【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
カルトペグニオから出発し、再び機械たちの墓場を目指して船は進む。
一時的には船にいるスタッフたちの空気は悪くなった。
それは、整備班の人間たちが信頼し愛していたミリーが死んだからだ。
殺したのはサイトウさんであり、整備班の人間は彼女を目の敵にしていた。
中には彼女の機体など触りたくないと言う人間までいた。
だが、ジャック・モーガンはそんな輩を叱責する。
技術屋が仕事をえり好みしてどうするのかと。
一流でも二流でも無い半端物が、工具を持つ資格は無いと言って。
彼は誰もがしたがらない仕事を率先して行っていた。
時折、サイトウさんが格納部にやって来ては、彼が整備した富嶽をチェックしていた。
彼らからすればその行動自体、気に食わなかったに違いない。
唯一庇ってくれている彼の腕を疑うように、頻繁に機体をチェックしに来るのだから。
彼らからそういう不満を聞くまで、俺はそんな事になっているとは気づかなかった。
いや、気づいていながら黙認していただけかもしれない。
俺は彼らの気分を悪くしないように、サイトウさんの機体の調整はモーガンさんとゴウリキマルさんにお願いした。
彼ら二人だけでするのは大変かもしれないが、機体の調整だけなら問題ないだろう。
サイトウさんにもあまり悪目立ちするような行動は控えて欲しいとお願いしたが、聞いてくれたかは分からない。
搬入された資材を使って移動中の船の修繕。
そして、新たな武器パーツの製造から既存のパーツの改良など。
整備班の人間たちは休む時間も無いほどに忙しそうだった。
だからこそ、手が足りなければ、すぐにでも手伝いに行くことを彼女らに約束して――俺は早速、駆り出されていた。
ゴウリキマルさんからお願いされて、俺はある物を船に取り付けていた。
それは直径一メートルほどの円盤であり、銀色の輝きを放っていた。
つるつるに磨き上げられたそれは、厚さ三十センチもある金属の塊で。
彼女曰く、この船に今、一番必要なものであるということらしい。
詳しい説明はされなかったが、モーガンさんも性能はお墨付きの様で。
これさえあれば、戦いになったとしても大丈夫であると言っていた……本当に何なんだろうな。
まぁ、あまりペラペラと話して敵に知られるのはまずい。
ただでさえ、船にいる仲間たちは疑心暗鬼に陥っているのだ。
表面上は皆、仲良く話しているが、心の中では友人の事でさえも疑っている。
一番ピリピリしていた時から考えれば、まぁマシにはなったが……どうにかならないか。
かくいう俺でさえも、まだ不安を抱えている。
表向きはミリーが実行犯であると断定してしまったが。
サイトウさんが言うように、神薬を使用した可能性だってまだある。
アレを服用した人間は魂を再構築されて別の人間へと作り替えられる。
思い出すのはモルノバの住人たちで、彼らは命令一つで死んだように黙っていた。
さきほどまで人間らしく涙を浮かべて喜んでいた人間たちがだ。
あの薬は人の心を破壊し、傀儡に変えてしまう恐ろしい代物だ。
あんなものは存在してはいけない。あってはならないものだ。
俺は作業用のメリウスを操作しながら、背中に背負った円盤を一つ取る。
ガシャリと音がして、背中に格納された円盤が出てきて腕のマニュピレーターで掴む。
牽引用のケーブルで宙づりになりながら、俺はそれを船の側面に取り付けた。
円盤を船の側面に押し付ければ、円盤から短い機械音が響いて装甲にピタリとくっつく。
銀色のボディーの内部から青白い光が出ていて、これでいいのだと理解できた。
スッと露出したコックピッドから左へと視線を向ければ、トロイやレノアも同じように円盤を取りつけていた。
「……まぁ、気晴らしにはなるな。うん」
モーガンさんは雑用は全て任せろと言ったが。
何もしないまま起こるかも分からない戦いを待っている訳にはいかない。
だらだらと遊んで過ごしていれば、それだけ勘や動きも訛ってしまう。
そんな事をゴウリキマルさんに言えば、彼女はこの仕事をしろと言ってきたのだ。
これで作業用メリウスを動かして、手を慣らしておけと言われて。
俺はトロイたちを誘って、海鳥の鳴き声を聞きながら黙々と作業をしていた。
今の時間は平和であり、ピリピリとした張り詰めた空気も感じない。
のびのびと仕事をしながら、俺は円盤をつけていく。
一つ、また一つと決められた通りに等間隔に設置していった。
作業用メリウスの露出したコックピッドの中心部にはモニターが置かれている。
しかし、それはレーダーなどに繋がっている訳じゃない。
あくまで作業をする為に必要な装置の一つで、船の図面を見ながらビーコンが示す場所に円盤を設置する為の補助機能だ。
レバーを操作しつつ、ケーブルも動かして右に移動する。
海の上での作業は、それなりに疲れるものであった。
じりじりと照り付ける太陽は、海面に反射して俺たちから水分を奪っていく。
玉のような汗を掻きながら、俺たちは仕事をしていて。
適度に、モニター横に置いたボトルを取っては中の水を飲んでいた。
熱い中の作業をしていれば、帝国にいた時を思い出す。
オールドヘイム夫妻は元気だろうか?
