【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
コツコツという靴の音が響いていく。
スタッフたちは一部の人間を残して、皆部屋に待機を命じられて。
今活動している人間たちは、浄化装置のあるエリアのセキュリティの復旧に努めている筈だ。
バネッサ先生もスタッフたちの作業に立ち会うらしい。
今この船は誰も信用できないという空気が流れている。
その空気を作り出したのはミリーでは無い。
他でも無いサイトウさんが犯人捜しを率先して行った結果、船の状況は深刻なものになった。
そして、彼女が浄化装置のエリアに侵入し捕らえられた事によって、一部の人間は彼女こそがゴースト・ラインからの刺客であると言っていた。
この状況はどう考えても拙い。
彼女としても孤立してしまう事態は避けたかっただろう。
しかし、本人が自らの行動に疑問を持つ事無く動いていたのだ。
明らかに普段の彼女であれば考えられない大胆な行動で。
俺の推測が正しければ、今のサイトウさんは非常に危険な状態だと言える。
今はまだ何も起きていないが……取り返しのつかない事態になる前に、対処しなければ。
端末をポケットから出して指で操作した。
移動しながらバネッサ先生にメッセージを送れば、すぐに返事は返ってきた。
サイトウさんが監禁されている場所を教えて欲しいと頼めば、彼女は理由も聞かずに教えてくれた。
真っすぐにそこへと向かって行けば、途中でロックが掛けられた扉に阻まれた。
俺は咄嗟にバネッサ先生からメッセージと共に受け取ったコードを入力した。
すると、ロックは解除されて中へと進めるようになった。
船の中にこのような場所があるとは知らなかった。
中へと入って周りを見れば、細長い廊下が少し続いて。
両横に等間隔で計四つの鋼鉄の扉が設置されていた。
廊下の先に小さな丸い窓があるだけで、それ以外に外を確認する術は無さそうだった。
営倉のようなものだろうが、まさかこんなものまで作らせていたのか……。
静かだ。静かすぎる。
まるで、誰もいないと思えるほどの静けさで。
俺は強い不安を抱きながら、一つの扉に視線を向ける
ごくりと喉を鳴らしてから、ゆっくりと足を進める。
そうして、彼女が収容されている扉の前に立った。
中の様子を確認する為の覗き穴のような物は存在しない。
分厚い扉であり、普通の開閉機構は見当たらなかった。
ノブも無ければ、小さな隙間さえ存在しない。
どうやって開けるのかも分からないそれを見つめてから、俺は隣に設置されたモニターに目を向ける。
ボタンが幾つかついており、バネッサ先生からメッセージを確認すれば、これで扉の内側にいる人間とやり取りをするようだ。
俺は簡潔に纏められた操作方法を見てから、ゆっくりと左のボタンを押した。
すると、モニターに内部の様子が映し出された。
――いた。サイトウさんがベッドに座っている。
壁に固定するように作られた簡素なベッドで。
灰色の空間には、トイレと洗面台が存在するだけで他には何も無い。
壁の方に目を向ければ、四角い形に掘られた溝がある。
恐らくは、あそこが動いて食事を提供したりするのだろう。
彼女の手には枷が嵌められていて、足にも同じように金属製の枷が嵌められていた。
自由に動けなくされた上で、彼女はジッと時を待っている。
内部の様子を確認してから、俺はゆっくりと真ん中のボタンを押した。
「……サイトウさん。マサムネです」
《……ん》
彼女はゆっくりと瞼を開けた。
そうして、立ち上がってからカメラの近くに立った。
頭上にあるカメラを見上げながら、彼女は何の用かと聞いてくる。
俺は彼女に説明する前に幾つか質問をする事にした。
「サイトウさん、体に不調はありませんか?」
《無い》
「……自分の行動で不審な点は?」
《……無い》
「……最後に一つだけ……俺の質問で、何かに気づきましたか」
彼女は俺の言葉を静かに聞いていた。
そうして、ゆっくりと目を見開いた。
何かに気づいて理解したような顔する。
彼女は弧を描くように笑って、ゆっくりと言葉を発した。
《…………ふふ…………そういう、事か》
彼女はゆっくりと息を吐いた。
そうして、顔を地面に向けながら俺に表情を隠した。
見えない彼女の表情を想像する事は簡単だ。
自分が嵌められて、調べていた筈の神薬を“自分が盛られた”可能性が浮かび上がって来た。
俺からの質問で彼女はすぐに気づいたのだろう。
自分の行動を見返して、疑問に思わなかったことについて考えている様子だ。
彼女はゆっくりと顔を上げる。
そうして、俺に対して静かに命令した。
《私をこの部屋から出すな。最低でも、黒幕を見つけ出すまでは》
「……ですが、サイトウさんを一人にするのは」
《――自分の身を心配しろ。今のお前は危険だ》
「俺が危険……それは」
《……今になって敵の狙いを理解できた。敵は私を船で孤立させるのが目的じゃない。完全に私を無力化する為に、今まで動いていた……あの女を操って私を襲わせたのも、計画の一つだった……今回は、私の負けだ》
サイトウさんは無表情でありながらも、悔しさを滲ませるように呟く。
彼女は他の人間よりも頭が切れる。
しかし、今回の件に関して彼女は他の人間を頼る事無く一人で解決しようとした。
功を焦っていた訳じゃないが、彼女だって人間だ。
一睡もする事無く働き続けていれば、何れは無理が生じる。
敵はそんなサイトウさんの一瞬の隙を利用して、彼女に毒を仕込んだ。
……兎に角、今は彼女の言葉を受け止めよう。
サイトウさんは俺にハッキリと忠告をした。
確かに彼女のサポートが受けられなくなった今。
俺が頼る事の出来る人間は限られてくる。
いや、そもそも、警戒心が人一倍強い彼女がどうして神薬を盛られたのか?
