【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
眠い――寒い――何も見えない。
暗闇の中で、俺はジッと立っていた。
何も見えず。何も存在しない空間で俺はただ立っている。
自らの手を見ればそこには何も無く。
体も存在しない中で、俺はただ立っているのだろうと勝手に認識していた。
寒い、冷たい――心が震えている。
凍えるような空間であり、生気がまるで感じられない。
此処は地獄か。恐らくは、天国ではないのだろう。
つまり、俺は死んだという事だ。
使命を果たして、眠りにつけたのか。
分からないが、もう、俺に出来る事は何も無い。
死んでしまったのなら、生き返る事は出来ないのだから。
死人は死人らしく、このまま音も無く消えて行けばいい。
何も思い出せないし、何の記憶も存在しないが。
使命を果たせたことだけは理解している。
俺にとってはそれだけで十分で――何かが聞こえて来た。
遠くの方で、音が鳴っている。
激しい音であり、その音は聞いたことがあるような気がした。
何かが勢いよく爆ぜる音、金属同士がぶつかり合う音。
音だけじゃない。何かが見えて来た。
まるで、星の輝きのようにピカっと光っている。
それが何十何百と続いて、暗闇の中をピカピカと照らしていた。
何も無かった筈の空間に、聞きなれた音と閃光が迸る。
俺はそれをジッと見つめながら、ゆっくりと手を伸ばす。
まるで、その光が掴めるものだと認識しているように手を伸ばしていた。
伸ばして、伸ばして、伸ばして――光が一気に広がっていった。
瞬間、全身に強い衝撃を感じた。
凄まじい音が響き渡って、バシャバシャと何かが体を打ち付ける。
目に入ったそれが、死に掛けていた神経を刺激する。
少しばかりの痛みを感じながら、俺は満ちていく光の先を見つめた。
「……これ、は?」
光が収まって行けば、嫌が応でも見えてしまう。
錆びついて朽ち果てていく機体のハッチはボロリと砕けて。
開かれた視界の先では、無数のメリスウがたった一機の白い機体に挑みかかっていた。
突撃砲やブレード。バズーカやガトリングガン。あらゆる武装で神に挑んでいた。
爆風や衝撃が海の中に落ちた俺の元まで伝わる。
ビリビリと空気が振動していて、奴の周りには黒煙が広がっていた。
城への攻撃を中断した傭兵たちが、一斉に神へと攻撃を仕掛けている。
圧倒的なまでの物量で――だが、勝てない。
それを中心で受ける奴は空いていた手をゆっくりと振るう。
その瞬間に、群がっていた無数のメリウスを一斉に黒いエネルギーが薙ぎ払っていく。
一瞬にして大勢の仲間が消滅させられて、黒い粒子がパラパラと舞う。
戦っていた名のある傭兵たちが一瞬にして死んだ。
瞬きが出来ないほどの時間で、無数の命が呼吸をするように奪われた。
生き残ったのは僅かばかりの傭兵と無人機だけで。
それぞれが息を乱して、思い思いの行動を始めていた。
無線はもう使えない。
この機体は既に死んでいて、形を保っているのも奇跡に等しい。
記憶は無いが、恐らくは俺は膨大な時間を生きていたのだろう。
結界内に封じ込められた瞬間に、凄まじい速度で時間が流れて行って。
俺は瞬く間にエネルギーを使い果たしてスリープモードに入った。
目覚めたのは、結界から逃れたからで……使命は果たせなかった。
神を殺す事は出来なかった。
奴は五体満足で宙に浮いていて、残った傭兵たちを虐殺している。
果敢に戦いを挑む傭兵は手足を捥がれて落下していく。
逃げようとした奴は、胴体事エネルギーの塊で焼かれて行った。
戦っても逃げても――死ぬ。
それを理解してしまった。
奴には敵わないと心が折れてしまった。
悔しさも悲しさも感じない。
感じる事が出来ないほどに、俺はもう……人間じゃなくなった。
海の中へと放り出されて、穢れに満ちた泥が這い上がって来る。
そうして、うねうねと蠢きながら俺がいるコックピッドへと入って来た。
泥に触れた瞬間に、その部位から蒸気のようなものが上がる。
そうして、煙となるものは可視化されたデータのように目に映っていた。
泥が全身をゆっくりと侵食していく。
そうして、ジワジワと俺という成れの果ての魂を消していっていた。
分かるのだ。これらは触れたら終わりで、もう逃れる事は出来ない。
死ぬ事の無い筈の体が、終わっていくのが分かる。
死ぬのではない。存在自体が抹消されてしまう。
何も残さず、過去の足跡も消えてしまうのだ。
そう考えて――俺は笑う。
「……もう、とっくに……俺には何も無いじゃないか」
ノイズ混じりの声で、事実を口から零す。
そうだ。失うものなんて何も無い。
大切なものは俺には存在せず……いや、待て。
存在しないのに、”とっくに”何も無いとはどういう事だ?
