【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
カチ、カチ、カチと時計の秒針が刻まれる。
静かな部屋の中で、俺は手に持ったそれを顔の前に掲げた。
俺は今、自室にてサイトウさんの端末を持っている。
あれから丁度、72時間が経過した。
端末のスリープモードは解除されて、俺はそれをベッドに横たわりながら見ていた。
結局、黒幕だったショーコさんの正体を暴いてしまった。
つまり、これから何か事件が起きれば真っ先に彼女を疑う事になる。
無人機は図体がデカいし、あの青年は暫くは自分の意思で動けないだろう。
となると、セカンドというコードネームを持った彼女が一番怪しくなってしまう。
いや、怪しいどころか自分自身を敵だと言ったのだ……まぁ何も起きないとは思う。
正体をバラした上に、彼女は俺を始末しなかった。
それはつまり、見逃してくれたという事で。
彼女の心を信じるのであれば、俺の事をまだ仲間と思ってくれているのだろうか。
まぁ、その感情を優先したからこその結果とは言えない。
彼女は確かに自分の口でハッキリと言った。
オリアナやマクラーゲン中佐の事を知っていて放置したと。
彼女であれば危機を知らせて、最悪の結末を回避できただろう。
それをしなかった事に対して何も思わないのかと問われれば……それは違う。
腑に落ちる事は無い。
誰だって可能性があったと思ってしまえば、後悔してしまうだろう。
だが、俺の場合はそれほど強い後悔の念は抱いていない。
何故ならば、どれだけ後悔しても過去を変えられないから。
強く願ったところで、魔法の如き力でもない限り奇跡は起きない。
それを理解しているからこそ、後悔しても意味が無いと悟った。
救えたかもと思えば悔しいが……納得するしかない。
俺にとってショーコさんは仲間だ。
例え信頼を裏切るような事をしていたと知っても、その気持ちが変わる事は無い。
彼女はやりたくてやった訳じゃないかもしれない。
あの夜に見た彼女の瞳には、確かな後悔の念があった。
それを感じ取ったからこそ、俺は彼女を疑うのを止めた。
本音で話し合って、彼女の心を知りたかった……まぁ、無理だったけどな。
フラれてしまった事に苦笑しながら、俺は端末を操作する。
起動してみようと思って、端末の画面を指で触れた。
すると、画面が波紋でも広がる様に揺れてレンズ部分から何かが照射される。
「うぉ!」
俺は驚いて端末を投げてしまった。
赤い光が照射されたのだ。誰だって危機感を抱いて放り投げるだろう。
それが空中をくるくると回って、ごすりと俺の腹に命中する。
俺はくぐもった声を上げながら鈍い痛みを発する腹を抑えた。
「な、何だよ……いてて……あれ? ついてる?」
端末を手に取って画面を確認すれば、既に画面には幾つかのフォルダーが表示されていた。
見れば、色々な資料が丁寧に分類されている。
神薬に関する資料や奴らの無人機に関する資料。
他にはゴウリキマルさんについてや俺の事に関する資料も存在する。
どれだけ調べたのかと舌を巻くほどの量であり、一つ一つを確認している暇は無い。
チラッと確認してからサイトウさんの所に向かおうとしていたが、これでは日が暮れてしまう。
「……確か、最後に調べていたって言うけど……これか?」
何やら重要そうなファイルを見つけた。
他とは違い赤いファイルであり、中を開けば一つの動画が入っていた。
いや、動画と言うよりは音声データか。
書かれたファイル名を見れば”音声記録324.M”と書かれている……もしかして、Mって俺か?