俺はそれについて考えてみたが、まるで分からなかった。
飲み物を飲んで服用してしまったのなら理解できるが。
彼女が得体の知れないものに口をつける可能性は極めて低い。
飲むとしても調べてから飲む筈であり、その状態で神薬を服用してしまう可能性はゼロに近い。
だったら、どうやって彼女は薬を……コツコツと音が聞こえた。
視線を向ければ、サイトウさんが壁を指で叩いていた。
俺の意識が逸れて呼び戻してくれたようだ。
俺は彼女に謝りながら、薬を飲んだ可能性がある日を覚えているか尋ねた。
すると、彼女はそれは無いと即座に否定した。
《……そもそも、これが神薬なのかそうでないのかも分からない》
「……つまり、別の可能性があると?」
《ん……固形物でも液体でも無いのなら、“気化”したものの可能性が高い》
「ガスって事ですよね……気づかなかったんでしょうか」
《普通なら気づく。異臭がすれば即座に。無味無臭のものであっても、危険は体が察知する……たぶん、気づかれない工夫をした。私がよく嗅いでいた臭い。それも強烈な臭いに混じらせる事で……気づいた?》
彼女の試すような口ぶりに対して、俺は自らの顎に指を当てて考えた。
ガスによって体に取り込まれた可能性。
しかし、サイトウさんが異臭のするものに気づかない可能性は低い。
そして、本人からの口ぶりからして無味無臭であっても本当に気づくのだろう。
それでも気づかなかったのは、それを塗り替えるような強烈な臭いがあったからで。
それが何かを考えれば、一つだけ思い当たるものがあった。
彼女の部屋にそれは存在していた。
あの状況の中で、唯一それが発生してしまった。
彼女ならばそうするだろうと敵が判断して、作り出してしまった状況。
それによって気づかぬままに、彼女はガスを吸い込んでしまった。
その状況とは――死体が出来た状況。つまり、“血”だ。
「……敵は死体の異臭。血の臭いでガスから出る僅かな臭いを誤魔化したんですか」
《恐らくは……今、自分も服用した可能性を考えた?》
「……えぇ、まぁ……違うんですか?」
《違うと思う……ガスを部屋の中に充満させるには時間が必要。アイツを殺して放置して、マサムネが駆けつけてきて、死体を他の人間に回収させて……その後に、敵はガスを私の部屋に充満させた筈。扉が開けば、嫌でも外にガスが漏れるから。死体の臭いが部屋にこびりついている状況なら、死体が消えても異臭は残る……安心した?》
「……はい。ありがとうございます」
彼女の説明で少しほっとした。
これで俺やバネッサ先生にガスが注入された可能性は消える。
取り敢えず、どの状況で薬を盛られたのかは理解できた。
誰がやったのかは分からないが……恐らく、その時もロボットか何かを使ったのか。
《……作業用のロボットは見つけた?》
「えぇまぁ……ただ、ログは見事に消されていました。痕跡が無いか洗ってみましたが何も」
《……私の部屋のPCは?》
「オッコたちが行きました……ちょっと待っていてください」
俺はボタンをもう一度押して通信を切る。
そうして、端末を取り出してオッコからのメッセージを確認した。
すると、添付された画像には真っ黒に燃えた残骸が広がっている。
その部屋はサイトウさんの部屋であり、彼女のPCや持ち物は全て焼き払われていた。
彼からのメッセージで分かる通り、可燃性の薬品を撒いて火をつけたらしい。
部屋にあった消火装置で火は消えたが、データの復元は出来ないようだ。
サイトウさんが俺たちにデータを送ったのは正解だった。
俺はオッコに引き続き調査を任せて、今度はバネッサ先生にメッセージを送る。
バネッサ先生にサイトウさんの端末は何処にあるのかと聞いた。
すると、すぐに返事は返って来て……え?