まるで、持っていたような言い方だ。
俺は生まれて来た時から何も持っていない。
戦闘に関する事だけを持って生まれて、神を殺す為に……何、だ?
――頭が、痛いッ!
痛覚はほとんど消えている筈だ。
それなのに、強い痛みを感じた。
じんじんと痛みを発するそれが、俺に何かを伝えようとしている。
割れるような痛みであり、泥の事も気にせずにうめき声をあげた。
俺は痛みに耐えながら、目に映ろうとしているそれを見つめて――友人が、笑っていた。
「……オッコ、ショーコ、ゴウリキマル、レノア――マサムネ」
見える。見えているぞ。
分からない。何も分かっていない。
この名前が何かを理解できていない。
それでも、俺にとって大切な名前だと心が理解していた。
いたんだ。俺にも、友達が存在したんだ。
一緒に、一緒に戦った――戦友が。
「嫌だ、嫌だ……死にたく、ない……死にたくない。俺は、友達に、会って……会って、一緒に……」
強引に腕を泥から引き揚げた。
そうして、コックピッドのヘリを掴もうとして――空を切る。
そこには何も無い。
機械の腕があった筈なのに、半ばから消えていて。
データが煙のように出ながら、俺の腕を消していっていった。
もう、この手では何も掴めない。
もう二度と、友達と握手をする事も出来ない。
死にたくない。生きたい。
生きて、生きて、また一緒に友達と冒険がしたい。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。
助けて、助けてくれよ。
誰でもいい。誰でもいいから――助けてくれよッ!
全身が完全に泥に浸かる。
そうして、俺を強制的に闇の中へと沈めていく。
俺は必死になって体を藻掻きながら、助けを求め続けた。
情けない、格好悪い。それでも、俺は生きたかった。
生きて、生きて――お前に”ありがとう”って言いたいんだッ!
此処にはいない大切な友人。
生きているかも分からない友人に礼が言いたい。
今までの事も、これからの事も含めて俺は奴に対して一言礼が言いたかった。
俺は懸命に泥を掻き分ける。
そうして、半ばから消えた腕を空へと向ける。
必死になって、仲間たちが消えていった空に手を向けた。
アイツは死んでいない。アイツは生きている。
俺は信じている。心の底から、アイツの事を信じている。
生きているのなら、俺の声が聞こえるのなら。
もう一度だけで良い。もう一度、お前の力で――世界を救ってくれよ。
「マサムネ……マサムネ……マサム――ッ!?」
泥が顔に掛る。
そうして、俺の声を発する部分を覆いつくす。
泥が蠢きながら、俺の視界を塞いでいった。
此処までか。此処までなのか。
俺の願いは伝わらないのか。俺の想いは報われないのか――いや、違う。
アイツを俺は最期まで信じる。
他の誰でも無い俺自身がアイツの事を信じないでどうする。
アイツは今まで会った誰よりも勇敢で――誰よりも人間らしかった。
そんなアイツが、来ない筈は無い。
助けを求める大勢の人間を無視する筈がない。
アイツは助けを求める人間を放っておけない。
アイツはそういう奴だ。アイツと一緒にいた俺が理解している。
だから、だから――来てくれよ、マサムネッ!!!!
