ろな目をした青年が座っている。

 この世全てを恨んでいるような目で。

 かつて組織の中で正義心に溢れていた無邪気な少年はもういない。

 伸ばしていた髪をバッサリと切り、キラキラした目は濁ってしまっている。

 大切な仲間を、恋心を抱いていた女を殺されて、こいつは変わってしまった。

 今ではただの野良犬であり、憎い敵を討つための武器だ。

 

 ボスは命令違反をしたファイブを此処へ幽閉するように命じた。

 頭を冷やすまでは、こいつを此処で待機させるつもりだろう。

 俺はちっとばかし暇が出来たからこそ、この場に来てこいつの様子を見に来た……まぁ、アイツからの指示でもあるがな。

 

 筋骨隆々で何時もニコニコ笑っているパツパツのスーツを着た大男を思い出す。

 アイツはファイブを高く評価していて、こいつに道を選ばせようようとしていた。

 誰でも無い。自分の為に、進むべき道を決めろと言いたいのだろう。

 そういうアドバイスは自分でしろと言いたいが、アイツは“一大決戦”へと出掛けてしまった。

 俺たちにとって最も脅威となる存在。

 この世界で最強の名を与えられた男とアイツは戦いに行くと言った。

 

 何方が勝つか負けるかは俺にも分からない。

 勝敗決したとしても、何方も深い傷を負う事は間違いない。

 奴はそれを理解して、単身で挑みに行った。

 それは俺たちが仲間として頼りなかったからか。

 それとも、奴自身が圧倒的な強者との戦いを――楽しみたかったからか。

 

 分からない。分からないが、俺は俺がやるべき事をするだけだ。

 仲間の勝利を信じたいが、相手が相手だ……楽観視できるような相手でもねぇ。

 

 ボスは待機を命じていた。

 しかし、ファーストはその命令を破って出ていった。

 裏切りではない。奴なりの考えがあって抜け出した。

 遅かれ早かれ、最強との戦いは免れない。

 それに、潜伏している“アイツ”からの連絡もまだ来ていない。

 

 

 俺が心配しているのは、ファーストでもファイブでも無い……セカンドだ。

 

 

 アイツは、今、危険な状態だ。

 危ない橋を渡っている最中であり、連絡が来ないのも俺の不安を加速させる。

 計画通りに進んでいるのなら、奴が乗っている船の中は混乱のさなかだろう。

 仲間同士が疑い合って、疑心暗鬼に陥り、統率に乱れが生じる。

 

 だが、あの船の中には”夜叉”がいる。

 告死天使に近い立場で、奴の仲間の中では最も冷酷で戦闘技能に長けた女だ。

 アイツがいる以上、安心なんて出来る筈がない。

 奴の心の中には仲間意識などは砂粒程も無いだろう。

 ただ何らかの計画において重要な存在であるマサムネを利用する事だけを考えている。

 その為、計画進行の邪魔となるセカンドを消しに来る可能性は大いにあった。

 

 もしも、一対一での戦闘を強いられた場合。

 セカンドの勝率は……あまり期待は出来ない。

 

 奴は潜入に特化している。

 対人戦や対メリウスの戦闘にも長けているが、あの化け物とは比べ物にならない。

 それにもしもだ。雷や他の人間まで戦闘に加われば……逃げる事も絶望的だ。

 

 最悪のパターンは何度も考えて来た。

 船の人間に潜入がバレて、計画が破綻する場合だ。

 そうなれば、長い時間を掛けて作り上げたボスのシナリオが終わってしまう。

 計画にミスは許されない。誰一人として失敗はしてはならない。

 

 

 その為にも、この男は――必要だ。

 

 

 端末をポケットから出す。

 そうして、指で操作して鉄格子と枷の電子ロックを解除した。

 短い機械音と共に、奴の自由を奪っていた錠がごとりと地面に落ちる。

 奴は虚ろな目でそれを暫く見つめてから、俺に視線を向けて来た。

 

「……何の、つもりですか……シックスさん」

「出ろ。仕事の時間だ」

 

