【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
ゆっくりと展開された結界が収縮していく。
遥か頭上より降り注いだ無数の光が細まっていって。
やがて、粒子となって消えていった。
残ったのは小さな丸い球体となった結界だけで。
空に浮遊するそれを私を含めた多くの人間が警戒しながら見ていた。
私はたらりと汗を流しながら、AIの声を聞く。
《対象の封印を確認しました。”特異点”正常に作動しています》
「……遂に、神を……完成体十二号から七十八号。重力場を維持しろ」
《了解。マスター》
私の声に反応して、若い女の声が聞こえた。
私をマスターと呼んで慕う人形たちの行動を見ながら、私は小さく息を吐く。
私と同じ、特殊兵装である”重力操作装置”を使う変異個体の人形たち。
私の遺伝子情報をコピーさせて、それから手を加え続ける事によって生まれた特別な才能を持った子供たちだ。
普通の人間では使う事の出来ない重力操作装置。
重力というものを人間が扱う為には、脳内で膨大な量の計算を瞬時に出来なければならない。
そうでなければ、自らが生み出した重力によって死を招く恐れがある。
いや、出せたのならまだいい。何も起きず、脳の回路が全て焼き切れて死ぬ事の方がざらだ。
操るだけでも至難の業。
操りながら動けるようになるまでには更に時間が掛かる。
呼吸をするように自然に操作する為には……いや、これは今の私でも難しい事だ。
今まで生み出した試作体は、完成体とは程遠い。
才能はあっても、私のように完璧に重力を扱える訳では無い。
失敗作であり、私の盾となる以外に使い道は無かった。
生み出した失敗作たちは、私の研究の補助を任せている。
これでも、私の研究を理解できない無能よりは遥かにマシだった。
助手と共に多くの実験を繰り返して。
多くの失敗を積み重ねてきた。
失敗、失敗、失敗、失敗――そして、成功した。
私と同じように完全に重力を扱える子供たち。
重力操作のコツを一瞬で掴み、実戦に投入しても問題なかった。
細心の注意を払いながら、調整を加え続けて。
完成体に至るまでに膨大な時間を掛けてしまった。
ゴースト・ラインに加入してからは豊富な資金と最先端の機材によって研究は進んだが。
それでも、この日までに完成できるかは賭けだった。
が、私は賭けに勝った……そして、ボスの悲願を成し遂げたのだ。
特異点と呼ばれる我々が開発した対オーバード用の最終決戦兵器。
銀色のボックスに収容された特殊なエネルギーフィールドを即時展開し。
衛星から放たれる膨大なエネルギーを受け取る事によってそれは無敵の結界となる。
内部に封じ込められた対象は、無限に思えるような重力の波の中でもがき苦しむ。
結界内では時間という概念は存在せず。今流れている一分一秒という時間が、あの中では何十年何百年というように感じる。
永遠の苦しみを味わいながら、ゆっくりと朽ち果てていくのだ。
元は別の実験していた時に偶然発見した結果で。
それを応用する事によって、神を殺せる兵装へと進化した。
奴がどれだけの間、耐えられるのかは分からない。
しかし、如何に優れた機体であろうとも何万という時間を耐えられる筈がない。
この世界に存在するあらゆる物質も、耐える事が出来るのは精々が百年ほどだ。
何千という高濃度高密度のエネルギーの層が重なった結界。
例え一気に百を破ろうとも、ほぼノータイムで結界は戻る。
結界内のメリウスからエネルギーを奪い続けて、枯れ果てるまで結界は作動し続ける。
奴が脱出する事は不可能で、生きたまま奴と会う事も無いだろう。
私の研究が実を結び、私を最期まで信じてくれたボスの恩義に報いる事が出来た。
これほどに嬉しい事は無い。
今この瞬間が至福であり……後は、アレを破壊するだけだ。
目的は達成した。
視線を向ければ、城へと攻撃を仕掛けている有象無象がいた。
統率はまるでとれておらず。ただ矢鱈めったらに攻撃を仕掛けている。
オーバードとの接続が切れたことによって、オーバードからの無尽蔵のエネルギーの供給は絶たれた筈だ。
あの城を守る防御壁を突破するのも時間の問題で。
私はすぐに通信を繋いで、船から指示を出しているフォーに言葉を投げた。
「フォー、此方の目的は果たせた。城へと攻撃を仕掛ける。武装の変更を……フォー?」
返事が無い。
チラリと船を見れば、まだ浮遊している。
泥の脅威から逃れる為の切り札を使用して。
浮遊する巨大な船からは、応急処置を終えたメリウスが飛びだっていく。
破損した部分を修復する為に宛がわれたパーツ。
パッチワークのように統一感の無いそれを嵌め込みながら、武器を手にしたメリウスが城へと飛んでいく。
静かだ……静か過ぎる……。
周囲を索敵した。
すると、アレほどまでに猛威を振るっていた無人機たちは沈黙している。
ゾンビとなった残骸たちも、敵へと襲い掛るのを止めてゆっくりと落下していった。
この行動自体は説明がつく。
オーバードとの接続が切れたことによって操られていたゾンビは沈黙しただけだ。
だが、無人機の方はどういうことか。
無人機に関しては、あの少女からの差し金でありオーバードはほぼ関係ない。
接続が切れたとしても、最初からプログラムに従って戦闘を続行する筈だ。
いや、そうでなくとも城の守りを堅めに行くのが普通だ。
オーバードを失い。残された脅威は世界に広がりつつある泥だけで……泥?
