【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
足を動かしていく。
ガシガシという音とパタパタという音が廊下に響いていて。
目的の場所へと向けて、俺たちは走って行っていた。
薄暗い廊下を進んでいけば、アルタイルの部屋へと繋がっていて。
足を止めて扉を見れば、彼女の名前が書かれた可愛らしいネームプレートがあった。
俺とツバキは妹の部屋の前に立ちながら、互いに顔を見合わせた。
アルタイルは俺たちよりも先に部屋へと戻って行った筈だ。
恐らくは、俺が話した事全て聞いていたと考えた方がいいだろうな……。
不安は勿論ある。
あの話は妹には聞かせたくなかったから。
純粋で優しい妹には、あったかもしれない結果を知られたくなかった。
俺が世界を終わらせようとした事実はまだいい。
アルタイルは賢いが、まだそこまでのスケールの話は想像がつかないだろうから。
問題はそれに至るまでの経緯で……確かめる必要がある。
俺とツバキは静かに頷いた。
そうして、ツバキはドアを開ける為にノブに手を掛ける。
ゆっくりと回せばガチャリと音が響いて。
開いていく扉から光が漏れ出してきて、俺たちはゆっくりと中へと入っていった。
部屋の電気はついている。
白い壁にはユニコーンや星の形をした紙が貼られていて。
床には彼女の好きな玩具や人形が散乱していた。
玩具を避けながら中へと入れば、すぐに妹が目につく。
アルタイルは部屋の真ん中で、お気に入りのクマのぬいぐるみを持って遊んでいた。
小さな白いテーブルが一つ。上にはプラスチック製のカップやポッドがある。
彼女の対面には赤いリボンが巻かれたクマがいて、小さな椅子に座らされていた。
妹はピンク色のティーカップにお茶を注ぐ真似をしていた。
口で効果音を発していて。
注がれたであろうそれをクマの前に置きながら。
彼女はお茶会に出席した婦人の真似事をしていた。
何処にでもある風景。
小さな女の子がやるようなおままごとだ。
しかし、何かが違う。
何時も見ていたアルタイルの雰囲気とは少しだけ違う気がした。
何が違う。何処に違和感があるのか……いや、すぐに分かる。
それは何時もなら、俺たちが部屋に入れば駆け寄って来る筈なのに。
妹は俺たちに背を向けて視界に入れようとしないところだろう。
人懐っこくて甘えん坊な妹が、俺やツバキの入室に気づかない筈がない。
まるで、何かを恐れているような背中で……俺はゆっくりとアルタイルに近づいていった。
妹の背後に立つ。
態と足音を立てて立ったが、妹はまるで反応しない。
妹は俺に気づいていないように装っていた。
俺は静かにそんな妹に対して言葉を発した。
「……アルタイル」
「お茶のお代わりはいかが? 今日のお茶菓子はマドレーヌよ!」
ままごとに夢中になっているように、声をわざとらしく出していた。
しかし、少しだけ肩が震えている気がした。
俺はそんな妹を見ながら、もう一度彼女の名を呼ぶ。
「……アルタイル。こっちを見てくれ」
「……あらあら。お茶が零れているわ! 拭いてあげるわねぇ」
アルタイルは俺を無視する。
傍にあったハンカチで、クマの体を拭っていた。
そんな妹を静かに見つめながら、俺はゆっくりと足を動かした。
ガシガシと音を立てながら歩いて、彼女の前に立とうとする。
すると、アルタイルはハッとしてクマのぬいぐるみを掴みそっぽを向く。
声を出し続けながら、俺を視界に入れようとしない。
拒絶している訳じゃない。
何かを考えていて、何かを恐れていた。
俺はまた移動して妹の前に立った。
アルタイルはまた俺から視線を逸らす。
もうクマに掛ける言葉も思いつかなくなったようで。
口ごもりながら、少しだけ焦っている様子だった。
そんな妹を見ながら、俺はゆっくりと手を差し出した。
「ミルキーベアの新作の服、買って来たよ」
「本当…………ぁ」
妹が好きな服のブランドを口に出す。
すると、妹は俺に視線をようやく向けてくれた。
アルタイルはしまったといった様子で。
恨みがましいうなり声を出していた。
俺はくすりと笑いながら、妹の前に膝をつく。
アルタイルはおずおずと俺を見つめていて。
俺は妹をジッと見つめながら、俺たちの話を聞いていたのかと問いかけた。
アルタイルは暫く悩んでいた。
言葉を詰まらせて黙りこくって。
暫くの間、沈黙が場を支配した。
しかし、観念してこくりと頭を下げた。
妹がここまで浮かない顔をしている理由。
それは俺やアルタイルが……別の世界の俺たちが一度は家族に捨てられたという事実を知ったからだろう。
これは本当なら、アルタイルには知られたくなかった。
だからこそ、俺の意識が覚醒してツバキたちの前に現れた時も。
この事実だけは隠していた。
素直で優しいアルタイルは、この話を聞けば信じてしまうから。
信じて落ち込んで、塞ぎ込んでしまうのではないかと思っていた。
その予想は少しだけ当たっていた。
浮かない顔がそれを表していて。
俺はアルタイルをジッと見つめながら、そっと頭を撫でた。
「大丈夫。もう終わった事だ……アルタイルには関係ない事だよ」
「……違うよ。終わってない……終わってなんかないよ」
