【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
あの女が拘束されてから72時間が経過した。
マサムネの話は”スパイダー”を通して筒抜けだ。
もう部屋のロックは解除されている頃で、私は営倉として使われているエリアに入った。
思っていた通り、部屋に通じるロックは解除されていた。
中へと入れば、冷たい印象を覚える空間で。
私はすぐに女が監禁されている部屋の前に立つ。
そうして、モニターを起動して中の様子を伺った。
見れば、女がベッドに横になっている。
ピクリとも動くことなく沈黙していて。
一瞬だけ死んだのかと思ってしまった。
が、そんな事は無い。間抜けでない限りは飢えで死ぬような相手ではない。
私はマイクを起動してから女の名を呼んだ。
女は反応しない。
一切動くことなく黙っていた……こいつ、無視してるな。
私を敵だと認識している女だ。
此処へ私が侵入してくる事も織り込み済みだったのだろう。
本来の予定であれば、計画において邪魔なこの女は早々に始末する予定だった。
しかし、少しばかり計画に変更を加える事になった。
それは私自身の”我が儘”で……許されない事は分かっている。でも……こうした方が良いと思った。
マサムネの言葉を真に受けた訳じゃない。
今でも私はアイツにとっての敵であり障害だ。
それが変わる事は無い。だが、計画において重要な存在は――彼だ。
任務は果たす。そして、自分の運命も理解している。
だからこそ、計画に変更を加えてでもシナリオを変える必要があった。
マサムネを……おじさんをこれ以上、不幸にはしたくない。
信じてくれた。理解しようとしてくれた。
だったら、私なりに彼の気持ちには応えたい。
例え、結末を変えられなくても、その道を正しくさせる事は出来る。
最後まで……いや、”最期”まで私は私としての責務を果たす。
私はゆっくりと深呼吸をした。
そうして、再び女に声を掛けた。
「……取引をしたい」
《……》
「此方が提示するのは一つ。マサムネを守ってあげて欲しい」
《……》
「……貴方の望みを叶える……告死天使を必ず殺せます」
《……なに?》
女が初めて反応を示した。
ゆっくりと目を開けてカメラ越しに私を見つめる。
そんな女を見つめながら、私は取引について詳しく話した。
「私はゴースト・ラインのセカンド……”潜入”と”護衛”の任務を与えられて此処にいます」
《……護衛……それは、どっちだ?》
「……何方もです。シナリオの為にあの二人は必要です。最悪の結末を回避する為に、あの二人は」
《――御託は良い。結論を話せ》
女は苛立ちを露わにする。
空腹で動けない筈の女から強い殺気を感じた。
バッドコンディションの中で、まだこれほどの力が残っているのか。
やはり侮れない女であり、それでこそ取引を持ち掛けた甲斐がある。
私はゆっくりと唇を動かした。
「シナリオとは、一人の男を中心に建てられたもの。その男とは――マサムネです」
《……待て。お前たちはマサムネが現れるずっと前に存在した筈じゃ……そうか。守人とは……そういう意味か》
「……えぇ守人は読んで字のごとく”守る者”です。彼らは準備をしてきた……人の世を守る為、この世界に破滅を齎す者から……世界を守る為に、何代も何代も続いて来た……初代の黒き神”イザナギ”のパイロットがたった一人の友人に託した想い……それを成し遂げる為に」
女はゆっくりと息を吐く。
そうして、むくりとベッドから起き上がる。
縁に腰を掛けながら、私へと視線を向けて来る。
まだ疑いの眼差しは消えていない。
敵意も健在であり、この女は全てを話しても私を信用しないだろう。
だが、それでいい。
マサムネのように誰でも信用するようでは困る。
これだけの警戒心があれば、万全の策で臨んでくれるだろう。
私はこの先へは進めない。やるべき事が出来てしまった。
例え、自分の結末を早めてしまう結果になったとしても……私は成さなければいけない。
「もう一度言います。私と取引をしましょう。彼を守る為に必要な情報を渡します。それで彼を、必ず守ってください。その代わり、必ず告死天使を殺すと約束します」
《……お前が、奴に勝てる見込みは無い》
「はい。私では勝てません。ただ、彼ならば可能です」
《……なるほど。マサムネを焚きつけるか……そのシナリオには、お前の運命も書かれているんだな》
「……察しが良いですね。憎いほどに」
女は不敵な笑みを浮かべた。
どうやら理解したようであり、私がトリガーになると理解したようだ。
不本意ではある。が、仕方のない事だろう。
運命を聞かされて、それを覆そうと思った事は無い。
恐らくは、それを聞かされた時点で私は諦めた。
そうなる運命で、そうなる事を受け入れるしかない。
悟ったのだ。自分の運命と役割を。
