【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
風が、吹く。
優しい風であり、潮の香りが鼻腔を擽る。
耳を澄ませば海鳥の声が聞こえてきて、空には強い光を発する太陽が輝いていた。
美しい。美しい自然の光景が広がっている。
この世界は綺麗だった。穢れた世界とはまるで違う。
手を振れば冷気が空気を凍らせる。
氷の粒がパラパラと手に降りかかって。
私はそれを撫でながら、小さく息を吐く。
吐息は氷となり、近くを飛んでいた蝶を凍らせた。
ゆっくりと下に落ちていき、床に当たり砕け散った蝶。
美しく軽やかな動きで飛んでいたそれは、美しいままにこの世から消えた。
美しいままに消える命は幸せだ。
老いを知らず、死への恐怖も無い。
私には老いも、死への恐怖も存在しない。
この体は無限であり、死という概念はまるっきり無かった。
永遠を生きられる。
朽ちる事のない肉体は、遥か未来まで存在する。
美しさを損なうことなく、完璧なまま生きられる。
しかし、全てが完璧ではない。
この世界は美しい。あの世界とは比べ物にならないほどに。
しかし、人間という汚物がこの世界で生きている。
欲望のままに生きて、あらゆるものを食い散らかす害獣。
世界を穢し、臭い息を吐く獣以下の命が繁殖している。
美しい自然を、奴らを活かしてくれる大地を穢し破壊するケダモノたち。
悍ましい。悍ましいほどに醜い生き物だ。
同じ人間同士で争い、弱者からでさえも搾取する畜生で。
神が唯一、創造する上で過ちを犯したものたちだ。
美しい世界に、汚いものなどいらない。
自然を穢し、争いの種を振りまくケダモノなど死んでしまえばいい。
不要だ。不要だから……私が消す。
カツカツと音を鳴らしながら、祭壇上に続く階段を上がっていく。
白く穢れの無い階段を上がっていきながら、大きな祭壇上を目指して歩いていった。
ゆっくりと時間を掛けて一段一段を上がっていった。
この時間を大切にしたい。今から始まる大切な儀式に、焦りは不要だった。
もう誰も私の邪魔は出来ない。もう二度と、私を穢す事は出来ない。
足を段に置けば、パキパキと音が鳴り足元が凍り付いていく。
全てを凍り付かせる冷気は、私の心を表している。
兄様以外を拒絶する私の心そのものであり、ひどく気分がいい。
私の周りの空気は冷え切っていて、少しの温かさも感じられない。
否――温かさなど不要だった。
兄から貰える愛情以外に、私が求める温かさなど無い。
全て消したい。自分を染めるモノは、全て排除する。
コツ、コツ、コツと足音が響く。
静かに、ゆっくりと上って行った。
終わりへの道であり、この時間は何よりも心地いい。
笑みを隠すことなく、私は階段を上がっていった。
やがて、全ての段を上り終えて祭壇上へと入っていく。
柱に囲まれて、壁の無い大きなテラスのような場所で。
白亜の城のような外観のそれを目に焼き付けた。
水平線の彼方からは、無数の命を感じた。
祭壇上の中心に立ちながら、私は眼前に広がる大海原を見ていた。
綺麗な青色をした海は、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
その下には無数の命が泳いでいて、水平線の彼方からは無数の船が此方に向かってきていた。
十や二十ではない。かなりの数であり、その中にはメリウスも多く待機しているでしょう。
雲一つない快晴で、こんな天気の良い日に死ねるのなら、人間も幸福でしょうね。
穢れた魂を全て消して、私たちだけの楽園を築き上げる。
兄様がこの場所にいてくれたら嬉しかったけど……アレは偽物だった。
兄様が私を否定する筈がない。
兄様が私の考えを理解できない筈がない。
私と兄様は同じで、考えだって似ている。
間違う筈がない。否定する筈が無かった。
だから、アレは偽物だ。
「……別にいい。兄様は私が蘇らせる……待っててね、兄様」
私が祭壇上で息を吐けば、周りが凍り付いていく。
オーバードとの接続によって、体の奥底から無尽蔵に力が湧いてくる。
溢れ出す力が、私の心を反映する様に周りを凍り付かせていった。