「……フォー、どういう事だ……泥は、どうなっている」
俺は海一面に広がっている穢れた泥を見つめる。
そうして、僅かに声を震わせながらフォーに問いかけた。
先ほどからフォーとの通信は繋がっている。
声が聞こえ辛いのではない。フォーは何かを察知して喋れなくなっている。
それは恐らくは、強い危機感を抱いたからで……フォーがゆっくりと言葉を発した。
《エイト、泥の勢いが止まらない……いや、どれどころか速度を速めている……もう既に幾つかの都市が吞み込まれた》
「……オーバードとの接続は……切れていないのか」
《……っ……あぁ、恐らく……アイツはまだ、死んでいない》
信じられない。
信じたくも無かった。
だが、フォーが此処に来て情報を見誤る筈は無い。
オーバードの接続が切れていないのは事実で。
膨大なエネルギーを吸われ続けながらも、奴はあの永遠の苦しみの中で生きている。
どうやって、どうして……分からないが、危険だ。
城への攻撃は止める。
そうして、沈黙している敵の無人機の相手は此方の無人機に任せた。
そうして、浮遊する玉を回収してアジトへと帰還する事を決断する。
このまま此処で、奴が死ぬのを待っていても仕方がない。
アジトへと帰り、奴を確実に始末する為の策を講じなければならない。
時間は沢山ある。奴が封印を自発的に解くのは不可能で――警報が鳴り響く。
敵の接近を知らせる警報であり、俺はそちらへと目を向けた。
すると、先ほどまで沈黙していた筈の無人機たちが一斉に動き出していた。
それも武装を全て取り外した身軽な状態で――此方に突っ込んでくる。
「――ッチ!」
私は強化装備越しの機体の腕を前へと伸ばす。
そうして、大きく掌を開けてから一気に閉じた。
すると、私へと突っ込んできた五体のメリウスの空間が大きく歪む。
空き缶でも握りつぶすように、奴らの機体がべこべことへしゃげながら潰れていく。
一瞬の間に薄い板のようになったそれは激しい爆発を起こしながら墜落していった。
《マスターッ!》
「――ッ!」
仲間の声が聞こえてそちらを見る。
すると、生き残った敵のメリウスが仲間の機体に突っ込んで行く。
激しい衝突音を上げながら、二機のメリウスが合わさる
両手でがっちりと抱きしめながら加速して、仲間は必死にもがいていた。
そうして、そのまま敵は機体内のコアを激しく稼働させて膨張させる。
胴体部が赤熱しながら膨らんで――大きな爆発を起こした。
パラパラと残骸が舞う。
そうして、完成体三十八号の生体反応がロストした。
いや、まだだ。
センサーを動かしながら他の仲間を見る。
すると、神を抑えておくために用意されていた人間たちを優先的に攻撃している。
考えての行動であり、私は激しく苛立ちを覚えながら機体を動かした。
両手を動かしながら、奴らの機体を圧壊させていく。
視界に映った敵一つ一つを潰していった。
膨大な計算を頭の中で終わらせて、襲われた仲間だけを守りながら敵を潰す。
ぐしゃりと潰れたそれの爆風で仲間が傷つかないように、衝撃を吸い込ませながら。
私は次々に敵を潰していった。
ギョロギョロと視線を動かしながら、動けない仲間を庇って。
頭が沸騰しているかのように熱くなり。
鼻からたらりと赤い液体が流れていった。
強くを歯を噛みしめながら、優先順位を決めて被害を出さないように――ッ!?