どんなに頑張っても私は、主人公にもヒロインにもなれない。
物語において重要な役割など期待していない。
昔からそうだ。
良いように使われて、役割を終えればゴミのように捨てられる。
国の諜報機関で育てられた私は親の愛も仲間という概念も知らなかった。
ただ国の為に命を捧げる事しか教えられなかった。
何年も何年も地獄の訓練を施されて、同期は次々に死んでいった。
仲間だった者の死体を燃やしながら、次が自分だと思って。
そうして、私はなんて事は無い簡単な任務で、仲間や国に裏切られた。
敵兵に捕まり、拷問官から仲間が私を売った事を知った。
牢獄で臭い飯を食べている私の元へ来た拷問官から、国が私を見捨てた事を知った。
結局、そうだ。
弱い者は何時だって強者の食い物にされる。
私が弱いから、私があんな奴らを信じて進んだから――私は終わった。
年齢にして十五歳という若さで、私は死刑台にて絞首刑を言い渡される。
面白みも無く、華やかでも無いクソみたいな人生だった。
後悔も悲しみも感じない中で絶望し――彼が現れた。
拷問官ですら委縮するような身分の高い人間で。
狐の面を被ったその男は、私を冷たい牢屋から出してくれた。
欲しい物を私に与えて、美味い食事を提供してくれた。
何故、ここまで手厚いもてなしをするのか。
何故、ちっぽけな存在である私を助け出してくれたのか。
狐の面の男――ボスは、こう言った。
《君の力が必要だ。私と共に、世界を救ってくれないか?》
笑える冗談だ。
地獄から救ってくれた仏が、物語の世界のような話をした。
だが、その言葉で私は救われた。
こんな私でも、誰かから必要とされる。
こんな私にも、この世に生まれた理由があった。
私は新たな仲間と共に戦った。
全てが華やかとは言わない。
しかし、それでも前の人生よりは充実した。
メリウスに乗って戦って。
諜報員としてのスキルを使い、ボスや組織について探る人間を始末した。
そうして、私が与えられた次の任務が”これ”だった。
顔や声を変えて、全くの別人として教育を施されて。
入れ替わる様に離脱した傭兵からライセンスを譲り受けた。
一度の死であの女はひどく怯えていた。
もう傭兵なんてしたくない。もう戦うなんて御免だと。
私にとっては好都合であり、多額の金を払って約束を取り付けた。
それからの生活は……楽しかった。
任務を忘れてしまうほどには楽しかった。
あの男は馬鹿だ。だが、ただの馬鹿ではない。
ここぞという時には男として役目を果たしていた。
事戦闘においては、天賦の才を持っていたのだ。
それもその筈だ。奴は人間では無くロボットで、世界を混沌にした張本人だった。
私は最初は迷った。
そんな奴に手を貸す必要は無いと。
そんな奴なんて勝手に死んでいけばいい……だが、私が間違っていた。
奴は何も知らない。何も憶えていなかった。
だが、だからこそ分かる。
奴の根っこにある精神は、優しさに溢れていた。
誰かを慈しみ思いやる心。
突き放すような言葉を吐いたとしても、成長させたいという意思を感じた。
馬鹿だが、何も考えていない馬鹿じゃない。
奴の芯には確かな心がある。
一端に夢を語ったあの男の顔は……見たことが無いほどに希望に溢れていた。
私は何度も何度も後悔した。
彼を騙して、彼の心を傷つけて。
人知れず胃の中のものを吐き出していた事は数知れない。
辛かったさ。嫌だった。優しい彼を騙し続けるのは……でも、私は任務を続けた。
後悔しても、吐瀉物をまき散らしても。
私は前へと進まなければいけない。
後戻りはもう出来ないのだ。駒として盤上を進んでいくしかない。
それはボスとの誓いであり、私がこの世に生まれた理由だと信じていたから。
私はゆっくりと視線を戻す。
女は私からの言葉を待っていた。
濁り切った瞳で私を見ていて、私はくすりと笑う。
「……今から話す事は、決して口外しないでください。貴方だけの心に留めてください」
《……分かった》
「……私の運命を話します。そして、二人の運命も……シナリオが完遂されれば、破滅を齎す者は……告死天使は、マサムネの手によって打ち倒されます……先ず、私の運命。結末は――」
私は話した。
マサムネにも話せなかった情報を女に渡す。
それを黙って聞いている女は、徐々に目を大きく開けていった。
信じられないだろう。疑いたくなるだろう。
だけど、これは真実だ。紛う事なき――結末だ。
これを話せば、私は行動を始める。
後の事は、この女が手筈通りに進めてくれるだろう。
シナリオとは違う行動。ファイブと私も変わりなかったな……あぁあ、本当に、嫌な女だ。
私は心の中で、マサムネに謝罪をする。
そうして、お別れの言葉を言った。
もう会う事は無いだろう。会えたとしても、その時は――私は頬を何かが伝っていくような感覚を覚えた。