また行く機会があれば、何か土産でも持っていきたい。
ザックス君はお酒が好きそうだったから、トロイと一緒に選んだ酒でも持参して。
奥さんのニーナさんへの土産は、ショーコさんたちに頼んで選んでもらおうか。
後は、孤児院の子供たちへの贈り物も…………いや、まだ分からない。
本当にまた会えるのかは、俺にも分からない。
今は平和な時間を過ごしていたとしても、また戦いはやって来る。
その時に、仲間たちが誰一人として欠けないなんて保証は何処にも無い。
俺は死んでも仲間たちを守るが、その努力が実を結ぶのか……ダメだ。考え過ぎだ。
余計な事を考え過ぎて、嫌な未来を想像してしまう。
俺は頭を左右に振って、再びレバーを握って機体を操作した。
ガシャガシャと機体から音を響かせながら、俺は無心になって作業をする。
考えれば考えるほど、ドツボに嵌ってしまうのなら……何も考えない方が良い。
〇〇
「これも駄目……チッ、面倒だ」
カタカタとパネルを叩きながら、これで何度目かになるか分からない分析結果を消す。
全てがエラーを表示させて、後少しのところで進まない。
敵がこの船に潜んでいる以上、安心できる事は何一つとしてない。
あのメカニックの女が実行犯であるのは確かだが、裏で手を引いた人間がいる。
指示をしたか、或いは薬を使って強制的に行わせたか……恐らくは後者だ。
U・Mのスタッフとして働いていた実行犯の女。
ならば、U・M側にいる人間がそいつに一服盛るのも簡単だ。
何処かのタイミングで薬を盛り、タイミングを伺っていたのだろう。
全てはこの時の為で……だが、腑に落ちない事がある。
そもそも、その裏で手引きした人間は何故そんな危険を冒した。
船の進路を妨害し、仲間に位置情報を送りたいのであれば他にもっと方法はあった筈だ。
確実性は無いが、薬という手があるのなら、もっと強引な手も取れただろう。
それをしなかったのは、理由があるに違いない。
告死天使やあの女から神薬の事は聞いている。
服用すればその人間を意のままに操れると……しかし、アレにも欠点が存在する。
先ず初めに、薬を服用した者が数名であれば細かい指示を出して制御も可能なようだ。
だが、もしもその人数増えたのならば、制御する事は難しくなる。
単純な命令であれば従うだろうが、複雑な指示になると一人一人に対して命令する必要が出て来る。
その場合は、専用の端末などを使って奴らは指示を出すらしいが……まさか、それが?
専用の端末を持ち込めなかった。
それはつまり、奴らの使う端末が持ち込めるようなサイズでは無いからか。
人間の魂を再構築し、新たな人間として作り替える。
そうして、元の人間のような生活を送らせながらいざという時に駒として使う。
だが、人間の心を完全に支配して制御する為には、どれほどの計算が必要だ?