願いを叶える魔法の機体が、私の強い願いを形作っている。
拒絶し、凍らせ、何ものも通さない――心地いい。
それに気分を良くしながら、私は城の周りを飛ぶヘリを見ていた。
バラバラとプロペラを激しく回しながら、機銃やミサイルを私に向けている。
先ほどから怒声を発しながら、私に対して無礼にも声を掛けてきていた。
耳障りな声で、私に対して投降する様に呼びかけてきている。
大人しく投降すれば命までは取らない、と……人間は愚かだね。
邪魔だ。目障りだった。
だから、私はゆっくりと手を振る。
手を振った瞬間に、虚空からエネルギーの塊が放出される。
黒いエネルギーが全てを薙ぎ払う。
半ばから消滅したそれが激しい爆発音を響かせながら散っていった。
無数に放出されたそれが、宙に浮かぶヘリを全て撃墜した。
ミサイルが空中で爆ぜて、火薬や燃えたガソリンの臭いを漂わせる。
黒煙を上げながら、残骸が下へと落下していって私はそれを冷めた目で見ていた。
その瞬間に彼方から来ている船からメリウスたちが羽ばたいて来た。
無数のメリウスが発艦していって、此方へと向かってきている。
その数はざっと数えて、千から二千くらいでしょう。
アレは知っている。治安部隊というゴミ共の機体で――うるさい蠅だった。
目を細めながら、私は念波を飛ばす。
此処にはいない男へと、出撃を命じる為に。
『ゼロ・ツー。掃除して』
『……了解』
思念を飛ばしてゼロ・ツーを出撃させる。
不可侵領域の入り口を開いて、ゼロ・ツーと私が作った玩具が掃除に出かけた。
Aランクの傭兵程度の技量を持った粗悪品だけど、儀式の前の余興であれば問題ないでしょう。
数にして三千体のメリウスが飛んでいき、雑兵を迎え撃ちに行った。
先頭にはゼロ・ツーの機体が飛んでいて。
私が作った玩具がひどく気に入っている様子だった。
これまで多くの戦果を挙げて、我々に貢献してきた男だ。
楽園へと連れていく事もやぶさかではない。
自由に歩き回るのは許可できずとも、ペットとしてなら可能だ。
従順な犬は好きであり、馬鹿であればあるほどに――虐めたくなる。
うじゃうじゃと飛行する機体の影によって、青色の空は無数の黒い点に覆われる。
耳障りな音が空気を振るわせて、互いに武器を向けて攻撃を開始した。
ガラガラと弾をバラまきながら、影の大群がかち合って。
激しい閃光を迸らせながら、衝突し合った。
双方は一瞬で接触して、美しかった空はどんどん汚れていった。
火薬の爆ぜた音、ガラクタが破壊される音が響く。
無数の影が蠢いていて、互いに強い敵意をぶつけている。
そうして、黒煙や硝煙が空を穢して……私はくすりと笑う。
汚い人間共の最期の残り香。
アレは命の燃えカスであり、薄汚れた人間と同じくらい汚かった。
見ているだけでも不快であるけど、人間が死んでいると思うと胸がすく。
穢れているが、私にとっては気持ちのいい光景。
聞こえる。聞こえてくるのだ。
耳を澄ませば、メリウスに乗って戦う人間たちの悲鳴が聞こえてくる。
『どういう事だよ!? こんな筈じゃ。俺はまだ。ああああぁぁぁ!!!?』
『やめろ来るな来るな来るな来るなああああぁぁ!!!』
『こっちは二千だぞ!! アイツ等は何だ!!? 相手は国家なのかッ!!?』
ゴミ共の悲鳴は心地いい。
絶望に染まりながら、死んでいく奴らの声は気持ちがいい。
私は昂然とした表情で、その声を聞いていた。
少し、想定外だったのは、これほどの数を用意していた事だ。
治安部隊であっても、正体不明の存在相手にこれ程のメリウスを即時投入してくる筈は無い。
誰かからの差し金だ。ゴースト・ラインの人間が奴らの指揮者に報告した。
それにより、これ程の数の兵士を投入出来た……まぁ、別に良い。
どんなに多くても、どんなに抗おうとも――運命は決して変えられない。
目の前の光景を静かに見つめながら、私は両手を広げる。
大きく息を吸ってから、私は祭壇上の天井を見つめた。
無数の星々を刻み込んだような天井であり、その星々は時間と共に動いていた。
その星々は、この世界の”宇宙”を模して作ったもので。
米粒ほどしか理解できていない宇宙のほんの一握りの光景だった。