俺はメッセージの通りに、通路の奥へと行く。
そうして、その場でしゃがんでから壁に手を這わせた。
違和感のある場所と言われて探せば――あった。
指を押し込めるような場所を見つける。
俺がゆっくりと指に力を込めれば、壁に指がめり込んだ。
そうして、ガチャリと音がして壁から何かが出て来た。
丸い円筒ケースであり、両端のパネルに手を翳せば何かをスキャンした。
暫く待てばスキャンが完了して、かしゅりと音がしてケースの蓋が開く。
入っていたのはサイトウさんの端末であり、先生はそれを持っておけと俺に言った。
何故、俺なのかは分からないが……これは大切に保管しておこう。
異空間を出してその中に仕舞う。
この中であれば、誰であろうとも簡単には取り出す事は出来ない。
中身を見る事は出来ないだろうが、敵に盗まれるよりかは遥かにマシだ。
立ち上がってから、俺は再びモニターの前に戻る。
そうして、ボタンを押して彼女との会話を再開した。
「……PCは残念ながら破壊されていました……恐らく、サイトウさんが仕掛けた監視カメラももう使えないでしょう」
《ん。分かった……端末は手に入れた?》
「……何で分かったんですか?」
《……あの女なら、そうすると思ったから……取りあえず、私は此処から出ない。恐らくは、神薬では無いと思う。神薬を使って私を操作するのなら、他の人間を襲わせるかゴウリキマルを連れ去っている筈。そうしなかったのは、使用した薬が限定的な事でしか使えないから……例えば、認識阻害や幻覚……そう考えれば、これはブリッジにいた人間に使ったものと同じかもしれない》
「そこまで分かっていても、出ないんですか」
《……言った筈。その可能性が高いだけだと。どんなに低くても神薬の可能性は消えない。もしも今から外に出て、私がマサムネに襲い掛かったとして……お前は勝てる自信があるの?》
「……」
サイトウさんは小さく笑みを浮かべながら問いかけて来た。
その質問に答える事は出来ない。
何故ならば、俺にも小さなプライドはあるからで。
彼女に勝てる自信が全く無くても、ハッキリとそう答える事はしたくなかった。
他の人間に答える事は出来るが、本人にはあまり言いたくない。
俺が黙ったままでいれば、彼女は再び無表情になる。
《……私の端末は今、完全スリープモードになっている。72時間経過するまでは誰も使用できない……スリープが解除された時。また此処に来て欲しい》
「……今じゃ、ダメなんですね」
《……認識阻害が掛っているかもしれない今。私は自分の発言に自信が持てない。過去の記録があれば、その自信を補える……私は薬を盛られる前に、死体の生体データを調べながら……別の“何かを”調べていた……それが何だったのかは思い出せない……マサムネにお願いがある。お前が出て行った後、このエリアは誰も入れないようにして欲しい》
「誰もですか? でも、食事は」
《……言っただろう。信用できないと。72時間くらいなら、私は耐えられる。そう訓練してきた……お前は自分の事だけを心配しろ》
彼女は俺に強い言葉で語りかけて来た。
俺はそれに対して静かに頷いた。
彼女の決意は固く、端末が復旧するまでは誰とも会わないつもりだ。
誰も信用していない彼女らしい選択で。
俺自身も身動きを封じられた彼女が狙われないように、幾らかは配慮したかった。
エリア自体は持っている権限を使えば、封鎖する事は可能だろう。
食事に関しても、彼女は今よりも過酷な状況に身を置いていた事があると俺は知っている。
彼女が出来ると言ったのなら、俺はそれを信じるだけだ。
……今ある情報では、此処が限界か。
彼女から受け取った情報で、新たな薬の可能性が見えて来た。
神薬とは違う。認識を阻害するような効果を持ったガス。
警戒すべきかと彼女に問いかければ、なるべく部屋でいる時は隙間などを埋めるように言ってきた。
扉の隙間や空調からガスが流れ込んで来れば、嫌でも吸い込んでしまう。
それを防ぐ為には、隙間を埋め空調を切るのが最優先で。
彼女は続いて、眠る時に部屋の前に何かが来ても分かる様にセンサーをつけるように指示してきた。
《そういう類の機械は、あの女が得意だろう。お前が頼めばすぐに作る筈だ……念の為に、他の人間の部屋にも取り付けておいた方がいい。敵の目的は分からないからこそ、用心に越した事は無い……空調システムにも注意を向けろ》
「……分かりました……では、72時間後に……また、会いましょう」
《……ん。幸運を》
ボタンを押して通信を切る。
俺は重い息を吐きだしてから、ゆっくりと歩き出した。
敵は確実に此方の動きを封じてきている。
殺すのではなく生かした状態で、一人一人の行動を阻害していた。
部屋から出て、俺は端末をパネルに翳す。
権限を使って、このエリアに立ち入れないように設定した。
完全ロックが作動して、これで誰であろうとも入室する事は出来なくなった。
「……72時間……彼女に、会いに行こう。まだ、“例の件”の説明をしてもらってない……っ」
拳をギュッと握りしめた。
彼女への疑いがまだ残っている。
彼女は俺たちを助けてくれたが、あの件に関しての説明はまだない。
俺たちが勝手に忘れるのを待っているのか。
あまり触れられたくない事だとは感じる。
だけど、こんな事態になったのなら、説明を要求する他ない。
あまり気乗りはしなかった。
しかし、俺は真っすぐに彼女のいる部屋を目指した。
彼女は一体何と説明するのか……俺は重い足を必死に前に動かし続けた。