アルタイルはゆっくりと俺を指さす。
俺はそんなアルタイルを見つめながら首を傾げた。
「――兄様がいるもん。兄様は、傷ついた。私はそれが嫌」
「……そっか」
アルタイルには嘘は言えない。
聡い子であり、すぐにバレてしまった。
終わっていない。その言葉は事実だ。
アルタイルには関係ない。
彼女はこの世界の命で、あったかもしれない結果なんて知らないのだ。
――でも、俺は違う。
その世界で生きていて、悍ましい経験をした。
家族に裏切られて、大切な妹を捨てて。
母であるツバキを死なせて……やっぱり、アルタイルは優しい子だ。
終わっていない事を知っていた。
だからこそ、傷ついている俺の事を本気で考えてくれていた。
無視をしていたのは、何と声を掛けたらいいのか考えてくれていたからだろう。
まだ何も理解できないような子供が、必死になって考えてくれた。
それだけで十分だ。十分すぎるほどに気持ちは伝わった。
俺は少しだけ嬉しくなりながら、アルタイルを抱きしめた。
鉄の体が当たり、かちりと音がする。
柔らかさなんて微塵も無い。
冷たいだけの金属同士が当たっただけだ。
それなのに、心は温かい。
妹の背中をゆっくりと摩りながら、俺は静かに謝罪を口にした。
「……ごめんな。俺は悪い兄貴だ」
「……ううん、違うよ! 兄様は世界で一番だよ! ずっとずっとずぅぅぅぅっと!」
俺は卑怯だ。
妹が傷つくからと理由をつけて。
一番知られたくなかった事を、最期まで隠そうとしていた。
妹は気づいている。
俺が唐突に発した謝罪の意味も。
俺が卑怯にも隠そうとしていた事も、全部理解している。
アルタイルはあの場にいて、全て聞いていた筈だ。
それはつまり、妹の手を振り払って俺が行ってしまった事も聞いていたのだ。
裏切られて頼れる人間がいなくなって、ボロボロになった心の弱みにつけこまれた。
しかし、それはただの言い訳でしかない。
どんなに取り繕おうとも、俺がアルタイルを捨てた事実は変わらない。
俺は最低だ。そんな最低な兄をアルタイルは世界で一番だと言って。
あったかもしれない未来を恐れるよりも、俺の心をずっと案じていた。
怖がっていたのは俺が傷ついているかもしれないと考えたからか。
そして、また何処か遠くへ行ってしまうと考えたからか。
優しい妹を抱きしめる。
ギュッと壊れもの扱うように優しく包んで。
俺は静かに、ありがとうと言った。
「……アルタイルも俺にとっては世界で一番だ」
「やったー!」
妹は嬉しそうに手をばたつかせる。
そんな妹に安心しながら、俺は体を離す。
アルタイルの不安は取り除いた。
妹はくまのぬいぐるみを力一杯抱きしめて、嬉しそうに踊っていた。
これで取りあえずは一安心で――肩を叩かれた。
顔を向ければ、ニコリと微笑むツバキがいる。
何を考えているのかは分からないが嬉しそうで。
彼女はゆっくりと膝を曲げて俺に視線を合わせて来る。
少しだけ嫌な予感がした。
胸騒ぎのようなもので何度か経験がある。
彼女はわざとらしく何かを思い出したように言葉を発した。
「そういえば、ゴウリキマルちゃんだっけ……どういう関係なのかなぁ。お母さんに教えてくれないかなぁ」
「…………兄様?」
空気がぴしりと凍り付いたような気がした。
踊っていた筈のアルタイルの足音はピタリと止んで。
ガシリと背後から肩を掴まれる。
手が食い込んでいると錯覚してしまうほどの力を感じる。
ゆっくりと視線を向ければ、アルタイルが激しく目を光らせていた。
危険な光量であり、背筋がぞくりとする。
その手に持ったクマのぬいぐるみは完全に首を絞められていて。
俺は少しだけ身震いしながらも、口笛を吹く真似をして帰ろうとした。
しかし、妹の力は凄まじく。全く前に足が進まなかった。
ツバキは猫のように目を細めてその場に座る。
アルタイルもずかっと座り込んで。
俺も強制的に座らされて、二人の顔を交互に見ていた。
「え、え、え、え?」
「……兄様、話して」
「マサムネのあまーい話。聞きたいなぁ」
二人からの圧は凄まじかった。
告死天使と相対した時とはまた違うベクトルの圧で。
何故か、ゴウリキマルさんから感じるものと似ているような気がした。
俺は観念したようにガックリと肩を落とす。
そうして、聞きたいのなら聞かせてやると話す覚悟を決めた。
先ずは出会いからだ。あまり良いとは言えない出会いで。
最初は依頼人と業者の関係から始まった事を伝える。
黙って聞いていたアルタイルとツバキ。
しかし、俺が面白おかしく話せば彼女たちは目を輝かせていた。
残酷な経験も沢山したさ。
幸せだけでは無かったかもしれない。
でも、彼女と歩んだ人生は俺にとって――最高のものだった。
もう一度、会いたい。
もう一度会って、今度こそ彼女の名前を聞きたい。
約束だった。
全てに片を付けたら、彼女の名前を聞くと。
まだ終わっていない。これからだ。
彼女が俺との約束を覚えている可能性はほぼゼロだろう。
それでもいい。俺だけが憶えていても構わない。
俺はただ彼女との約束を果たす為に、未来を創る。
幸福な未来。皆が笑っている世界を。
その為に、俺は此処にいるのだから。