背後から敵の反応をキャッチした。
振り向きながら迎撃しようとして、死角から別の敵が現れた。
二機のメリウスは両手で私の強化装備を掴んでくる。
ギリギリと締め付けながら拘束されて、敵から強いエネルギー反応を確認する。
正面からも敵が取りついてきて、目の前に赤く光るセンサーが見えた。
機体全体から嫌な音が響き続けて、システムが警告してくる。
私は一瞬の判断で――強化装備をパージした。
ガシャリと音が鳴り、機体に取り付けたそれが外れる。
下へと急降下してから、ブーストしてその場から退避する。
そうして、三機のメリウスは体を膨張させて大爆発を起こした。
衝撃が此方へと伝わって来て、パラパラと残骸が舞う。
辺り一面に黒煙が広がって、視界が不良となった。
私は黒煙の中から勢いよく抜け出して――大きく目を見開く。
レーダーが敵の反応を示す。
私の周りには無数の敵が存在していて。
それらがセンサーを赤く光らせながら迫ってきている。
防げない。回避不能であり、此処までだと悟った。
死ぬ。確実に死ぬ――だが、それでもいい。
私は成功した。
私は恩人に報いる事が出来た。
疎まれて学会から追放された私を救ってくれたボス。
行き場の無い私たちを家族のように思ってくれて。
そんな父のような偉大な彼の願いを果たせたのなら、それでいい。
私はくすりと笑う。
間違いだらけの人生だった。
が、後悔はしていない……いや、一つある。
私が生み出した人形たち。
叶う事なら、平和になった世界で奴らがどのような人生を送るのか。
少し、ほんの少しだけ……興味があった。
幸せになれとは言わない。
だが、後悔はして欲しくない。
勝手に生み出しただけの無責任な男の戯言だ。
「――元気で、な」
奴らの機体が大きく膨らむ。
装甲がギチギチと音を奏でていて。
装甲から漏れる光が私の視界を奪い――消えた。
私は目を開けて見ていた。
さきほどまで存在していた敵たちが消えている。
何が起きたのかは分かる。
子供たちが敵を圧壊させた。ただそれだけだ。
《マスターッ! 無事で》
「――目を逸らすなッ!!!」
私は怒声を発しながら、結界を見た。
起こるはずがない。奇跡も魔法も存在しない。
物語のように、絵空事のように何かが起こる事なんて万に一つも無い。
しかし、それでも――全身の毛が逆立った。
子供たちの多くが此方に目を向けている。
咄嗟に私の元へ集まった敵を倒す為に、私の命令を無視した。
その結果、僅かにだが神の封印に必要なアシストが緩む。
奴は生きている。生きているのだから――機会を伺っていた筈だ。
ぞわりという嫌な気配が漂う。
そうして、綺麗なピンク色をしていた結界からぴしりという音が聞こえた。
確実にダメージが入っている。
そんな筈は無い。絶対にあり得ない――また、割れるような音が聞こえた。
私は動けなかった。
外壁が割れたのだ。今からアシストしても遅い。
出来たことは子供たちへと退避を命令する事だけだった。
その間にも大きな亀裂が入り――何かが勢いよく飛んできた。
黒い機体であり、腕の武装が強化された――ファーストの鉄塊だった。
奴は結界を両手の拳で挟み込む。
そうして、両腕のギミックを解放して拳の威力を上乗せした。
何を考えている。いや、奴の考えは分かる――外からの強い衝撃で中の奴を圧壊させるつもりだ。
《エイトッ! 手伝えッ!!》
「――分かったッ!!」
考えても仕方ない。
封印が解かれようとしている。
だったら、物理的に奴を殺す以外に道はない。
既存の兵器で破壊できなくとも。
無限の重力の中にいる奴であれば、無敵の障壁も使えない筈だ。
現時点でもかなりのエネルギーを吸われて、奴は万全の状態ではない。
そう自分に言い聞かせて、恐怖で竦みそうになる体を無理やりに動かした。
そうして、ファーストの前に機体を移動させて。
両手の装置を起動して、全力で結界内に何十もの重力場を形成していった。
結界は激しく火花を散らせて、ファーストの両腕も悲鳴を上げていた。