 俺は端末をポケットに仕舞ってから、煙草とライターを出した。

 そうして、箱から一本出してから口に加えた。

 ライターで火をつけようとするが、湿っていた空気の所為で中々つかない。

 俺は何度も何度もしけた火花を散らせて――すっとファイブが手を差し出してきた。

 

 俺は目を細めながら、奴にライターを渡す。

 すると、奴は片手でライターを握りながら俺に近づけてくる。

 そうして、意図も容易く火をつけてみせた。

 俺は礼を言うことも無くライターの火を受け取って煙草に火をつけた。

 

「……貴方は、変わりませんね。不器用な所も……優しい所も」

「……不器用は余計だ……とっとと行け。行って、自分の気持ちにケリをつけて来い」

 

 俺からアドバイスする事なんて何一つない。

 この若造は、最初から全てを知っている。

 自分の敵への恨みと、かつての愛する女への愛情には……既に意味が無い事を。

 

 殺すべき相手なんて最初からいない。

 あのミサイルを仕向けたのはマイルス・ワーグナーで。

 憎むべき相手は最初から死んでいた。

 いや、もっというなればあの場に奴を連れてこなければ、セブンが死ぬ事は無かった。

 

 全て、全ては、俺たちの運命だっただけだ。

 俺たちが自分で進んだ道が、偶々そういう未来に繋がっていただけで。

 もしかしたら、セブンでは無く俺が死んでいたかもしれない。

 セブンでは無くファイブが死んでいたかもしれない――そんな考えに意味なんてねぇ。

 

 あったかもしれない可能性ほど無意味なものは無い。

 存在しなければ全て嘘だ。

 真実じゃなければ、誰も現実などとは思わない。

 セブンが死んだ事実こそが現実で、マイルスを捕まえなかったらという可能性は嘘だ。

 

 結局のところ、俺たちは自分で賽を振って自分で道を進んだ。

 敵に恨みを抱くのはお門違いだ。

 この世界で恨みつらみで生きていたとしても、意味は無い。

 

 

 

 ……だけど、頭で分かっていても。人間ってのは馬鹿だからな――納得は出来ないさ。

 

 

 

 俺は煙草を指で掴んで煙を吐く。

 そうして、奴に対して今ある情報を伝えた。

 

「お前の端末と機体は地上のドッグにある。整備している人間から受け取れ……セカンドからの最後の情報で、大体の船の座標は分かっている……が、もう移動している頃だろうさ……情報屋から一つ情報を手に入れた。カルトペグニオ。そこで奴らの目撃情報があった。写真から特定は難しい。確かな情報かは定かじゃない。調査員を向かわせたが連絡が来ない。恐らくは、もう、島から離れたか。そもそもいなかったか」

「――十分です。ありがとうございます」

 

 ファイブは俺に礼を言って去っていく。

 自分の気持ちにケリをつけに行くのだろう。

 若いというのはそれだけで価値があるが……年寄りから見れば、危なっかしくて仕方ない。

 

 俺が奴の背中を見つめていれば、奴はゆっくりと止まった。

 そうして、手に持ったライターを俺に見せてくる。

 返そうとしてきた奴の動きを止めて、俺はにやりと笑う。

 

「後でいい……無事に帰還して、返してくれ。それは、おまもり代わりだ……加護も祝福も無い。加齢臭がするしけたもんだがな」

「……分かりました。絶対に、返します」

 

 ファイブはそれをギュッと握る。

 そうして、律儀な奴は深々とお辞儀をしてから去っていく。

 俺は笑みを浮かべながら、煙草を取って息を吐く。

 

「……似合わねぇな。子供を戦場に送り出すのは、こりごりだ……地獄でセブンに笑われちまうな」

 

 俺は首を左右に振りながら、壁に背を預けてその場にしゃがみ込む。

 短くなった煙草を片手で持ちながら、俺は誰もいなくなった牢屋で笑う。

 

 地獄で仲間が待っている。

 会いに行くその日まで、精々、生き足掻いて見せるさ。

 おっさんはおっさんなりに、若者には出来ない仕事がある。

 俺は端末を取り出してから、煙草を地面に押し付けた。

 頼りない火が濡れた地面で鎮火されて、なさけない音が鳴る。

 それを聞いてから、俺はとある人間に連絡を繋いだ。

 