直感でそうではないかと思ってしまった。
いや、気のせいならいいけど……取りあえず、聞いて見るか。
保存されていたその音声データを起動する。
すると、機械音のようなものが聞こえてくる。
この音は聞いたことがあり、恐らくは心電図のあれだろう。
と言う事は、このデータに保存された音声データの日付は……恐らくは、俺が意識を失った時だろう。
部屋の扉が開かれて誰かが入ってきた。
その誰かが椅子に座って、何かを捲る音が聞こえる。
パラパラと何かを捲る音が聞こえるが、恐らくは本か。
暫く、その音だけが聞こえていたが、パタリと本が閉じられる。
そうして、辛そうな吐息が吐かれて――声が聞こえて来た。
《……シナリオの通りに……ただ一つの駒として……ごめんね》
女性の声で、その声はショーコさんだった。
彼女は辛そうな声色で声を発して、意識の無い俺に謝罪を口にした。
強い後悔の念を彼女の言葉から感じた。
《……何の為に……進んだと……分からない、でしょう》
分からない。俺には何も分からない。
しかし、彼女のその言葉から強い信念のようなものを感じる。
自分を駒として何としてでも任務を果たそうとする意志。
それを感じ取って、俺はショーコさんのあの夜の言葉に”違和感”を抱いた。
これほどの覚悟があって、何故、彼女はあんなに呆気なく身を引いたのか。
本当に仲間であると思ってくれて身を引いたのか。
いや、それならこんなにも決意に満ちた言葉を吐く筈がない。
何かが違う。俺の考えと彼女の考えでは、明確な差がある。
それが何かは分からない。分からないが――彼女の任務は続いているのか?
任務が続いている。
彼女の本当の任務は別なのか?
俺を殺す事でも、ゴウリキマルさんの鍵を奪う事でも無い。
彼女に与えられた任務は、別に存在するのか……ダメだ。分からない。
情報が少ない中で、結論を焦っても仕方がない。
ショーコさん本人から聞ければ良かったが、彼女は絶対に言わないだろう。
俺自身も彼女の口から無理やり聞くつもりは無い。
保存された音声データを閉じながら、俺はベッドから起き上がる。
床に足をつけて、俺は端末をジッと見つめた。
他に手掛かりは無いか。他に何か重要そうな手掛かりはないか。
それを調べようとして……これは?
何の名前も記載されていないファイルが一つ。
俺はそれを開いて中を確認した。
すると、そこには写真が何枚か保存されていた。
映っているのは狐の面をつけた白髪の人物で、骨格からして男だろう。
少しだけ画質が悪く。
何処から撮っているのかも分からない写真だった。
隠し撮りをしたのだろうが、この人物は誰だ?
手掛かりらしきものを探せば謎の写真が数枚あった。
そうして、ファイルの中にはメモ書きのようなものもある。
手書きで書かれたものを写真に収めていたようで。
内容を確認すれば、驚くような事が書かれていた。
「……
メモの先は読めない。
赤黒い液体で汚れて見えない。
その汚れは俺の考えが正しければ血で……これはサイトウさんの字じゃないな。
存在しているのかも不明な人物。
写真に収める事が出来たのは幸運だった。
つまり、写真を撮った人物は全くの偶然か。
守人については意味が分からない。
ただ、写真の脇に小さく文字が打ち込まれている。
恐らくはサイトウさんが打ったであろうその文字の内容は、この人物がゴースト・ラインに関わる人物という事で。
興味深いのは、この人間は幹部以上の人間だと推測している事だった。
偶々、その守人が来ることを聞きつけて運よく写真に収める事が出来たのか。
何方にせよ。サイトウさんがこの情報を保存しているという事は、これはゴースト・ラインに関わるもので間違いないかもしれない。
重要なのはその先の文だ。
奴はオーバードを隠し、その後だ。
血で汚れて見えなくなったメモの文字。
一体、何を書きなぐっていたのかは分からない。
しかし、推測するのであれば……”隠している”、か?
