【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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260:世界を呑み込む泥(side:フォー)

 ――違和感を抱いた。

 

 敵の数は一気に減り、状況は好転した。

 此方の傭兵の数も減っていたが、増援となる無人機の大部隊が投入された。

 大型の輸送機が数機、戦場に現れて無人機を投下していく。

 小柄なカーキ色の機体であり、実践に投入されるのはこれが初めてのモデルだ。

 改良が施された無人機のコアは、名のある傭兵のコピーを使っている。

 全ての機体が並のAランク以上の技量を有している。

 それらの無人機たちは残った傭兵たちを支援して、戦場に残存する敵戦力を大きく削いでいった。

 風のように舞い、嵐のように命を刈り取っていく。

 強い。圧倒的なまでに強かった。

 

 

 勝てる。誰もがそう思い始めていた。

 

 

 ――違和感を抱いていた。

 

 

 増援の投入により、傭兵たちは雄叫びを上げていた。

 家に帰れる。俺たちの勝利だ。そう信じて疑わない。

 私もこのまま行けば、第二波を終えてそのまま第三波を起こさせる事無く奴を始末出来るのではないかと思っていた。

 時間はまだ残っている。儀式を終えるまでにはまだ時間が掛かるだろう。

 それまでに邪魔な敵を片付けて、城への総攻撃を仕掛ける。

 そうすれば、アレを見る前に終末を食い止められる。

 

 

 だが、可笑しい。可笑しかった……違和感を、常に抱いていた。

 

 

 遠く離れた城を見る。

 変化はない。以前変わりなく宙に浮いていて。

 私は船に取り付けられた望遠レンズを使って、テラスへと視線を注いだ。

 そこには氷の中で祈る化け物がいて。

 奴は目を閉じながら、ずっと手を組み祈りを捧げていた。

 華奢な体で、雪のように白い肌をしている少女。

 見てくれは年端もいかないガキでも、あれは正真正銘の怪物だ。

 

 誰に祈っているのか。何の為に祈っているのか。

 分からないし、分かりたくも無い。

 世界を終わらせようとする悪魔の考えなど理解したくも――怖気が走る。

 

 

 ジッと氷の中のそれを見ていた。

 

 すると、そいつの目がゆっくりと開いていった。

 

 眠りから覚めるように目が開かれて行って――にたりと笑う。

 

 

 

 ――違和感の正体を理解してしまった。

 

 

 

「総員、衝撃に備えろッ!!!」

「――え?」

 

 

 私は声を張り上げた。

 乗組員は間抜けな声を上げて私を見る。

 

 

 その瞬間に、城から凄まじい衝撃が起こる。

 

 

 まるで、水爆でも起こしたかのように凄まじい爆風が戦場にいる全てを襲う。

 海は大きく揺れて船を飲み込むほどの大波が発生した。

 傭兵たちは慌てふためきながら、何が起きたのかと私に聞いてくる。

 あの爆風で数名の傭兵の反応がロストした。

 私は舌を鳴らしながら、緊急用のボタンを押した。

 

 船の安全装置が作動して。

 エネルギーフィールドが最大出力で展開される。

 視界を覆いつくすほどの波が船へと襲い掛り――船全体が大きく揺れた。

 

「きゃああぁぁぁぁ!!!!」

 

 乗組員たちは悲鳴を上げて。

 私は手すりにしがみ付きながら指示を飛ばす。

 船のバランサーを調整し直し、転覆しないように操作する。

 船からギギギと嫌な音が響き続けて、床が大きく傾き始めた。

 エネルギーフィールドに阻まれながらも、海面に接しているからこそ全てを防ぐ事は出来ない。

 私は強く歯を噛みしめながら、舵を握って力を込めて操作した。

 此処で終わる訳にはいかない。此処で希望を絶やす事はしない。

 

 

 まだ、戦える。まだ人類は――負けていない。

 

 

「あああああぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 強く強く叫ぶ。そうして、重く硬い鉄の舵を動かす。

 そうして、傾いていく船体を戻していった。

 バランサーが正常に働いた。そして、乗組員が迅速に手を打ってくれたお陰だ。

 ざばりと外から海面を叩きつける音が響き渡って、ブリッジの窓にばしゃばしゃと水が掛る。

 雨でも降っているかのように、バシャバシャと水が掛って。

 綺麗な筈の虹を不気味な物のように思いながら、私はジッと前を見た。

 

