【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
祠へと向かって足を進める。
一歩進む事に、鍵から感じる光が強まっていく。
まるで、この鍵自体が生きているような感覚を覚えた。
機械体たちは俺たちを遠巻きから見ている。
話しかけるでもなく、止める訳でも無く。
ただジッと様子を伺っていた。
だが、今は彼らに構っている余裕はない。
俺は逸る気持ちを必死に抑えながら、祠へと向かって行った。
道を真っすぐに進み、集落から離れていって。
そうして、開けた場所へと着けば、あの祠が目の前にあった。
小鳥たちの鳴き声が聞こえて、祠の傍には動物たちが集まっている。
夜空のような空には星の様な輝きを放つ何かが流れていって。
荘厳な雰囲気を漂わせるそれを見つめながら、俺は足を前へと進めた。
一歩、一歩、また一歩進む。
そうして、目の前に祠の入り口が迫った。
俺は柄にもなく緊張していて、心臓の鼓動がドクドクと高鳴っていた。
何故、こんなにも緊張しているのか。
何故、俺は一度は見た筈の祠に対して”恐怖”を感じているのか。
なんて事は無い石で作られただけの祠だ。
所々に緑色のコケが生えていて、古めかしいだけの祠だ。
だが、この鍵を使えば、この祠が隠してきた古代兵器が俺の前に現れるだろう。
不安や迷いはある。
本当に鍵を使ってこの兵器を解放しても良いのか。
あの声の主が言った事が本当であれば、オーバードは決して利点のあるだけの物ではない。
それ自体を呪いと呼称したように、アレは使用者に呪いを掛けるのだろう。
人では無くし、怪物に変えてしまう呪い。
怖くないかと聞かれれば、俺は迷うことも無く怖いと答える。
人に憧れて、仮初の体とはいえ人間の体を手に入れた。
この世界では、俺は人間として振舞える。
だからこそ、怪物に変えられるのは嫌だった。
目つきを鋭くさせながら、強く歯を噛みしめた。
そうして、手の中で輝く鍵をジッと見つめた。
この日を待っていた訳じゃない。
神話で語り継がれるような伝説の物だったとしても、俺には興味が無かった。
ただ、ゴウリキマルさんを守る為だけに此処まで来た。
彼女の願いはオーバードを破壊する事だ。
そして、ゴースト・ラインを潰して、自らが生み出してしまった実験を葬り去る事。
もう誰も悲しまない世界を作る為。
もう二度と過ちを繰り返さない為に。
俺や彼女は此処まで来た。
オーバードを破壊すれば、告死天使の計画は頓挫する。
そして、世界の終焉を防ぐ為に活動していたゴースト・ラインも目的が達成される。
二つの勢力は活動する為の目的を失くして、勝手に消えていくだろう。
強大な組織や多くの人間が求めた力が、目の前にある。
もうすぐ、俺の手にそれが入ろうとしていた。
怖い。怖い。無性に怖くて、今にも逃げ出しそうだった。
夢でも幻でも無い、現実であり、目の前に”それ”がある。
多くの人間が求めて、多くの人間の人生を狂わせるであろう兵器。
願望機のような、神の如き力を持ったそれが此処に眠っている。
破壊すべきだ。破壊して、負の連鎖を断ち切らなければならない。
ゴースト・ラインが世界の終焉を食い止める為に発足された組織で。
このオーバードを手に入れる為だけに、多くの人間を不幸にした。
間違いではなかったかもしれない。だが、奴らは人を死なせ過ぎた。
罪なき人も殺し、無垢な命も屠って来ただろう。
少なくない犠牲であり、仕方のない事だと言えばそれまでだ。
告死天使もそうだ。
奴もこれを求めて、多くの人間を殺してきた。
殺して殺して、殺し尽くして、奴の通った道には無数の屍がある。
奴はそれを認識せずに、これを手に入れてまた多くの罪を築こうとしていた。
まるで、自分こそが正義で、自分の為した事は間違いではないと言わんばかりだ。
傲慢だ。どいつもこいつも傲慢だった。
人を死なせて、罪の意識を感じない。
感じたとしても、仕方なかった事だと割り切ろうとする。
大義の為、大願成就の為、理想郷を作る為――ふざけるな。
