【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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271:当たり前の日常

 ゴゥゴゥと音を立てながら、鉄の乗り物は進んでいく。

 景色はゆっくりと流れて行って、前を進んでいる車の後部座席には子供がいた。

 その手にはロボットの人形があって、食い入るように俺を見ている。

 彼は俺を見つければ目をキラキラと輝かせて。

 俺はそんな子供に手を振ってあげた。

 彼は手をばたつかせて喜んで、左の方へと曲がっていった。

 

 赤い塗装を施された赤い軽自動車。

 ツバキの愛車に乗り込んで、ゆらゆらと揺られる。

 道路を進みながら、流れていく街の景色を眺めていた。

 窓から見える景色は、この世界に住む人間にとっては当たり前の光景で。

 背の低い木造の建物が並び、等間隔に設置された植木。

 アスファルトの地面を踏みながら、犬の散歩をしている若者は缶コーヒーを飲んでいる。

 午後一時の平日の街並みは落ち着いていて、誰も未来で当たり前の日常が消えるかもしれないなんて思っていない。

 

 警備用のバトロイドが徘徊している。

 彼らはソビラトからの技術指導によって生み出されたロボットで。

 この国以外でも、ソビラトはバトロイドや強化外装に関して技術提供を行っている。

 今にして思えば、それは奇妙にしか感じない。

 何故ならば、ソビラトはどの国よりも警戒心が強く。

 周りの国々すら信用せずに、裏ではそれらを仮想敵国として定めて軍事訓練も行っていたと聞く。

 

 何時の日か敵になり自国へと侵入してくる可能性のある敵たち。

 そう思っている筈のそいつらは、何故か、敵に塩を送るような真似をしていた。

 奇妙だ。奇妙としか思えないだろう。

 しかし、オーバードとの接続によってそれについたも判明した。

 

 技術提供を主導していたのは、他でも無いブラドレン・アザーロフだ。

 奴は時には他国へと渡り、自らの持ちうる知識を提供していた。

 奴は世界中から信用されて、多くの国々に渡る時も警戒心を持たれない。

 ほぼ無償で、有用な情報や知識をくれるのだ。

 疑う人間も勿論いたが、そのほとんどが彼と友好的な関係を築いている。

 だからこそ、誰も疑おうとしない……ツバキは違っていたが。

 

 ブラドレンの話をして、俺は先ず考えたのはツバキが俺を疑う事だ。

 ブラドレンはあの日まで目立った動きはしていない。

 それこそ、世界を終焉に導くような真似など絶対にしていない。

 清廉潔白な人間に対して、俺が行き成り悪だと言っても信用しないだろう。

 そう考えたからこそ、最初はそれを話すかどうかを迷った。

 

 だが、結果的には俺は全てを話した。

 

 例え疑われようとも問題ない。

 少し時間は掛かるだろうが、納得してもらえるだけの証拠は用意できる。

 本当であれば、マザー以外にはその証拠は開示したくない。

 だが、ツバキの信用を勝ち取る事は第一優先で。

 彼女に疑われてしまえば、マザーへの接触の機会も訪れなかっただろう。

 

 ……まぁ、結果的には彼女は俺を信用してくれた。

 

 家族だからか。それとも、俺が言ったからか。

 分からないが、理由が曖昧なままでは居所が悪い。

 俺は助手席に座りながら、チラリと後ろを見た。

 すると、妹は首のコードを伸ばして車のアダプターに繋いでいた。

 ふるふると首を動かして目をチカチカさせている所からして音楽を聴いているのだろう。

 俺はゆっくりと視線をツバキに向けた。

 

 車のエンジン音。そして、風を切る音。

 静かな車内で彼女は真っすぐ前を見つめていた。

 俺は少しだけ悩みながらも、ゆっくりと言葉を発した。

 

「……ツバキは、何でブラドレンの話をした俺を信用したんだ」

「ん? マサムネだからだよ。君は嘘をつかない」

「……違う。そうじゃなくて……ブラドレンを怪しいと思っているのか?」

 

 俺は考えてから言葉を発した。

 すると、ツバキは少しだけ口角を上げながら「特には」と言う。

 

「あの人は機械工学の分野では大物だからね。その上、無償で多くの国の発展に貢献している。疑うところが無いほどにはね」

「なら、何で」

「――苦手だからだよ。あのお爺さんの目が、どうも好きになれないの」

「……え?」

 

 俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。

 すると、ツバキはくすりと笑う。

 俺は思った。そんな感情的な理由で俺を信用したのかと。

 ツバキならもっと理論的に何かを察しているのかと思っていた。

 だが、蓋を開けて見れば苦手だからという単純な理由で……いや、それだけじゃない。

 

 ツバキを見ていれば、何となく分かる。

 彼女は俺に対して何かを隠していた。

 嘘は言っていない、全て事実だろう。

 しかし、伝えるべき大切な何かを隠している。

 

 俺は考えた。

 彼女が隠しているもの。それに繋がる情報を俺は既に持っている。

 ツバキとマザーの間には明確な繋がりがあった。

 開発主任と人工的に生み出された命。

 親と子の関係である両者は、俺という命を使って何かを成そうとした。

 その計画はほぼ成功して、俺は百年以上前の過去へと遡る事が出来た。

 

 マザーの考えは今なら理解できる気がする。

 奴と俺の目的は同じで、そうさせるように仕向けて来た。

 そして、奴の協力者となった人物は他でも無い――ツバキだ。

 

 あの手紙も、彼女が俺の元へと来られたのも。

 全てはマザーがいたからで。

 マザーの指示によって動いていた可能性が高い。

 そうでなければ、彼女があの場所へたどり着く事も。

 あの手紙を俺に届ける事も出来なかった筈だ。

 