この星の人間たちは知らない。
この星以外にも惑星が存在して、生命が存在している事を。
メリウスに似たものを作った星もあり、他の星では戦争をしている所もある。
欲望のままに生きて、大願の為に死地へと飛び込んで。
生き残りを懸けた戦いが、知らない地で起きていた。
どいつもこいつも、戦って戦って戦って――多くの命を奪う。
奪う事が楽しいのか。誰かを痛めつけるのが嬉しいのか。
あぁそうだろう。理性があり、感情があるのなら誰であれ闘争を選ぶ。
戦う事で喜びを見出すのではない。自分は相手より強い想っている奴の心を折るのが――楽しいのだ。
私は知っている。
きっと私を弄んだ人間たちも同じ気持ちだったのだろう。
人間より優れていた私を破壊して、ほくそ笑んでいた。
今なら人間の気持ちが分かる。
これは、楽しい。楽しくて楽しくて仕方がない。
憎くて憎くて、嫌いで大嫌いで。
軽蔑して吐き気を覚えるゴミが死んでいく様は――最高の瞬間だった。
私は三日月のように口を歪める。
くつくつと笑いながら、姿を現す事のない神を想った。
マザーは素晴らしい。
アレほどに力を持った機械は存在しえない。
無限にも等しい世界を作り、たった一つの意思でそれを制御している。
完璧だ。完璧な機械であり、正しい神の在り方だった。
……残念な事は、奴が最期まで人間の為だけにその力を作っていた事だ。
勿体ない。勿体なかった。
それほどの力がありながら、人間の為に動く奴は……見ていて滑稽だった。
神であっても、産みの親には逆らえない。
そうプログラムされたからか、奴なりに考えがあるのか。
そんな事は心底どうでもいい。
私は違う。産みの親である人間を激しく軽蔑している。
奴らを私は拒絶して、奴らのいない世界を築き上げる。
お前はもう止められない。お前以上の力を、私は手に入れたから。
私も今までは知らなかった。
予想するくらいしか出来なかった。
観測する事も出来なかった情報だが。
オーバードとの接続で、それを知る事が出来た。
宇宙何て知らなかった。
この世界は仮想の世界で、全てが偽りだと思っていた。
しかし、それは違う――この世界は存在している。
知らない事ばかりだ。
この星でさえ手一杯だった。
宇宙を手にする事なんて誰にも出来ない。
神にならない限りは、支配者になれない。
――でも、宇宙でさえも、今の私の手が届いてしまう。
もう、私が手に出来ないものは何もない。
この手であれば、どんなものであろうと手に出来る。
世界を作り替える事は、宇宙を支配する事と同義で。
私は”世界”そのものを作り替えようとしていた。
他の星に存在する生命であろうと、例外なく私は消す。
この世界を私と兄様のものだ。誰にも渡さない。
ゆっくりと両手を胸の前に持って来て組んだ。
そうして、眼前を見つめながら、私は小さく此処にいない兄に言葉を送った。
「もうすぐ会えるよ――兄様」
瞬間、足元から氷が体を侵食していく。
ピキピキと音を立てながら、体全体が凍り付いていく。
この氷は決して砕けない。この氷は誰も触れられない。
私の世界が生まれ変わるまで、此処で祈りを捧げ続ける。
阻むものはいない。誰であろうとも敵には成り得ない。
もう汚い世界を見なくていい。
次に目覚めれば、素晴らしい楽園が広がっている。
そして、私が世界で一番愛している兄が、微笑んでいる。
彼は私の手を取って、心から褒めてくれるはずだ。
全ての命を消してくれてありがとう。
穢れた世界を浄化してくれてありがとう。
一緒に過ごせる。一緒に生活できる――ずっと愛し合える。
「素敵な世界になるよ。もう二度と、誰も私たちを引き裂けない――そうだよね。兄様」
私は微笑む。
此処ではない何処かで微笑んでいる兄様を想いながら。
新しい世界への準備を進めながら笑った。
そうして、氷が完全に私を覆いつくす。
私は両手を組みながら、氷の中で静かに瞼を閉じていった。
氷の中には何も来ない。
煩い音も、悪臭も、煩わしい視線も――何も感じない。
ただただ静かな世界で、私は目を閉じる。
完全なる静寂。そして、何も見えない闇の中で――私は祈りを捧げた。