そんな物の為に、人を殺して言い訳が無い。
どんなに綺麗な理由があろうとも、人を殺してしまった罪は消えない。
それが浄化されるとしたら、それ以上の命を救わなければならないだろう。
奪った命以上に、多くの命を救わなければならない。
俺だってそうだ。
どんなに言いつくろおうとも、人殺しである事に変わりはない。
俺も立派な罪人であり、許されるべき存在ではない。
自覚しているさ。受け入れている。
俺はもう目を背けたりはしない。
俺は俺の罪と向き合って――為すべき事を成す。
鍵をゆっくりと上にあげる。
そうして、輝くそれを祠へと差し込もうとした。
光はより一層強まっていって、心臓の鼓動が早くなっていく。
体が熱くなり、手が小刻みに震える。
俺は額から大粒の汗を流しながら、ゆっくりと鍵を差し込もうとして――
「にい、さま」
「――ッ!!」
声が、聞こえた。
聞いたことのある声で、忘れもしない”妹”の声だった。
俺は鍵を下に下ろして、後ろをゆっくりと振り返った。
すると、ボロボロの体を引きずるようにアルタイルが歩いて来た。
俺はそんな筈は無いと考えた。
妹はあの姿ではない。あの姿は現実世界での妹で。
妹にはもう既にあっている。
だから、だから、アレは違う。違う筈だ。
それなのに、俺の頭が、アレを本物であると認識している。
一度は手を振り払った。
妹が何処へ行ってどんな目に遭ったのかは想像できない。
だけど、妹は俺を覚えていた。
憶えていたからこそ、俺を兄だと言った。
彼女の姿が、ボロボロのその体が。
俺の中にあった罪悪感を大きく刺激した。
罪の意識が俺の心を震わせる。
目頭が熱くなり、俺は口を小さく開けていた。
大きく目を見開きながら、俺はゆっくりと近づいてくる妹を見ていた。
この世界の妹は不可侵領域にいる。
白い髪で、小柄な少女の外見をしていて――ゆっくりと体が動き出す。
ふらふらと体を動かしながら、俺は妹に手を伸ばした。
妹も体から音を鳴らしながら、俺に手を伸ばしてくる。
姿が変わった俺を、兄だと認識している。
俺は目から涙を流しながら、妹へと駆け寄ろうとした。
後悔、悲しみ、怒り。
色々な感情がぐちゃぐちゃになって渦を巻く。
何故、目から涙が流れるのか理解できない。
理解できないが、俺は妹の手を取らなければいけない。
もう二度と彼女を拒んではいけない。
ツバキとの約束を、今度こそ、守らなければ――何かが俺の体を掴んだ。
勢いよく引っ張られて、体を羽交い絞めにされる。
寸での所で、俺はサイトウさんに拘束された。
「何をッ!! 離してくれッ!! 妹が、妹がッ!!」
「――チッ!!」
サイトウさんが舌を鳴らす。
そうして、ゴウリキマルさんに対して逃げるように命令した。
ゴウリキマルさんは戸惑いながらも距離を取った。
俺は何を言っているのかと思った。
何故、妹から逃げる必要があるのかと。
妹は何もしていない。妹は俺に会いに来てくれただけで――妹の目が、赤く発光する。
「にい、さま。にいさま。にいさまさまさまさsamasamassasssssss――……」
「アルタイル――ッ!!」
妹から煙が出る。
そうして、狂ったように俺を呼んで――大きく爆ぜた。
凄まじい爆発で、サイトウさんは俺を庇った。
ゴロゴロと転がりながら、彼女はくぐもった声を上げた。
強い衝撃を感じながら、俺たちは体を土に塗れさせた。
彼女に守られながら、俺は正気に戻ってゴウリキマルさんを見た。
すると、彼女の体は爆風で吹き飛ばされていた。
「――ッ!!」
「うごく、なッ!!」
彼女に守られながら、俺は爆風が収まるのを待った。
そうして、吹き荒れる煙の中で、何かが上から落ちて来たのを確認する。
どすりと何かが着地して、緑色の光が煙の中で輝いた。
あの爆発で、妹の姿をしたそれが爆ぜて、空に何かを打ち上げた。
それが空に当たり、空間に裂け目が出来たように見えた。
あの夜空に、ぽっかりと大きな風穴が空いたのだ。
まるで、爆発そのものが目的ではないと教えているようで……まさか!