 出るかどうかは賭けだった。

 出たとしても、奴の位置情報までは手に入れる事は出来ない。

 ボスからの命令で、奴に対して過度な干渉はするなと言われている。

 他の幹部が聞かされているシナリオがどうかは分からないが。

 俺だけが唯一、奴との連絡手段を持っていた。

 

 こんな事をファイブやファーストに聞かせれば、奴らは黙っていないかもしれない。

 俺がやっているのは二重スパイのような事で。

 ファーストに従いながら、ボスにも従い……自分自身の感情でも動いている。

 

 

 何度も何度コール音が響いて――繋がった。

 

 

《……》

「よぉ、久しぶりだな。挨拶は無しか? 道化師(ジェスター)

《……今になって、君が私に連絡を寄越した意味……それを考えていたのさ》

 

 

 道化師は、軽蔑したような声色で俺に語りかけてくる。

 それもそうだろうさ。奴の今の役割を指示したのは他でも無い俺だ。

 ボスのシナリオ通りに進めるのなら、奴こそがそのポジションに最もふさわしいと考えた。

 結果的には、その考えは当たっていて。奴は見事に道化を演じていた。

 

 仲間として信頼されて、一度は裏切者の烙印を押された。

 しかし、再び頼りにされて仲間に戻り。

 今頃は司令官のように奴らを纏め上げている頃だろう。

 人心掌握術に長けた魔女であり、俺ですら舌を巻く手腕だ。

 俺が褒めようとすれば奴は嫌がるだろうから、褒めるような事はしないが……話をしよう。

 

 

「取引をしようじゃないか道化師。仲間の命を助けてやる……だから、俺の事を助けろ」

《……随分と抽象的な物言いだね。ハッキリと言いなよ。君らしくない。焦っているのかな?》

「焦っているのはお互い様だろ? 何時、敵から攻撃されるかも分からない。長距離からのレーザー砲による一斉攻撃。それだけでお前らは海の藻屑だ。もしも死んだら、お前は本物のピエロだ。笑えるか?」

《……良いだろう。私としても、目的を成し遂げずに死ぬのは真っ平ごめんだ。敵の情報を教えてくれ。君の指示も、ある程度であれば受け入れよう》

「話が早くて助かるよ……お前の船を目指して、ファイブが移動を始める。聡い奴だ。すぐに居場所を突き止めるだろう。俺はお前に奴の機体に仕込んだビーコンの位置情報を送る。それで、奴の奇襲を防げ。なるべく怪しまれないようにな」

《……また無理を言う……まぁいいだろう。それで、君の願いは何だ?》

 

 

 道化師は俺に要求を言うように言う。

 俺はニヤリと笑みを浮かべながら、ハッキリと言う。

 

 

 

「――襲ってくるファイブを、殺さず生け捕りにしろ。それが俺の要求だ」

《…………はぁ、ハッキリ言うが。私よりも君の方がよっぽど道化に相応しいと思うよ?》

「あぁ自覚はある……任せたぞ」

《はいはい……世話の焼ける男だよ。全く》

 

 

 

 それだけ言って道化師は通信を切る。

 俺はくつくつと笑いながら、自分の卑劣な裏切りに吐き気を覚えた。

 ファイブにケリをつけて来いといった俺が、奴を信じていないのだ。

 奴の覚悟を裏切る行為であり、地獄で待つセブンへの土産話には丁度いい。

 

 煙草の箱を出して、もう一本吸おうとした。

 しかし、途中で手を止めてからぐしゃりと箱を潰す。

 そうして、ゴミを適当に投げ捨ててから俺は立ち上がった。

 

「……自分への罰ってか……道化は、俺だな」

 

 ポケットに片手を突っ込んでぐしゃぐしゃと髪を掻く。

 そうして、来た道を引き返すように移動しながら、俺は静かに笑みを浮かべた。

 このシナリオにはアレンジが必要だ。

 書き手にすら分からない駒の動きを、ファイブにさせる。

 そして、そのアレンジによって物語の結末は少しずつ変わっていくだろう。

 それがより良いものになるか、クソにもならない無価値なものになるのかは――神のみぞ知るのだろうさ。

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