”隠したがっている”かもしれない。
だが、そうであるのなら鍵を手に入れようとしている理由が分からなくなる。
オーバードを手に入れようとしていた筈だ。
その真の目的である世界の終焉を防ぐ為に、鍵を探している筈だろう。
だったら、隠したがっているという文脈は合わない。
恐らくは、”隠した”か、”隠している”の何方かだ。
でも、それなら、何故……いや、それはいい。
あの青年も、ショーコさんも情報を伏せている。
いや、もしかしたら二人共が知らない可能性だってあるのだ。
……まさかと思うだろう。
オーバードを求めていると言ったファーストでさえ、それの在り処を知らなかったのだ。
海底神殿にあるというのは俺も知っていた。
そして、機械たちの墓場のあの祠もそうだ。
「……いや、でも、それなら……どういう事だ?」
おかしい。絶対に変だ。
オーバードは二機しか存在しない。
あの古文書には黒き神と白き神と書かれていた。
アレに絶大な信頼を寄せている訳じゃないが、あり得ない事だろう。
海底神殿に一つ。そして、あの祠に一つ。
だったら、狐の面をした男は……何処にオーバードを隠した?
存在しない筈の三機目があるのか――いや、無い。
断言できるが、神の如き力を持った兵器が他にも存在する筈がない。
あったとするのならあの古文書に書かれているだろう。
書かれていないという事は姿を見せていないか。そもそも存在しないというだけだ。
恐らくは後者であり、俺自身はそうだと思いたい。
……もしかして、神殿か祠に狐の面の男が隠したというのか?
いや、それこそあり得ない。
そもそもが、オーバードは使用者を選ぶ機体だ。
狐の面の男の前に現れたのなら、何故、男はそれを使わなかった?
世界の終焉に抗う為にオーバードを求めた。
だったら、隠すくらいならば自分で使えば良い筈だ。
それをしなかったという事は……この情報がブラフか……もしくは、奴自身はオーバードを”使えない”のか?
守人という言葉から察するに、狐の面を被った男は何かを守る役目を負った人間で。
それがオーバードである可能性は高い。
つまり、奴自身はオーバードの在り処を知っているが、操縦する事は不可能という事だ。
何故に、オーバードを隠したがるのか。
世界の終焉に抗う為に奴らは行動していると言った。
だったら、鍵を見つけて何をしようというのか。
「……オーバードも鍵も、目的じゃないのか……ショーコさんは一体、何を……あぁ、混乱してきたぁ」
端末の電源を切る。
そうして、異空間にそれを収納してから俺は両手で顔を覆った。
何も分からない。これだけの情報では予想も出来ない。
今までの情報を整理したいが、謎がどんどん深まっていく。
考えれば考えるほどにドツボに嵌っていく気がした。
「……取りあえず。この狐の面の男について聞いて見るか……先ずはサイトウさんに聞いて……ショーコさんにも聞いて見るか」
ショーコさんが教えてくれる可能性は低いだろう。
サイトウさんだってどうかは分からない。
彼女たちに共通する部分は、情報を出し渋るところで。
秘密を隠し通そうとするからこそ気になってしまう。
そもそも、サイトウさんはこれほどの情報を持っていて誰とも共有していなかった。
その時点で、彼女がこれらについて教えてくれる可能性はゼロに近い。
ショーコさんだってそうだ。彼女は自分を敵だと言って壁を張っている。
そんな彼女に無理やり聞き出そうとすれば、より一層壁は厚くなるだろう。
八方塞がりであり、どうしようもない。
ただ謎が深まっただけで、今にも頭が沸騰しそうだった。
俺は重いため息を吐きながら立ち上がる。
そろそろ行かなくてはサイトウさんが怒るかもしれない。
靴を履いて、立ち上がる。
トントンと靴を調整してから歩き始めた。
部屋の扉を潜って外に出る。
廊下を歩いていけば俺の靴の音が小さく響く。
「……人間も、楽じゃないなぁ」
ぼそりと呟いてトボトボと歩いていく。
はたから見れば寂しい背中に見えるだろう。
俺は乾いた笑みを零しながら、両手をポケットに突っ込む。
そうして、サイトウさんへの食糧の差し入れを思い出して、食糧庫に寄り道する事を勝手に決めた。