俺はすぐに理解した。
これは偶然ではない。
敵の作戦で――奴が乗り込んできた。
「サイトウさんッ!! 告死天使ですッ!!」
「――来いッ!!」
サイトウさんが察してくれた。
そうして、俺の体を抱えて煙の中から飛び出した。
違う。こっちじゃない。まだゴウリキマルさんがあそこにいる!
俺は身を捩って、彼女の拘束から抜け出した。
サイトウさんは手を伸ばしてくるが、彼女はくぐもった声を上げてその場に蹲った。
どうしたのかと足を止めて思わず見てしまった。
すると、彼女の背中からはあの機械体の残骸が見えていた。
背中に深々と刺さったそれから血が噴き出している。
俺は彼女に駆け寄ろうとした。
だが、今は、出来ないッ!!
俺は彼女に謝って、煙の中へと駆けていく。
ずしずしと地響きがしていて、大きな巨人が歩いている。
やがて煙が晴れて――深紅の巨人と目が合った。
その手にはゴウリキマルさんがいる。
ぐったりとしていて、頭から血を流していた。
抵抗する事も出来ずに、奴の手で連れ去られようとしていた。
俺は思わず。手に握った鍵を奴に見せてしまった。
「鍵は此処だッ!! 彼女を離せッ!!」
巨人が動く。
鍵が目的なら、ゴウリキマルさんを連れていく事もしない――そう思っていた。
強い殺気を感じた。
迷うことも無く、奴は手に持った武器を操る。
奴は腕を大きく振りかぶった。
その手には赤黒く光るブレードが握られていて……え?
殺す気でそれが振りかぶられた。
鍵が見えていなかった。いや、この鍵には興味が無い。
殺される。確実に死ぬ。何故だか分からない。でもあのブレードは危険だ。
心の中で、激しく警鐘が鳴り響いた。
逃げろと言っているのに体が動かない。
いや、動けないのではない――意味が無いと悟っている。
今逃げても、間に合わない。
スローモーションに感じる世界で、ブレードがもう目の前に迫っていた。
これで斬り殺される。否、叩き潰される。
飛んでいる蚊を手で叩き潰すように、一瞬でぐちゃぐちゃにされてしまうだろう。
理解した。理解してしまったからこそ動かない。
死を受け入れて、次があると考えてしまった。
いや、次なんて無い。このブレードは全てを消してしまう。
未来を奪い取る光であり、全てを破壊する輝きだ。
俺はそんなブレードをジッと見つめて――激しい激突音が響いた。
俺が潰された音じゃない。
何かが告死天使の機体にぶつかった。
それは間違いなく、サイトウさんの富嶽で。
彼女が乗っていない筈のそれが、自動で動いて敵を迎撃している。
凄まじい勢いで体当たりをした富嶽が、集落の建物を薙ぎ払いながら突っ込んでいく。
瓦礫が飛び散って、煙が上がっていた。
ぐらぐらと地面が揺れて、二機の機体は俺たちから離れていった。
俺はゴウリキマルさんは大丈夫かと考えた。
彼女の方を見て――何かに服を引っ張られた。
瞬間、鈍い音が響いて俺の意識は閃光のようにはじけた。
そして、頬に強い衝撃を感じる。
頬がジンジンと痛み。口から血が垂れている。
鉄錆の味が広がる口内。だが、痛みによって意識がハッキリとした。
前に目を向ければ、荒い呼吸のサイトウさんが立っている。
彼女は俺の服の襟を掴みながら、短く言葉を発した。
「目は、覚めたか」
「……ありがとうございます」
「なら、良い……行け」
「……はい!」
俺は彼女の言葉を受け止めた。
止めても無駄だと思ったのだろう。
彼女は俺の襟から手を離して、膝をついた。
俺はそんな彼女から視線を逸らす。
そうして、心の中で強く念じた。
すると、船にいる雷切・二式が起動したのが分かった。
こっちへ向かっている。速く来てくれと念じて――大きな地鳴りが起きた。
思わず膝をついてしまった。
視線を向ければ、サイトウさんの富嶽が斬り飛ばされて地面に転がっていた。
肩からざっくりと斬られて、激しいスパークを起こしている。
俺は告死天使を睨む。
まずい。今行かれたら、間に合わないッ!!