以前の武装とは威力がまるで違う。
戦艦をも容易く沈めてしまうそれが更に進化して、膨張を始める結界を無理やりに圧縮している。
逃げ場を失ったエネルギーを私がその場に無理やりに留まらせて。
ファーストが圧倒的なまでの力で、強引に圧縮させていく。
時折、奴のくぐもった声が聞こえてくる。
奴もギリギリであり、これが失敗すれば……いや、止めておこう。
次は存在しない。
つまり、これが正真正銘のラストアタックだ。
失敗できない。失敗を考えていられない。
後が無い我々は、無我夢中で奴を殺す事だけを願った。
歯が砕けそうになるほどに噛みしめて。
鼻からぼたぼたと赤い液体を垂れ流しながら。
私は限界まで脳を働かせて、機体をオーバーヒート寸前まで稼働させる。
ファーストの機体同様に私の機体からも火花が散る。
バチバチと両腕がスパークして、回路から溢れ出したエネルギーが噴き出す。
黄金のリングの一部が砕け散って機体に残骸が当たる音が響いた。
両腕は煙を上げていて――強く叫んだ。
「アアアァァァァァッ!!!!!」
ファーストと共に叫ぶ。
それで何が変わる訳でもない。
だが、叫ばずにはいられなかった。
不思議と心が昂り、機体の性能が跳ね上がったように錯覚して。
ファーストは一気に結界を圧縮し――閃光が迸った。
凄まじい爆発が起きた。
視界全てを白く塗り潰すほどの光量で。
私は両手で視界を覆いながら、何が起きたのかと見ていた。
耳に響く甲高い音と共に発生した真っ白な光。
だが、それは一瞬で。白い光は漆黒の光へと変わる。
爆発の衝撃で、私の機体は制御不能になる。
激しく回転しながら落下していって。
強い衝撃を機体全体で感じて、私は胃の中のものをヘルメットの中にぶちまけた。
ぐったりとしながら、私はゆっくりとヘルメットのシールドを解除する。
そうして、バチバチとスパークするコックピッドの中でファーストに通信を繋ごうとする。
しかし、一切反応は無い。耳障りなノイズが聞こえるだけだ。
私は頭から血を流しながら、カチャカチャとコンソールを叩く。
そうして、システムの一部を復旧させてセンサーを起動させた。
一瞬だけノイズが走り、映像が映し出されて――私は絶望した。
――神が、そこにいる。
背中から黒い翼のようにエネルギーを発生させながら。
空には羽のように黒いエネルギーが舞う。
黄金の槍が宙に浮かび、その片手にはさび付いてボロボロになって半壊した機体が抱かれていた。
もう片方にはファーストの鉄塊の頭が握られていて、ファーストは必死に奴へと攻撃を仕掛けていた。
しかし、奴はファーストの攻撃など見ていない。
ただ近くに会ったから掴んでいて――ファーストの鉄塊の手足が吹き飛ぶ。
エネルギーの弾による攻撃じゃない。
アレは……アレは……”重力操作”だ。
奴は、俺の技術を真似た。
いや、それよりも完成された力で……奴は、本当に……神になったのか?
望む力を手にして、あらゆる兵器も無効化する。
ダメージは一瞬で回復する。いや、ダメージという概念は奴の中には存在しない。
子供の遊びに付き合うように、此方の叡智を上回って来る。
全てが無意味。
全ての行動が、意味を成さない。
奴はあらゆるものの頂点に存在して。
人間の浅はかな策略では、到底――プツリと頭の中で糸が切れるような音が聞こえた。
寒くないのに体が小刻みに震え始める。
口から音が連続して響き渡って、私は目を潤ませた。
私ははただ震えていた。
冷たいコックピッドの中で震える事しか出来ない。
歯をガチガチと打ち鳴らしながら、仲間がゆっくりと海へと落下していくのを見ている事しか出来なかった。
私は絶望した。
何もかもを諦めた。
そうして、自らの体を掻き抱きながらぶつぶつと独り言を零す。
自らの意思じゃない。
体が勝手に言葉を発させていた。
出る言葉は、今まで信じていなかった神への祈りの言葉で。
現実を受け止めきれない私は心を閉ざし、ただただ”理不尽な暴力”から目を背けていた。