 

 私は荒い呼吸を整えながら――”第三波”の侵攻を見ていた。

 

 

 泥だ。黒く濁り淀んだ泥が湧き出している。

 少女が祈っていたテラスから、溢れ落ちていた。

 穢れに満ちたそれは、シナリオにあった泥で間違いない。

 早い。早すぎる。シナリオでは発生するまでに時間が掛かる筈だった。

 それなのに、もう第三波の侵攻が始まっていた。

 

 無線を通して傭兵たちの恐怖の声が聞こえる。

 

《な、何だよあれ……聞いてねぇぞ。こんなの!》

《お、俺はもう帰るッ! こんな所にいられるかァ!!》

《ダメだ! アレを放っておいたら大変な事になるぞッ!!》

《何で分かるんだよッ!! あんなの、あんなの……クソッ!!》

 

 逃げ出そうとする者、恐怖する者。

 立ち向かおうとする者、混乱する者……分かるよ。

 

 無理も無い。アレに触れれば一巻の終わりだ。

 アレは全てを終わらせる不浄の泥であり、全ての命を終わらせる泥だ。

 終末の儀式の為に用意されたものであり、マザーが作り上げたシステムの一つ。

 万が一にも、この世界の人間が現実の世界に害をもたらすと判断した場合に用意された”完全消去プログラム”。

 奴はオーバードと意識をリンクさせる事によって、マザーの権限を奪い取った。

 完全には奪えてはいないだろう。しかし、第三波の時点で粗方の権限移譲を終わらせた筈だ。

 

「――フライトモードを起動する。全ての船に通達しろ」

「了解ッ!! フライトモード起動シークエンス開始しますッ!」

 

 乗組員が他の船へと連絡する。

 そうして、カチャカチャという音が響き、この船の隠された機能が作動する。

 第三波の為に用意された隠し機能。

 奥の手というほどの物では無いが、泥から逃れる為の機能と言える。

 

 起動シークエンスが開始されて。

 船全体にアラートが鳴り響く。

 展開された装甲の一部が変形していく。

 船が一度大きく揺れて、鈍い音が響き渡った。

 内蔵されていたフライトユニットが起動して、大きな船体がゆっくりと上がっていった。

 モニターで確認すれば、フライトユニットは全て正常で。

 巨大な船体がゆっくりと空へと浮上していく。

 船全体が小刻みに揺れながら、危険な海上から離れて空を舞う。

 

「フライトユニットフェイズ2ッ!」

「フェイズ2に移行します!」

 

 上昇から切り替えて、浮遊状態に移行する。

 上昇時に使う莫大なエネルギーの消費を抑えて。

 その場に停滞する為だけのエネルギーだけを捻出する。

 これで暫くは安全であり、第三波への攻撃も開始できる。

 ブリッジから周囲を見れば、生き残った船全てが宙で浮遊していた。

 

 私は静かに息を吐く。

 そうして、乗組員の一人に指示を出した。

 

「……ヴァルハラに通信を繋いでくれ」

「了解……繋がりました!」

 

 周波数を合わせ終えて、私はマイクを取る。

 そうして、ヴァルハラに現状を簡潔に伝えた。

 ノイズがひどく、恐らくは宙域に出ているのだろう。

 ヴァルハラは何も言わないが、それは恐らく伝えるべき事が伝わったことを意味する。

 今の奴は優秀な戦闘マシーンであり、すぐに己の取るべき行動を理解する筈だ。

 私はゆっくりとマイクを戻してから、城へと目を注いだ。

 

 ドロドロと溢れ出す泥は、海面に落ちて広がっていく。

 見る者全てに恐怖を与え、発狂させてしまうようなそれ。

 ジッと見ているだけでも全身の毛が逆立ち、背筋が凍り付くようだった。

 世界を飲み込む泥は急速に広がっていくだろう。

 数時間もすれば、それがこの星を丸ごと飲み込んでいく筈だ。

 