俺は奴の前に躍り出た。
もう少し、もう少し、時間を稼げれば――ッ!!
奴はもう、俺には見向きもしない。
先ほどは殺そうとしてきた筈だ。
なのに、もういいと言わんばかりに空へと向かって上昇した。
裂かれた空間に向かって飛んでいく。
その穴は徐々に小さくなっていっていた。
来い、来い、来てくれ――ッ!!
雷切が、門をくぐって飛来する。
俺は雷切を指示してコックピッドを開かせた。
雷切は俺の前に降りて、俺に手を降ろしてくる。
俺はその手に載って、コックピッドへと運んでもらった。
急いで機体に乗り込んで、俺はすぐに機体を動かし――奴と再び視線が合わさった。
底冷えするような低い声で、奴はハッキリと俺に言葉を送った。
『取り返したいのなら、来るがいい。お前の仲間が、俺の元へと導くだろう』
「何を、言ってッ!!」
奴の言葉には惑わされない。
俺はレバーをしっかりと握って前へと倒す。
そうして、ペダルを強く踏みつけて一気に加速した。
告死天使の乗る深紅の機体は穴を通って虚数空間から抜け出した。
俺もそれに続こうとして――穴がッ!?
どんどん小さくなっていく。
間に合うか、間に合ってくれッ!!
大切な人を奪わせはしない。
守ると誓ったんだ。絶対に、絶対に守って――ッ!?
穴が、完全に――塞がった。
あと一歩のところで、裂け目が閉じられてしまった。
伸ばした手は何も掴めなかった。
俺は機体を停止させる。
そうして、歯が砕けるほどに強く強く噛みしめて―天を仰ぎ見た。
「ああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
連れていかれた。
守れなかった。
約束したのに、誓いを立てたのに。
この空間なら安全だとタカを括って、見す見す逃がしてしまった。
俺は叫んだ。
強く叫んで、ゆっくりと視線を前に戻す。
奪われた。奪われてしまった。
何度も何度も自らの足を手で殴りつける。
自分を責めるように、自分を罰する様に。
そんな事に意味なんて無い。こんな事をしても彼女は帰ってこない。
だけど、今の俺にはこうする事しか出来なかった。
「クソ、クソ、クソ、クソッ!!!」
口からクソを吐いて、俺は唇を強く噛んだ。
血が滲むほどに噛みしめる。
気を抜けば、涙が零れ落ちそうだった……いや、まだだ。
泣いても何も変わらない。
それにまだ、彼女は生きている。
奪い返す機会は、まだ残っている筈だ。
冷静さを次第に取り戻していく。
そうして、ゆっくりとレバーを握ってから機体を操作した。
機体を下降させて、集まっている仲間の元に戻る。
最悪の結果だが、まだ間に合う筈だ。
大丈夫。大丈夫だから、きっときっと……っ。
俺は確証も無い希望に縋りつくように、自らの怯えを誤魔化し続けた。
鍵を手に入れて全てが終わると思った瞬間に、希望は全て奪い取られた。
何故、こうなった。何故、奴はこのエリアに侵入出来た。
分からない。何も分からない。
最悪の展開だ。奴の言葉を思い出しながら、俺は口を拭う。
手についた血も気にせずに、俺は地面に着陸した。
集まっている仲間たちを見つめながら、俺は両手で顔を覆う。
涙は流さない。でも、耐えがたいほどの苦痛は感じる。
心がギュッとして、凍えそうなほどに寒い。
「ごめん、ごめん……っ」
俺はそれに必死に耐えながら、絞り出すような声で”謝罪”を口にした。
少しでいい。時間が欲しい。立ち直る為に、彼女を取り戻す為に。
誰にも聞こえない。無意味な失敗への後悔の声は、コックピッド内に静かに響くだけだった。