それこそ膨大な量の計算を要するのは確かだ。
既存のPCや端末の処理速度では追いつく筈がない。
昔でいうスーパーコンピューターが何台も必要だろう。
つまり、奴らは神薬を使わなかったのではなく使えなかったことになる。
使用できたとしても操作できるのは一人や二人で……リセットされたのなら、また誰かを……生かしておくべきだったか。
必要の無い人間だからと消したが。
黒幕にとっては消さない限りは残る駒で。
生かしておけば、新たな刺客を生み出される心配も無かったかもしれない。
自らのミスを自覚して舌打ちして、私はとある情報を分析に組み込む。
それは神薬のデータを絞り出す為に必要な情報で。
今回使われたのが“完全版”の神薬ではなく、“不完全”なものであるというものだった。
完全版の方がより人間らしい行動を取れるだろうが。
今回、私を襲ってきたあの女は人形のように気配を殺していた。
殺気も無く、ただ無感情に襲ってきたのだ。
だからこそ、今回の神薬は完全版では無く不完全な物で。
何故、それを使用したのかはデータから見て分かる。
恐らくだが、完全版は素体となる人間の生体データを完全な状態で保存できるのだろう。
再構築したデータにも穴は無く、その人間も痛みも苦痛も伴わない。
違和感なく、普通の人間のように生活を送る事が出来る。
しかし、不完全なものはそうではない。
モルノバの事は知っていて、ドローンからの映像を見ていたから知っている。
神薬を服用して、一度、その効果を出してしまえば不完全な人間が出来上がってしまう。
それは人間では無く、命令を聞くだけの人形で。
この時点で再構築された生体データは歪な物で、無理が生じる筈だ。
だからこそ、一度の命令であったとしても実行しようとして感情が欠如してしまう。
マサムネは知らないかもしれないが。
奴らの欲していた神薬の効果は人形のように操るというものではない。
人間のように振舞いながら生活し、与えられた命令に疑問を抱くことなく実行する事。
つまり、人間としての機能や心を保ちながら、命令さえあれば善良な市民を一流のヒットマンにするような奇跡を起こしたかったのだろう。
奴らの欲していたのは奴隷じゃない。進化や成長で……当たりだ。
分析の結果は当たりであり、やはり奴らは不完全な神薬を使っていた。
あの女はただの捨て駒であり、黒幕は別の計画を進行している頃だろう。
私は分析結果を端末に保存してから、パネルを叩いてディスプレイに映像を表示させた。
至る所に設置した監視カメラの映像をチェックしながら、私はパネルを叩いて次々に映像を切り替えていく……今は、何もしていない。
それならばと、私は映像を逆再生した。
遡るまでの時間を打ち込んで、待ち――止める。
映像を再開させながら、複数の映像を同時に見る。
早送りで映像を見ながら、私は目を忙しなく動かしてチェックしていく。
見て、見て、見て、見て、見て、見て……映像を止める。
「――種を撒いていたのか」
その映像に映っているのは死んだ筈の女で。
此処へと来る前に、そいつはとある場所に行っていた。
その場所は海水を真水に変える為の浄化装置が置かれている場所で。
女は浄化装置に細工をして、中に何かを仕組んでいた。
それは掌から少し漏れ出るくらいの透明の袋に入った白い粉で……まずい。
私の計算が正しければ、次の水が生成されタンクへと新たな水が供給されるまでの時間は――1時間も無い。
もしも、新たな水が生成されてそれが船の人間たちに渡ればどうなるか。
最悪の場合は、船のスタッフはゾンビのように我々に襲い掛かって来る。
殺して終わりならそれでいいが、船を操舵する人間や機体の整備をする人間がいなければ話にならない。
いや、もっと最悪なのはマサムネとゴウリキマルがその水を飲んだ場合だ。
もしも奴らの操り人形となり、鍵を奪われマサムネが無力化されれば……私の計画が潰れる。
供給された水は1週間ほどで空になる。
もうそろそろ新たな水を生成するフェーズに移行して、タンクの中に浄化装置によって浄化された水が自動的に供給される。
そうなれば終わりで――私は椅子を弾き飛ばした。
「――ッチ!!」
盛大に舌を鳴らしてから、私は扉を蹴り破る。
そうして、浄化装置の元へと走って行った。
間抜けなスタッフ共を押しのけて、私は脇目も振らずに走る。
面倒だ。本当に面倒で――世話の焼ける男だよ、お前は。