 聞くべきか。聞けば彼女は教えてくれるのか……聞こう。

 

 俺は彼女にゆっくりと疑問を口にした。

 

「……ツバキは……マザーから何か聞いたのか」

「…………随分、曖昧な質問ね……気になる?」

 

 彼女はゆっくりとハンドルのボタンを押す。

 すると、青いランプが点灯し音声が流れた。

 オート操縦に切り替わり、彼女はゆっくりとハンドルから手を離した。

 そうして、俺の方に視線を向けながら言葉を発する。

 

「私から言うのは簡単だよ。でも、それじゃダメ。彼女に聞いてあげて……そうしたら、きっと納得できる筈だから」

「……ツバキがそう言うんだったら……でも、何を恐れているんだ?」

 

 俺は彼女の言葉の節々から僅かな恐れを感じた。

 まるで、彼女から真実を聞いた俺が何かをするとでも思っているようで。

 何を恐れているのか。何が怖いのか。

 何も分からない。でも、彼女の瞳から後悔の念を感じた。

 

 笑みを浮かべている。

 それなのに、ひどく悲しそうで。

 俺はそんなツバキにそっと手を差し出した。

 

 何も分からないから、何を言うべきかも分からない。

 でも、今の俺にも出来る事がある。

 

 彼女は一瞬キョトンとした顔をしていた。

 しかし、すぐに俺の考えを察してそっと自分の手を俺の手に合わせてくれた。

 互いにそっと手を握りながら、俺は彼女の温もりを心で感じる。

 何を怖がっていようとも関係ない。

 俺にとっての母親はツバキであり、研究所の皆やアルタイルは俺の大切な家族だ。

 どんな真実があろうとも、俺たちの関係が変わる事は無い。

 俺はそれを手を通して伝えたつもりだった。

 

 すると、後ろから手が伸びてきて俺たちの手を包む。

 ゆっくりと視線を向ければ、アルタイルが此方に手を伸ばしていた。

 

「へへ」

「……ふふ」

 

 アルタイルは笑う。

 ツバキも小さく微笑んで、俺は指で頬を掻いた。

 照れくさい。しかし、悪い気は全くしなかった。

 

 車は一定の速度で進んでいく。

 住宅街を抜けていき、商業地へと向かって行った。

 背の低い建物が減っていき、しっかりとした広い建物が増えて良く。

 見晴らしの良かった場所から、少しだけ背の高い建物に囲まれて。

 徐々に車も増えて良き、人で賑わっている場所へと入っていく。

 

 この先のホテルで待つ人物。

 文部科学省の現長官である沢渡友則。

 彼との交渉でマザーとの接触の許可を得るのが第一条件。

 そして他にも得ておきたいものは存在する。

 俺の出方次第であり、間違えれば取り返しのつかない事になるかもしれない。

 例えオーバードとの接続が切れていなくとも、また過去に戻る事は不可能だと思っていた方が良い。

 そう何度も奇跡を起こせる事は無いのだ。

 

 一度切り。たった一度のチャンスだ。

 それを俺は肝に命じながら、相手との交渉に臨もうとする。

 大丈夫。きっと上手くいく筈だ。

 

 何の確証も無い。

 しかし、自信はある。

 過去の俺には無かったものが今の俺にはあるのだから。

 

 ギュッと握った手に力を込める。

 守る。守って見せる。

 もう二度と失いたくはない。

 大切な家族を守れるならば、死んでいった人間たちを救えるのなら――全てを差し出しても構わない。

 

 俺はそう自分に言い聞かせながら、視線を上げた。

 すると、ツバキが俺を見ていた。

 しかし、先ほどまでの笑みは浮かべていない。

 

 悲しげだ。ひどく悲しげで。

 今にも消えてしまいそうなほどの儚さを感じた。

 吹けば消える火のようで――でも、一瞬だった。

 

 彼女はまた笑みを浮かべる。

 何時も通りの笑みで、あの一瞬の表情が嘘の様だった。

 俺は彼女をジッと見つめる。

 先ほどの表情は何だったのか。

 アレは何を意味しているのか。

 

 ゆっくりとツバキが手を離す。

 そうして、またハンドルに手を置いてからオート操縦を解除した。

 

「……もうすぐ着くよ。あの有名な王宮ホテルだから、ゲームセンターもあるよぉ」

「え! 行く! 行きたい行きたい!」

「はは! 分かってるよー。お兄ちゃんのお仕事が終わるまで、私とそこで遊んでようねぇ」

「うん!」

 

 アルタイルは嬉しそうにはしゃいでいた。

 ツバキも楽し気に笑っていて。

 俺だけがさきほどの表情を覚えていた。

 

 ツバキは何かを隠している。

 そして、俺を見つめる彼女は一瞬だけ強い悲しみを滲みだしていた。

 何を恐れて、何が悲しいのか。

 

 まるで、これから俺が行う事を望んでいないような気さえした。

 何故だ。何故なのか……でも、関係ない。

 

 俺は進むと決めた。

 死んでいった仲間たちの想いを受け継いで。

 多くの敵を倒して死を重ねて。

 そうして、多くの屍を超えて俺は此処に立っている。

 後戻りは出来ない。どんなに願っても、あの場所へは戻れない。

 この世界に来て、俺が未来の事を話した時点で既に世界は変化した。

 

 だからこそ――進むしかないのだ。

 

 俺はゆっくりとツバキから視線を逸らす。

 そうして、前を見つめながらギュッと拳を握った。

 変えられる。変えて見せる。

 その為に俺は此処まで来た。

 

 絶望の未来を断ち切り、皆が幸福になれる未来を創る。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は青空の下で賑わう街を見つめていた。

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