 このままでは、世界中にいる人間が泥に飲み込まれて死に絶える。

 何も知らない人間たちに一から泥について説明している時間は無い。

 いや、説明をしたところで理解を示す人間は僅かだろう。

 逃げようにもどうすればいいのか奴らは知らない。本来であればこれで詰みだ。

 映像を見せたところで大人しく避難を始める筈も無いだろう。

 

 

 

 だが、ボスはこの日の為に――多くの布石を打った。

 

 

 

 裏組織の人間や多くの商人を使う事によって流通させたビタミン剤。

 その正体は、我々が開発した神薬を改良したもので。

 服用すれば、指定された時間に効果を発動させるものだ。

 危険なものは一切入れていない。

 中に仕込んだ微量のナノマシンが体内で活動し、脳の機能を一部書き換える。

 それは記憶に関するものに作用して情報を強制的に脳へと書き加えるものだ。

 

 書き加える内容は、泥を”最初から”認識していて。

 ”避難するべき場所”や”最適な行動”を理解しているという事だ。

 長い時間を掛けて説明するよりも確実な方法で。

 ボスは一般市民に対しても、生きながらえる為の策を講じていた。

 流石としか言いようがない。誰もこんな方法を思いつかない。

 説得ではなく”洗脳”による避難命令であり、アレを服用した人間が率先して市民を導く。

 

 錠剤は世界各地に広まっている。

 人口の三分の一程は確実に服用しているだろう。

 後はその中にいる政府関係者や軍の高官が上手く働くことを祈る。

 助からない命もあるかもしれない。だが、それを後悔する時間はもう残されていない。

 

 世界中に配備された避難シェルター。

 そこに隠れる事によって、暫くは泥の脅威から身を守る事が出来る。

 泥の影響を防げる構造をした特別なシェルターであり、ヴァルハラと同じくボス自らが設計したものだ。

 恐らくは、マザーから得た情報によって作ったものだろうが……今はどうでもいい。

 

 私は再びマイクを取った。

 そうして、全ての傭兵に通信を繋ぎながら大きく声を張り上げた。

 

「全傭兵に告ぐッ!! 城へと攻撃をしろッ!! 他の敵は無人機に任せて全火力を城に集中させろッ!!」

《あぁ!!? どういう――クソッ!! やりゃいいんだろッ!! いくぞッ!!》

 

 文句を言いながらも、傭兵たちは動き始める。

 城へと攻撃を開始したのを確認しながら、これで何か変われば良いと願った。

 

 

 いや、変わりはしない。

 少女を殺すには、オーバードを消す以外に道はない。

 

 

 宙を見上げた。

 すると、暗くなり始めた空には白い光と黒い光が存在して。

 強い光を発しながら、それらは入り乱れていた。

 眩いばかりの光を発するそれは、ゆっくりと輝きを強めていっていた。

 

 

 来る。もうすぐ、奴が――神を連れて来る。

 

 

 私たちが作った”紛い物の神”と”全知全能の神”が舞い降りて来る。

 人々を畏怖させる光を私はジッと見つめながら、手すりを強く握りしめる。

 

 もう、第三波は始まった。

 ボスからの連絡は依然ない。

 彼は自分に任せて欲しいと言っていた。

 あの人の席を常に狙っていた私に対して、あの人は此処は任せると言っていた……本当にお人好しだ。

 

 野心に塗れた女を信じるほど耄碌したのか。

 だとしたら、そんなジジイを信じるなんて馬鹿らしい……でも、アンタは違うんだろ。

 

 

 何時も未来を見ていた。

 

 何時もこの瞬間を見ていた。

 

 そんなアンタが間違う筈がない。

 

 私たちでは想像できないような途方も無い時間を過ごしてきただろうアンタが――失敗するがない。

 

 

「任せろよ。此処は死んでも守る……だから、アンタもやり遂げて見せてくれよ、ボス」

 

 

 ボスへの忠義なんて無い。

 だが、私はアンタを信頼している。

 アンタは誰よりも賢くて、誰よりも決断が早くて――誰よりも責任を持っていた。

 

 アンタなら出来る。アンタならやり遂げる。

 私は宙を舞う船の中で、溢れ出す泥を見ていた。

 世界を飲み込む不浄の泥を睨みつけながら、私は此処にはいない”英雄”の到来を強く望んだ。

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