視界を泥が完全に覆う。
体の感覚が消えていき、存在が消えていく。
俺は消えていく心の火を感じながら、限界まで目を見開いて――光が見えた。
闇の塊が視界を覆う中で、白い光が確かに見えた。
きらりと光った瞬間。何かが勢いよく海の中へと放たれた。
凄まじい衝撃を感じる中で、全身を覆っていた泥が消えていく。
誰にも消す事が出来ないであろうそれが、瞬きの合間に掻き消されて。
ふわりと何かが俺の機体を抱き上げた。
四肢の感覚はもうほとんど無い。
そんな中で目を開ければ――青いセンサーが光っていた。
漆黒の機体で、見る者全てを威圧するそれ。
死を振りまく死神のように冷たい空気を纏うそれは見ているだけで息が苦しくなる。
だけど、何故だかとても安心する。
その瞳は俺を優しく見つめていて、赤子のように破壊された機体の残骸を持っている。
こいつは神だ。アレと同じ絶対的な支配者で――でも、俺には分かる。
「マサムネ……お前、何だろ……遅いんだよ。ヒーロー」
《――》
俺は薄れゆく意識の中で友達を見つめる。
アイツは静かに頷いてから――瞬時に移動した。
場面が切り替わって、輸送船の展開された装甲に立っていた。
一瞬だ。ほんの一瞬の間に、移動して見せた。
どうやったのかは分からない。いや、理解できないだろう。
奴はそっと俺の機体を降ろしてくれた。
下に降りた瞬間に機体は限界を迎えて砂のように消えていく。
マサムネはそんな俺をジッと見つめてから、白い神に目を向けた。
輸送船の展開された装甲の上から奴を見る。
奴はジッとマサムネを見つめていた。
まるで、お前を待っていたと言わんばかりで。
マサムネはスラスターを展開させながら、白いエネルギーを放出する。
俺が纏っていたエネルギーよりも遥かに濃度が高い。
純白と言えるほどの綺麗な白であり、アイツの黒い機体の冷たさを消すほどの温かさを感じた。
羽のように展開されたそれがばさりと動いて、奴の機体が宙に浮く。
そうして、その両手には銀色の剣が握られていた。
奴の背部から、次々と光の中から剣が出現して。
両手のものと合わせて十本の剣が展開されていた。
アレ一本だけでも相当な力を感じる。
ひしひしと伝わってくるのだ。アレが触れただけでもこの世界のあらゆるものは消滅すると。
絶対的な力を感じさせる武装。そして、冷たさと温かさという対極のものを持っている機体。
不思議な機体を見つめながら、俺は薄く笑う。
――行ってこい。行って世界を救ってくれ、相棒。
敬礼できないのが悔しい。
それでも、俺はアイツへの敬意を心で表す。
お前なら出来る。お前なら世界を救える。
何時だってそうだった。どんな逆境も、お前は跳ね除けて来た。
何も出来ない俺だ。
お前を助ける事も、もう出来ない。
でも、それでも――お前を信じる事は出来る。
マサムネはもう俺には目を向けない。
それでも、アイツの心は何故だかハッキリと分かった。
頭の中に、心の中に、奴の想いが直接届いてくる。
《任せてくれ――皆の想いは、俺が成し遂げるから》
そうして、奴は勢いよく羽ばたいていく。
白い羽が舞う戦場で、黒翼の死神も羽ばたいていった。
流星のように大空を飛び、互いに宙を舞う。
対極の光を放つそれらが、一瞬にしてぶつかり合う。
黒と白が、激しく混じり合って空一面に光が満たされて行った。
互いのエネルギーが弾けて、大空に宇宙を描いていった。
まるで、壮大な絵画のように空を彩っていって。
全ての人間の動きを止めてしまうほどの美しさが俺の目には映っていた。
綺麗だ。美しい。まるで宇宙のように――光が満ちていった。
俺はその輝きを見つめながら、ゆっくりと目を閉じていく。
最後まで見ていたかったが……もう限界らしい。
俺は先に眠りにつく。
でも、お前の事はずっと信じている。
俺がいなくなったとしても、お前ならきっと成し遂げるだろうさ。
強い眠気に襲われて。
瞼を閉じながら、戦場の音を聞いていた。
まるで、女神の歌声のようで。
魂が安らぐ音を聞きながら、俺は意識を沈めていった。
信じている。お前は誰よりも強い――そうだろ、相棒。